もっと、いつも |
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昨日まで、すごく気まずい雰囲気だった、隣の席のヤツと私の関係。 今日から、何だかベクトルを変えて、また気まずくなっているような気がする。 だけど、那波が昨日までの固い雰囲気じゃなくなったのは、良かった。 「うーっす」 眠そうに入ってきて、私をろくに見もせずにドカっと席に座る。 「ああ、おはよ…」 お義理で、私もあいさつを返す。 「………」 「………」 変な間。 これまでの普段なら、どうってことないのに、お互いに言葉を待っているようなおかしな空気が漂う。 「そうだ、お前、アドレス教えろよ」 那波が唐突に、その間を突き破った。 「えっ?…なんで?」 私は思わず言ってしまう。 「なんで?じゃねえだろ。不便だろ。教えろ」 「………」 私はしぶしぶ携帯を出した。 那波との関係は、よく分からなかった。 この展開、普通なら、『付き合ってる』ってことになるのかもしれない。 だけど私は今まで誰とも付き合ったことがないから、これが交際というのかどうか、よく分からない。 那波に、好きだと言われたこともない。 付き合ってくれと言われたわけじゃない。 それなのに、エッチは、しちゃったっぽい。 キスもしちゃった。 昨日は、手をつないで家まで帰った。 (やだあ……) 色々と思い出して、急にまた恥ずかしくなってきた。 私は恥ずかしくて死にそうなのに、すぐ隣にいる那波は平然としている。 (女に、慣れてるんだよね…) 相変わらず那波のことはよく知らないから、実際にそうなのかどうかは分からない。 それでも、立ち振る舞いというか、私に対する態度ひとつ見たって、ヤツが女に慣れていないわけがない。 (もう……) 心の中で、焦れた。 付き合うつもりなら、そうだと言って欲しい。 適当に間を埋めるだけの遊びなら、やめて欲しい。 「ほら」 「えっ!」 携帯を返すために急に私の方に伸びた彼の手に、私はビックリしてしまった。 「なんだよ」 「別に」 私はあわてて携帯をひったくる。 昨日、触れた手。 今だって右手を伸ばせば、簡単に那波に届いてしまう。 だけど、行動に移そうとすれば、その距離は果てしなく遠い。 教室の中、ざわざわとしたみんなの声も、私には聞こえない。 こうしている瞬間だって、私の世界は那波ばかりを追う。 授業が始まると、那波は机の下でゴソゴソしだした。 (何……?) 横目で見ると、携帯電話をいじっている。 那波がそうしているのは、よくあることだった。 (授業、まじめに聞きなよ……) 学校に来ているだけマシだったけれど、相変わらず那波は不真面目だ。 携帯を一通りいじり終わると、ヤツは机に突っ伏して寝始める。 彼のいつものパターンといえば、そうだった。 昼休み、カバンに入れっぱなしにしていた携帯を見ると、見慣れないアドレスからメールが来ていた。 最初誰だか分からなくて開くのもためらわれたけれど、那波からのメールだった。 内容は、今日帰りオレんとこ寄る?みたいな感じだった。 (那波のところ…) 那波の部屋に入ったのは、この前の1回だけ。 キスされて、何が何だか分からないままエッチしてしまった時だ。 (…………) またドキドキしてしまう。 もしも那波の部屋に行ったなら、またあんな流れになったりして…… (それは困る!) 私は首を振った。 「花帆、どうしたの?」 お弁当を食べる友人達の手が止まり、一斉に私に視線が集まる。 「な、なんでもない」 「そう?」 絵美香が探るような視線を私に送ってくる。 「うん…」 「ふーん」 他の子にも怪訝な顔をされたが、私はぎこちなく笑顔を返した。 「そういえば那波って、最近学校に来てるよね」 唐突に絵美香が言う。私は思わず右手がビクっとした。 「あいつがいるのにも、ちょっと慣れたけど…。あいつって、いるだけで何かキンチョーするよね」 「そうそう」 普段からクラスの子たちの間で、那波の話は時々出た。 元々、注目されている存在なのだ。 (…………) 今までは何気なかったこんな会話も、今の私はドキドキしてしまう。 まるで自分の恥ずかしい事を話されているような気がした。 「彼女、いないのかな?花帆、知ってる?」 