君の香り、僕の事情

●● 6 ●●

   

「こっちから行こう」
皆が通学に使う道では無く、駅の裏へ出る少し遠回りの方へ深雪は歩き出す。
「時間大丈夫?」
「大丈夫だけど…」
約束も無く突然現れた深雪に、茉莉は戸惑っていた。
「…待っててくれたの?」
「うん」
「みゆきくんこそ、時間大丈夫だったの?」
「オレは平気。空いてる時間勉強してたし」
「勉強…」
(学校で、勉強するタイプなんだ…)
茉莉は深雪の事をよく知らない。
第一印象は、すごくイケメンで調子の良さそうな人だなって感じがした。
実際に話してみると話しやすくて、すごく優しい。
そして…結構、強引。
以前に、つかさへ彼がどういう人か聞いてみたが返事が返ってくる前に、深雪達と昼食を一緒にするようになってしまった。
そうなると彼のいないところで噂をするのは陰口みたいな気がして、茉莉はそれ以上深雪の事をつかさへ聞けなかった。

「部活、毎日大変だね」
深雪の吐く息が白い。
「大変じゃないよ〜楽しいよ。学校に部活をしに行ってるようなものだもん」
実際、本当にそうだった。
(どうして待っていてくれたんだろう…)
みんなと分かれて、こうして深雪と2人で違う道を歩いている。
(やっぱり、みんなの言うとおり…)
深雪が自分の事を好きなのかも知れない、と茉莉は一瞬考える。
どうして待っていてくれたのか、なぜ2人で会おうと言うのか、それを聞いてはいけない気がした。
この感じが、居心地が良い。

「みゆきくんは部活に入ってないの?」
「入ってないよ。樹生とかあいつらみんな、部活に入ってない。順平は最初バスケに入ってた気がするけど」
「順平達と仲いいんだね」
そう言う茉莉はニコニコしていた。
(順平…)
深雪の心に、また何かが刺さる。
昼間に順平が茉莉の名前を呼び捨てにして、それに自分が過剰反応してみんなに笑われたばかりだった。
(亜麻野さんも、順平の事呼び捨てで呼んでるのか…)
思い起こせば、大垣さんも「つかさ」と言われて「順平」と返していた。同じクラスだから、自分より仲が良くなるのが早いのは仕方がないのかも知れない。
(あー…でも…)
茉莉の口から他の男の名前が出ると、深雪の胸はザワザワしてしまう。
「みゆきくん?」
「あ、ああ。うん。去年、オレたち同じクラスだったからな」
慌てて平静を装う。
(オレ…カッコ悪いな…)

「男同士の友達って、どんな感じか分からなかったけど、ちょっと部活の友達に似てるかも」
茉莉は屈託のない笑顔を見せる。
「そう?どんな風に?」
いつもにこやかに話す茉莉の様子が好きで、深雪はもっと彼女と話したいと思った。
「口が悪いのに、許されるって言うか…」
「亜麻野さんたち、口悪いんだ?」
体育会系の彼女たちを想像して、深雪も思わず笑みがこぼれる。
「いや、悪くないよ!…いや、悪いかな…」
「悪いんだ」
他愛もない話で、笑い合える。
その相手が茉莉だという事が、深雪はとても嬉しかった。


電車に乗って、2人は開かない方のドアに立つ。
「家まで送ってくよ」
「え…でも悪いよ。みゆきくん遅くなっちゃうよ」
茉莉の返事に、深雪の顔が曇る。
「……ごめん、やっぱ迷惑だったよな。突然待ち伏せみたいに待ってたし…」
悲しそうな深雪に、まつりは慌ててしまう。
「迷惑じゃないよ!全然!うん、大丈夫!大丈夫だよ!」
(何が大丈夫なんだか…)
茉莉は自分の発言が意味不明だと思う。
(なんかバカみたいな事言っちゃった)
深雪はそんな茉莉を見て、すぐに笑い出す。
「じゃあ、家まで送る」
「あ……」
(確信犯だ、この人…)
深雪はやっぱり女慣れしてるんだろうなと、茉莉は改めて思う。
(この人なら、可愛い女の子が沢山寄ってくるだろうに…)
それなのに、自分とこうしている彼が不思議だった。

他線から乗り入れする駅に停まると、車内に人がワっと乗って来て、深雪の背中を押してくる。
「うわ、すげえ人。なんだこれ」
「ホントだね…」
「うっ…」
茉莉をかばおうとしていた深雪も、大勢の人からの圧力に負け茉莉のいるドアへ押されてしまう。
「ご、ごめん……」
「ううん…」
茉莉を抱きしめるような体勢のまま、四方からギュウギュウ押されて、深雪は動けなくなる。
密着する茉莉の髪が、深雪の唇に触れる。
茉莉は顔を上げたくても、深雪の顔が近すぎて下を向くしかない。
車内では、他線で起きた人身事故の影響で混雑しているとのアナウンスが流れた。

