君の香り、僕の事情

●● 13 ●●

   

茉莉と付き合う事になったのを、深雪は年が明けてから皆に報告した。
『新年Wでおめでとう!』
『良かったな、深雪』
そんなメッセージとともに、涙するイラストのスタンプなどが次々に送られてくる。
『これで彼女いないの順平だけだな』
樹生が途中で突っ込んでくる。
『うるせー。何なの?お前らのこの急展開』
そんなやりとりを見て、深雪は新年早々和んでいた。

(ホントに、付き合えて良かった……)

年が明けた瞬間、深雪は茉莉に電話をした。
そんな風にできるのが、彼氏の特権で、それを深雪は猛烈に嬉しく思う。
あのデートから毎日のように茉莉に会っていた。
そして茉莉が油断していると、深雪はすぐキスした。
付き合ってからまだそんなに日にちが経っていないのに、もう何度もキスしている。
(会いたいな……)
離れていると会いたくて、会うとキスしたくて、キスするとそれ以上に進みたくてたまらない。
ただでさえ、茉莉の匂いを感じるだけで体は興奮してしまうのに、今となっては気持ちまで盛り上がっていて、深雪は自分を抑えるのに苦労していた。


「明けましておめでとう!」
つかさは晴れ着を着ていた。
「おお、つかさ、可愛いじゃん!」
樹生が喜んで、つかさの横の位置を取る。
「なんだよ、お前彼女いるんだろ」
順平が張り合って、樹生と逆のつかさの横に回る。
「うっそ!両手にイケメン!やったあ!!」
普段とは違う扱いに、つかさは大はしゃぎする。
「オレ、イケメン?」
「えー、イケメンでしょう〜?順平は。順平だけど」
「順平だけどってのが気になるけど、まあいいか」
珍しくつかさからイケメンと言われて、順平のテンションは上がった。

改札口を出て、小さい広場になっている場所。
元旦で無い分だけマシだったが、それでも初詣に行こうとしている人は多い。
3人で盛り上がっているところに、深雪と茉莉が合流した。
「おお、正月からおめでたい奴らが来たぞ!」
「ウェーイ、おめでとう〜」
順平が深雪たちを見るとすぐに茶化し始める。
「みんな明けましておめでとう!つかさ!着物!カワイイ!!!」
普段通りのコートとGパン姿で茉莉は来ていた。
「着物、いいでしょう〜、正月ぐらいはいいかなって思って♪」
「茉莉も着物似合いそうだけどな」
茉莉を上から下まで見て、樹生が言った。
「私着物なんか持ってないもん〜」
「私もこれ、貸衣装だよ。今日着付けしてもらってきたんだよ〜、茉莉がデートしてる間に〜」
いたずらっぽく笑って、つかさは深雪と茉莉を見た。

「正月から目立ってるなあ、お前たち」
総一郎が、ふんわりとした雰囲気の彼女を連れて来た。
「つかさは初めてだよな、オレの彼女の蟹江東子さん」
「あれ…?」
茉莉が総一郎の彼女をじっと見る。
「蟹江さんって、どこかで見た事があるような…」
小柄な総一郎よりももっと小さい東子が、茉莉を見て笑顔になる。
「私はよく覚えてるよ。亜麻野さん、中学の時すごい目立ってたもん!」
「同じ中学だよ。東子と茉莉は1回も同じクラスになってないもんな」
総一郎は言った。
総一郎と彼女は同じ中学で、茉莉もそうだ。
「えー、そうなんだ。懐かしいね!って事は2人は長いの?」
茉莉は興味津々で東子と話し始めた。

そんな2人から離れ、総一郎は深雪に言った。
「深雪、良かったな。報われて」
「ま、まあな…」
深雪自身、誰かからこんな風に激励される日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
告白されるのはいつも相手からで、自分から誰かを好きになるなんて想像もできなかった。それもこんなに。
茉莉と出会ってから3カ月程度しか経っていないのに、深雪の世界は一変してしまった。
(もう、絶対運命だよな……)
総一郎の彼女の横で歩く茉莉を後ろから見ながら、深雪は思う。
(今年はもっとまつりに近づけますように…)
参拝をする前から、深雪はそう願った。


