「冬唯、あなた塾は何日までなの?」
キッチンの片付けをしながら、カウンター越しに冬唯の母が声をかけた。
「確か28日までだと思ったけど……。正月、やっぱ親父んとこに帰らないといけないの?」
冬唯はそう言って、カウンターに置かれた洗い終わっているコップを手に取った。
「帰るわよ!あなた1度も関西の家に行った事ないでしょう。それにお父さんたちが関西へ行って以来、兄弟の顔も見てないじゃないの」
そんな母の言葉に、冬唯はため息をついた。
「はあ……。別に見たくないし。わざわざ遠距離移動してまであいつらの顔なんか見たくねーよ……」
母親の脇をすり抜けて、冷蔵庫からお茶のボトルを取り出す。
「なあ、行かないっていうのは……」
「ダメ!」
被せ気味に、バッサリと否定された。
「…………はあ」
「29日には帰るわよ」
「え、母さんと一緒に帰るの?」
「そうよ」
「ええ……。冬休み、少しはオレも友達と息抜きさせろよ」
交渉して、冬唯だけで30日に帰る事になった。
母親が帰るのは、29日か28日だと言う。
(クリスマス、 ……そんな都合良く家が空くわけねえか……まあ、オレも塾あるしな…)
つばさにバイトのシフトを入れるなと言ったものの、夜からは冬唯も塾だ。
(さすがにクリスマスに外泊なんて、バレバレだろうしな……)
だが短い時間でも、つばさと会って何をしようか考えた。
彼女の笑顔を想像してワクワクする。
こんな気持ちで、彼女と過ごすクリスマスは初めてだった。
「すごい、やっぱり人が多いねぇ」
つばさは冬唯の上着を掴む。
電車の中はぎゅうぎゅうで、人の熱気で汗ばむほどだ。
ホームに降りると、冷たい風が心地良い。
2人はイルミネーションが駅前を彩る、近場のショピングセンターへ向かったが、そこも沢山の人で賑わっていた。
カップルと家族連れとがごちゃ混ぜになって、通りを進む。
周りを見ていない母親の肩が冬唯の腕に当たったが、それにさえも気付かず家族連れはそのまま行ってしまう。
「こういう人ごみ、つばさとじゃなかったら、わざわざ絶対に来てない」
人の多いところが大の苦手な冬唯は、思わず言った。
「ごめん、何か無理させちゃったかな…?」
心配そうに覗き込むつばさに、冬唯は慌てて首を振る。
「いや、無理とかじゃないよ。つばさとクリスマスデートっぽい事が、オレもしたかったし」
「ホントに?」
「うん。ホント」
そう言って、冬唯はつばさの手をギュっと握る。
反射的に笑顔になって、つばさは冬唯を見上げた。
(可愛い……)
冬唯はつばさが自分に向かって見せる笑顔が大好きだ。
(やっぱ、オレの彼女可愛いわ…)
今日のためにいつもより女子っぽい服で来ているつばさが、冬唯の目には、より一層可愛く映っていた。
「予約していた片倉です」
ビルの上層階にあるカフェ。
夜にはアルコールを中心としたメニューに代わり、大人向けの店になる。
(お洒落なところだなぁ……)
こんな場所を知っていて、予約を入れていくれていた冬唯のスマートさに改めてつばさは感心した。
(冬唯くんって、こういうとこスゴイなぁ…)
他の男子と付き合った事はもちろん無いが、友人として親しくしている男子とは、冬唯は全く違うタイプなんだろうなというのは分かる。
(やっぱり、…経験値が高いからなのかな)
冬唯と親密になってから、彼がこれまでに自分以外の他の女の子にもそういう事をしてきたんだろうと思うと、胸がチクチクする事もある。
その感覚は今までつばさが知らなかった感情だ。
これも恋する事なんだと思うと、周りの女子が一喜一憂するのにも、やっと実感を伴って共感できた。
矛盾しているのだが、自分の中に芽生えた小さな嫉妬にも、つばさは少し喜びを感じていた。
「わぁ〜」
案内された場所は隣の席とはパーテーションで区切られているので、2人のプライベートな空間が保てるようになっている。