(これは、ヤバい……)
茉莉の匂いを、まともに嗅いでしまう。
最近はかなり慣れてきたが、それでも油断すると離れている時でさえ体は興奮してしまうのに。
(ヤバイヤバイ……、いい匂い過ぎる…)
他の事を考えようとしても、鍛えていても柔らかい茉莉の体が、深雪に密着していた。
茉莉の背が高い分、普通の女子より顔が近かったし、体に感じる彼女の体の面積も大きかった。
(あー、…ヤバイヤバイ…ヤバ過ぎる…)
すぐそこにある彼女の髪の香りが、深雪を誘惑していた。
(最近だいぶ抑えられるようになってきてんのに…)
暖房の効いた車内で、大勢の人が放つ湿気で窓が曇る。
「…………」
深雪の体は完全に反応してしまっていた。
大きくなった深雪のものが、懸命に腰を引いても茉莉のお腹に当たってしまう。
(うわー、もうオレ変態じゃね?)
茉莉が少し体を動かすと、茉莉の体に着いた深雪のそれが擦れる。
(うわーーーーー、もう、やめてくれ、…これ、何かの拷問?)
次の駅に着くまでの間が、何時間にも感じられる。
その間、深雪のものはずっと茉莉に密着していた。

「はあ…、はあ…」

幸いな事に、茉莉の下りる駅は次の駅だった。
「……………」
深雪は激しく赤面して、茉莉の顔を見られない。
「…すごい人だった、ね…」
「う…、うん」
(なんかオレ、すげーダメージ受けてねえ…?)
やっと顔を上げた深雪は、ちょっと涙目になっていた。
ホームの風が冷たくて、少しだけ冷静になってくる。
(どう考えても、気付かれてた…よな…あれは…)
「はあ……」
「みゆきくん」
「ハイッ?!」
ビクついて、深雪はおかしな返事を返してしまう。
「みゆきくんの駅って、どこだっけ…?」
「オレのとこは…」
茉莉の駅、ここから4駅行って1駅分を自転車で来ていた。
それを茉莉に説明する。
「………」
茉莉は考えていた。
「それじゃあ、この電車に今乗るの、大変だね」
「あっ、ああ…」
ホームに立っていると次の電車も来る。
先程と同じようにギュウギュウに詰め込まれた人が、吐き出されるようにホームに降りてきた。
茉莉と深雪はベンチの方に寄り、そんな人波をやり過ごしていた。

沢山の人たちが一斉に改札口に流れ、ホームの人はあっという間に履けていく。
茉莉がポソっとつぶやいた。
「電車、落ち着くまで…うち寄って行く?」
「えっ?!!」
深雪は驚いて、さっきまでの恥ずかしさが一気に飛んでいく。
「私、自転車で来てるんだけど…取りに行っていいかな?」
「あ、うん…うん」
2人は駐輪場へと向かった。

深雪が茉莉の自転車を押しながら、車道側を歩く。
(さっき……電車で…お腹に当たってたあったかいものって…)
ギュウギュウ詰めの車内で、完全に逃げ場の無かった状態。
深雪の体と密着していた。
(あれって………みゆきくんの…)
普段『鈍い』と仲間内から言われる茉莉でさえ、それが何かは何となく想像できた。
(でも、…大き過ぎない…??でもあの感触と温度は…カバンとかじゃなくて…まさか…本当にあれが…みゆきくんの…)
思わず深雪を、下から見てしまう。
(ヤダ!私、どこ見ようとしてんの!)
自分の行動に茉莉は慌てて首を振った。
「どうしたの…?」
「えっ、あ、何でもないっ」
茉莉はさりげなく深雪へと視線を戻す。
「…自転車、押してもらっちゃって、ありがとう」

「いやいや、全然」
自転車の前かごに茉莉のバッグを乗せ、自分のバッグは肩にかけたまま、深雪は自転車を押して歩く。
(亜麻野さんの家って…)
既に深雪は緊張していた。
(ああ…、家族の人、突然オレが行って驚かないかな…)
今まで本気で女の子と付き合った事が無い深雪は、家で家族に挨拶した事が無かった。
(やべー緊張する…)

