もっと、いつも

☆☆ 9 ☆☆

   
那波と付き合ってるのは、簡単にバレてしまった。
ヤツが意外にあっさりと、私と付き合っているのをみんなの前で認めたからだ。

那波に彼女がいる。

この状況って全然不思議じゃない。
むしろ、那波に女がいない方が不自然だ。
だけど、その対象が…私。

自分の事ながら、信じられない。
あまりにも信じられなくて、何だか他人事みたいな気がした。


その日の放課後は、友人たちに付き合わされる事になった。
大きなショッピングモールの、大きなフードコート。
自分の好きなものが買えるし、結構粘っていても誰にも文句を言われない、放課後の時間をつぶすのには理想的な場所だ。
私、智子、絵美香、結衣の4人は、子供連れから離れた席に陣取った。
「なんで那波と付き合う事になったの?」
一番、鼻息を荒げていたのは、絵美香だった。
彼女は平凡な私たちのグループの中でも比較的派手な子で、以前から那波の話をよくしていた。
「なんでかな…分かんない」
なんで付き合う事になったんだろう。
確かに席も隣だし、カズ君の一件があって、あいつの家まで行ったりしてた。
接点は、前よりも増えてた。
だけど、…「私」は「私」で。
「私」が変わったわけじゃない。
那波みたいに目立つ男と付き合うタイプじゃない。
だから、那波に好かれるタイプでもないはずだ。

(なんで付き合ったんだろう…)

「でも那波か〜…、いいなあ〜花帆〜…」
ため行き混じりで絵美香が言う。
「絵美香、那波の事結構好きだったんじゃない?」
無神経なのか、結衣がズケズケと絵美香に返した。
「好きっていうか…、憧れって感じ?」
意外にも普通に、絵美香は答える。結衣は言った。
「あ〜、分かる。那波って付き合うっていうよりもさ、遠くから見るって感じだよね」
「アイドルって感じ?何て言うんだろう、近寄りがたいっていうかさ…」
(それは私も分かる)
心の中で私もうなづいた。

遠くから見てるだけで、それだけで良かった。
那波に彼女ができたらきっとすごく悲しいけれど、自分が「彼女」に収まるなんて、考えてもいなかった。
実際、そうなってしまうと実感が無さすぎて…、だから、エッチした事もあんまり思い出せないのかも知れない。
あまりにも私の思う現実とかけ離れていて、気持ちが追いついていかない。


家に戻り、塾へ行き、また部屋に戻った時には9時を過ぎていた。
塾に行っている間も集中できなくて、那波の事ばかり考えていた。
(キス、されちゃった…)
不思議と、那波の部屋で初めてキスした時よりも実感があった。
だからすぐに思い出してしまう。
というより、頭から離れなかった。

那波にメールしようかとも一瞬思った。
付き合ってる、のなら、きっと頻繁にメールしたりするのかな。
私は、「普通」がよく分からなかった。
今までの自分を情けなく思う。
何もかも、どうしていいのか分からない。

那波の事を思うと、自然と今日のキスを思い出してしまう。
普段、怒りっぽいし、みんなに冷たい態度をとっているアイツ。
それなのに、優しい。
うまく言えないけど、「優しいな」って感じる。
どうしてなんだろう。
それから、そんなところが…すごく好きだ。
「好き」だと思い過ぎて、付き合っている事自体がすごく不思議だった。
本当に、こんなに好きな人と、こんなに近い関係になっているのが変。
きっと那波は、私が想っている程、こんなにも私の事を好きじゃないんだろうなと思う。
想いの大きさを比べるなんておかしいけれど、だけどやっぱり考えてしまう。

メールしたいのに、何を打ったらいいのか分からなくて、手の中で持て余していた。
「あっ…」
唐突に、那波からメールが来た。
『明日ヒマなら、どっか行かない?』
それだけのメール。
(こんな感じでいいんだ…)
文面を考えて、考えて、結局思いつかなかった自分がバカみたいだ。
(明日…)
2人で出かけるなんて、想像もしてなかった。
だけど、付き合ってるなら、それが普通なんだろう。
(明日…)
やっぱりどうしていいか分からなかったけど、那波が何て言うか任せて、結局会う約束をした。


夜はほとんど眠れなかった。
朝起きたらヒドイ顔で、思わずシャワーを浴びた。
(デートなんだよね…きっと…)
那波の私服は何回か見てる。
暗い色を着ている時でも、那波が着ると何だか派手に見えた。
その点、普段の私は地味。
可愛いものとか、ピンクが好きで、そういう服を持っているのに、自分が着るとホントに地味な気がした。
(ああ、どうしよう…)
時間がどんどん迫ってきて、それで良いのか分からない服装で、結局出掛けた。
化粧は勿論してない。