学校が始まってしまうと、これまでと変わらない日々が過ぎて行く。
深雪は図書室で勉強しながら茉莉を待ち、2人でいられるのは帰りの短い時間だけだった。
土日も部活の茉莉と、年明けから塾に行き始めた深雪は、やはり1日中デートする時間は取れない。
それでも空いた時間を合わせ、何とか会う時間を作っていた。

1月が過ぎ、2月になるとバレンタインを前に、教室はフワフワした感じになってくる。
「ねえ、深雪くんがチョコ受け取ってくれないって噂になってるんだけど」
休み時間に、クラスの女子から深雪はそう言われた。
「そんな噂が出てるんだ」
「だって、亜麻野さんと付き合ってるんでしょ?」
週に何日かは昼休みにここで一緒にご飯を食べているので、同じクラスの生徒には茉莉と深雪の関係は知られていた。
「付き合ってるよ」
深雪はサラっと答える。
それを聞いた女子は、分かっていたものの、少しガッカリしてしまったのが表情に出てしまう。
「深雪くんにチョコ渡したい子から、受け取ってもらえるのか聞いてって言われたんだけどさ、やっぱりダメなわけ?」
「うん…。ごめんな」
そう言ってニコっと笑った。
話しかけてきた女子たちは、そんな彼を見て普段特別深雪を好きなわけでもないのに、キュンとしてしまうのだ。


毎年、深雪はかなりのチョコをもらう。
それは小学生の時からで、いつも誰にもらったさえ分からなくなってしまう量になる。
(別に、そんなに数が欲しいわけじゃないんだけどな…)
確かに男友達には自慢できた。
でもそれだけであって、それ以上の事は無い。
だが今年は本当に好きな彼女がいて、その上、バレンタインデーは深雪の誕生日だった。
深雪にとっては、初めてまともに好きになった彼女と過ごす事になる。
そしてその日はテスト前で、午前授業だ。
14日の事を考えて、深雪の期待感は高まっていた。


バレンタイン当日。
4組に入ってきたつかさが、堂々と樹生にチョコを渡した。
「はい、義理チョコどうぞ。みゆき君は茉莉がいるから、義理も無しって事で!」
まだ数個チョコが入っている紙袋を抱えて、つかさは教室を出て行く。
「なんだよ、忙しいヤツ」
そう言いつつ、樹生は笑っていた。
朝から既に、他学年の女子からも樹生はチョコを受け取っていた。
「そんなにもらって、食うの?」
深雪は、ファスナーの開いた樹生のスポーツバッグの中をチラリと見る。
「食うよ、オレ甘い物好きだし。まあ、くれるって言うからありがたく全部もらうよ」
樹生は大きな声でそう言った。
教室で大人しくしている男子生徒たちと目が合った。
樹生の視線を避けるように、大人しい生徒たちは目をそらす。
「あんま、自慢すんなよ」
深雪は樹生をたしなめるように言った。

深雪は一歩引いて樹生を盾にしつつ、チョコを持ってきた女子たちに断り続けた。
「受け取ってくれるだけでいいので、お願いします」
1年の女子が、丁寧に、しかしグイグイ深雪に迫ってくる。
「ホント、ごめん。悪いけど」
(オレ、なんでこんなに謝りまくってんの…すげー悪い事してるみたいじゃん)
2度目の休み時間の時には、深雪は疲れ果てていた。
我慢できなくなり、女子の間をダッシュですり抜け、3組に入る。

「あ、みゆき君だ」
自分の存在がすぐに女子の目に留まり、噂をされているのを感じる。
そんな事は気にもせず、深雪は茉莉のところへ真っ直ぐ向かった。
「まつり」
「どうしたの?」
「ちょっとこっち来て」
深雪は茉莉の手を取ると、教室の後方の窓際に彼女と並んで立った。

