奇跡の青

17・ずるい男

   

まさか敦志が部活をサボってくれるなんて考えもしてなかった。
冗談で、「サボっちゃえばぁー?」とか言ってたことはあったけれど。

その日は実質的に『クリスマス』って感じで、街はどこに行っても混んでいた。
私は敦志と1日ゆっくり過ごせることがすごく嬉しくって、どんな人ごみの中にいても気にならなかった。
敦志が何か買ってくれるって言ってくれたから、私たちはブラブラと色んなところを見て回った。
私は買い物にすごく時間がかかるタイプで、あちこち彼を引っ張りまわしたけど、彼は文句も言わずについてきてくれた。
その日、1日中優しくしてくれた敦志に、私はすごく感動してしまった。
クリスマスは、ホントに良かった。


冬休みに入ったっていうのに、敦志の部活は相変わらず忙しそうだった。
おまけにせっかく休みなのに、夜にはわざわざ冬期講習へ行くようになって、ますます私とは会いづらくなってきた。
もう、めちゃくちゃ会いたいのに。


「あーつーしーくーん」

私は呼び鈴を押しながら言った。
ドアが開いて、おばさんがビックリして出てくる。
「あらあらあら、果凛ちゃん??どーしたの?」
「敦志くん、いますかー?」
「いるわよー。もうすぐ塾だけど……。いやあ、久しぶりねえ♪とにかく、あがってあがって♪」
「おじゃましまーす」
この展開は予想できてた。
敦志のお母さんはすごく明るい人で、近所の人たちはじめ色んな人と交流がある。
なんで息子の敦志が普段無愛想なのかが分からない。
って、そう言いながらも敦志も『部長』やってたりするし、案外人付き合いはいいのかも知れないけど。

おばさんは私を客間に通してくれた。
「果凛ちゃんは、いつ見ても可愛いわねえ…。ホントにキレイになって〜。
おばさんは娘が欲しかったわよ〜男の子はもーガサツで。」
私は答えに困って、部屋を見回した。
「このお部屋、変わりましたねぇー」
昔のことはあんまり覚えていなかったけれど確か洋室だったと思う。
でも今は和室になっていて、前よりもずっと広い感じがした。
「お客さんが多くてー…。人数が入るように改装したのよ〜、最近はねぇ……」
色々と喋りながら、おばさんはお茶を入れてくれてる。
(えーっと……)
「あ、…あのー…敦志くんは……」
「ああ!敦志ね!……やだやだ、つい久しぶりに果凛ちゃんが来てくれたから、はしゃいじゃって!」
このままおばさんと喋っててもいいかなと一瞬思ったけど、やっぱり敦志に会いたかった。


「…………なんで」

降りてきた敦志は、なんだかムっとした感じで眼鏡越しに私を見た。
濃い色のGパンに、珍しく白いセーターを着てる。
いつもより明るい感じだった。
(ああ、こんな感じの敦志も好きかも…)
そう思ってたのに、長方形の和テーブルの真ん中あたりにいる私を避けるみたいに、敦志は端っこに座った。
(何、この距離…)
敦志はキッチンに背を向けてた。
私が敦志の方を見ると、おばさんが視野に入る。
おばさんは目が合うとニコっとしてくれて、つられて私は会釈した。
そんな私の様子を見て、敦志が不機嫌になる。
最近、敦志がそんな顔になるときはちょっと困ってるときだって、私は気付いた。

「……………」
「……………」

ホントは敦志の側に寄って、ギューっと抱きついたりしたかった。
だけどおばさんの視線が、さっきからめっちゃ刺さってた。
言いたいことはお互いにあるのに、なかなか言葉が出ない。
「……上、行こう」
敦志が立ち上がった。
「う、うん…あっ、待って」
私は目の前のコーヒーを飲み干してから、腰を上げた。

