君の香り、僕の事情

●● 4 ●●

   

昼休みの事はあっという間に噂になっていた。
教室へ戻ると、早速女子から囲まれる。
「亜麻野さん、昼休みっ!みみ、み、みゆきくん!」
「ちょっとあんた、何が言いたいのか分かんないよ」
興奮して噛みまくりの女子に、他の子が突っ込んで笑いが起こる。
(いや…何が言いたいのかは分かるけど)
茉莉は返す言葉が見つからない。

深雪の誘いは突然だった。
昼の予定を聞かれたものの、まさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。
(大体、あの男子4人組、目立ち過ぎなんだってば…)
深雪も人の目を引くと思っていたが、大きな声で話す濃い顔の樹生も大概だった。
このクラスで一番悪そうな男、恵那順平が昼休みに一緒にご飯を食べているほど深雪と仲が良かった事も初めて知った。

「なあ、亜麻野さん困ってんじゃん。オレらと飯食いたいなら、オレに声かけてくれればいいじゃん」
茉莉を囲む女子の間に、順平が割って入って来た。
彼の雰囲気が怖くて、女子が少しずつ引いていく。
茉莉はホっとした。
入れ替わりに派手グループの子が来て、彼に話しかける。
「順平、誘ったらご飯一緒に食べてくれんの?」
「おお!もちろん!何なら日替わりで色んな女子交替っていうのがいいけど!」
「みゆき君も一緒じゃなきゃヤだよ〜!」
「お前らみんなみゆきの事好き過ぎ、マジ引くし」
自然に茉莉から離れ、順平は他の女子と盛り上がり出した。
(彼も、結構いい人だな…)
茉莉は順平を見て思う。
(樹生くんとか超怖そうな顔なのに、面白かったし)
樹生に猛攻されていたつかさの様子に、つい思い出し笑いをしてしまう。
(まあ、楽しかったかな…)
静かに目があった深雪の表情を思い出す。
静かに、というのがぴったりの表現だと茉莉は思う。
(みゆきくんは、いい男過ぎる…)
確かにドキドキするのだが、カッコ良すぎて目の前に芸能人がいるような非現実的な感じがした。
(目の前で、夢を見ているみたい…)
順平が横で騒いでいるのを、茉莉はボーっと見ていた。


午後の授業の前の4組の教室も生徒が戻り、ざわついていた。
「みゆき、亜麻野さんの事好きなの?」
「……大声でそういう事言うなよ」
深雪は樹生を手で軽く制した。

女子が聞き耳を立てている気配を深雪は感じる。
深雪は窓際の席だが、もっと窓へと近づく。
「……気になってんだよ」
「へえ、みゆき、そういう事無いじゃん。初めてじゃね?」
「だから言うなよ」
男2人が至近距離で、ボソボソと会話をしている。
深雪の話に周りの女子たちは興味津々だが、樹生が時々睨んでくるので近付けなかった。
「オレらからしたら、みゆきがあの子の事気に入ってるのがモロ分かりなんだけど、これって秘密にしとかないといけないのかよ」
「別に…オレらの間で話す分にはいいけど…。知り合いになったばっかでグイグイ行ったら引くだろ。微妙なとこなんだよ。だから亜麻野さんの事は、口にして言うな」
「へー…」
(って言うかお前、もう十分グイグイ行ってるだろ…)
樹生はそう思ったが、いつになく真剣な深雪に言える雰囲気ではなかった。
(意外にみゆきって、欲しいもんには熱くなるタイプなのかもな…オレの事、肉食肉食言いやがって。人の事言えねーじゃん)
普段は見せない深雪の一面を知って、樹生はなぜか微笑ましくなった。

(亜麻野さん……可愛いな……顔小さかったなあ…)
いきなり2人でランチもどうかと思い、自分たちのグループへ入れてしまったが、余計に周りを騒然とさせてしまった。
「まあ、いいけどな…」
それでも深雪は外野については大して気にしなかった。
(やっぱり、いい匂いしたな…)
「あー」
(2人で出かけたい…)
出かけたいという意志は、ハッキリ伝えた。
だが彼女は忙しくて、なかなか会えそうに無い。
(ちょっとした時間ぐらいなら、本当はあるんじゃね?…マジでオレの誘いを断る口実だったりして…)
昼休みに目の前にいた茉莉が気になり過ぎて、深雪の頭の中で考えがマイナスとプラスに行ったり来たりする。
(今日の昼の事、マジで引いてないかな…)
5限目が終わった後、深雪は茉莉にラインした。
茉莉は全然大丈夫と返してきたが、女子の言葉ほどあてにならない事を深雪はよく分かっている。
『また昼誘っていい?』
『いいよ。ラインくれたらこっちから順平くんたちと行くよ』
(はあ…大丈夫って事かな、これって)
深雪は画面をじっと見た。昼休み、結局ほとんど茉莉と会話はできなかった。
それでも自分の目の前に彼女がいたという事に、大きな意義があったと深雪は思った。


