君の香り、僕の事情

●● 11 ●●

   

冬休みに入り、深雪はバイトをしたり、友人たちと会ったりして過ごしていた。
クリスマスが過ぎるとバイトも落ち着いてくる。

「今頃、茉莉は大学でソフトボールしてんのかな」
樹生はクリスマスの合コンで知り合った女の子と付き合う事になったらしい。
その彼女との待ち合わせまでの間の時間、深雪は樹生に付き合って街に出ていた。
「どんな感じなのかな、やっぱりハードなんだろうな」
大学の運動部の合宿なんて、深雪は想像できなかった。
茉莉が行った大学は、様々なスポーツで名前をよく聞く。
今回の合宿も高校生が何人か呼ばれているらしい。
そして今よばれている生徒は、ほとんどが推薦で大学へ引き抜かれる。
茉莉も卒業すれば、その大学へ行く可能性が高い。
「茉莉はいつ戻ってくんの?」
「29日って言ってた…。もう明日だな」
茉莉が合宿に行っている間、深雪は茉莉にメールをしていない。
ほとんど毎日のように、用が無くても1回はメールをしていたから、この数日全く連絡を取っていないだけだというのに、深雪の気持ちは落ち着かなかった。
「迎えに行かねーの?駅までとか」
「何時に帰ってくるか知らないし」
(オレ、彼氏じゃないし)
と、言いかけて、深雪は言葉を飲む。
何度も自分自身に言い聞かせている言葉だった。

(彼氏じゃないんだよな…オレ)

告白した時に、茉莉とキスした事を思い出す。
衝動的にしてしまって、自分でもよく覚えていなかった。
茉莉はビックリして、固まっていた。
あの時、深雪は何事も無かったように、そのまま彼女を家まで送って行った。

(抱きしめたりとか、キスしたりとか、してーよ…)
夜、ベッドで横になり、携帯電話の茉莉とのライン画面をじっと見た。
仲は悪くないが、やはり一線を引いているのを感じられるやりとり。
踏み込めない関係が、そのまま文字に出ているような気がした。
(会いたい…まつりに…)
こちらから何も動きださなければ、おそらく1度も会わないまま冬休みが終わってしまう。
(オレって、まつりから誘われた事あったっけ…?)
目を閉じて考えたが、結果は数秒で出てしまう。
(ないよな…そう言えば)
「はあ……」
深雪はため息をついた。
「うっ!」
突然手の中の携帯が震え、ビクッとなる。
「んーだよ、順平かよ…」

茉莉からだという全く根拠の無い期待は裏切られ、深雪は画面の文字を見る。
樹生たちとのグループに、順平からのメッセージが入っていた。
『初詣行こうぜ!いつ行ける?』
その後に、文脈とは何の関係もない、無意味なお笑い芸人のスタンプがある。
「バカだな、相変わらず」
不覚にも深雪は笑ってしまう。そしてすぐにメッセージを返した。
『カウントダウンじゃなかったら、いつでもいいけど』
そのメッセージに、順平からもすぐに返事が返ってくる。
『つかさと茉莉も呼ぼうぜ』
「………」
深雪が返事に困っていると、連続して順平からメッセージが入る。
『深雪、予定聞いといて』
(…あいつなりに、気ー使ってくれてんだろうな…)
茉莉に振られてから1カ月が経ち、日を追うごとに、周りに気を遣われているのを感じた。
(何とか、ならねえかな…。でもまだ振られて1カ月しか経ってないしな…)
その間にも茉莉との距離を縮めようと、深雪なりに行動してきたつもりだった。
しかし茉莉の気持ちがどんなに自分へ向けられたとしても、彼女が『付き合う』というところまで踏み込んでくれる気が全然しない。
(とりあえず、明日の夜連絡してみよう…)
深雪が順平に返信しようとして打ちかけていたその時、また携帯が震える。
グループの誰かからのメッセージが入ったかと思い、しばらく画面を見たが変わらない。深雪は1つ前の画面に戻ると、茉莉からメッセージが来ていた。

(うっそ、まつりじゃん!)

『深雪くん起きてた?合宿、すごかったよ!明日戻りま〜す』
(起きてた?って…、まだ9時じゃんよ)
時計を見て心の中で突っ込んで、そして茉莉の方からメッセージをくれた嬉しさをかみしめる。
(やべえ、会いたくて死ぬ…)
『明日何時に帰ってくるの?駅まで迎えに行くよ』
すごい速さで打って、考える間も無く深雪は送信していた。
『時間、ハッキリ分かんないけど。東京駅には4時頃かな』
『じゃあ東京駅まで行くよ』
恥ずかしい程の早打ちで、深雪は返した。
『ちょっとだけ、電話できる?』
思い切ってそう付け足した。
返事はすぐに返って来ず、深雪はドキドキしながら画面を見続けていた。