「じろじろ見んなよ」
おばさんに向かって小声で言うと、敦志は私を隠すみたいにしてドアを閉めた。
私は階段を上がる敦志に黙ってついて行った。


「なんだよ、…突然」
敦志の部屋に入っても、彼は機嫌の悪い表情を崩さなかった。
「だーってー…、会いたかったんだもん……」
「あのなー、来るんならひとこと言ってから来るとかしろよ……お前なー」
せっかく来たのに、非難されてるみたいな気になって私はちょっと悲しくなってくる。
「………」
敦志の言い方があまりに冷たかったから、なんか凹んでしまった。
(会いたかったんだもん……)
もっと歓迎されるかと想像してきたのに。
「……ごめん……」
私はとりあえず謝ってみたけど、悪いことをしたみたいな気になってますます凹む。
(もう帰ろうかな……)

「…あーあ……もう…」
敦志はそう言うと、私を抱き寄せた。
「敦志……」
私はちょっとビックリしつつも、一気にドキドキが高まってくる。
「完全にバレただろー……うちの母親、うるさいぞ…」
「えっ、うるさいの?」
意外な一言に、驚いて敦志を見た。
「『うるさい』って、違った意味でな……」
「ああ、ああ、…そうか…」
なんか分かる。おばさんのあの調子じゃ、敦志は色々言われそうだ。
「…でも、絶対いつかバレるよ?こんな近所だし」
敦志とおばさんのやりとりを想像して、私はちょっと笑ってしまった。

「………ハア…」
思いきり溜息をついて、敦志は私から離れた。
「もう、全然時間ないし」
そして腕時計を見て、机に乗せてあったカバンの中身を確認した。

「来るなら、もうちょっと早く来いよ」
「……ん」
やっぱり敦志が好き、ってつくづく思う。
ちょっとそんな風に言われるだけで、さっき凹んだ分の5倍増ぐらい嬉しくなってくる。
「とりあえず」
「何?」
私は敦志を見上げた。
彼は相変わらず不機嫌そうにしてた。

「キスさせろ」



歩いて、敦志を駅まで送る。
その間もキスの余韻を引きずってて、ずっとボーっとしてた。
(なんか、ズルくない…?)
冷たいとこと、熱いとこで、敦志は絶妙に私を翻弄してる気がする。
自分の部屋に帰っても、まだドキドキしてた。



「絶対ズルいと思う!」
「えっ、なにがなんで」
亜由美は怪訝そうに私を見た。
あまりに時間を持て余していたから、私は亜由美を誘って今日はネイルに行った。
その帰りに、タリーズでお茶してた。
コーヒー専門店はお店中がいい匂いがして、大好き。
「あーあーあー…、なんで同い年なのに、あいつばっかりこんなに忙しいんだろー」
ヒマさの反動で、清楚とは真逆の爪にしてしまった。
(あいつ、嫌がるだろうなぁ)
でも勿体無いからしばらくはコレでいよう。
「なんかさ、二人が付き合ってから彼が果凛と一緒にいるところ見たことないから、全然『彼』のイメージが湧かないよ」
「だって学校で一緒にいるの、イヤみたいだし…」
敦志が許せば、私は結構べったりしてしまったかもしれない。
だからアイツが嫌がるっていうのも分かる気はしてた。

「試合とかあるんだったらさ、見に行ったらいいじゃん」
亜由美はカップに手を伸ばす。
彼女はバイトがあるから、爪はナチュラルな感じでツヤツヤしてた。
こういう感じもいいなあと思う。
「ああ……試合ねぇ…」
冬は試合が多いって言ってた。
屋外スポーツって、夏は暑いし冬は寒いし……私には絶対無理だ。
「そういえば今日もだよ」
私は何の気なしに言ったのに、亜由美は食いついてきた。
「どこで?行ける場所ならさ、見に行かない?なんか『彼』を見たくなってきた」
「えーーー、どっか競技場って言ってたけど……」

敦志が試合してる場所は、私たちが遊んでいたところからかなり近かった。
亜由美と私は電車に乗って、わざわざその小さな競技場へと向かった。
試合を見に行くなんて発想、全然なかった自分に驚く。

