奇跡の青

10・キス(敦志視点)

   

『もしもしっ……』

随分久しぶりな、もう懐かしい感じさえする果凛の声が受話器の向こうから聞こえる。
「あ、もしもし……」
とりあえず電話をかけたものの、何を言っていいのか戸惑う。
果凛がオレと付き合いたいって言ったのはマジだったよなと、この期に及んで改めて自問自答してしまった。
ちょっと考えて、オレは言った。
「…果凛」
『なっ、何…?』
(『何』って言われると……)
今更ながらに、猛烈に緊張してくる。
(こういうときって、何て言えばいいんだ?)
携帯を握る手が汗ばんでいくのを感じた。

「電話すんの…遅くなってごめん」
『…あ、あぁ…ううん…』
もしかしたら果凛は怒ってるのかもしれないと、オレは初めて思う。
随分とほったらかしにして、もしかしたら気が変わってしまったんじゃないかと急に不安になってくる。
だけど、とりあえず…これだけは果凛に言っておきたかった。


「彼女と別れたよ」

『え……』
驚いたような果凛の声。
“付き合いたい”って言われて“待て”って返事したんだから、この展開は予想できたはずだ。
それなのに、果凛のそんな声を聞いてオレはますます不安になってくる。

オレは自分でも、そんなに女にモテるタイプじゃないと思う。
第一、愛想が悪いし。
奈那子の時もそうだったが、果凛から告白されても、やっぱりどこか納得できないでいた。
ぶっちゃけこんなオレのどこがいいのか不思議だった。

『い、今、…家?』
果凛の声が上ずる。
「そうだけど」
『……あ、あたし、これからそっち行くから』
(はあ?)
オレは机に置いてあるデジタル時計を見た。
もう9時を過ぎていた。
「えっ???今から?????」
『いいじゃん近いんだし。電話だとなんかね……それじゃっ』
「おい、…ちょ、ちょっと、果凛…」
切れてた。
(おい、マジかよ……)
どう見ても散らかっている自分の部屋をグルっと見回してみる。
(何だよ…おいおい…)
とりあえず足の踏み場を作って、オレは慌ててジャージの上を羽織った。
果凛とオレの家は、数件しか離れていなかった。
オレは大急ぎで玄関へ向かった。


果凛はあっという間に来た。
「…久しぶり…」
暗がりで見る久しぶりの果凛の私服姿に、オレはちょっとドキっとした。
走ってきたのか、果凛は少しハアハアしてた。
…しかし、外で立ち話なんて近所中に聞こえそうで無理だと思う。
「……しょうがねぇなぁ……黙って入れよ」
オレは玄関のドアを音を立てないように開けながら言った。

それにしても、果凛がオレの部屋に入るなんて、一体何年振りなんだろう。


「あんまり見るな」
オレは小声で言った。
「だってさ…」
それでも果凛は部屋をじろじろと見回していた。
こんなに急に来られたから、オレの部屋はホントに普段のままだった。
果凛はGパンに、ベージュ色の薄いフリースみたいなペラペラした上着を着ていた。
すごく変な感じだった。
つい今まで、オレはこの部屋に一人でいたのに…今は果凛がここにいる。
こいつが部屋に入ってきただけで、匂いが変わった。
多分風呂上りなんだろう。
ものすごくいい匂いがした。
さっき電話した時の緊張とは違う緊張感が、オレの中からこみ上げてくる。

「………」
果凛はオレを見てにっこり笑った。
こうして至近距離で見ると、やっぱり可愛いと思う。
普段はあんまり認めたくないと思っていたが、二人きりでこんな狭いところにいるとイヤでも認めざるをえない。
キレイに成長したな、と改めて感心する。

「敦志…」
唐突な間で、果凛がオレに抱きついてきた。


「………」
オレの背中に回す果凛の腕に、力が入る。
突然すぎる展開に、オレは一気に緊張が高まってしまう。
(…果凛……)
オレの顔のすぐ下にある果凛の髪は洗いたてのいい香りがした。
果凛の柔らかさと匂いで、オレはクラクラしてくる。
どうしたものかと、オレは果凛の肩に触れた。
果凛が顔をあげる。
今夜の彼女は多分100%すっぴんで、髪もサラサラとまっすぐに降りてた。
それがまた猛烈にオレをそそる。

「…………」


全然オレのガラじゃなかったが、…つい、…オレは果凛にキスしてた。


いったん唇に触れてしまうと、離れる間を逃してしまう。
柔らかすぎる果凛の唇に、オレは何度もキスした。
…何度でもキスしたかった。
オレにキスされてる果凛は何だか非現実的な存在で、確かめるためにオレはまた唇を合わせる。


「!」
ドアの音で、急に現実に引き戻された。
「……つよし?」
「あぁ……」
今年から大学生になった兄貴が、帰ってきた。
あいつの帰宅時間はいつもこんなぐらいだった。
(何だよ…剛志…)
オレはこのタイミングで帰ってきた兄貴にちょっとムカつく。

「……」
二人で黙ったまま、ベッドの端に座った。
「……」
兄貴の部屋から音楽が漏れてきて、オレは少しほっとした。
全く静かでいられるより、音をかけてくれてた方がずっとマシだ。
今、果凛がここにいるなんて兄貴は想像もしていないだろう。
バレたら、何を言われるか分からなかった。

「…あのさ…」
果凛が小さな声で言う。
「…ああ…」
とても話ができる場じゃなかった。
それでも果凛が隣にいてくれてる事が、オレは素直に嬉しかった。

オレは果凛の頬に触れた。
ほっぺたも、ツルツルしててすごく柔らかかった。

「………」

こんなに何度もキスした事って、オレは今までなかった。
吸いついてくるような果凛の唇の感触に、オレはゾクゾクしてしまう。
(果凛……)
キスしながら、頬や髪に触れた。

(なんだか…)
果凛の唇に触れるたびに、オレは本当はずっとこうしたかったんじゃないかと思ってしまう。

(…好きだ……)


言葉で言う代わりに、オレは何度も果凛にキスした。
ギュっと抱きしめたい気持ちをこらえ、そのまま押し倒したい衝動を抑え、
オレは鳥肌が立つほど興奮しながら、果凛とキスを繰り返した。

 

ラブで抱きしめよう
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