奇跡の青 |
12・2人きり(敦志視点) |
「あいつ、すごい可愛いよな」 級友の小倉の言葉に、一瞬オレはビビった。 「えっ……“あいつ”って誰だよ」 オレは小倉の視線の先を見た。 休み時間の次の授業へと移動中、廊下の離れた場所に“あいつ”が見える。 向こうはこっちに気付いてない。 「名前、何だったけ……えーーと、D組の、『アヤサキ』だったっけ」 「…………」 小倉が言ってるのが果凛の事だってのはすぐに分かった。 オレは返す言葉に困る。 「駒井沢、…知らない?アヤサキ」 「……」 知ってるも何も…。オレが返答を考えてる間に、小倉は言った。 「知らないのか?結構、アヤサキって有名なのに」 「有名?なんで?」 オレは変な顔をしてたと思う。 小倉は普通に答えた。 「だって可愛いじゃん、かなり。…あいつ狙ってるヤツって結構いるぜ」 「うそだろ」 思わず大きな声を出してしまった。 「気ー強そうだからみんな引いてるけどさ、…スタイルめっちゃ良くね?乳デカそうだしさ」 オレは小倉の言葉を疑った。 そういう目で色んなヤツから見られてるのか。 (あいつ、派手だしな……) オレは付き合ってるって事を小倉に一瞬言おうかと思ったが、やはり言わなかった。 (コイツ……そんな風に果凛を見てんのかよ) 小倉を見たオレの目は、ちょっと睨んでたかも知れない。 「なんだよ、駒井沢…」 「何でもねぇよ」 オレはその場から離れたかった。 小倉は、オレと奈那子が付き合ってて別れたって事は知ってた。 だけど果凛と付き合ってるって事はバレてなかった。 果凛が他の男から『女』として、ジロジロ見られてるっていうのは何となく分かってた。 本人が「全然モテないよ」とあまりに言うからオレはほとんど気にしていなかったのに、身近な人間からそんな風に見られていたというのは意外だった。 改めて、果凛のことを客観的に思ってみる。 スタイル、いいんだよな。多分。 乳、……デカそうなんだよな。確かに。 顔は確かに可愛い。 性格は…あんまり理解できないが、悪いヤツではない。 普通、これだけ条件が揃えばモテると思う。実際のところどうだかは知らないが。 (「綾崎」、か……) 小倉が果凛を見ていた目つきを思い出す。 何だか気が重くなる。 授業が終わり教室へ戻る途中、偶然友達と廊下で話していた果凛と出くわした。 「あ、敦志」 果凛はオレに声をかけてくる。 以前、学校で会う果凛をほとんど無視してたら咎められて、それ以来一応会釈ぐらいはするようにしていた。 オレの隣には小倉がいた。 「…おぉ…」 オレは小さく声だけ返して、そのまま果凛の横を通りすぎた。 「『敦志』って……お前の事だよな」 思い切り怪訝そうに小倉は言った。 「何?綾崎とどういう関係??」 (しょうがねぇなぁもう……) オレはハラをくくる。 「オレさ、…」 オレは足を止めた。 「?」 「………宇野と別れただろ」 「ああ」 それがどうした、って顔で小倉が頷く。 「今、あいつと付き合ってるんだよ」 「………………あいつって…」 小倉はすぐに理解できないようだった。 (分かれよ) オレはため息をついた。 「うそ!」 小倉は真剣に驚いてた。 部活の後、果凛の家に寄るのがほぼ日課になっていた。 自転車で帰る道すがら、小倉のリアクションを思い出して笑いそうになる。 奴は本気で驚いて、最後には半分オレに怒ってた。 (怒ること、ないだろ……) 実際のところ、小倉は相当果凛の事が好みだったらしい。 (そう言われてもな…) 奴には悪いが、アイツはもうオレの彼女だ。一応。 「おーサンキュー」 オレは果凛が用意してくれてたミスドーを箱ごと受け取る。 自分の家のように、果凛の家のリビングでくつろぐオレ。 部活で腹が減っていて、オレはすぐにドーナツを出して食った。 