「なっ、なんで私が」 「だって隣の席じゃん」 「そんなにしゃべってないもん」 平静を装うのが大変だった。この話を私に振るのはやめて欲しい。 ビミョーな関係なのに。 私だって彼に聞きたいぐらいなのに。 (那波の彼女……) 自分がそれに当てはまるのかといえば、ものすごく不自然な気がする。 那波と私が彼氏彼女の姿なんて、想像するのも難しかった。 (でも…) 昨日のことを思い出す。 手をつないだことは、不思議なことにエッチをしたかもしれないことよりもずっとリアルだった。 (確かに、那波と一緒だった…) 帰りの道。いまだに信じられなくて、首筋がヒヤっとするぐらい緊張してしまう。 (……) 探しても、那波は教室にいない。あの友人達と一緒にいるのだ。 妙に気を使った昼休みも終わり、そしてあっという間に午後の授業も終わってしまった。 「おい」 ものすごく不機嫌な様子で、私の机にカバンを置いた。 「何」 「お前、無視すんなよ」 その手には携帯が握られている。 「ああ、ごめん。返信するのすっかり忘れてた」 もう放課後だ。忘れてたというのは、ウソだった。 何て返したらいいのか分からなくて、結局何も返さなかったのだ。 「忘れんなよ」 那波は相当ムっとしていた。 怒ってる彼は、やっぱりちょっと怖い。 「… 今日、塾あるし、…何て言ったらいいか分かんなかったし」 私は言った。 これは本当のことだ。 「じゃあ、お前んちまで送ってやる」 「えっ?」 「オレも今日バイトあるし、あんま時間ないけど」 私の目の前に投げられていた那波のカバンが、無造作に持ち上げられる。 「校門出たとこで待ってるから、さっさと来いよ」 「えっ、えっ……?」 展開についていけない私をよそに、那波は教室から出て行ってしまう。 早く行かないと今度こそ本当に怒られそうで、私もあわてて教室を出た。 校門を出ると、壁の陰になっているところで那波は立っていた。 「えーと、えーと」 どうしていいのか分からずに、とりあえず私は那波の顔を見た。 ヤツは平然として、黙って歩き出す。 私はそれについていくしなかい。 授業は終わったばかりで、帰る生徒はたくさんいた。 私と那波のツーショット。 絶対変だと思う。 前に歩いている子が、時々驚いたような顔で私たちを見た。 後ろに歩いている子たちの反応を考えると恐ろしい。 「今日、バイトだったんだ?」 いたたまれなくなって、私は口を開いた。 「そう。お前、塾って何曜日に行ってんの?」 「水曜日以外は行ってる」 「へー、意外に勉強してるんじゃん?」 本当に感心しているのか、バカにしているのか分からないような感じで那波は言った。 「あんたこそ、いつバイトしてるの?」 「オレは適当。空いてる時に行くって感じで」 「……遅くまでしてるの?」 「あー、まあ遅いかな。オレらの年って深夜ヤバイんだっけ?分かんねえけど、かなり遅い」 「ふーん」 授業中、那波は大体寝ていた。 学校に来てはいるものの、何をしに来てるのかと言えば、疑問になるぐらい、那波は普段授業を聞いてない。 「テストとか、大丈夫なの?」 「うーん??」 那波は笑っていた。 「何よ?」 私は言い返す。 「なんか、高校生らしい会話してるじゃん、って思ったら笑えてきた」 そして、ヤツはまた笑う。 バカにされているのかと一瞬思ったけれど、那波の表情が穏やかだったから、私は黙っていた。 那波と私って、これまでまともに喋ったことがないんじゃないかと、ふと思った。 私は那波のことを知らなかったし、那波も私のことを知らないと思う。 こうやって話せるのは素直に嬉しい。 電車に乗っても、他の生徒からの視線を感じた。 それが気になると、話してる内容まで聞かれているような気がして、自然に会話が途切れた。 黙ったまま、並んで吊革につかまっているだけなのに、またドキドキしてくる。 ほとんど会話の無いまま、那波の駅を通り過ぎ、私の駅に着いた。 改札を抜けると、いつもどおりの街並みが広がる。 新興住宅街で、駅のロータリーも広い。 那波のところは、商店街がすぐにあって賑やかなのに対し、少し離れただけなのにこの街は静かだった。 昨日の帰り、ここを通った時、まさか那波がここで待っているなんて思わなかった。 まさか今日、こうして2人で改札を抜けるなんて夢にも思わなかった。 