君の香り、僕の事情

★★ 『みゆきくん』 番外編・茉莉視点 ★★

   

テレビでは紅白が終わり除夜の鐘が始まると、私は携帯を手にして自分の部屋に戻った。
もうすぐ今年が変わる。
まさか年末に、こんな急展開でみゆきくんと付き合う事になるとは思わなかった。

携帯の時計が0:00を過ぎると、すぐに電話が鳴る。
私は慌てて手に取った。
『明けましておめでとう』
「おめでとう、…今年もよろしくね」
付き合う前から、時々電話でみゆきくんとは話をしていたのに、未だにみゆきくんの声に緊張してしまう。
『今年は絶対良い年になるよね』
彼の優しい声に、新年から私の胸がキュッとなる。
「うん…」
みゆきくんに言われると、本当に良い年になりそうな気がした。

男子と付き合うって、これまで本当にピンと来ていなかったんだけど、付き合ってからのみゆきくんの行動は私の想像をはるかに上回ってた。

年が明けたばかりで、まだ部活も無い。
待ち合わせをして、新年早々の街に繰り出す。
私は今までお正月は家でまったりしていた。だからこんな風に活動的に過ごした事がなくて、新春セールとか福袋とか、クリスマスとは違った感じで賑わう街はすごく新鮮だった。
「明けましておめでとう」
みゆきくんと私は同時にそう言ってしまい、笑ってしまう。
「正月って、街でもこんなに人が多いんだな」
すぐに私の手を握って、みゆきくんが歩き出す。
「みゆきくんは、普段お正月どうやって過ごしてたの?」
「中学1年の時、元旦に初詣行ってあまりの人の多さに切れてから、三が日は家にいる事にしてた」
「そうなんだ」
「まつりは?」
「同じような感じ。お正月ぐらい、家でゆっくりしたいなと思って」
「そうか、で、どこ行く?オレ決めちゃっていいの?」
「うん」
私はみゆきくんについて行く。

いつもみゆきくんは迷いなく行動する。
それは出会った時から思っていた事だ。
私は色々な事に慣れていないから、そんなみゆきくんはすごく頼もしく思える。
すごく優しいのに、すごく男っぽい。
それに、今日だってすごく格好いい。
(すごい人だなあ…みゆきくんって)
学校にいる時も思うけれど、私服のみゆきくんもかなり格好良くて、みゆきくんはどうして私を選んだんだろうといつも思ってしまう。
みゆきくんの隣にいる私は、見劣りしてるんじゃないだろうか。

「バーゲンで、何かすごい人っぽいけど」
ファッションビルの入り口で、みゆきくんは人ごみを見て立ち止まる。
私は洋服を買いに行く機会があまりなくて、せっかくならみゆきくんと一緒に買ってみようかなと思っていた。
でも、どうやら『初売り』をなめてたみたい。
予想を超えた人だかりに圧倒される。
「や、やめようか…」
女子だらけの鬼気迫る雰囲気に、私はたじろいでしまった。
みゆきくんも同じように思っていたみたいで、頷くと、ビルを背に歩き出す。

お店はどこも混んでいて、お昼ご飯をケータリングにしようと、みゆきくんはすぐに決めてくれた。
そういう判断がすぐできるところも、すごいなって私は思う。
お天気がすごく良かったから、私たちは近くの大きな公園に行く。
色々なスポーツをしている人が、沢山いた。
人が多くても公園が広いので、街よりもずっと落ち着いて歩ける。
私たちは適当なところで腰を下ろした。

「まつりがGパンとスニーカーで来てくれるから」
「えっ」
自分の服装。女の子っぽくなくて、色気が無いとか思われてるんじゃないかと、ずっと心配だった。
だけど可愛い服なんて全く持っていないから、結局私はいつも普段着みたいな感じの格好になってしまう。
それがずっと気になっていた。
「こうやってどこでも座ったりできるし、いっぱい歩いても大丈夫かなって思って…すごい気が楽」
「………」
一瞬ネガティブな事を言われるんじゃないかと思っていたから、みゆきくんがそう言ってくれた事に驚いた。
「あ、…私、女の子っぽい服って持ってなくて…みゆきくんとデートなのに、こんな服装でいいのかなって思ってて」
「え?え?いいじゃん。オレ全然気になってなかったけど。って言うか、華奢な靴とか履いて来られる方が気ー使うから。まつりといっぱい歩きたいし」
みゆきくんはそう言って、にっこり笑った。
彼の表情はいつも優しくて、私もつられて優しい気持ちになる。それと同時に、やっぱりドキドキしてしまう。
「んっ」
みゆきくんにキスされた。
「ご飯食べようよ」
買ってきた紙袋を、みゆきくんは自分の膝に置く。

(………)