そんなオレを見る果凛の視線を感じる。 オレもちょっと横目で果凛を見る。 やっぱり可愛いじゃん、と満足する。 「……好き」 「えっ……ゔっ!」 油断してたところに突然そう言われて、オレは思い切りむせた。 「はあ…」 (何なんだよ…人が食ってる時に…) 「……唐突だな」 やっと落ち着いたオレは、果凛を見て言った。 果凛の顔が結構マジだったし、そんな姿も可愛かったからオレはちょっとビビった。 オレは目をそらした。 「敦志は?」 果凛が真面目な様子で言った。 「………」 (こうしてるんだから、『好き』に決まってんだろ……なんだよ今更) しばらく黙ってた。 だが果凛がオレの答えを待ってるから、オレは仕方なく頷いた。 「うん」 果凛が身を乗り出してくる。 「……もっと、ちゃんと言ってよ」 「…分かるだろう」 オレは腰を上げて、果凛からちょっと離れた。 「たまには、言ってよ〜」 果凛は更にオレの側に来る。 ベタっと、オレの右腕に当たるのは……果凛の胸だ。 (何だよ、わざとか?) 「近いよ、お前」 無意識にやってるならば余計ヤバいだろうと思いつつ、オレは果凛の胸の感触から逃れる。 だけどソファーの隅に追いやられて、これ以上左には行けない。 そう思っていたら、果凛は驚くべき行動に出た。 (…………!!) 果凛がオレを跨いだ。 スカートが短くて、太腿がまともに視野に入る。 一瞬、パンツ見えたんじゃないか? オレが驚いてる間に、果凛はそのままオレの腿の上に腰を下ろした。 「何だよ」 果凛の生足の感触が、オレの足へと伝わる。 「…スカートで、乗ってくるなよ」 オレの上に果凛がいるのは嫌じゃなかった。 むしろ、気持ちは『嫌』とは正反対のところにあった。 だが二人きりのこの場所で、この体勢はかなりヤバい。 「敦志がちゃんと言ってくれないから」 そう言って果凛はオレの首に腕を回してくる。 「…………」 心臓が一気に音を上げる。 その血流はあっという間に全身に回って、そして一箇所へ集まってしまう。 男の条件反射だ。 果凛はオレに回した腕に力を入れる。 (オイオイオイオイオイ……) 体が密着していた。 オレの足に伝わる果凛の体温だって相当ヤバいのに、オレの胸に果凛の乳までピッタリくっついていた。 一瞬、手を伸ばしてしまいそうになる。果凛の胸へ。 オレは慌てて我に返る。 「おい……果凛…」 「………」 果凛はもっと抱きついてくる。 「キスなんて、しないもん」 「………」 (何だよ、それ) …わざと、オレを苛めてんのか? …それとも、真剣に誘惑してんのか? どちらにしてもオレは果凛を触りたくてたまらなくなる。 だけど触ると、…もっと先に進みたくなる。 (今、ここではヤバいって) オレは、果凛を振りほどこうとした。 「ダメー……」 果凛がオレの耳元で言う。 結構力を入れたのに、しがみついてる果凛を離せない。 「こういうのやばいって、果凛」 オレはほとんど懇願していた。 マジで、こんな風にされたら心臓も体も持たない。 「………敦志」 そう言ってオレを見た果凛の目は、驚くほど色っぽかった。 「………」 思わずキスしようとして近付いたオレを、果凛は避ける。 (嫌がるなら、そんな顔するなよ…) オレはどうしていいか分からなくなって、また果凛を見た。 彼女はさっきよりも潤んだ瞳で、オレを見つめ返してくる。 果凛の開いた唇からは、オレの心を掴む言葉が零れる。 「敦志、…好き」 今度こそオレはキスした。 果凛の唇はすごく柔らかくて、押し倒したい衝動に駆られる。 オレは果凛の腰に手を伸ばした。 体を抱き寄せる。 「んんっ…」 オレの上にいる果凛が声を漏らす。 (そんな声、出すなよ……) たまらなくなって、オレはもっと深く果凛にキスした。 このまま、全てが繋がればどんなにいいかと思う。 