「何?みゆきく、ん…」
茉莉の背中に深雪は一瞬手を回したが、すぐに自分の体を重ねるように、茉莉の背後にくっつく。
茉莉を抱え込むように、深雪の両手は窓枠を掴んだ。
「えっ…、えっと…」
深雪に後ろから抱かれるような体勢になってしまい、茉莉は焦る。
背後にクラスメートのどよめきが聞こえ、恥ずかしすぎて深雪の方へ振り向けなかった。
「ちょっとだけ、このままでいて…」
「うっ…」
耳元でささやかれ、茉莉はビクンとしてしまう。
突然の出来事に、窓枠に触れた手が汗ばんでくる。
「ど、ど、どうしたの?…ここ、教室なんだけど…」
2人になるたびに沢山キスされる事を、茉莉は思い出してしまう。
まさか教室でしないだろうと分かっていたが、してもおかしくないような雰囲気で、深雪が自分の背後にいる。
「今日、オレ誕生日なの知ってるよね?」
「うん!もちろん…」
茉莉が元気よく返事をすると、深雪の左手が茉莉のお腹へ回った。
(うあ、これって…)
完全に抱きしめられる格好になっていた。
「じゃあ、今日は特別にこうして」
「え、えっと…えっと…」
恥ずかしすぎて、完全に赤面しているのが茉莉自身も分かる。
2人の時も深雪は少し強引で、恋愛に全く慣れていない茉莉は戸惑ってばかりだった。
しかし今程では無い。

「うっそ…、みゆき君が…!ヤバイ!萌える…」
「亜麻野さん、羨ましすぎる〜…」
そう言って遠巻きに眺める女子たちだけでなく、男子も深雪の行動に驚き、教室中が2人を見ていた。

「何、超絶イチャついてんだよ。お前らデカいし、目立つんだよ」
教室に戻ってきた順平が2人の横に並び、声をかける。
「いいだろ、別に。彼女なんだし」
茉莉のお腹に手を回したまま、深雪は茉莉ごと順平の方に少しだけ体を向けた。
順平と目が合った茉莉は恥ずかしくて、思わず頬を両手でおさえる。
「茉莉困ってそうだけど?」
順平が苦笑いしつつ、茉莉と深雪の顔を交互に見た。
「困った?」
深雪は腕を緩め、茉莉が見えるように体をずらす。
「こ、困ってるけど…、ヤじゃないし…」
真っ赤になって照れる茉莉に、教室中の視線が向かう。

深雪にチョコレートを渡そうと4組から追いかけてきた女子も、2人の間には入れず、廊下から茉莉を羨ましそうに見ていた。

「お前ら、こっちが恥ずかしいんだけど」
2人に当てられた順平が、呆れながら言った。
「悪いけど、次の休み時間もまつりのとこ来るから」
「ええっ?次も?…イタッ!」
茉莉は驚いてしまい、大きく振り返った勢いで、窓に背中を打ちつけた。
「大丈夫?」
深雪はすぐに茉莉の背中に手を回す。
「あーあ、やってらんね〜…。オレも早く彼女つくろー」
「順平だけだもんなー」
教室中の注目を集めている深雪たちに気付き、総一郎も来た。
2人きりではなくなったので、茉莉は少しホっとする。
それでも深雪の手は茉莉に触れていた。


授業が終わると、深雪はすぐに茉莉のところへ行き、廊下から手を繋いで昇降口へ向かった。
急いだので生徒は少なかったが、それでも深雪と茉莉は注目された。
「みゆきくん…今日…」
「ごめん、まつりに迷惑かけちゃったね」
学校を出ると、深雪は大きくため息をついた。
「今日、まつり以外の女の子と、あんまり接触したくなくて。強引な事してごめん」
茉莉とくっついていた事が功を奏して、その後は休み時間に彼女と一緒にいる深雪に声をかけてくる女子はいなかった。
「ビックリしたよ…。みゆきくんが自分のクラスに戻った後、色んな人から色んな事言われたよ…」
「ごめんね」
やっぱり茉莉に迷惑をかけたと思い、深雪は今更ながらにやり過ぎたと反省した。
「いいよ。みゆきくんってすごくモテる人だったんだなって、改めて思っちゃった」
「そんな事ないけど…」
深雪は『モテる』というのを否定しようとしたが、実際女子から騒がれているのは事実で、今日もこんな状況になってしまったのだから、ハッキリと『違う』と言えなかった。
(今日は謝ってばっかだな、オレ…)
「まつりに嫌な思いさせてたら、ホントごめんな」
「イヤって言うか…、ビックリって言うか…ちょっと嬉しかったよ」
深雪がこちらの反応を伺っているのが分かったので、茉莉は素直にそう言った。
恥ずかしそうに笑う茉莉を見ると、深雪もドキドキしてくる。
「オレも嬉しかった」
近くで感じた茉莉の香りに、さっきの休み時間も教室だと言うのに深雪は興奮してしまっていた。
慣れたと言っても、やはり触れると欲情してしまう。
(ああ…、マジでたまんねえ…)
深雪は茉莉の手をギュっと握った。
歩きながら、喉がなるほど唾を飲み込んだ。