私がみゆきくんの事が好きだと言ってしまったあの夜以来、みゆきくんに何回キスされただろう。
あれから、2人で会うのは今日で3回目。
まだ3回目なのに、もう何回キスされたか分からないぐらいしてる。
(世の中の『彼氏彼女』って、こんな感じなのかな…?)
分からなかった。
みゆきくんは、目が合うとニコっとしてくれるし、歩く時は絶対すぐに手を繋いでくれる。
そしてちょっとした間があると、すぐにキスしてくる。
全然嫌じゃないんだけど、すごく恥ずかしい。
だってみゆきくんは、本当にどの場所でもお構いなしにキスをするから。
普通に。
髪を手で直すぐらいの感覚で。

「………」
「まつり、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。食べようよ」
新年早々の、昼。
冬はどうしてこんなにも空が広く見えるのだろう。
キャッチボールをしている親子がいて、私は無意識にボールを目で追ってしまう。
みゆきくんもそれに気づいて、しばらく一緒に見ていた。
「やっぱり、こうやってソフトからちょっと離れちゃうと、落ち着かない?」
「ううん。…学校始まったら、イヤってほどできるし…。でも合宿に行って、もっとやらなきゃなって思ったよ」
自惚れた言い方かも知れないが、自分よりもできる人ばかりの中で練習や試合をしたのは初めてだった。
そのレベルについて行くためには、もっと頑張らないといけないんだなと実感した合宿だった。
上には上がいて、その上にももっと上の人がいる。
自分がしてきたと思っていた努力が、ちっぽけなものだと本当に私は思い知った。
「俺、グローブ買おうかな。それでまつりとキャッチボールすんの」
「やだそれ、楽しそう!」
みゆきくんの運動神経の良さは、前に一緒にバッティングセンターに行ったから分かっている。
「じゃあ、後でスポーツ用品店に行ってみようか。そこだったら、多分あの混雑っぷりよりはマシだよな」
「うん、みゆきくんが投げるとこ、すごく見てみたいよ!」
「まつり、可愛い」
「えっ…」

唐突な流れで、またキスされてしまった。
あまりにも普通にキスするから、このキスに気付いている人が誰もいない。
「みゆきくん、…キ、キスし過ぎ…」
「え、ダメだった?」
急に真顔になるみゆきくん。
「ダメじゃないけど…、この前から私、心臓が持たないよ…」
言いながらも恥ずかしくて、私は下を向いてしまう。

「………」
ずっとみゆきくんが黙っているので、心配になってきて私は顔を上げた。
「みゆきくん…?」
意外な事に、みゆきくんは赤くなっていた。
「オレ…、浮かれ過ぎてて、恥ずかしいかな」
いつも自信に溢れている感じなのに、こんな風に照れている彼を初めて見た。
(ヤダ…なんか…)
胸が、本当に、キュンと音を立てた。
私の中から、みゆきくんが好き!という気持ちがサラサラと溢れてくる。そして全身を巡っていくような気がした。
みゆきくんは、私から目をそらす。
「まつりの事が、スゲー好き」
「みゆきくん…」
「ごめんな、…なんかオレ、重いよね」
そう言ってみゆきくんは少ししゅんとした。

「重いとか、私よく分からないけどっ…」
「…」
「みゆきくんのする事で…、嫌だと思った事は1個もないよ」
「ホント?マジで?」
「うん。えーっと…、うん、全部…」
そこですごく恥ずかしい事を言おうとしてる自分に気付く。
「全部、何?」
みゆきくんの私を見る目がやっぱり甘くて、急に恥ずかしくなってしまう。
「何?…気になるじゃん」
私の返事を待って、じっと私を見てる。
(だからその目は、反則だってば…)

「そのぅ…全部……、好きです」

最後の方、声がかすれてしまう。
(やだやだ、もう!恥ずかしすぎる…!)
頭のてっぺんから湯気が出て、顔面から火が出るかと思った。
(あっ……)
肩を引き寄せられて、座ったまま抱きしめられた。
ギュっとしてくれるみゆきくんの腕の力が強くて、それに顔を上げたらまたキスされちゃいそうで、私は黙ったまま彼の首元に顔をうずめた。

「オレはまつりの周りの空気まで、全部好き」

(みゆきくん……)
私の髪を撫でるみゆきくんの指先から、彼の想いが伝わってくるようだった。
確かにみゆきくんは私の事を想ってくれていて、その想いに包まれるたびに、それを押し返すように自分の中からも彼への気持ちがこみ上げてくる。
(なんか…どうしよう…)
私の唇が、みゆきくんの首に当たっていた。
何か声を出したら、首にキスしそう。と言うか、もうしてる状態なのかも。
近すぎて、みゆきくんがドキドキしているのが分かる。
私も、すごくドキドキしてる。

(新年早々……すごい、幸せかも…)

「みゆきくん…」

顔を上げたら、やっぱりまたキスされてしまった。


 

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