数分後、電話が鳴る。
「もしもし…」
茉莉と電話する時、深雪はいつも緊張していた。
しかし今、普段よりももっとドキドキしてしまっていた。
『みゆきくん…?ちょっとだけ、部屋抜けてきた』
茉莉の声はいつもよりずっと小さい。
そんな響きも、深雪の動悸を大きくしてしまう。
「電話、だいじょうぶ?」
『うん、ちょっとなら』
「合宿どうだった?」
『色々と刺激的だったよ…。帰ったら詳しく話すね。あっ、別にソフトの事、そんな詳しくは聞きたくないか』
そう言って茉莉はちょっと笑った。
電話越しの笑う彼女の息にさえ、香りを感じる錯覚に深雪は陥る。
「いや、詳しく教えてよ……明日、迎えに行くから」
”迎えに行ってもいい?”とは深雪は言わなかった。
言い切る事で、茉莉に断る選択肢を与えないのだ。


明日の話しをして、茉莉はすぐに電話を切った。
ほんの少しの時間だったが、深雪は手が冷たくなる程ドキドキしてしまった。
「もうホント、何なんだろうな…これ…」
自分でもこんなに彼女の事が好きなのが、不思議だった。
離れれば会いたくてたまらないし、声を聞けば抱きしめたくてたまらなくなる。スマホ画面の文字でさえ、彼女からのものだと思うと愛しくなる。
「何だよ……これ…」
明日、数日ぶりに会える事が決まっただけで、深雪は軽く身悶えする程嬉しくなっていた。


翌日、深雪は早目に東京駅に来て、ブラブラしていた。
年末の東京は、仕事や帰省の人々でかなりの混雑だった。
特にする事もないので、駅の人ごみから逃げるように、新丸の内で洋服を見た。 セール品も出ていて、結構熱中して見ていると、茉莉から電話が入る。
みゆきは細かい場所を聞いて、そこへ急いだ。

(なんかまた緊張してきた…)
学校で毎日のように会っていて、帰りに2人きりになる事だって何度もあるのに、それでも深雪はドキドキしてしまう。
(しかしスゲー人…、分かるかな)
深雪は少し不安を覚えたが、その背の高さで茉莉はすぐに見つかった。
茉莉も人々から頭1つ出ている深雪を、すぐに見つけた。

「すっげー人多いな!」
ここまで人波をかき分けてきたので、深雪は茉莉と顔を合わせてついそう言ってしまう。
「でもみゆきくんの事、すぐ分かった」
「オレもまつりの事、すぐ分かったよ」
「背が高いのも、たまにはいいよね」
そう言ってニコニコする茉莉を見て、深雪はギュっと抱きしめたい衝動を抑える。
「まつり、日焼けしたね」
「うそ、ホントに?」
「うん、かなり」
「ええ〜、自分ではあんまり分かんなかった!」
茉莉は少し日焼けして、鼻と頬が赤くなっていた。
(うう…可愛い……)
そんな姿でさえ、深雪には愛しく思える。
深雪は手を伸ばしかけて、茉莉の横に置いてある荷物に目が行く。
「すごい荷物だね」
「そうだねー、洗濯物も結構あるしね」
「……」
キャリーバッグの取っ手を、深雪は引っ張って自分の方へ寄せた。
(こんな荷物だったら、行く時も行けば良かった…)
バッグを引っ張りながら、深雪は後悔する。
「ごめん、荷物…」
歩き出した深雪の横に、茉莉がついてくる。
こんな風に自然に、いつもそばにいられたらいいのにと、深雪は思った。

電車に乗っている間も、深雪はチラチラ茉莉を見た。
茉莉はただでさえ顔が小さいのに、ショートカットなので余計に頭が小さく見える。身長が170近いので、体のバランスがすごく良い。
今日の茉莉もGパンにスニーカーだったが、やはりあか抜けて見えた。
(抱きしめたいな……)
今日会ってからずっと、深雪はそう思っていた。
日焼けして、少し赤い頬を見る。
(ほっぺたに触りたい)
サラサラの黒い短い髪を見る。
(髪に触りたい)
再び視線を顔に戻す。
(唇に…)
「何?」
茉莉が急にそう言ったので、深雪は焦った。
「えっ…?今オレ、何か言ってた?」
「え?言ってなかった?何か言いかけたのかと思った」
「いやいや、何も言ってねえよ…」
(焦った……。エスパーかよ)
年末の電車内、早い時間だが電車は混んでいた。
2人が立っている横に荷物があるので、ギュウギュウにはならないで済んだ。
「順平たちと、初詣に行かない?つかさも一緒に」
「初詣?」
「部活だって、正月は休みだろう?」
「うん…いつ?」
「つかさと話してみてよ。オレらは…」
他愛もない会話で、深雪は全身で茉莉へと向いてしまう気をそらした。

