君の香り、僕の事情

●● 10 ●●

   

茉莉と一緒に帰る回数は告白以前より減ったものの、週に何度かは深雪は茉莉の部活の終わりを待った。
茉莉は深雪に対して申し訳ない気持ちを常に抱えながらも、それでも深雪が待っていてくれる事が嬉しくて、『友達でいいから』という深雪の言葉に甘えて、そのまま成り行きに任せていた。

「つかさたちは、クリスマス何してんの?」
当然のように一緒にランチをするようになった4組の中で、樹生が言った。
「ソフトは毎年恒例行事があって」
そう言ってつかさは茉莉と目を合わせる。
今日のつかさはツインテールの部分を三つ編みにしていた。
「コーチに来てくれてる先輩の家が広くて、そこで部員はクリスマス会するの」
「ウエッ、クリスマスまで部員と集まんの?」
順平が嫌そうな顔でつかさを見る。
「でも、結構盛大なんだよ。豪華なホームパーティーって感じで」
「そーなのかよ…」
(ソフト部の連中じゃ、彼氏のいるやつはほとんどいないか…)
順平はそう思ったが、口には出さなかった。

深雪はそっと茉莉の様子を伺った。
(クリスマスまで部活かよ…)
今順平が言った言葉を、深雪も心でなぞる。
茉莉とは付き合っていなかったから、クリスマスを一緒に過ごす口実も無い。
それでも既に茉莉の予定が埋まっている事を知り、顔には出さないようにしたが、実は深雪はかなりへこんでいた。

放課後、深雪は樹生と2人で街をブラブラしていた。
樹生といる時は、珍しく深雪の視線が上がる。
身長の高い2人は、普通に歩いているだけでも女子の注目を集めた。
「あの子たち、カッコいいね…」
「絶対モデルみたいな彼女いるって」
そんな声が樹生の耳に入る。
「実際、オレら2人とも彼女いねーけどな」
小声で樹生は深雪に言った。
深雪は苦笑する。
男物の洋服が集まったフロアの奥に、ファストフードと喫茶店の中間ぐらいの店がある。そこへ2人は寄る事にした。
樹生が彼女を作らない理由を、深雪は聞く気にはなれなかった。
今まで深雪自身が、彼女を作る事なんてどうでもよくて、むしろいないぐらいでちょうどいいと思っていたからだ。
なぜ、とその理由を誰かに問われたら、答えるのは難しい。

樹生はおかわりOKのコーヒーを頼む。深雪もそれに便乗する。
高層から見る景色は駅前を一望でき、寒そうに歩く人の姿が小さい。
「茉莉とは相変わらずかー」
目を細める樹生は大人っぽく、彼は深雪たちの集団の中でもよく年上に見られていた。
「健気だよなー、深雪のくせに」
そんな風に深雪に突っ込めるのは、茉莉も深雪の事が好きなのが分かっているからだ。
誰の目から見ても両想いなのに、茉莉が深雪と付き合わない事が、皆不思議でならない。しかし一番そう思っているのは、当の深雪本人だ。
「いーんだよ。オレがそうしたいんだから。まつりの事はそっとしておいてくれよ」
友人以外の他の同級生から、時折茉莉と付き合ってるのかと聞かれる事が増えていた。
その都度、深雪は肯定も否定もせず、曖昧に返事を返した。
「はいはい。まあ、傍から見てても深雪と茉莉はお似合いって感じだしな。そのうち自然に付き合っちゃうんじゃね」
「お似合いって、マジでそう思う?」
「おお。茉莉は背が高くてシュっとしてるけど可愛いじゃん、お前もシュっとしてるけど可愛いとこあるし」
そう言って樹生は笑った。
「んーだよ…」
深雪は肘をついてふてくされた。

「クリスマス、結局どうすんだよ」
樹生が天然パーマの髪をかきあげた。
「バイトしようかなー、短期の。どうせ冬休み入ったらまつりは合宿行っちゃうみたいだし」
「ご指名で合宿かー。なんか、スゲーよな。どうする?日本代表とかに選ばれたら有名人じゃん」
「別に選ばれたぐらいじゃ有名人にはならねーと思うけどな…」
深雪は冷静に返す。
大学の合宿に呼ばれた事もあり、茉莉のヤル気がさらに高まったのは事実だ。
今更に、深雪のために割ける時間が無いと、茉莉が言ったのも理解できる。
(でもなあ…)
茉莉の生活や気持ちの中に、自分の入り込む余地の無い事が、深雪は何よりも空しかった。
(オレはまつりの事ばっかなのにな……)
隣にいる樹生の目にも分かるほど、深雪は落ち込んだ。
「女の子呼んでパーっと遊ぶから、深雪も来ればいいじゃん」
「いーよ、オレは…めんどくせえ。順平呼んでやれよ」
「呼ぶ以前にあいつは来るだろ」
そう言って樹生は笑った。
「久しぶりに天田達も誘うけど、ホントに深雪は来ねえ?」
「ああ…バイト次第でちょっと顔出すかも知れないけどな」
近所で母の知り合いがケーキ屋をやっていて、年末年始に手伝って欲しいと言われていた。昨年もクリスマスだけヘルプに行って、予定がなければ深雪は今年も行くつもりだった。
「駅前のツリー、去年よりデカくね?」
窓の外、人が行きかう駅の出口を樹生は見る。
「オレもそう思ってた」
深雪は頷いた。
クリスマスの独特の色合いが、街を彩っていた。


