奇跡の青 |
4・果凛(敦志視点) |
ドアを開けると、果凛が立ってた。 今日は母親の仕事がらみの友人(おばちゃんばかりだが)が大勢うちに来ていて、手の離せない母親の替わりにオレが玄関に出た。 当然オバちゃんだと思っていたオレは、意外な訪問者に心底面食らった。 「敦志…。急にごめん」 「果凛?」 今日は久しぶりに奈那子と会って、帰ってきた。 奈那子っていうのはオレの彼女ってことになってるけど、最近のオレの気持ちとしては微妙なところだ。 …そもそも、オレは女に対して執着心がなかった。 今は部活が第一で、次に男仲間、その次に勉強で…オレにとって『彼女』の存在はかなり優先順位が低かった。 奈那子は、どうもそれが不満らしかった。 彼女に告白されて付き合い始めた当時、奈那子はもっとあっさりしたヤツだったはずだ。 そんなところが気に入っていたのに、最近はどうも少し違う。 オレが彼女を避けてる、っていうのも感づかれてるのかもしれない。 いや、奈那子が変わったのはあれ以来だ…。 「えーっと…」 果凛が下を向いて口を開く。 「何?」 オレは目の前の果凛を見た。 私服を見るのは久しぶりで、初秋だってのに露出した格好してた。 (派手なヤツ……) 果凛は奈那子とは全く違ったタイプだった。 果凛はいかにも街をチャラチャラ歩いてそうな感じだ。 オレはヤツの足元を見た。 日焼けした足にはまだ肌色のテーピングがしてあって、何かスポーツをしてる人みたいに見える。 実際、運動系とは無縁なヤツのに。 「こんにちわぁ!」 いきなりドアが開けられて、母親の仲間が入ってくる。 「あら、…こんにちは」 おばちゃんは玄関に立っていたオレたちに驚いて、そして愛想笑いで果凛とオレをジロジロ見た。 「どうぞ、入って下さい」 オレはリビングの方を手で指した。 「どうも〜」 おばちゃんはそそくさと家の中に入っていく。 「…お客さん、沢山来てるみたいだね」 果凛は玄関に並べられた靴を見て言った。 「……ちょっと、出るか」 少し話すにしても、ここはあまりに落ち着かなかった。 果凛がまだ怪我しているのは分かってたから、オレは自転車を出して少し行ったところにある安いファミレスに入った。 「急で、ごめん。…今更だけど、今、大丈夫だった?」 「ああ、ちょうど帰ってきたとこだったから」 「ふうん」 果凛はメニューを閉じた。 オレたちは飲み物だけをとりあえず注文した。 日曜日、夜になりかけてたファミレスは結構混んでた。 「ごめん、あたし…、変な時間に来ちゃったね。ちょっと話できればよかったのに」 「いいよ。帰ったら家の中おばちゃんばっかりで、どうしようかと思ってたとこだったし」 オレはホントにそう思ってた。 果凛はそれを聞いてニコっとする。 元々可愛らしい顔だから、笑うとそれが際立つ。 「携帯番号知ってたら、それで済んだんだけど……。聞いといたらよかった。 忘れないうちに教えてもらってもいい?なんかあったら電話の方がいいし。」 「ああ…」 オレはポケットから携帯を出した。 果凛は小さなバッグをごそごそやってる。 思いっきり下を向いてるから、襟ぐりの開いたキャミソールが開いて胸の谷間がガバっと見えた。 (おいおい……無防備すぎだろ) オレは一瞬まともに見てしまった。 コイツ、体の割にかなりしっかり胸がある。 「えっと」 果凛は急に上を向いた。 オレは慌てて目を反らした。 「今日、出かけてた?」 オレは果凛に言った。 果凛は明るい色をした髪の毛先をクルクルに巻いていて、いかにも外出してましたって感じに見えた。 「ううん、どこにも…。だって足、まだこんなだし」 女の子って家にいるだけでもこんなにちゃんとしてるんだって、オレはちょっと感心する。 しかし果凛のキャラクターは、いかにも『女全開』って感じだ。 「足っていえば、ダイブ普通に歩けるようになってきたじゃん」 オレは言った。 「うん…おかげさまで…。ホント、敦志のおかげだよ」 しおらしい感じで果凛が言う。 最近また果凛と話してみて、気がついた。 見た目は随分変わったが、中身は相変わらずって感じだった。 強気で『言いたいこと言い』のくせに、意外と優しくて可愛いとこがある果凛。 「治ってきて、良かったじゃん」 「うん……」 果凛は何か言いたそうに、それでも言いづらそうにしてる。 「あのさ、」 果凛はおもむろにオレの顔を見た。 「?」 真直ぐ見られると、やっぱり果凛の目は大きくてパッチリしてるなと思う。 「明日も、早いの?」 「あ?ああ…」 オレは頷いた。 雨の降らない限り、ほとんど毎日朝練習があった。 「…あのさぁ…」 果凛は目を反らして、自分の手元を見つめた。 指先でストローを弾いている。 「明日も…一緒に行ってもらってもいいかなぁ…」 「別にいいけど」 オレは素っ気無く答えた。 一人後ろに乗せてこぐチャリンコは結構しんどかったけど、運動系のオレはそれもトレーニングのつもりでいた。 それに、何年も全く会話もなかった果凛とこんな風に話ができるようになったのは、素直に良かったと思う。 オレは今まで果凛のことを誤解していた気がする。 勝手に彼女のイメージを作って、ただの派手な軽い女になってしまったと思いこんでた。 幼い頃仲が良かっただけに、オレは何となく裏切られたような気がしていた。 だけどそれもオレの思い込みだと知った。 (浅いな……オレも) 見かけで人を判断するなんて、いい人間じゃないなと自分に対して思う。 その『見かけ』だって、オレの中で勝手に悪い方に印象付けたものだ。 その夜、オレは果凛の夢を見た。 夢の中のオレは子どものままで、そして果凛は今の果凛だった。 我がままな子どものオレは果凛に一方的にあやされていた。 だけどイヤな気持ちじゃなかった。 ……不思議な夢だった。 |
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