「亜麻野さん、ちょっと!」
放課後、4組の女子から廊下で呼び止められる。
「これから部活で今、急いでるんだけど…。何かな?」
早歩きしていた足を、茉莉は止めてその女子を見た。
つかさはその横で立っている。
「もしかして亜麻野さん、香我くんと付き合ってる?」
「え?付き合ってないよ!」
茉莉は笑顔で、背を伸ばして元気に言った。
「あ…そう」
茉莉のあまりに爽やかな返しに、声をかけた女子もひるむ。
「えーっと、…聞きたかった事ってそれ?」
「う、うん…」
「そ!急ぐから、じゃあね!」
茉莉はつかさを引っ張って、急ぎ足でその場を去った。

「亜麻野さんってさ……」
今、茉莉に声をかけた女子が、横にいる友人に言う。
「か、可愛いよね」
茉莉が去った方を見たまま、話した。
「可愛いけど…、カッコ良くない?」
茉莉を思い出し、付いてきた友人が答えた。
「…うん」
「私はぶっちゃけ、香我くんより亜麻野さんの方が好きかも。香我君にあんまり興味ないし」
友人が、目を輝かせて言った。
先程深雪の事を茉莉に聞いた女子も、それに頷く。。
「確かにカッコいいかも……。ヤバイ、女子なのに好きになっちゃいそう」
「やだ、何それ。香我くんが好きなんじゃないの」
さっきまで敵意を向けていた女子たちが、実際に茉莉を見て好意を持ったらしい。

茉莉は小さい頃からスポーツ万能で、野球をしていた兄の影響で自らも小学校から野球を始めた。
中学からソフト部に入り、その実力は試合のたびに注目されて、 県外の高校から声がかかるほどだった。
学校の球技大会や体育祭でも、その運動能力は常に目立っていて、男子から一目置かれるのは勿論の事、女子からの人気も高かった。
実力もそうだが、女子にしては長身のスタイルに、ショートカットがよく似合うルックスも人気の原因の1つだった。
高校に入っても、茉莉のそんな存在感は変わっていない。
男子以上に爽やかな対応をする茉莉を好きな女子は、今でも多かった。


野球部のメンバーが休憩しながら、横で練習している女子ソフトを見ていた。
「亜麻野、マジでいい打ち方するよな」
「あいつ男だったら、ここで絶対4番だったな」
茉莉のバッティングを見て、野球部の男子たちも関心している。
「バーカ、あいつは別格だろ。あいつが男だったらこの学校になんかいねーよ」
深雪と同じクラスで、野球部の主将でもある川辺が来た。
「それにしても、あいつ本当にすげーバッティングだな。お前ら教えてもらえば」
「それ結構笑えねーし」
茉莉を見ていた男子たちは練習に戻って行った。


その頃、深雪たちはいつものように寄り道をしていた。
「角の席空いたじゃん、ラッキー♪」
フットワークの軽い順平が席を取りに走る。
今日は総一郎もいて、4人揃っていた。
「みゆき〜、今日のあのランチは何だったんだよ」
学校では何も言わず、順平がここで聞いてくれた事に深雪は感謝した。
「何か急で。悪い…」
「オレは全然いいぜ♪何なら毎日一緒でもよー」
いつも軽い樹生が口を挟む。

「みゆきって、亜麻野の事マジだったんだな」
シリアスな総一郎の口調に、皆の視線が深雪に集まった。
「マジ…、あー、マジなんだろうな……多分」
「みゆきにもとうとう春が来たか〜。いいんじゃねえ?亜麻野っち可愛いし。みゆきにも気がありそうじゃん」
ハンバーガーの袋をガサガサ言わせて、順平は気楽に言った。
「気、あるように見えたか?」
深雪らしくないその一言に、3人は目を合わせた。
「あるだろ!みゆきだぜ?お前の事好きじゃねー女なんかいないって」
順平はうんざりするほど、みゆきの事を女子から言われてきた。最近はみゆきの話を振られるとマジ切れしているので、それも少なくなってきたが。
「いるだろ、オレそんな幸せな男じゃねえよ」
深雪はため息をついた。