電車に乗ると、ドア付近に2人で立つ。
「今日、このまま大丈夫?」
茉莉は深雪を見上げた。
昨晩、深雪へメールで、今日の放課後家でご飯を食べないかと茉莉は誘っていた。
「もちろん、今日ずっと楽しみにしてた」
深雪は自然と笑顔になる。
茉莉の前での自分は誰の前にいる時よりも不器用になってしまうが、同じぐらい素直にもなっている気もした。

茉莉の家に着くと、母親が大歓迎してくれ、すぐに夕食になった。
茉莉の母と茉莉の似ているところをこっそり探したり、深雪なりに楽しい時間を過ごせた。
何より、家にいる普段の茉莉の姿を見られる事が嬉しかった。

「片付けておくから、ゆっくりしておいで」
茉莉の母が茉莉の背中を押し、2人は2階の茉莉の部屋へ入った。

「えーっと、これチョコで…、こっちはプレゼント」
茉莉は、チョコの入った緑色の袋と、深雪へ用意したプレゼントが入った細長い小さな箱をそっと出した。
「嬉しー!見ていい?」
深雪は手を伸ばして、包みを開けようとした。
「あ、あっ、…か、帰ってから見て…恥ずかしいから、気に入らないかも知れないし…」
「気に入らないなんて事、ないよ。なあ、気になるから、見ていい?」
「…うん…」

丁寧に梱包された箱の中には、ちょっと高級なペンが、黄色と青の1本ずつ入っていた。
「ペン?」
「シャーペン…。ごめん色気なくて、でもみゆき君受験生だし、実用的なものがあげたくて…。やだ、親戚みたいだよね」
「うっそ、スゲー嬉しいんだけど。この黄色とかめっちゃ可愛いじゃん」
「青は深雪くんのイメージで、…黄色は…私…って感じで…」
自分で言いながら、茉莉は恥ずかしくなってくる。
「ごめん、私こういうプレゼントとか、したことなくて…」

「うん。それも嬉しいよ」
深雪は青と黄のシャーペンをじっと見た。
茉莉がこれまでに誰かのために、もし自分以外の誰かにプレゼントをした事があったなら、深雪は嫉妬し過ぎておかしくなるんじゃないかと思った。
目の前で、真っ赤になって恥ずかしそうにしている茉莉の姿が愛しくてたまらない。
(ああ…もう……)
「ありがと、まつり」
深雪は茉莉を抱き寄せると、キスした。
柔らかく触れる唇の間、そっと舌を入れる。
導き出すようにそれに重なる茉莉の舌を、深雪は吸った。

(はあ……まつり…)
キスしながら、昼間に教室で茉莉を抱き寄せた事を思い出す。
今、こうしている間も茉莉の香りは自分を誘惑してきて、彼女の家族がいなければ、すぐにでも裸にして繋がりたくなってくる。
(もう、抱きたい…)
自然と茉莉を抱きしめる腕に力が入る。
欲望を少しでも満たそうと、深雪は深くキスをした。

「みゆき君、お誕生日おめでとう…」
唇が離れ、無邪気な茉莉の顔を見ると、深雪は煩悩だらけの自分が恥ずかしくなってしまう。
そしてその恥ずかしさと同じぐらい、幸せな気持ちになった。
「ありがと……大好きだよ、まつり…」
そう言うと、深雪は茉莉をギュっと抱きしめた。
(あー、もうマジでめっちゃ好き…)
撫でた茉莉の髪の感触が、指の間で気持ち良く滑る。
本当に幸せな誕生日だと、深雪は思った。


 

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