「おはよー」
改札口で彼に声をかける。
那波は私の最寄駅で待っていてくれた。
「うっす…」
彼はベージュのTシャツに青いパンツを履いてて、私が那波を見た中でも一番お洒落な感じがした。
「眠そうじゃん」
緊張を振り払うみたいに、できるだけ普通の声で私は言った。
「うん、昨日忙しくてちょっと遅かった。オレ高校生なのによ」
那波が飲食系のバイトをしてるのは知ってる。
「大丈夫…?無理してない?」
今はまだ10時だ。こんな午前中から約束して良かったのかな。
「全然へーき、行こうぜ」

2人で乗る何度目かの電車。
でも今日は2人とも私服で、会話が途切れると途切れた時間の分だけ緊張が増してしまう。
「普段、そんなカッコしてんの?」
ふと那波が言った。責められているみたいな気がして、私はドキドキする。
「う…うん、変だったかな」
那波は遊び慣れてそうだし、私服もお洒落だ。
彼に釣り合う雰囲気が分からなくて、薄いピンク色のトップスに白いショートパンツを履いてしまった。
「いや、結構可愛い格好してんだなと思って」
「……」
「学校で真面目そうに見えるからさ」
可愛い格好と言われて、かなり安心した。それから、嬉しい。
「…真面目だよ」
出た声は、自分でもふてくされてるみたいだった。
「そうだよな」
那波は両手で吊革につかまって、窓の外を見た。
その横顔は、学校で見る表情に似てる。
でも、ちょっと違う。

地下鉄に乗り換えて、海の見えるタワーに来た。
時間が早かったせいか、まだそんなに混んでなかった。
天気が良くて、海の向こう、遠くまで見渡せた。
「わー、すごいねー」
遊びで遠出する事が無くて、おまけにこういうデートスポットらしい場所に来た事が無くて、おまけに本当にデートだし、私は浮足立ってた。
景色の解放感もあって、少しだけリラックスしてくる。
私たちは展望台の中にあるベンチに座った。

「ここ涼しくていいな」
隣で姿勢を崩す那波を見てると、やっぱり不思議な気分になる。
こうしていても現実感が無くて、隣にいるのに画面越しに見てるみたいな、そんな感じ。
「……」
前から思ってたけど、那波はそんなに喋る方じゃない。
私は那波と何を話していいか分からないから、必然的に会話に詰まってしまう。
幸いなのは、那波がそれをあんまり気にしていないって事。
不思議な感じ、隣にいるのに、…本当に不思議。
「那波ってさ」
あまりに現実感が無くなってきて、私は思わず言ってしまう。
「すごくモテそうなのに、なんで私と付き合おうと思ったの?」
ずっとずっと自分の中で引っ掛かっていた事、スラスラと言葉に出て来て、自分でもビックリする。
「なんでって…」
目の前2メートルぐらい離れたところ、老人の団体っぽい集団が通り過ぎる。
那波は集団をじっと見て、すっかり通り過ぎた時に、言葉を続けた。

「可愛いじゃん?」

(は?)
予想もしていないその返事に、一瞬思考が止まる。
那波が私の顔を見てたから、それも近い距離で見ていたから、胸の下ぐらいからグワっと何かがこみあげてくる。
「……」
可愛い、とか、自分とは無縁すぎる言葉。
それを至近距離で、好きな男子が言う。
血が上ってくるのが分かる。耳の上まで震えそうなぐらい、多分今私赤面してる。
目をそらすタイミングも掴めなくて、私は那波をただ見てた。
(もう泣きそう…)
「おいおい、おい〜」
那波が私の頬をつついた。
「もおっ」
瞳の中で何かが弾けたみたい。
私は肩をすくめた。
私を見る那波の目は優しくて、でも気のせいか一瞬、私の表情を映したみたいに、ちょっと泣きそうな感じがした。
だけどそんな表情はほんの一瞬で、すぐに笑顔になる。
その顔は、学校では絶対に見せない表情で、こんな顔するんだって、私のドキドキが一気に全身に巡る。

初めての感覚。
心も体も、全部が心臓になったみたい。
彼が見せる表情も言葉も気配も、全部が好きだと思う。
これが恋なら、今まで片思いだと想っていた小さな恋なんて、全く違っていたんだと思う。
誰かの側にいて、見つめられて初めて感じる気持ち…。
(好きなんだ…)
クラスメートじゃない彼の表情に触れて、改めて思う。


展望台から移動する時から、那波は手をつないでくれた。
触れていると、付き合ってるんだなって思う。
外に出るとやっぱり暑くて、私たちは近くのファッションビルに移動した。

