意地悪な彼はホンモノじゃない

26 挙動不審

   

(冬唯くんの、裸、見ちゃった…)

自分の裸も見られているのだが、思い出すのは彼の裸ばかりだ。
(肌、気持ち良かったなぁ……)
裸の肌が触れあった感触が、すごく居心地がよくて気持ちが良かった。
痛くてたまらなかった初体験とは、全然違っていた。

(冬唯くんのあれ、握っちゃった…)
(ゴムまでつけちゃったんだよね……)
改めて、全裸の冬唯のその部分を触った事を思い出す。
(何か、全部……や、やらしかったなぁ……)
それを思い出してしまうと、やっぱりエッチな事をしていたんだと実感してしまう。
(冬唯くんのものが、私のあんなとこに…)

「いや〜〜〜〜ん!」
ガラにもない女子っぽい声を出して、つばさは1人、ベッドの中で小さく叫んでしまう。

(ああ〜〜〜!恥ずかしいよ!)

布団をかぶって、1人でジタバタした。
(あぁ〜……)
1回だけではなく、何回も、してしまった。
冬唯はつばさに、つながっている部分をわざと何度も確認させてきた。
実際に見てしまったし、自分に入っている冬唯のものを触ったりもした。
(あああああぁぁぁぁ)
冷静になって考えると、すごい事をしてしまったと思う。
1度経験していたとはいえ、つばさはそっちの事は全くの初心者だ。

これまで男子にも興味が無かったぐらいなので、元々そういう事に対しての知識も疎い。
そんなつばさだからこそ、冬唯の言うがままに色々な事を素直に受け入れてしまう。
(ああ〜〜、もう〜)
冬唯の裸は確かに目に焼き付いている。
それなのに、あんなエッチな事をしてしまったという実感があまり無い。
覚えてはいるのだが、気持ちがついていかないのだ。
(冬唯くん、いっぱい舐めてたよなぁ…)
自分の体の、信じられないところまで彼に舐められた。
沢山触られて、沢山濡れてしまった。
自分も彼のものを触った。
そしてそれが自分の中に……

「うわぁぁぁぁっ!!」
改めて、恥ずかしくてたまらなくなる。
「でも、気持ち良かった……かも…」
(明日、冬唯くんの顔、見れるかなぁ……)
ドキドキしてベッドの中で眼を閉じると、今日の疲れからかつばさはすぐに眠りに落ちた。




「おはよー」
「おはよーっ!昨日すごい雨だったよね〜」

昨晩の雨が嘘のように、今日は雲一つない快晴だった。
宿泊学習の後のせいか、教室内は何となくソワソワしていた。
人間関係が微妙に変化した者たちもいて、クリスマスを前に何組かの生徒がカップルになったらしい。

「おはよー、つばさ。今日早いじゃん」
今日子と涼香が、一緒につばさの席へと来る。
「うん。なんか1本早い電車に乗れた」
つばさは今朝は早く目が覚めてしまった。
「ねえ、噂なんだけどさ。宿泊学習で書いたレポート、英語の授業で訳さないといけないらしいよ」
いつも情報の早い涼香が言う。
「うそ!え〜〜〜!ホントに?!」
英語が得意ではないつばさは、一気に嫌な気分になった。
「いいじゃん、つばさは優等生の彼氏がいるんだから」
そう言って、今日子が口を尖らせる。
(まあ確かに、冬唯くんは勉強できるけど……)
冬唯の事を思い出して、つばさは急にドキドキしてくる。

後ろの席の方を振り返ると、冬唯はまだ来ていなかった。
「私結構、長文でレポート書いちゃったよー、どこまでやるんだろ〜。は〜、ちょっとトイレ行ってくる」
ため息をつきながら、2人を教室に残してつばさは廊下に出た。


手を洗って髪を直し、トイレから出ると、廊下で冬唯と鉢合わせた。
「よ!おはよ」
冬唯は相変わらずのキラキラスマイルで、つばさを見て声をかけてくる。
心なしか、つばさには冬唯がどことなく、はにかんでいる様に見えた。
(うわ、朝からやっぱりキラキラ……!)
彼の光の射抜かれるように、つばさの背中がゾクっとした。
昨日彼から散々もらった感覚が、突然体内で蘇る。

「と、冬唯くんっ……」
つばさは、壁に一歩、後ずさった。
急にドキドキが足元から頭へ上がって行くのが分かる。
「どした?つばさ」
昨日の事もあって、冬唯はつばさをとても優しい目で見た。
その目つきがつばさには色っぽくてたまらなくて、一気に動悸がマックスへ達する。

(昨日、私、こんなキラキラ男子と………!!)