(ああ…あれって、やっぱりみゆきくんの……)
一方茉莉は悶々としたまま、まだお腹に残る感触にドキドキしていた。


「いらっしゃい、今日の電車は大変だったのね」
「こんばんは…。突然お邪魔してすみません。同じ学校の、香我です」
玄関に入ると、深雪は茉莉の母にすぐ頭を下げた。
(お母さん、似てる…!)
茉莉の母の顔を見て、深雪の緊張がさらに高まる。
「茉莉を送ってくれてありがとう。お腹空いてるでしょう?ご飯食べて行ったら?」
話し方や笑顔が茉莉にそっくりで、彼女が年をとったらこんな感じなのかも知れないと深雪は想像した。
「いや…、急にお邪魔して、ホントに申し訳ないと言うか…あの、僕すぐ帰りますんで…」
「みゆきくん、上がって、上がって」
先に靴を脱いで入っていた茉莉に、急かされる。
「………」
「ヤダ、お兄ちゃんいるの?今日」
リビングのドアを開けて、茉莉は嫌な顔をした。
「こんばんは…」
恐る恐る深雪も顔を出す。
「!!!!」
テレビを見ていた茉莉の兄は、深雪を見て目を飛び出さんばかりに驚いた。
「茉莉が男…!連れてきた…!!!!!」
「もう、うるさいな。……みゆきくん、上行こう」
「えっ…ああ…」

茉莉に促されて、彼女の部屋へ向かう。
(マジかよ……亜麻野さんの部屋…!)
入った彼女の部屋は、茉莉らしい雰囲気だった。
「すごい散らかっててゴメン…適当に座ってて」
茉莉の部屋には勉強机は無く、部屋の真ん中にテーブルが置いてあって、その上にノートや筆記具が無造作に置かれていた。
(あー、亜麻野さんの匂いがする…)
ハンガーがかかるようになっている壁付けのフックには、ソフトのユニフォームが何着か掛かっている。
本棚には、メダルや盾がキレイに並べられていた。
「これ、すごいね。亜麻野さんがもらったやつ?」
「ああ……、そう、うん」
縦には地区代表優秀選手というものが何個かあった。
「恥ずかしいから、あんまり見ないでね。もう座ってて」
側を通る茉莉の香りを、思わず深呼吸して深雪は吸ってしまった。
「えっ…?」
「あ……」
(ヤバイ、オレ、不審??変態に思われた…?)
さっきの電車での事を思い出し、深雪の顔が赤くなってしまう。
「あ…、私、汗臭い?」
深雪につられるように、茉莉の顔もみるみる赤くなる。
「いや、臭くないよ!全然!むしろ亜麻野さんはいい匂いだから!」
言ってしまってから、深雪は恥ずかしくなってくる。
(やべえ、オレマジで変態みたいじゃん)
「…部活で汗だくになったし…あ、私シャワー浴びてくるから!5分で浴びてくるから!適当にその辺のマンガとか読んで待ってて!」
「え…えっと…」
「あ!着替え取るから、ちょっと向こう向いてて!」
「ああ……うん…」
深雪はテーブルの側に座り、茉莉に背を向けてカバンから携帯を出した。
「じゃあ、行って来る…!すぐ戻ってくるから!」
「………」
深雪は1人、茉莉の部屋に残された。

「メジャーか〜…、昔読んでたな〜」
女子とは思えない漫画のラインナップを眺める。
茉莉の言葉に甘え、深雪は1冊手にとり、ベッドを背に座り直した。

 コン、コン…
しばらくするとノックをする音がして、静かにドアが開く。
「お茶も出さないで、ごめんなさいね」
コーヒーを乗せたお盆を持って、茉莉の母が入って来た。
「あ、すみません。僕、もうちょっとしたら帰りますから」
「いいのよ、本当にゆっくりしていって」
茉莉の母はカップに入ったコーヒーをテーブルに乗せた。
「えっと、カガくん…だったかしら」
「はい、香我です。こんな時間に突然来てホントすみません。すぐ帰りますんで…」
そう言う深雪の背が真っ直ぐ伸びていた。
「いいのよ〜。気にしないで。晩御飯まで食べて行ってね。
……で、ところで香我くんは…、茉莉の彼氏なのかしら?」

「いや!ち、違うんです!まだ彼氏じゃないです!」

母親からの唐突な突っ込みに、深雪はどっと汗が出てくる。
「まだ彼氏じゃないのね」
茉莉の母は笑う。
(『まだ』って何だよ…)
言ってしまって、しまったと思った。
「えっと、その…。茉莉さんにはまだ何も言ってないんで…。その…、す、すみません。今の発言は茉莉さんには言わないで下さい」
「あら、まあ」
茉莉の母は今度は声をあげて嬉しそうに笑った。
「あれ、お母さん」
シャワーを浴びた茉莉が部屋に入って来た。
「それじゃ」
茉莉の母は深雪を見て優しく微笑むと、立ち上がって部屋を出て行った。