テスト期間も終わり、あっという間に12月が過ぎて行く。
深雪も近所のアルバイトを前倒しで頼まれてしまい、結局12月の放課後から働く事になってしまう。
深雪の職場の女性は母の友人を始め、その世代が多く深雪は可愛がられていた。
普段、女子からちやほやされる事が多い深雪だったが、この職場では子ども扱いされて、違った意味で甘やかされる。
深雪の事を小さい頃から知っているというのもあり、皆親切にしてくれた。
ケーキを買いに来る客も家族連れ等が多く、あからさまに深雪が意識される事は無かった。
「クリスマス、深雪くんは今年も予定が無いの?」
母の友人が悪気なく聞いてくる。
「あったらバイトなんてしませんよ」
「モテるって聞いてるわよー、女の子、選び過ぎなんじゃないの?」
「そんな事ないですよ」
深雪は苦笑する。

20日を過ぎ、もうすぐ学校も終わり、冬休みに入る。
休みに入ってすぐ、茉莉は合宿へ参加するために他県へ行ってしまうと聞いた。
クリスマスの予定もお互いに別で、クラスも違う深雪と茉莉は、もうほとんど会う機会が無い。

夜の7時を過ぎていた。
深雪の働く店は駅から少し離れた住宅街にあり、そのまま歩けば深雪の家に着く。
深雪は茉莉に電話をした。
『みゆきくん?』
すぐに茉莉は電話に出た。
後ろが静かだったので、もう自分の部屋なのだろうと深雪は思う。
「今、家?」
『そう、みゆきくんは?』
「オレ、バイト終わったとこ…、今から少し出て来れないかな」
『今から?どこに?』
「茉莉のとこの駅まで行くよ。出て来づらかったら、オレ茉莉の家まで行ってもいいし」
『いいよ、駅まで行く。何分で着く?』
こうして呼び出すと、茉莉は当たり前のように来てくれる。
(もう付き合ってるじゃん、これ…)
電話を切って、深雪は少し笑顔になる。
それでもクリスマスに当たり前のように一緒に過ごす事はないし、キスしたり抱きしめたりする事もできない。
近いのに、触れられない、微妙な距離。
2人の間にある見えない仕切り。
深雪は電車に乗り、茉莉と約束をした駅へと向かう。


「みゆきくん!」
改札で待つ深雪の元に、茉莉が走ってくる。
ファーの付いた深緑のジャンバーを来て、下はGパンだった。
背が高くスタイルがいいので、そんな何気ない服装でも茉莉がするとお洒落に見える。
制服姿の彼女しかほとんど見た事のない深雪は、それだけでドキドキしてしまう。
「ごめん、もう夜なのに…」
「ううん、大丈夫だよ。バイトお疲れ様!疲れてない?寒くない?お腹すいてない?どこかに入る?」
矢継ぎ早に質問をしてくる茉莉に、深雪は笑顔になる。
「じゃあ、そこのファミレス入る?」
入った店内は混んでいたが、2人なので深雪たちはすぐに案内された。
横には近い距離で、家族連れが座っていた。

「私、もうご飯食べちゃった」
「え、ここで良かった?」
「いいよ〜、ドリンクバー頼むから」
「そうだ」
深雪は持って来ていた紙袋を渡す。
「これ、オレがバイトしてるとこのお菓子。貰い物だけど」
「いいの?」
「うん。甘い物好きだよね」
「うん!好き!ありがとう!」
茉莉は嬉しそうに、クリっとした目をさらに輝かせ、紙袋の中を少し開いて中を見る。
(『好き』って…)
深雪は自分の中で茉莉の言葉をかみしめる。
(オレに言ってくんねーかな…)