「………」 「………」 ……この感触が、オレを切なくさせる。 やっと唇を離したオレは果凛を抱きしめながら言った。 「…バカか、お前」 「………」 「…分かってるくせに」 好きなんだぜ、と心の中で言う。 華奢な腰を、思わず掴んでしまう。 「あのさ…」 果凛が声を出した。 「……」 体を離してオレは果凛を見た。 彼女はちょっと笑った。 天使みたいな顔で、果凛は言った。 「敦志、…勃ってない?」 「………っ…」 意外な台詞に、オレは心底焦る。 確かに、オレは勃っていた。 「……し、しょうがないだろ…」 オレは果凛をまともに見られない。 (そういうの、指摘するかフツー?) 「…もう、……降りろよ」 オレは今度こそマジで力を入れて、果凛を引き剥がした。 「なんで…?乗るの、イヤだった?」 (そういう事じゃないだろう…) 女って、男のこと全然分かってない。 オレはこの「間」に耐えられなくて、帰ろうと立ち上がりかけた。 「帰っちゃうの??」 果凛があんまり悲しそうな顔になるから、オレはもう一度ソファーに腰をおろした。 (……振り回されるよなぁ) ころころ変わる果凛の表情と同じぐらいに、オレの気持ちも揺さぶられる。 「…大体、お前スカート短すぎるって」 こうしてただ座っていても、隣にいる果凛の太腿はほとんど全部見えてるんじゃないかと思う。 オレが揺さぶられるのは気持ちだけじゃなかった。 「…普通だよ」 果凛は不満そうに答えた。 考えてみれば、学校でも果凛は無防備そうだ。 こんな感じだったら、男からジロジロ見られても仕方がないと思う。 小倉の事を急に思い出した。 「…はあ…」 オレはため息が出てきた。 「ここにいる時ってさ……いつも二人きりだろ」 「ああ…」 果凛が頷く。 「結構、………」 そこまで言ってオレは気付く。 何をオレは言おうとしてるんだ。 「何よ?」 果凛が責めるみたいな口調で、おれの言葉の続きを促す。 「………」 今日は『告白』づいた日だなと思った。 仕方なくオレは、素直に言った。 「イッパイイッパイなんだよ、オレも」 勃起まで指摘されて、これ以上恥ずかしい事はないって気分だった。 果凛は鈍感そうだから、こうまで言わないときっと分からないだろう。 「いいのに…」 「あ?」 オレが顔を上げると、果凛はニコニコしていた。 その笑顔が優しげで、オレは戸惑う。 「いいのに、敦志の好きにしてくれて」 「……………」 (やべー可愛すぎ…) 本人は全然意識していないであろう果凛の全てが、オレには痛すぎるほど魅力的だった。 普段はそれをできるだけ見ないようにしているのに、こうストレートに来られると…たまらない。 サシで勝負するなら多分オレはいつも「負け」だ。 本格的に自分を抑えられなくなりそうで、オレは急いで玄関へ向かった。 「…何、…もしかして怒った?」 心配そうに、後ろから果凛が追いかけてくる。 (ごめんな、こんなオレで…) 自制はできない、言葉は足りない、…自分がちょっと情けなくなってくる。 「………」 オレは果凛をただ抱きしめた。 「……敦志…」 果凛の柔らかい頬がオレの頬に当たる。 もしかしたら体中こんな感触なのかと想像するとまた、たまらなくなってくる。 「果凛…」 オレは腕を離した。 「あんまり、適当な事言うなよ……」 『好きにしてくれていい』、なんて言われたら、普通、間違いなくその気になるだろう。 (言ってる意味、分かってんのかよ…) 何度も自分の中で果凛の言葉を反芻するたびに、果凛の感触を思い出してしまう。 アイツに『ダメ』って言われても、もうオレの限界は確実に近付いてた。 果凛に、触れたくて仕方がなかった。 |
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