ラバーズ(Lovers) |
☆☆ 3 ☆☆ |
「カケイ、体調でも悪いのか?」 教室に入るなり、友人の世羅に怪訝な顔をされた。 「…ちょっと、昨日寝れなかった」 結局ボクがウトウトし出したのは明け方で、1限を受けるためにボクは眠くてたまらなかったが仕方がなく家を出た。 出間際に玄関口で振り返り、ベッドの上のまだ寝ている彼女を確認する。 夢のような光景だ、とボクは思った。 それでもその夢が本当に現実になってしまうと、体がこんなにしんどいなんて。 思えばその前の日だってほとんど眠れなかったんだった。 「いいエロサイトでも発見したか?」 そう言って世羅はニヤニヤ笑うと、ボクの隣の席に腰を下ろす。 ヤツの風貌もボクと同じく、どう見てもアキバ系。 同じ匂いを感じて、大学に入るなりすぐに意気投合した。 人見知りなボクにとっては貴重な友人だ。 世羅とボクとの大きな違いは、ヤツは自宅通学でこの若さにして既にメタボリック気味なのに対し、ボクは一人暮らしの金欠で食費を節約してガリガリだっていう体格差だった。 (世羅に話しても、信じないだろうなあ…彼女のこと) 話が長くなりそうだったし、それに多分すごく食いついてくるだろうと想像ができたから、ボクは『彼女』のことはまだ黙っておこうと思った。 そもそもボク自身が、『自分の家に女の子がいる』というこの異常事態に対して疑念でいっぱいだった。 授業を受けながら、彼女のことを考えた。 今朝、彼女がよく眠っていたから何も言わずに家を出てきてしまった。 (携帯番号とか、聞いておけば良かった…) そういえば、彼女に連絡をとる術が何もなかった。 何だか急に不安になってくる。 部屋に戻るわけにもいかず、ボクはバイト先の漫画喫茶へと向かう。 オタク趣味のコレクター商品購入のせいで、ボクはいつも貧乏だった。 だからアルバイトもできる限り入れていた。 今日も深夜まで仕事だ。 (出て行っちゃったり、してないだろうな…) 『彼女』がいる、そのことが非日常で、 『彼女』がいなくても、ただボクの日常に戻るだけだっていうのに。 たった2日、側にいてくれた女の子の存在感が自分の中でこんなに大きくなっていることにボクは驚いた。 彼女はすごく魅力的で可愛かった。 ボクが女の子に免疫がないからそう見えるっていうわけじゃなくて、客観的に見ても、おそらく彼女は目立って可愛いと思う。 昨日もボクなんかと一緒だっていうのに、嬉しそうにずっと笑顔を見せてくれた。 思い出せば思い出すほど、すごくありがたくてそして信じがたかった。 (どうか、部屋にいてくれていますように……) 祈りにも近い気持ちで、バイト帰りの家路をボクは急いだ。 (どうか……) 見上げると、アパートの2階の自分の部屋の窓から、電気が漏れていた。 ボクは心底ホっとして、階段をカンカンと音を立てながら急いで駆け上がった。 ドアノブを回すと、鍵がかかっていた。 慌ててボクは鍵を出し、差し込んでひねる。 「ああ、おかえりぃ〜〜」 部屋の真ん中にちょこんと座る彼女の姿は、ボクの目には本当に輝いて見えた。 「ああ……うん」 ボクは玄関の鍵をかけて、ボロいスニーカーを脱いで部屋に上がった。 いい匂いがする。 急にお腹が減ってきた。 「お世話になってるお礼に、と思ってー…、晩御飯作ってみたんだけど、なかなか帰って来ないからー」 そう言って彼女は照れたような困ったような顔をしてボクを見上げた。 今日は両方の耳の横で、一部の髪を縛っている。 その姿はいわゆるツーサイドアップっていう萌え系の髪型だ。 (………) やっぱり可愛いと思う。 ただでさえ可愛いのに髪型までもろに好みで、ボクはまた緊張してしまう。 「あ、あのさ……」 ボクは言いかけて、口篭もる。 「?」 彼女はボクをじっと見ている。 言いたいことが急にまとまらなくなり、ボクは首を振った。 (えっと……何が、言いたかったんだ…?) 一瞬とんでもなく恥ずかしいことを口走りそうになってた。 「………」 自分で言いかけておいて、自分で困る馬鹿なボク。 ボクが黙ってると、彼女は立ち上がった。 「遅かったね。ご飯、食べてみる?」 「うん。ぜひとも」 駅からほとんど走ってきたから、ボクは汗だくだった。 狭い部屋の中、できるだけ彼女の近くに寄らないようにしてボクはテーブルへと近付く。 いつも持っているナップザックを壁際に置く。 部屋が、すごく片付いていた。 袋に入れたまま出していなかったゴミが、キレイに消えてた。 「部屋、片付けてくれたんだ…」 見回すと、雑誌類はまとめて机の近くに置かれていて、箱モノはテーブルを挟んで机と反対側の壁際に並べてあった。 ボクはモノが捨てられないタイプで持ち物は無意味に多い。 だけど彼女のおかげで、いつもよりもずっと部屋がすっきりしていた。 だらしなく脱いであった衣類もきちんと畳まれていて、洗濯までしてあるっぽかった。 「絶対ゴミだろう、ってヤツだけ捨てたよ。…多分大丈夫だと思うけど」 振り返った彼女は、手に湯気の出た器を持って微笑む。 「暑いのに、肉じゃが作ってみた。……まずいかも」 正方形の小さな座卓の角を挟んで、ボクの斜め向かいに彼女は座った。 「いただきます」 手を合わせて、深々とお辞儀をしてしまった。 (帰ってきて温かいご飯ができてるなんて……奇跡だ) ボクは胸が熱くなってくる。 たしか調味料なんて全然なかったはずだ。 彼女は何から何まで買出してくれたんだろう。 彼女の作ってくれた肉じゃがは味が濃かったけれど、空腹のボクにとっては丁度良く美味く食えた。 「……」 ふと彼女を見ると、じっとボクを覗き込んでいた。 「……どう?」 「美味しいよ、うん……すごいね」 『すごいね』のところで、ボクはちょっと泣きそうになってしまった。 これが、自分の身に起こっている現実とは思えなかった。 3日前に事故かなんかでボクは実は死んでいて、今見てるのは全部夢みたいな気がする。 そうである方が今の状況よりもリアリティがあった。 ボクは彼女がしてくれた色んな事に本当に感激して、感激しすぎてそれを言葉にできなかった。 ボクはただ静かに彼女が作ってくれたご飯を食べた。 今日は彼女がいなくなるんじゃないかと思って、一日中心配した。 今、ここにいてくれてボクは本当にホっとした。 おまけにお腹が一杯になって、ここのところの肉体と精神の疲れがドっと出てくる。 「シャワー、浴びる…」 油断したらこのままウトウトしてしまいそうだった。 「うん」 夜中のくだらないお笑い番組に視線を向けたまま、彼女は頷いた。 昨晩とその前の晩と比べると、随分今夜のボクは落ち着いていた。 少し慣れてきたせいもある。 ボクのせいで、彼女との会話は相変わらず全然弾んでいなかったけれど。 「はあーーー」 シャワーを浴びると、余計に疲れが出てきた。 このまま何も考えずに今夜は眠れそうで、ボクはそういった意味でも安堵する。 シャワーから出ると、彼女はまだテレビを見ていた。 「あの……」 ボクは彼女に声をかけた。 「?」 彼女がこちらに視線を移す。 童顔がきょとんとすると、さらに幼い感じがする。 ハタチなんて絶対ウソだろ、とボクは思う。 「あのさ、昨日…しばらくここにいる、って言ってたけど」 ボクは恐る恐る言った。 「うん」 彼女はまっすぐボクを見ている。 話をし始めて視線が合うと、その視線を逸らさずにじっと相手を見続ける。 多分彼女の癖だ。 そしてその眼力に対して、ボクは結構萎縮してしまう。 「…しばらく、ってどれくらいなのかな?」 「………」 |
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