ラバーズ(Lovers) |
☆☆ 13 ☆☆ |
その男は、アイツだった。 私が初めて結ばれた男。 もちろん結ばれたのは体だけで、今は会いたくない人間の最たる一人だった。 「朝香………」 逃げられないように、男は強く私の手首を握った。 「離して!」 私の声で、優哉が男との間に立ちはだかろうとした。 「ふん…、こんな男と一緒にいるのか。まあお前には都合がいいだろうがな」 優哉を見て、フっと鼻で一瞥する男。 そんな男の態度に、私はカっとなった。 「……離してよ!」 一方的に逃げた私に、確かに非はあったと思う。 薬まで持っているこの男が、いったいどんな事を私にしてくるのか考えただけで恐ろしくなる。 彫りが深く一見優しそうに見えるその顔立ちが、男の内面とのギャップと相まって益々私は本能的に怯えてしまう。 (逃げなきゃ……) 私は手を振り上げた。 意外にも、男は優しい声で言った。 「あの事ならもういいから、ちょっと話を聞け」 男の険しい目つきが緩み、同時に腕を掴む力も弱まった。 「何……?」 私は手を下ろすと、優哉にくっついた。 男は優哉と私を何度か交互に見、そしてまっすぐに私に視線を向けた。 「お前を探してる奴が来た」 (えっ……) 緊張して、指先まで一気に冷たくなる。 「……正直、お前には関わりたくない」 男の態度は真剣で、その話の深刻さが伝わってきた。 「…………」 「お前とオレの間にあったことは、誰にも言うな。忘れろ」 「…………」 (探してる奴が来た、って……) 私の家の人間に違いなかった。 家族という枠組みだけで、何の愛情もないその縛り。 「分かったな、もうお前と会うことがあっても他人だ。お前とオレは何の関係もないからな」 男は手を離した。 去ろうとして一歩踏み出す。 「ちょ、ちょっと待って!」 「………何だよ」 今度は男の方が迷惑そうな顔をした。 「言ったの?…………私がそこにいたってこと」 「言えるわけねえだろ」 男は私を少し睨むと、すぐに背を向けた。 街の中、派手に赤いシャツが、人ごみに紛れても男の存在を浮かせた。 私は呆然として、ただ男の去るのを見ていた。 無意識に優哉の腕をギュっと握っていた。 「杏菜」 優哉の声で、その手が震えているのに気付く。 「あっ……」 やっと我に返った。 信号から少し離れた歩道、通り過ぎる人が時折私たちに視線を向けていく。 「あいつ………」 優哉が言い出さないうちに、私はこの場を離れたかった。 「ごめん、行こう…優哉」 彼を引っ張るようにして、私は駅に急いだ。 早く、彼の部屋へ帰りたかった。 |
|
ラブで抱きしめよう 著作権は柚子熊にあります。全ての無断転載を固く禁じます。 Copyrightc 2005-2017YUZUKUMA all rights reserved. |