その窓からは、晴れた昼間の都市だけでなく、遠くの山脈に雲がかかる様子や、都会の高層ビル群までも見渡す事ができた。
「すごいね〜、冬唯くん。よくこんなところ知ってるね!」
「つばさのために、調べたから」
その言葉に照れもなく、冬唯はつばさへ笑顔を向ける。
「あー、なんかやっと落ち着いた」
上着を脱いで改めて座り直し、冬唯はグっと腕を伸ばした。
「すごい人だったね」
「オレ、クリスマスの時って出歩いてないし、街がこんなになってるの初めて知ったよ」
「え?そうなの?……冬唯くんって、こんな感じ慣れてるのかと思った」
つばさは驚いて目をパチパチさせた。
「慣れてないよ。オレ、去年クリスマスは男友達の家にいたし」
「そうなんだー!意外!」
つばさは少しホっとして、自然と笑顔になる。
昨年冬唯はクリスマスの時期に誰とも付き合っておらず、クリスマスはクラスの友人の家に数人で集まって騒いだ。
その中に女子もいたのは、つばさには内緒にしようと冬唯は思った。
「つばさは去年のクリスマスって何してたの?」
つばさがこれまで誰とも付き合っていないのを知っている冬唯は、安心してその質問を投げた。
「去年は、クラスの子とボーリングとか行ったよ」
「ふーん」
「その後スケートもしたなぁ〜」
(ボーリングにスケート…)
デートコースの様なその流れに、冬唯はピンときてしまう。
「もしかして、それって男子もいただろ?」
自分の事は棚に上げて、冬唯は言った。
「うん、いたよ」
つばさの方はきょとんとして、普通に答える。
「つばさって全然男と縁が無いのかと思ってたのに、……普通に男子と遊んだりしてたんだ」
冬唯の方が軽くショックを受けて、そうつぶやく。
「あっ!」
つばさはふと思い出して、反射的に声が出た。
「何っ?」
その声に冬唯は驚いて、一瞬ビクっとしてしまった。
「あ……、なな、なんでもない……」
「何だよ、それ。気になるじゃん」
答えようかどうしようか、つばさは一瞬迷う。
しかしやましい事もないので、正直に言う事にした。
「えーっと……その時、こ、告白されたんだった」
「ええ?マジかよ」
そう言いながらも、目の前で顔を赤くしてうつむくつばさも可愛いと、冬唯は頭の端でうっすらと思う。
「やっぱ、モテるんじゃん。………」
浩紀から何となくそんな話を聞いた事もあった。
自分が好きになるぐらいだから、つばさと関わってきた男子がつばさの事を好きになってしまうというのは容易に想像がつく。
夏休み明けに、体操着から見えるつばさの首についていた日焼けの跡を見て、クラスの男子が「エロい」と話していた事があった事を冬唯は思い出した。
「ふーん、で、誰?告白してきたのって」
「ご、後藤くん……」
「誰それ?何組?」
「今何組だろ……。わかんないや」
自分のこの手の話に慣れていなくて、恥ずかしくてつばさの頬が更に赤らむ。
「………なんか、ちょっとムカつく」
気持ちをあからさまにして、冬唯はつぶやいた。
「でも、もちろん何も無いよ!」
慌てて、つばさはそう答えた。
「んーなの、分かってるよ」
「冬唯くんは………」
つばさは言いかけて途中で止めた。
(私がちょっとでも他の男の子と関わると、すぐ嫌な顔するなあ……)
ちょうど良いタイミングで、注文した料理が運ばれてくる。
ランチプレートには、メニューで見た写真と違って、クリスマスのイメージの盛り付けがされていた。
「あ!可愛い〜!」
「ほんとだ」
冬唯も可愛らしくデコレーションされた料理に目が行き、会話から気がそれる。
そのまま普通の話題になり、穏やかに食事を終えた。
店から出てトイレの奥、喫煙スペースのさらに奥に、外の景色が見渡せるスペースがある。
つばさ達より年上のカップルが何組かそこにいて、冬唯たちもその横を通り過ぎ、奥へ進んだ。