客観的に見た冬唯の姿の破壊力を、つばさは思い知る。
耳まで熱くなっていくのが分かる。
「な、なんでもないっ!!」
思わずつばさは全力で走って、教室へと逃げてしまった。



(はあ……はあ……)
(私、感じ悪くなかったかな……)
席について冷静になると、朝イチで、あの態度はまずかったと思った。
授業がすぐに始まったが、つばさは冬唯の事ばかり考えてしまう。
無意識にシャーペンの芯を少し出しては、また引っ込めるのを繰り返した。

(どうしよう、冬唯くんを見るのが、恥ずかしい……!!)

学祭でベストカップルに選ばれた時でさえ、こんなに恥ずかしくはなかった。
改めて、自分の彼氏が客観的にどういう男子だったのかという事に気付いた。
(何を、今更………)
冬唯とずっと付き合ってきたのに、今日会った彼は、つばさにとってまるで別の人のように思えた。
(冬唯くんって、あんなカッコ良かったんだ……)
イケメンと言われていたのは分かっていた。
確かにそうだなとも思っていた。
しかし今見る、制服姿の冬唯の姿が、つばさにとっては彼の裸の姿以上に生々しかった。
(制服の濃紺のブレザーって、あんなに素敵だったっけ……?)
「はあ……」
つばさはペン入れにシャーペンをしまって、自分の爪を触る。

(昨日………………)
何度もキスをした。
今、後ろの席にいる冬唯と、何度も。
(振り返ったら、冬唯くんがいるんだよね…)
そう思うだけで、背中が熱くなってしまう。

(冬唯くんが、……昨日、私に……色々……)
(私も冬唯くんに……)
(私の手の中に、裸の冬唯くんの……)
(そこを触ると、冬唯くんの息が荒くなって……)
(それがもっと固くなって)
(耳元で、冬唯くんの感じる声が……)

昨日の出来事が、つばさの頭に次々と浮かんでくる。

(うわぁぁぁぁん!!)
恥ずかしくてたまらなかった。
それなのに、手の中にあった昨日の彼の感触まで思い出してしまう。
ドキドキして、座っていられないような変な衝動が体の中から起こる。
(やだ……、何なの、これ……)
絶対濡れてる、とつばさは思った。
(やだ、私の体、何か変だよ……)
つばさは授業が終わると、またトイレへ走った。



昼休みに入る前、つばさはチラっと冬唯を見たが、それ以上近づかなかった。
冬唯の方が自分の方へ来る気配を感じると、つばさは彼を避けてさりげなく逃げた。
(はあ、ダメだ、こんなんじゃ……)
口で言えばいいのに、つばさは今日は涼香たちと用事があるからと、放課後一緒に帰るのをやんわりとメールで断った。

「つばさ」

「えっ?!」
終礼の後、冬唯に呼ばれただけなのに、つばさは変な声を出してしまう。
「今日、塾の後、電話するね」
「…うんっ」
つばさはぎこちない笑顔を作って、冬唯に軽く手を振った。
冬唯はそんな彼女に違和感を覚えながら、それでも冬唯も笑顔を返して浩紀たちの方へ戻る。

冬唯も、つばさの事ばかり考えていた。
それなのに学校では全然話もできなくてかなりガッカリしたが、仕方が無いので友人たちと一緒に帰る事にした。



「ねえ、今日つばさ変じゃなかった?」
涼香がじっとつばさを見る。
スイーツが売りの喫茶店に3人はいた。
可愛いデザートが来たテーブルでは、スマホを片手に撮影会が始まる。
そんな女子を遠目で見ながら、つばさたちは飲み物を頼んでいた。

「変?な、何が?」
「私も思ったよ。なんか、片倉の前で態度おかしくなかった?」
今日子も言う。
「おかし……く見えた?」
つばさの言葉に、2人は頷く。

「もしかして、つばさ〜、昨日とうとう片倉とー!」

今日子がそう言うと、すぐにつばさは真っ赤になってしまう。
そんなつばさを見て、涼香は今日子と顔を見合わせる。
「そうなんだ、まあ付き合ってもう何か月も経つもんね」
涼香も察して、つばさを温かく見た。
「つばさも大人になったのね」
そう言ったものの、今日子はなぜだか自分がちょっと恥ずかしい。

「いや、ま、それはそうなんだけど、別に昨日が初めてってわけじゃなくて…」
「ええ?」
「え!いつ?!あ〜、学祭の辺でしょ!!」
その頃に2人の関係が明らかに変わったのは、傍から見ても分かった。
「いや、そうじゃなくて……」
「何?どういう事?」