「もうすぐ夏休みだな」
ご飯を食べに入ったカフェはお洒落で、よく雑誌で見るような店内に、こうして彼氏と一緒にいるのも変な感じだった。
とにかく、今日の私の目に入るものは全部新鮮で、想像の世界に放り込まれているみたい。
「夏休みは、那波はバイトしてるの?」
「ああ、うん。若林は?」
「私は塾ぐらいかな…。バイトは…やってみたい気もするけど」
アイスティーにミルクを入れて、ストローで混ぜながら私は言った。

「なんだよ、バイトした事ないの?」
「ないよ…。普段そんなにお金使わないしさ」
「へー、そんなヤツいるんだな」
那波はホントに驚いてるみたいだった。
那波たちは、街に出て遊んでそうだし、買い物もしてそうだし…お金使ってるんだろうな。
「那波は…進学するの?」
気になっていた事を聞いてみる。
私たちの高校は付属校なのだけれど、成績上位の者が優先で希望の進路に進学する。
大体の人が進学できるのだが、人気の学部に行くためにはそれなりの成績である必要があった。
だから私は成績を落とさないために、塾に行っていた。

那波たちのグループみたいに派手な集団でも、成績の良い子が混ざっていたり、付属校の学力は分からないものだ。
ただ、出席が足りないっていうのは論外だけど。
「分かんねえ〜…もう考えないといけないよな」
彼は肘をついて遠くを見る。
窓越しに見える海が、キラキラ光って眩しい。

「私、あんたが中退しちゃうんじゃないかと思ってた」
「あ〜、うーん」
曖昧な相槌をうちながら、那波は何か考えているみたいだった。
「高校、やめてもいいかなって思ってたけど、…改めて考えると、やめても何もないよな」
「そうだよ…ちゃんと出席ぐらいしなよ…」
普段の学校生活の話になると、ホっとする。
ここにいる彼は、確かに私の隣の席の那波なんだなって思う。
「お前と同じ学部希望しようかな〜。考えるのめんどくせーし」
「ちょっと!…男ならちゃんと自分の進路、マジメに考えなよ!」
ちょっと声を張ってしまった。
おせっかいで偉そうだなって、自分でも思った。
那波は肩肘をついたまま、私を上目遣いに見た。
その顔がまたカッコ良くて、ちょっとキュンとしちゃう。
「そうだよな〜、マジメに考えないとだよな」
言葉の後に、少し目が細まる。
彼のそんな一瞬一瞬の変化が、好きだ。
好きなのはそれだけじゃなくて、今、私の目に移る彼の全部が好きだと思う。

――ドキドキする。
ちょっと手を動かす仕草とか、歩く歩幅とか、私に振り返る一瞬とか、全部の動きを心に残したい。
彼の動作、言葉、全部が私の心を揺らす。
歩いている間中、話している間中、ずっと…クラクラしそうなぐらい、私の中の何かが波打ち続けてる。
好きだと想う気持ちはスゴイなと思う。
今日の私は体の芯から違ってた。


結局1日中ドキドキしてた。
隣にいるのが落ち着かなくて逃げ出したい気分にもなったけれど、だけどずっと一緒にいたくて、なのにあっという間に夕方になってしまった。
バイトしてるからと言って、那波は全部おごってくれた。
彼は歩くのが早くて、もうすぐ私の家の前に着いてしまう。
「今日はありがと…、色々」
「いや、全然」
那波は涼しい顔だ。
「ホントにありがと…なんか、すごい、ありがと…」
「なんだよ、それ、オレなんかしたっけ?」
彼は笑ってる。
こうして隣で笑ってくれてるって事だけでも、彼に猛烈に感謝したい気持ちだった。
今日1日、信じられないぐらい楽しかった。
今までの自分が知らなかった気持ち、こんな気持ちにさせてくれる事が、本当に嬉しい。
「ありがと…」
他に言葉が思いつかなくて、何度も言ってしまう。
「おお、じゃあまたな」
那波は私の手をギュっと握ると、離した手をそのまま振って、駅の方へ歩いていく。

好きな子と1日一緒にいるだけで、こんなに幸せな気持ちになるとは思わなかった。
こんなに好きだと思うなんて、想像できなかった。
(那波…)
今日、見た新しい色んな彼の姿が、グルグル頭に回った。

私が変わってしまう。
見たことの無い世界へと、彼に引っ張られる。
目に映るもの、触るもの、全てが変わってしまう。
(こんな気持ちになるんだ…)
那波の事を思い出すだけで、意味も無く泣けそう。
(どうしよう…)
未知の世界に1歩踏み出してしまった。
もう昨日の自分には戻れない。
大きくなり過ぎる幸福感と、それに合わせて感じる未知の不安。
自分の全てが彼に染まってしまう。
だけど、この流れには逆らえなかった。
 
 

ラブで抱きしめよう
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