「……」
(こいつ…マジか)
樹生はそんな深雪の様子に、改めて驚いた。
「告っちゃえばいーじゃん。さっさと彼女にしちゃえよ」
(あ、でもみゆき目当ての女子と合コンできなくなるか…)
この期に及んでも順平は打算的な事を考えてしまう。
「そんな簡単に言えねーよ。相手は体育会系だぞ。真面目そうだし。…ぶっちゃけオレの事嫌いじゃなさそうだけど、特にそういう風に好きって感じでも無いって言うか…」
「まあ、いいんじゃないの。みゆきが女で悩む日が来るとはね〜。考えろ考えろ」
総一郎の言葉に、全員が頷いて深雪をからかった。

「で、また昼休みに彼女たち誘ってもいいかな」
そう言いつつちょっと照れてしまったのが、深雪は自分でも嫌だった。
「オレは全然OKだし」
樹生は即答する。
「うん」「オレもそういうみゆきの姿見れて、おもしれーからいいぜ」
2人も賛成した。
「お前ら…、絶対亜麻野さんの前で変な事言うなよ」
深雪は全員に念を押す。
「特に樹生!お前が一番口が軽いんだからな」
「えっ?順平じゃなくてオレなの?しょーがねーな」
名指しされた樹生はそれでも笑って深雪に頷いた。


金曜日も、深雪は茉莉たちを昼休みに誘った。
「ちょっと、あの子たち、まただよ…」
廊下から、他のクラスの女子が4組を覗き込む。
「あんまり見ると、額田くんに怒られるよ」
「えっ、そうなんだ…」
「そうだよ…言ってたもん」
樹生が他の女子に手を回したおかげで、表立って茉莉たちを非難するような事はもうほとんど無かった。

「つかさ、今日も付き合わせちゃって…ごめんね。嫌じゃない?」
茉莉は自分のせいで、他の女子からつかさが妬まれていないか心配だった。
「ううん。こんな事が無かったら絶対話さないタイプの子たちだし、面白いよ。特に樹生くんがいいな〜」
「樹生くんか…。騙されないようにね」
茉莉は無邪気に笑うつかさが気になる。
確かに樹生はいい人間だが、女の子に対する手癖はとても悪そうに見えた。
(まあ、みゆきくんの友達だし…つかさには変な事はしないか)
今日の昼休みも、そんなに深雪と会話をしたわけではない。
ただ側にいただけだ。
(でも、何か…嬉しいな)
本当に友達みたいに、深雪の周りが受け入れてくれているせいもある。
茉莉の中で深雪の存在は数日前よりも、ずっと近づいていた。


(2人で会いたいよなぁ…)
茉莉と昼間に堂々と話ができるようになった事は、深雪にとっても嬉しい。
深雪の方から夜にラインを送って、簡単だが毎日繋がれている事も良かった。
(でもな…)
それでも「2人で会いたい」という深雪の誘いは結局果たせないまま、1週間経ってしまった。
学校を出て駅に着いて、傘を閉じた時に携帯が鳴った。
茉莉からの着信だった。

「何っ?放課後に電話なんて珍しいね」
最初は茉莉に何かあったのかと思って、ちょっと心配して深雪は電話に出た。
『えっと…、みゆきくん、もう学校出てるよね』
「うん、もう駅だよ」
改札口の前で、樹生と順平が待っている。
『今日、雨だから外で練習できなくて…、中でも場所が取れなかったから、時間ができたんだけど…』
「ほんと?」
『今日、これからどうかな?…私の都合でごめんなさい』
「じゃあ、2人で会える?」
深雪の声に力が入る。
『うん』

茉莉と某駅で待ち合わせをした。
樹生と順平とは、途中で別れた。
雨は結構強くて、駅から見える人達は皆足取りが早かった。
「あの男の子、カッコいいね…待ち合わせかな」
遠くから女子の声が聞こえる。
深雪は知らないふりをした。
電話があった時、茉莉はまだ学校にいた。
コンビニを探して時間をつぶしても良かったが、すれ違う事が怖くて深雪は改札を出ずに駅で待っていた。


茉莉はドキドキしていた。
自分から電話をしただけで、全身が心臓になったかと思うぐらいだった。
深雪に言った駅に着くと、茉莉はもっとドキドキしてくる。
(みゆきくん、いるかなあ…)
駅に着いたと、メールする時間も惜しかった。
改札の方を見ると、深雪が立っている。

閉じた傘を持って普通に立っているだけなのに、そこだけ世界が違うみたいだった。
(すごい、空気感…)
あらためて深雪の持つ雰囲気に、圧倒される。
(映画みたい……)
茉莉はそんな深雪の姿に軽く感動して、急いでいた足が止まる。

