意地悪な彼はホンモノじゃない

21 初めての彼女

   

「なあ……、羽島。スッゲー変な事聞いていい?」

バッティングセンターの奥にある、売店の横。
コンクリートが打ちっぱなしのその場所は、室内なのに寒く、冬唯たち以外に人はいなかった。
テーブルも並んで置いてある、ベンチに向かい合って座って2人は缶入りのドリンクを開ける。
冬唯は久しぶりに、中学の時まで同じ学校だった、羽島総一郎に会っていた。
現在同じクラスの鈴乃とも小学校から一緒だ。
「お前から呼び出すなんて、珍しいじゃん。何かあった?」
総一郎は冬唯とは別の高校に通っているせいか、現在の高校での冬唯の友人たちよりも、ずっと落ち着いた感じだ。

総一郎は真面目で、身長もそれほど高くなく、見た目はどちらかと言うと可愛い系だ。
その上優しくて穏やかな性格なので、隠れたところで非常にもてていた。
実際に表面的なノリで女子が寄ってくる自分よりも、総一郎はずっとちゃんと人に好かれているような気がした。
「蟹江さんとまだ付き合ってるんだろ?」
「うん」
総一郎は答える。
彼は中学の時からの彼女と今も付き合っていた。
その彼女は、冬唯も顔は知っている。しかしあまり縁は無かった。

「なあ〜…、あのさ、普通のカップルってさ、エッチってどのくらいのペースですんの?」
改めて口に出すと、かなり恥ずかしい相談だなと冬唯は思う。

「は?」
『今更?』という目で、テーブルを挟んで向かい側に座った総一郎が、冬唯を怪訝に見た。
「オレさ、やっとマトモな彼女ができて」
思わず目をそらして、冬唯は言った。
「ああ〜…何それ最近なの?お前高校に入っても女との付き合い、適当だったんだな」
真面目な総一郎が苦笑する。
冬唯は、そんな風に言われても仕方のないような男だったのだ。

中学の頃、男同士の間では何人に告白されたとか、そういう経験が済んだかまだかとか、当時の優劣の基準はそんなレベルだった。
その頃から冬唯は誰が見てもモテていたし、本当に女の方からのアプローチは酷かった。
当然、冬唯自身の性的欲求も強かったので女の子との経験も、人より多かった。
『彼女』として付き合った女の子もいたが、お互い大した執着も無いまま、ただ会ってそういう事をするだけだったという女の子もいる。
先日つばさに言ったように、高校に入ってから付き合った女子大生とは、いわゆる干渉しない関係だった。相手に自分と別の相手がいる事もうすうす気づいていた。

総一郎に、侮蔑の入った『適当』と言われ、本当にその通りだと自分でも思う。


「すげー恥ずかしいんだけど…。なんか普通の子って言うかちゃんとした子でさ、で、ちゃんと普通の付き合いしたいんだけど…、普通の付き合いってよく分かんなくて」
そういう冬唯の言葉を、総一郎は黙って聞いた。
「……同じクラスだし、彼女の事知ってる浩紀達にはこんな事、言いたくねえし」
「片倉もやっと、ちゃんと好きな子ができたんだな」
総一郎の口調は穏やかで優しい。
そんな包容力が、彼の魅力なんだろうと冬唯は思う。

「分かんないよ、エッチのペースなんて。そんなの2人の関係で違うもんなんじゃね?」
穏やかなまま、総一郎は答えた。

(そうだよな……)
分かってはいたのだが、それをどうしていいのか分からず、かと言ってつばさへと向かう肉体的な欲求は高まるばかりで、冬唯のモヤモヤは日増しに大きくなっていた。
「羽島のとこはどのぐらいの頻度でエッチってしてるわけ?」
「バーカ、教えないよ」
総一郎はニヤリと笑って、少し考えてから言葉を続けた。
「あのさ、様子見ながら付き合えばいいんじゃないの。彼女が嫌がるならしない方がいいし。そうじゃなければ、ちゃんと避妊してすればいいだろうし」
「ああ……」
バシっとそう言う総一郎が、カッコいいなと冬唯は改めて思った。
「様子かーーー、ぶっちゃけよく分かんねーんだよな…女の子の事って」
「ははは」
冬唯の素直な様子に、総一郎は笑ってしまう。
そんな風に言うなんて、今までの冬唯のキャラでは考えられない状態だからだ。