食事をすぐに食べ終え、深雪もひと息つく。
「時間…、大丈夫?」
「うん、平気。明日部活無いし」
「そうなんだ」
明日行けば、明後日から冬休みだ。
「その後、つかさたちと色々準備があって」
「忙しいな、まつりは」
明日部活が無い事を聞いて、深雪は一瞬茉莉を誘おうかと考えた。
しかし自分自身もバイトがある事に、すぐ気付く。
つかさ達と約束があるという事を聞いて、口に出さなくて良かったと深雪は思った。
「みゆきくんはバイトだよね?」
「うん……」
「行ってみたいな〜、みゆきくんがケーキ屋さんでアルバイトしてるところ、見てみたい!」
悪戯っぽい目で、茉莉は笑った。
「見られたくないけど…、来てくれるのは全然嬉しいよ」
それは深雪の本音だった。
「冬休みいっぱい、続けるの?」
「年内30日まで営業って言ってたから、それまで出るつもり」
「ふうん…」
「茉莉は合宿いつまでだっけ」
「25日から29日まで。もうクリスマスも関係無しだね〜…」
24日にはソフト部でパーティーをするのは聞いていた。
(マジで忙しいんだよな…)
深雪はじっと茉莉を見た。
茉莉は深雪の視線に気づくと、少し首をかしげて「何?」と笑顔になる。
その表情には邪気が無く、愛らしい。
(やべえ、可愛い…)
深雪は慌てて目をそらし、手元の携帯で時間を見た。


「送ってもらっちゃってごめんね」
「ううん、急に誘ったのオレだし…遅くなっちゃったし」
茉莉の家まですぐそこだった。
「私服のみゆきくん、初めて見た」
「えっ、そうだったっけ?」
「うん、そうだよ」
白い息を吐きながら、茉莉は答える。
遊ぼうと言いながら、結局学校の無い日に約束して会えた事が無かった。
(そう言えば…デートすら、まともにできてないんだよな)
自分と茉莉との薄い関係を、改めて深雪は実感する。
深雪は立ち止まった。

「これ、ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント」
もう1つ持って来ていた袋を、深雪は茉莉の目の前に差し出した。
「えっ?本当に?ヤダ、私何も持ってない!」
「オレにはいいよ…。なかなか会う機会も無いし、学校だとみんながいて渡せないから」
再度、深雪は袋を前に出す。
「あ、ありがとう……。なんか大きい…」
茉莉は袋を手に取り、その大きさと感触を感じる。
「何かスゲー実用的なものになっちゃった…。別にクリスマスなんも関係無いし」
そう言って深雪は照れくさそうに笑った。
「なんだろう?」
開けようとする茉莉の手を、深雪は抑える。
「全然大したものじゃないから!家で開けて…恥ずかしいし」
「…ありがとう」
茉莉も深雪のが移り、恥ずかしくなってしまう。
「ちゃんと、お返しするね。みゆきくん、…本当にありがとう」
「お返しいらないからさ……」
深雪の手が茉莉の腕をとる。
「?」
袋を抱きしめたまま、茉莉は深雪を見上げる。
視線が合うと、深雪は茉莉に近づいた。

「ちょっとだけ、ハグさせて……」

「え……」
「……」
戸惑う彼女を包むように、深雪はそっと茉莉の背中へ手を回した。
それは荷物がつぶれないぐらい、胸が触れあわないぐらいの緩さだった。
少しだけ、深雪の唇が茉莉の髪に触れる。
(ああ……、すげーいい匂い……)
深雪は茉莉の香りを吸いこむ。
冬休み、顔が見られないと思うと、深雪はこのまま茉莉へ回す腕の力を強めて、強引に彼女を連れて帰りたくなる。
(すっげー好きだよ……まつり…)
髪に触れる唇をずらして、キスしたくてたまらなかった。

「みゆきくん!」

唐突に茉莉に言われて、深雪は我に返った。
離れた茉莉の顔を見ると、真っ赤になっていた。
(やべ…オレ…)
深雪が謝ろうと口を開きかけたその時、茉莉がそれを止めた。
「わっ、私……」
困っているような、恥ずかしいような、茉莉はそんな顔をしていた。
(………?)
深雪はドキドキして、茉莉の言葉の続きを待った。
探るような深雪の視線に気づき、茉莉はハっとする。

「今日はありがとう!また明日ね!」

茉莉は平静を装い、深雪に笑顔を作った。
「まつり…」
深雪の足が一歩出る。
「プレゼントもありがとう!またね!」
片手で袋をかかえ手を振りながら、茉莉は走って行った。

「まつり……」
引き留める間も無いまま、茉莉の姿が遠くなる。
(ヤバかったかな…)
つい今まで自分の胸の中にいた茉莉の感覚が、まだ深雪に残っていた。
茉莉の香りが、まだ残っていた。


「はあ、はあ……」
深雪の方へ振り返らず、茉莉は真っ直ぐ家までダッシュした。
家のドアを閉め、靴を脱ぎ、そのままの勢いで自分の部屋へと向かう。
(みゆきくん……)
「はあ、はあ、はあ…」
部屋のドアを背に、茉莉は座り込んだ。
深雪が近づいてくると、以前よりもずっと緊張してしまう。
目の前に彼の肩があって、彼の息まで感じた。
(私……今…)
茉莉は思わず自分の口を押さえた。
(何、言おうとした……?)
ほとんど無自覚のまま、体の奥から来る感覚が言葉を後押しした。

「好き…だ、なんて」
そう口に出すと、唇が震えた。


 

ラブで抱きしめよう
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