「亜麻野さん」

結構距離があったのに、深雪は茉莉にすぐに気付いてくれた。
「みゆきくん…、ごめん。待たせちゃったね」
茉莉が近づくと、深雪は何も言わずに笑顔を返した。
(みゆきくんのこういう感じ)
昼休みに目の前にいる時の深雪も、何も言わなくても優しい感じがする。
(すごい、いいなぁ…)
「良かった、やっと亜麻野さんと会えた」
深雪のその少し照れたようなその表情が可愛すぎて、そして言ってくれる言葉が嬉しすぎて、茉莉の胸は痛いぐらい詰まる。
「うん…えっと」
茉莉は男子から告白された事が無いわけじゃない。
どちらかと言うと、運動系の男子からはすごくモテていた。
それでも誰かと付き合った事はこれまで無く、こうして男子と2人で出かけるのも実は初めてだった。
茉莉は何て言っていいのか、分からない。
「亜麻野さん、行きたいところあったんだよね」
「あ、うん!…そう。みゆきくん、付き合わせちゃっていいのかな」
「いいよ、どこでも行くよ」
会ってからずっとニコニコしてくれる深雪につられて、茉莉まで笑顔になってしまう。
(みゆきくん、やっぱりいいな…)
茉莉は傘を開き、駅ビルから出る。
深雪も自分の傘を開いて、茉莉の少し後ろを歩いた。

茉莉が深雪を連れて行ったのは、駅から少し離れたバッティングセンターだった。
「ごめん、遠かったかな…」
「ううん全然いいぜ!もしかして、亜麻野さんのバッティング見れんの?」
「深雪くんもやろうよ」
「うん。25球200円って、安いな。今度樹生たちと来ようかな」
「うん、うん。いいね」
茉莉は慣れた様子で、館内を進む。
雨の日で、ここは駅から少し離れているせいもあり、バッティングをしている人は少ししかいなかった。

(2人でバッティングセンターって…亜麻野さんらしいなあ)
深雪にとっては茉莉と2人というのが最重要で、別に何をしても良かった。
「亜麻野さん、先やって。オレ亜麻野さんが打つところ、すげー見てみたい」
「いいよ〜。じゃあ、あとでみゆきくんね」
茉莉のバッティングを見られるという事で、深雪の期待が高まる。彼女の実力は、総一郎からずいぶん聞いていた。
「へー、100キロで打つんだ」
女子でこのクラスから打つという事に、深雪は関心する。
「うん。あとでもっと球速の速いやつで打つよ。とりあえず、練習〜♪」
茉莉はカバンから手袋を出す。
(おお、本格的…)
深雪はちょっとワクワクしてきた。

茉莉はバットを握る。
(深雪くんが見てるから緊張するけど…)
構えると、自然に集中した。

(うわ、すげーカッコいい……)
構えだけで、茉莉のセンスを感じる。
後ろから見ると100キロでもかなりの球速だった。
茉莉は芯を崩さずに、流れるような軽やかさで、ボールを飛ばした。
ヒットした音が、茉莉の腕から逃げるように辺りに響く。

(すげー、この子、すごいカッコいい…)

茉莉がカッコ良くて有名人だったと総一郎が言っていた事、深雪はこれだったんだと実感する。
聞いていたのと見るのとでは、全然違っていた。
茉莉のバッティングは美しかった。
制服のまま、手袋をして美しい軌跡を描いてボールを飛ばして行く茉莉。
「みゆきくん、見てて!右に打つよ!」
そう言うと、茉莉はキレイなフォームで軽く右に飛ばす。
「今度は左に打つよ!」
そして宣言通りに、左へ流して打つ。

(……すげえ…)

高校にスポーツ推薦で入った者の実力を目の当たりにして、深雪は言葉が出ない。
(別格じゃん…)
深雪はおかしくなりそうだった。
初めて会った時も、側にいる時も、今も、いつも茉莉の香りに、自分の体が自分でコントロールできなくなる。
離れていて、電話で香りが分からなくても、茉莉に対峙する時の自分はなぜかそうなってしまう。
話せばドキドキして、顔を見ると2人きりになりたくてたまらなくなる。
(やばい…オレ…)
初めて会った時から気になって、もしかしたら一目惚れなんじゃないかと思っていた。
話してみると、もっと良くて、彼女の事を大して知りもしないのに気持ちは止まらなかった。

(オレ……また惚れた…)

自分の知らない茉莉を知る度に、深雪は一目惚れを繰り返しているような気がした。
目の前の彼女があまりに輝き過ぎた。
空気を切る音に混ざり、茉莉の息が聞こえる。
意識をしたくなくても、この場は茉莉の香りがした。
深雪の感覚が、茉莉で満たされてしまう。
(嘘だろ……オレ…)
立っている足に力が入らない。
茉莉から目が離せなかった。

 

ラブで抱きしめよう
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