「うっ、わー……さっぶーーーーー」

今日は風がなくて良かったと思った。
それなのに、結構寒い。
勿論立派な観客席なんてなくって、亜由美と私は少し離れたベンチに座った。
暗くなり始めてきた薄曇の空。
男の子たちの声と、砂を蹴る音が響く。
目の前の、フィールドのどこかに敦志がいる。
「うちの高校って、あんなユニフォームなんだ」
亜由美が言った。私もそう思う。
「あー、来ちゃったよーこんなとこまで……なんかすごい恥ずかしいんだけど…」
「ねえ、『敦志くん』、どこ?」
「えーっと……、あれだ……あの10番」

………敦志。

やばい、マジで胸がキュンってした。
走る敦志、…声を出す敦志、真剣な表情の敦志……。
普段、見たことのない敦志の姿に、私はマジで鳥肌が立つ。
(うわーーーー……好き……)
遠くから見てるだけなのに、なんだかウルウルしてきた。

「ちょちょちょ、果凛」
「えっ、何?」
「超ー、目がハートなんだけど」
「……うそ」
自分で自分が恥ずかしくなる。
亜由美に思いっきり笑われた。
「ねえ、敦志くんってポジション何?試合って今、どれぐらい進んでんの?」
「えー、…よく分かんないよ」
「何よ、『彼女』なのに分かんないの?」
「『彼女』だからって、私、サッカーってそんなに興味ないもん」
ワールドカップの時とかは便乗して盛り上るけど、普段のサッカーを90分も見る根性は私には無かった。
長い笛が鳴る。
「あれ?終わったっぽいよ」
亜由美が少し腰を浮かせながら言った。
「ホントだ……間に合って良かったね」
私も立ち上がる。
亜由美はバッグを前に抱えてブルっと震えた。
「あー早く終わって良かった〜。さむ〜」
確かに寒かった。

ふっと気が付くと、男子の視線を感じた。
知らない学校の子まで、私たちを見てた。
わざわざ寒空の中、見に来ている女の子なんて私たちしかいなかった。
A高の子たちがザワザワしてる声がここまで聞こえた。
勿論私と同じクラスの子もいる。

「コマ!彼女来てっぞ!」
大声で敦志を呼ぶ声が響く。

「………」
私は亜由美と顔を見合わせた。
遠くにいた敦志が、私たちの方を向いた。
敦志は私たちを見つけて、驚いてた。
「………あ、敦志くん、だ?」
亜由美が小さな声で私に確認する。
「うん」
私は頷く。
「なんか最近視力落ちたかもなぁ…」
亜由美は呑気にそう言ったけど、私はもうドキドキだった。

意外なことに、敦志は真直ぐ私たちの方へ歩いてきた。
(また怒られるかも…)
私は更にドキドキしてくる。
「なんだよ、来たのか?」
今日の敦志はそんなに機嫌悪そうじゃなかった。
「どうもー。果凛と話してたら、近かったみたいだから来ちゃって」
私が口を開く前に、亜由美がニコニコしながら言った。
敦志が機嫌悪くないのは亜由美がいるからか、と納得する。
「ちょっとだけしか見られなかった…。さっき来たとこ」
言い訳みたいな言い方だなと我ながら思う。
「…………」
「…………」
「コマ!」
遠くから誰かが敦志を呼んだ。

「着替えるから、待っとけ」
敦志はちょっと私に近付いてそう言うと、顔も見ずに背を向けて行ってしまった。


「待っとけ、だってー……」
ニヤついた亜由美が、私の肩を叩いた。
「敦志くんって、近くで見た方がカッコいいね」
「そ、そうかなぁ…」
一緒に帰れるなんて全く考えてなかったから、敦志のひとことはすごく意外だった。
「あたし、先帰ろうかな」
亜由美は気分を悪くするでもなく、ニコニコしてくれてた。
「…あ、亜由美〜、一緒にいて〜」
向こうに部活の子たちが大勢いるのに、一人で敦志を待つのが心細かった。
「いいの?二人きりの方がいいんじゃないの?」
「ううん、ううん……」
「ふうん……ホントにいいのかなぁ」

日が沈みかけていて、外で待ってるのもかなり寒かった。
「ごめんねー…亜由美…寒いしー」
「いいよ別に」
「あーまだかなぁ…」
そう言ってるまさにそのときに、敦志が来た。