2人があまりに聞いてくるので、つばさは今までの事をかいつまんで話した。

「片倉、アイツ……やっぱりめちゃくちゃ手が早いじゃんか!」
涼香はなぜかムっとしている。
「まあでもその後、昨日まで何も無いっていうのも驚きだけど」
珍しく、今日子の方が落ち着いていた。
「で、何だか急に恥ずかしいと」
「うん……。皆、そうじゃなかった?」
恐る恐るつばさは聞いてみる。
「私はあんまり変わらなかったかもな〜」
涼香はそんな感じなんだろうなと、つばさは思う。
「私は結構変わったかもなあ。でも、悪い方に変わっちゃうタイプかも……」
春に先輩と別れて以来、まだ彼氏のいない今日子は神妙に言う。
「どういう事?」
つばさは身を乗り出す。
「なんかさ、超離れたくなくなって、ベタベタって言うか、何か重くなっちゃうんだよね」
「そうなの?」
いつも明るい今日子がそんな風になるのが、つばさはピンとこない。
「うん。私結構束縛しぃなのかも。今更だけど、先輩と別れたのもそれが原因なのかもなあ〜」
「先輩との件は、今日子のせいじゃないと思うけど」
冷静に涼香が言う。
「でも、思い返してみるとさ、エッチして、何か私ってイヤな女になっちゃったかも」
今日子がため息をつく。

「ど、…どうして?」
「もう、好きー!ってなっちゃって。先輩が私の事以外の何かに気を取られるのが気に入らなかったって言うか」
いつもより今日子が大人びて見えた。
「………」
「わがままになっちゃったのかなぁ〜。もう遅いんだけど。私、先輩としか経験無いから、分かんないけど。まあ、それに気付けて良かったかな。でもさ、つばさは私と全然違うみたいだから」
「違う?」
「うん。今日、片倉に変な態度だったよね」
「う……やっぱりそう見えた?」
つばさの問いに、2人は頷いた。

「なんだか…すごく恥ずかしくなってきちゃって」
下を向いたつばさは大きなため息をつく。
「冬唯くんの顔、見れなくなっちゃって……どうしよう」
そう言いながらも、つばさの顔はみるみる赤くなっていく。
「やだ、つばさ可愛い〜」
涼香がそんな様子を見て言った。
「ホント、何か片倉がつばさの事可愛がる気持ちも分かるわ」
今日子も涼香と一緒に頷く。
「えー、だからもうそういうんじゃなくって……」
つばさは余計困ってしまった。


その夜、冬唯から電話がかかってきた。
約束の時間等を決める時以外は、普段メールが多いので、週の始めから電話という事だけでつばさはドキドキしてしまう。
それでも素直に彼の声が聞けるのは嬉しい。


つばさと冬唯は少しの間、他愛も無い話をした。
「明日は…」
(一緒に帰れる?)
と冬唯は聞こうとしたが、ふと口ごもってしまう。

今日のつばさの行動はいつもと違っている感じがした。
昨日、つばさに自分の欲望を沢山ぶつけてしまった。
すごく幸せだったし、つばさも嬉しそうにしていた気がする。
それでも初めての時の事もあり、ひと晩経って次の日につばさがあんな感じだと、自分が何かしてしまったんじゃないかと冬唯は思ってしまう。
改めて、それを問うのもためらわれた。
最近はいつも一緒に帰っていた。
今日、避けられたような気がするのは、自分の気のせいなのか。

昨日のつばさを思い出して、今日教室で見るつばさも以前より愛しく見えた。
もっとしゃべりたかったし、もっと側にいたかった。
(つばさはそうじゃなかったのかな…)
冬唯は首を振って、携帯電話を握り直した。

「明日は、一緒に帰れる?」
『……うん』
つばさの可愛い声が冬唯の耳をくすぐる。
頷くまでに少し間があったのが気になったが、深く考えないようにした。


つばさは今日の自分の態度を弁解しようかと思ったが、冬唯からは何も言われなかったので、自分からはその事に触れなかった。
携帯電話越しに聞こえる冬唯の声のちょっとした息遣いに、昨日の事を思い出してしまう。
(なんか、私ってこんなエッチだったんだ……)
冬唯の行動全てを、昨日の事に結び付けてしまう自分が恥ずかしい。
『つばさ』
「うん」
自分の名前を呼んでくれる彼の声が好きだ。

(ああ、もう大好き………)

『大好きだよ』

心の声とシンクロするように、冬唯の声がつばさに響く。
(冬唯くん………)
なんだか泣きたくなるぐらい、急に胸が苦しくなる。
電話を持つ指が、震えてしまう。

「私も」

喉が詰まって、つばさは何とかそれだけ言った。
好きで、会いたくて、切なくてたまらなかった。

 

 
 

ラブで抱きしめよう
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