「お母さんと何話してたの?」
「いや…何も。コーヒー持って来てくれた」
「あ、そう言えば何も出さないでごめん。私、気が利かなかったね」
茉莉はテーブルを挟んで深雪の斜めに座る。

(あー、何言ってんだ、オレ…。それにしても…)
深雪は茉莉を見た。
ドライヤーをかけてきたであろう髪は、まだ少し濡れていた。
風呂上りの女の子の匂いが、部屋中に漂う。
茉莉自身は、それに気づいていないんだろうかと深雪は思う。
(ああ…すげーいい匂い…)
すぐ側にいる茉莉を見ると、深雪は手を伸ばしたくなってくる。
(可愛いなあ…)
ボーイッシュなショートカットと可愛い顔のギャップが、深雪にはたまらなかった。
カップを持つ茉莉の、女子にしては長い腕を撫でてみたい衝動にかられる。
コーヒーを飲む茉莉の唇を、深雪は凝視してしまう。
(超ー、キスしてえ…)
思わず深雪の喉が鳴る。
それを誤魔化すように深雪もカップを取った。


「帰っちゃうの?電車大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。駅数も知れてるし。何とかなるから」
玄関口で、深雪は靴を履いた。
茉莉の母が出てきて、残念そうな顔をする。
「うちの事なら気にしなくていいのよ。晩御飯食べて行けば良かったのに」
「今日はあれなんで…。また是非、寄らせて下さい」
好青年に見える得意の笑顔を見せて、できるだけ丁寧に深雪はおじぎをした。

「いいよ、ここで」
玄関を出て、深雪は茉莉に言った。
「電車、大丈夫かな…。まだすごく混んでるんじゃない?」
「大丈夫だよ」
そう言いつつ、満員電車での先程の自分の失態を深雪は思い出してしまった。
(彼女は気付かなかったのか…?)
それを確かめるような事を言うのも、恥ずかしすぎて嫌だと思った。
(絶対、気付いてたよな…マジで最悪)
茉莉と2人で帰れた事は良かった。
茉莉の家にまで来れて、家族に会えたのも良かった。
(だけど、何か情けないよな、オレ…)
色々思い出して、猛烈に凹んでくる。

「あのさ…」
「うん?」
「また、オレと一緒に帰ってくれるかな」
「あ……」
深雪を見る茉莉の顔が赤くなる。
男子とこんな展開になった事が無いのだ。
「うん、…今日は待っててくれてありがとね。でもビックリしちゃうから、メールとかもらえると嬉しいかな」
「あ、…うん。そうだよな。驚いたよな」
茉莉と出会ってから、唐突な行動ばかりしてしまう自分に、深雪はまた少し凹んだ。
「送ってくれてありがとうね!」
茉莉は屈託のない笑顔を見せて、一歩離れる。
「気をつけて帰ってね」
茉莉がニコニコしているので、沈みかけていた深雪もつられて笑顔になる。
「じゃあ、また学校で」
「じゃあね〜」
茉莉は小さく手を振って深雪を見送った。


(亜麻野さんのお母さんにも変な事言っちゃったし…)
寒い帰り道、深雪はズボンのポケットに手を入れて駅へと歩く。
(あんな風に言ってくれたけど、亜麻野さん、本当は嫌がってたりして)
正面から、冷たい風が深雪を直撃する。
「うう、寒ぃ〜」
ブレザーの下にセーターを着ているだけだった。
夜はもうコートを着てもいいぐらいの寒さだ。
(でも嫌がってたら、部屋には上げねーよな…。晩御飯食べてとか、引きとめたりもしないよな…)
帰り際の茉莉の笑顔を思い出す。
(付き合いたいな………マジで)
深雪の今まで女子と付き合うパターンは、常に女子の告白から始まっていた。
ちょっといいなと思う子がいる場合も、深雪が近づいていくとすぐに相手から付き合おうと言ってくる感じだった。
自分からこんな風に、露骨に接していった事はこれまで無かった。
(亜麻野さんって、オレの事どう思ってんだろ)
さっき電車の中で唇に触れた彼女の髪を思い出す。
湿度の高い車内での、茉莉の匂い。
彼女の部屋。
風呂上りの茉莉の肌、そして…。

「ああ、オレ何してんだよ」

茉莉や友人たちはもちろん、もしかしたら学校中に自分の気持ちがバレているんじゃないかと深雪は思う。
(茉莉のお母さんにもあんな事言っちゃったしな…)
ここでハッキリさせないなんて、男としてやはり情けないだろうと、深雪は帰り道を歩きながら決意を固めた。
 

 

ラブで抱きしめよう
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