またも私の予想に反して、敦志は亜由美に対して結構愛想よく接してくれた。
そのまま3人で電車に乗ってそして亜由美と別れた後、私たちはファーストフード店で寄り道をすることにした。

「試合中、来てるの全然気付かなかった」
敦志はハンバーガーを食べながら飲み物にも手を伸ばす。
「着いたの結構ギリギリだったしね……」
黙々と食べる彼を、私はしばらく黙って見ていた。
さっき、亜由美と一緒の時の敦志は、なんかいい感じだった。
私の前で不機嫌な顔をしたり無愛想だったりする人とは、別人みたいだった。
今日は敦志の色んな面が見れたような気がする。
サッカーをしていた敦志は、それはそれでまた格好良かった。
『敦志』は男らしい人なんだな、としみじみ思った。

「何?」
敦志が唐突に顔を上げた。
「ん?」
私は聞き返す。
「お前も食べたいの?…じっと見て」
「…ううん……さっき亜由美といっぱい食べちゃったもん」
「ふうん……」
敦志は私が今日会いに行ったことに対して、特に何も言ってこなかった。
迷惑そうにされるかもとちょっと思ったりもしたけれど、そうでもなかったし。
もっと嬉しそうなリアクションをしてくれるのを期待してた気持ちもあったけど、そんな素振りもなかった。
(せっかく、来たのに…)
私は、下を向いてズレかけた敦志の眼鏡をじっと見た。
(だけど、会えたのは嬉しかったし…)
敦志は左手の指先で、眼鏡のフレームの真ん中を持ち上げる。
(知らない色んな顔が見れたから、いいか)
そう考えると、自然に笑顔になってしまう。

私はそっと手を伸ばして、テーブルの上の敦志の指先を触った。
敦志は私のピンクの爪についたラインストーンを撫でた。
「なんだよ、この爪」
「……こういうの、イヤ?」
絶対敦志の趣味じゃないってことは分かってた。
だけど、私はこういうの好きだし。
「別に……」
そう言って敦志は私の手をちょっとだけ握ると、すぐに手を引っ込めた。
ちょっとでも手を握ってくれたから、私は嬉しくなる。
敦志はその手でそのまま頬づえをついて、不機嫌な顔で向こうの方を見た。

(もしかしてまた、機嫌悪くなっちゃった…?)
私の気持ちはすぐに浮き沈みしてしまう。
敦志のせいで、最近へこんだり盛り上ったり、…感情の起伏がすごく激しくなってる。
(爪が派手すぎたから怒ってるのかな…)
こんな風に人が沢山いる店の中で手を触ったりしたから、怒ったのかな…。
私が勝手にドキドキしていると、敦志はふと私に視線を移して、言った。

「時々さ……」
「うん?」


「お前とオレだけの世界になったらいいのに、って思うときがあるよ」


「…………」

人って、本当に恥ずかしいとか嬉しいとか、そういうときはノーリアクションになってしまうって事を知った。
私は敦志の意外な台詞に、胸が一杯になって頭が真っ白になってた。
普通の顔で、普通に私を見てる敦志。
だけどその普通の顔だって、やっぱり大好きだったりして。
ただでさえ、大好きなのに、…そんなこと言われると、もう…どうしていいか分からなくなる。
もう、すごい好き。
ホントに、やばいぐらい好きだ。

「ズルいよ……敦志は」

「?なんで?オレが?」
「そんな事、平気な顔で言うから」
「……」
敦志は自分の言った台詞の恥ずかしさに気がついて、みるみる真っ赤になっていった。
そんな姿が普段の敦志とはまた全然違ってて、すっごく可愛い。
(ああ、もう……)
目の前でものすごく照れてる敦志を見てたら、また胸がギュっと締め付けられてしまう。

「だからそういうのも、ズルいんだってば」

何だかホントにもうすごくドキドキしてる。
敦志のことをもっともっと知りたかった。
だけど、知るたびに…こんなにドキドキしてたら、私はホントにどうにかなっちゃうんじゃないかと思う。

 

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