「はい」 当たり前のように、私の通学バッグを取り上げる那波。 「………」 彼の左手が私へと伸びてくる。 その動きがあまりに自然すぎて、私は立ち止ってしまう。 「どうした?」 那波らしくない優しい声の響きに、何だか泣きそうになりそうなぐらい緊張が高まってくる。 「こ、これって」 私は声を振り絞った。 「?」 那波は出していた手を、引っ込める。 「これって、何?」 私は言った。 「何って??何?」 ヤツは本当に意味が分からないみたいで、私を見つめてくる。 (み、見ないで…) 見つめられると、逃げたくなる。 このまま、那波が持ってる私のカバンを奪って、走って家まで逃げたい衝動にかられた。 那波は自分の目が、私にどういう影響を与えるか、全然わかっていない。 「何、って、……その、何て言うか」 本当に逃げたい。 好きなのに。ものすごく好きなんだって、自分でもイヤになるぐらい分かる。 だけど、目の前にいるのも辛い。 「これって、どういう関係?」 思い切って言った。 那波の反応が見たくて、恐る恐る視線を合わせた。 「どういうって、何だよ」 意外にも、彼は戸惑っているように見えた。 しばらくして、那波が言った。 「…まさか好きでもない男に、キスとかさせちゃう女じゃないよな?」 「バカ!!」 衝動的に、私は走った。 バッグをひったくるのも忘れ、恥ずかしくてその場から逃げた。 「………」 なのに、すぐ信号に引っ掛かってしまう。バカみたいだ。 那波はすでに追いついていた。 「ごめんごめん」 有無を言わさず、那波は私の手を握ってくる。 私は恥ずかしすぎて、もう、泣けてくる一歩手前まできてた。 「オレは付き合ってるつもりになってるんだけど?」 「………」 ストレートに言われて、私は言葉に詰まった。 「お前も昨日、イヤじゃないって言ってたじゃん」 (そうだったっけ?) 昨日のことは、途中からあんまり覚えてなかった。 そういえば那波の部屋でエッチしたらしいことだって、ほとんど覚えてなかったし。 那波といるときの私は、記憶喪失の暗示にかかってしまうのか。 (付き合ってるつもり) その言葉が数秒遅れで、心に沁みてくる。 信号が変わり、手をつないだまま私たちは自然に歩き出した。 昨日、那波に声をかけられた大きな公園の横を過ぎる。 「…………」 何て言ったらいいのか分からなくて、ずっと黙ってた。 那波も、なぜか黙っていた。 つながれた手を介して、ドキドキが彼へと流れていきそうなぐらい、ドキドキしていた。 付き合う、という言葉がピンとこないのに、体の中がひっくり返りそうなぐらい動揺してる。 私の様子、アイツの目にはどう映ってるんだろう。 何か言わなくちゃと思うのに、どうしていいか分からない。 思い詰め過ぎて、唐突に体がビクっと反応してしまう。 その時に、思わず那波の手をギュっと握ってしまった。 「…………」 那波が私を見ているのが、気配で分かる。 分かるからこそ、私は顔を上げられない。 息が止まりそう。 どうしていいのか分からないまま、家の近くまで来た。 那波も、何も言わなかった。 彼の雰囲気が優しいのは分かったから、怒らせてないことに、ただホっとした。 「あ、ありがとう…。送ってくれて」 那波の顔は見ずに、何とかそれだけ言った。 「じゃあ、またな」 彼は手を放した。 離れた私の手が、ガチガチに固まっていて、思った以上に那波の手をギュッと掴んでいたらしい。 また恥ずかしくなる。 (!) 那波の手が私の頬にちょっと触れた。 まともに見た彼の目がすごく優しくて、那波じゃないみたいだった。 心が、掴まれる――― 「じゃあな」 那波は歩き出す。 「あっ、後で、メール!………するね」 私の言葉に振り返り、また笑顔を見せると那波は戻ってくる。 「今週、休みの日、ヒマだったらどっか行こうぜ」 耳元で聞いたその声、その言葉に、私はクラクラした。 「じゃ!」 那波は去っていく。 うちの学校の制服って、あんなに恰好よかったっけと思いながら、私は那波の後ろ姿に見とれた。 自分の部屋に戻ると、何てメールしようかと考えて、ずっと考えて、結局夜の9時を回ってしまった。 |
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