「すごい、遠くまで見えるね。ここから富士山まで見えるんだ〜!」
「やっぱり上の方、もう白いんだな」
冬唯はつばさの背後に回って、後ろから抱きしめた。
(冬唯くん……)
最近は普段でもいちゃいちゃしている事が多いのに、こうされる事には慣れなくて、やはりドキドキしてしまう。
「今日の髪型も、可愛いね」
背の高い冬唯の顔はつばさの頭の上にある。
彼は少し下を向いて、つばさの髪にキスした。
「これプレゼント」
背後からつばさにくっついたまま、冬唯は彼女の前に可愛らしい模様の小さい紙袋を出した。
「あ!私からも」
つばさも大きなバッグの中から、袋を取り出す。
「待って、待って、オレから開けるから」
つばさが冬唯からもらったプレゼントを開けようとする手を制止して、冬唯は自分の袋を開けた。
中にはきれいな紺色のマフラーが入っていた。
「うわ、なんかすげーいいじゃん!」
すぐに袋から取り出して、首に巻く。
「あ!やっぱり似合う!」
冬唯の姿を見て、つばさも嬉しくなる。
「何か触り心地もすげーいいんだけど……これ、高級なんじゃないの?」
「だってバイトしてるもん!」
つばさはニコニコして答えた。
夏からずっとバイトをしているので、そこそこお金を貯める事ができた。
冬唯に似合うマフラーを見つけて、自分が使うには少し高い値段だったが奮発して、これを選んだのは正解だったと思った。
「すげー嬉しい、ありがと。じゃあ、オレのも見て」
「うん」
金色のリボンがついた箱を開けると、羽の形をしたシルバーのネックレスが入っていた。
「わあ!可愛いっ……!」
「つばさも、つけてみてよ」
冬唯は箱からネックレスをつまんで出す。
「待って待って!もうちょっとよく見たい!」
彼の手にぶらさがったネックレスの翼のデザインを、つばさはじっと見た。
「これって、やっぱり……」
「うん、……『つばさ』だから」
珍しく照れる冬唯に、つばさもつられて赤くなってしまう。
(嬉しいなあ…)
彼氏と2人でクリスマスに一緒にいる事、そしてその彼氏が冬唯だという事がとても嬉しかった。
好きだという気持がこんなに自然に湧いてくるなんて、つばさは改めて、彼の存在の大きさを実感する。
何よりも、好きな人が自分を好きでいてくれる事が幸せ過ぎてたまらない。
「つばさ、後ろ向いて」
「ん?」
「つけてあげる」
つばさの首筋の髪を割って、冬唯はネックレスのフックを器用に留めた。
「あ、可愛いじゃん。良かった、すげー似合う」
冬唯は今日1番の笑顔をつばさに向けた。
「ほんと?わー、早く鏡で見たいなあー!すっごく嬉しい、冬唯くんありがとう!」
つばさも明るい笑顔を返す。
冬唯はこんな自分達の様子が照れくさくて、そしてつばさと同様にとても嬉しかった。
高層ビルの窓際には沢山カップルがいて、それぞれの世界に入っていた。
冬唯は全く人目を気にせず、つばさを抱きしめるとすぐに軽くキスした。
そしてまた抱きしめて、耳元で言う。
「つばさ……、29日、うちに泊まりに来てよ」
「えっ……」
「な?」
つばさの肩を両手で掴んだまま、彼女の顔を見つめた。
今にもキスされそうな、息を感じるぐらい近い距離と、冬唯の甘い目につばさの心臓は爆発しそうだった。
(泊まり……?)
「えっと……家の人は?」
「その日、いないから。今日だってオレこれから塾だし、ゆっくりできないじゃん。年越しだってオレこっちにいないし…。な?いいだろ?一緒にいよ」
すがるようなその口調に、つばさはキュンとしてしまう。
こんな風に言われて、断れるわけがない。
「うん……」
つばさは頷いた。
どんな理由を親に言おうかと考え始めたが、すぐに唇に冬唯の唇が重なってくる。
(もう……冬唯くんのペース……)
つばさは冬唯にされるがまま、さっきよりも深いキスを受け止めた。
2018/11/5