駅を降り、ガラガラとバッグの音を立てながら、深雪は茉莉の隣で、彼女の家に向かう。
「みゆきくん、今日…うちに寄らない?」
「えっ…?」
「さっきメールで、お母さんが沢山ご飯作って待ってるって言ってたから、みゆきくんもどうかな?」
「まつりんちって…もしかして家族勢揃い?」
「うーん、お父さんも確か今日から休みだったような気もする…」
「………」
深雪は一瞬行こうかとも思ったが、父親と会う心の準備が全くできていなかった。
(それに『茉莉の彼氏かね?』とか聞かれたら、何て言ったらわかんねーし、めちゃくちゃ気まずいし…)
深雪はチラリと茉莉を見る。
茉莉はただニコニコしていた。
(何も考えてねーのかよ…。家族にオレとの関係を聞かれたら、何て言うつもりなんだよ…)
バッサリ『単なる友達』と茉莉に言われて、ヘラヘラしなきゃいけない自分を想像して、深雪は嫌になってくる。
「今日は、やめとく…。格好チャラいし」
「え!全然チャラくないよ!すごいお洒落だよー、みゆきくん」
「はは…ごめんな、お母さんによろしく言っておいて」
「うん……。残念…」
そう言って前を見る茉莉の様子を、深雪は伺う。
(ホントに残念って思ってくれてるのかな…)
深雪は歩く速さを、少し落とした。
バッグを引っ張る音が、それに合わせてゆっくりになる。
(こうやって……)
ため息をついた深雪の息が白く広がった。
(普通にずっと一緒にいられたらいいよなあ…)
抱きしめたくて、キャリーバッグを持つ手に力が入る。
茉莉の家が近づいてくると、深雪の口数も少なくなっていく。

「………」
「………」
「あ」
茉莉が何かに気付いたように、声を出した。
「え?」
「みゆきくんにクリスマスにもらったタオル…、使ったよ」
「ああ、うん。…良かった、使ってもらえて」
深雪はクリスマスにタオルのセットを茉莉にあげていた。
『彼女』じゃない茉莉に負担にならないように、アクセサリーは除外した。一番使ってもらえそうなものをと思い、結局タオルのセットにしたのだ。
「合宿所って、ホテルじゃないから。ホントにタオルが役立ったんだ!」
「そっか…」
深雪は我ながら良い選択だったと、ホっとした。
合宿に自分のあげたものを持って行ってもらえていた事も、嬉しかった。

もう茉莉の家まですぐだった。
茉莉は立ち止まる。
「バッグ、ありがとう」
「あ、ああ…」
深雪はキャリーバッグを茉莉に返した。
茉莉はキャリーバッグの上に、手で持っていたスポーツバッグを置いて、チャックを開ける。
「これ、みゆきくんにお土産」
ひと目でお菓子の包みだと分かる箱を、紙袋ごと深雪に差し出した。
「え?オレに?」
「うん。クリスマスプレゼントもあげられなかったし」
「ありがと」
深雪は茉莉が自分の事を気にかけてくれていたのが、意外だった。
「もっと、ちゃんとしたものをあげたかったんだけど…。選ぶ暇が無くて」
「いいよ、全然。お土産スゲー嬉しいよ」
「………」
スポーツバッグを肩にかけ直し、一歩下がった茉莉は深雪へと顔を向ける。
「………」
街灯だけの暗い道で、光を背にした茉莉の表情は、深雪からは読めない。
ただ、茉莉の香りだけは、ハッキリと感じる事ができる。
いつも以上に。

(ここで別れたら、順平たちと行く初詣まで、会えなくなる)
そう考えると、深雪は緊張して頭が真っ白になってくる。
そうなってしまうぐらい、ここで別れるのが嫌だった。
思いつめた深雪の口から、とうとう言葉が漏れる。

「明日」

「………」
茉莉はじっと深雪を見ていた。
街灯が深雪にあたり、茉莉の方から深雪の表情はよく見えていた。
深雪は半歩足を出し、手をギュっと握りしめて、茉莉へと真っ直ぐに視線を向けた。

「明日も会おうよ」
「……」
「会いたい」
「……みゆきくん…」


「好きだよ」

思わず出てしまった言葉の重さに、深雪はハっとした。
自分が茉莉の事を好きだというのは、茉莉も既に分かっている事だ。
それでも、こんな風に口に出してしまうと、やはり重い。
会いたくてたまらないのに、そんな自分の行動に茉莉が引いてしまって、逆にもう会えなくなるかも知れないのではないかと、深雪は思う。
深雪はグっと喉を締める。

暗くて茉莉の表情は、深雪には分からなかった。
それでも戸惑っているのは伝わってくる。
深雪は近付いて、茉莉に手を伸ばした。
頬に触れられた茉莉は、ビクンとなる。

「答えてよ」
深雪はもう一歩、茉莉へと近付く。


「オレの事、好き?」

「…………」
その沈黙が何分にも、深雪には感じられた。
茉莉の迷いが、頬に触れる手から伝わってくるようだった。
緊張して、茉莉に触れる深雪の指先が震えた。

「……うん」


消えそうに小さな声が、深雪の指から腕へ、そして胸へと伝わってくる。
震える手で茉莉を抱き寄せ、深雪は強く抱擁した。
「大好き…、まつり」
ドキドキしているのが、厚いジャンバー越しに茉莉へ伝わってしまうような気がした。
深雪は冷たい手で、茉莉の頬を撫でる。
そしてキスした。

雪が、降り始めていた。


 

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