「何か迷ってるみたいだけど、彼女とは、もうそういう関係なわけ?」
総一郎は冬唯に問う。
冬唯はしばらく考えて、ゆっくり答えた。
「実は……オレがこんなにのめり込む前に、付き合ってすぐにヤっちゃって…。でもその事をオレ、すげー後悔して、それっきりヤってない」
「すぐにヤるっていうのが、いかにも今までの片倉らしいよね」
「それって、オレ『らしい』の?」
そう思われている自分が、ちょっと嫌になってくる。
「うん、お前ってそういうイメージある」
淡々と総一郎は言った。

「やっぱりそういうイメージなんだな」
冬唯は自分の事ながら、うんざりしてくる。
「ああ、だってもう手出しちゃってるんだろ?」
「1回だけだよ。…なんか、その後、もう簡単に手は出せなくなってる」
冬唯はため息をついた。
寒くて、彼の首筋がブルっと震える。

総一郎は冬唯の様子を見て、無意識に温かい缶コーヒーを両手でつかむ。
(へ〜、こんな片倉、初めて見た)
「まあ、何とかなるだろ。お前なら」
見守るような笑顔を見せて、総一郎は続ける。
「何か今、高校の友達にお前にそっくりな奴がいるわ」
「そんな奴いんの?」
冬唯は顔を上げて総一郎を見た。
「そいつはまだ付き合えるとこまで行ってないけどな。お前と同じぐらい、すっげーモテるやつなのに」

(付き合えてないのかよ…)
そう冬唯は思う。
「そうそう、そいつの大好きな相手って、中学一緒だったあの亜麻野さんだよ」
「え〜マジか、あの亜麻野か〜〜!あれは難攻不落って感じだよな」
冬唯も亜麻野茉莉の事は知っていた。
彼女は学校のスポーツイベントではいつも目立っていた。
身長が男子並みに高くて、顔もそこそこ可愛い、彼女を知らない同級生はいなかった。
冬唯的には恋愛対象と言うよりも、能力値が高い別次元の生き物みたいな感じだった。

「すげーとこ狙ってんだな」
「でも多分、上手くいきそうだけどな。もう時間の問題って感じ。」
「へえ」
男に何て全く興味が無さそうだったあの茉莉を相手にしているというだけでも、冬唯は尊敬の念を抱いた。
「そいつだって、1回告って断られてるんだぜ」
「マジか」
「でも諦めないでグイグイ行ってるよ。まあ、断ってる理由が部活のせいだし、亜麻野さん本人が傍から見ても結構そいつに気があるからね。でもそいつ、かなり頑張ってると思うよ」
「友だち、ガッツあるな。亜麻野狙うなんて、どんな奴なのか見てみたいよ」
「そうだ、オレも片倉の彼女見てみたいよ。写真とか無いの?」
「あるよ」

冬唯はスマホを出して、学祭のコンテストの時の写真を写メった画像を出した。

「うわ!すげーいい写真じゃん!彼女めっちゃカワイイし!」
「だろ?」
学祭の時の写真は2人ともすごく幸せそうで、とても良い写真だと冬唯も思っている。
携帯でその画像を見る度に、いつもつばさを抱きしめたくなってたまらなくなっていた。
「なんか普通にいい子そうだね」
「うん、普通。オレの事、変な感じで見てこないし」
(だから余計に手、出せないんだけどな……)



その後、総一郎と色々な話をした。
普段離れている友だちと話すと、また違った視点で話が出来て新鮮だった。

(別にヤるだけが全てじゃないけど…)
最近キスをする度に、つばさと繋がりたい衝動が抑えられなくなってきている。
(めっちゃ触りたいんだよな…)
つばさにもっと触れたかった。

― 触れるなら、肌に
制服の中
着ている物を全部取って、直接
そして裸のつばさの体が、見たい ―


「はあ……」
最近はそんな事を想像してばかりだ。
深いキスをした時の、つばさの息遣いに冬唯はいつも興奮してしまう。

(…なんか今の関係がいい感じ過ぎて、ちょっと踏み込めなくなってるんだよな)

つばさの初めてを奪ったあの日。
あの時のつばさの苦しそうな顔を、今でも冬唯は忘れられない。
そんな顔をさせたのが自分だという事実が、未だに悔やまれて辛い。
(オレに触れて、…もうあんな顔、させたくないんだよ…)
つばさが普段自分に向ける、屈託のない笑顔を思い出す。

(今度する時は、めっちゃ優しくして、…めっちゃ気持ち良くしてあげたいんだ…)

その時の、つばさの顔が見たかった。
それはきっと、キスをした時の表情に近いんだろう。
まだ知らない、彼女の顔が見たくてたまらなかった。

 
 

ラブで抱きしめよう
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