もっと、いつも |
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那波と付き合ってるのは、簡単にバレてしまった。 ヤツが意外にあっさりと、私と付き合っているのをみんなの前で認めたからだ。 那波に彼女がいる。 この状況って全然不思議じゃない。 むしろ、那波に女がいない方が不自然だ。 だけど、その対象が…私。 自分の事ながら、信じられない。 あまりにも信じられなくて、何だか他人事みたいな気がした。 その日の放課後は、友人たちに付き合わされる事になった。 大きなショッピングモールの、大きなフードコート。 自分の好きなものが買えるし、結構粘っていても誰にも文句を言われない、放課後の時間をつぶすのには理想的な場所だ。 私、智子、絵美香、結衣の4人は、子供連れから離れた席に陣取った。 「なんで那波と付き合う事になったの?」 一番、鼻息を荒げていたのは、絵美香だった。 彼女は平凡な私たちのグループの中でも比較的派手な子で、以前から那波の話をよくしていた。 「なんでかな…分かんない」 なんで付き合う事になったんだろう。 確かに席も隣だし、カズ君の一件があって、あいつの家まで行ったりしてた。 接点は、前よりも増えてた。 だけど、…「私」は「私」で。 「私」が変わったわけじゃない。 那波みたいに目立つ男と付き合うタイプじゃない。 だから、那波に好かれるタイプでもないはずだ。 (なんで付き合ったんだろう…) 「でも那波か〜…、いいなあ〜花帆〜…」 ため行き混じりで絵美香が言う。 「絵美香、那波の事結構好きだったんじゃない?」 無神経なのか、結衣がズケズケと絵美香に返した。 「好きっていうか…、憧れって感じ?」 意外にも普通に、絵美香は答える。結衣は言った。 「あ〜、分かる。那波って付き合うっていうよりもさ、遠くから見るって感じだよね」 「アイドルって感じ?何て言うんだろう、近寄りがたいっていうかさ…」 (それは私も分かる) 心の中で私もうなづいた。 遠くから見てるだけで、それだけで良かった。 那波に彼女ができたらきっとすごく悲しいけれど、自分が「彼女」に収まるなんて、考えてもいなかった。 実際、そうなってしまうと実感が無さすぎて…、だから、エッチした事もあんまり思い出せないのかも知れない。 あまりにも私の思う現実とかけ離れていて、気持ちが追いついていかない。 家に戻り、塾へ行き、また部屋に戻った時には9時を過ぎていた。 塾に行っている間も集中できなくて、那波の事ばかり考えていた。 (キス、されちゃった…) 不思議と、那波の部屋で初めてキスした時よりも実感があった。 だからすぐに思い出してしまう。 というより、頭から離れなかった。 那波にメールしようかとも一瞬思った。 付き合ってる、のなら、きっと頻繁にメールしたりするのかな。 私は、「普通」がよく分からなかった。 今までの自分を情けなく思う。 何もかも、どうしていいのか分からない。 那波の事を思うと、自然と今日のキスを思い出してしまう。 普段、怒りっぽいし、みんなに冷たい態度をとっているアイツ。 それなのに、優しい。 うまく言えないけど、「優しいな」って感じる。 どうしてなんだろう。 それから、そんなところが…すごく好きだ。 「好き」だと思い過ぎて、付き合っている事自体がすごく不思議だった。 本当に、こんなに好きな人と、こんなに近い関係になっているのが変。 きっと那波は、私が想っている程、こんなにも私の事を好きじゃないんだろうなと思う。 想いの大きさを比べるなんておかしいけれど、だけどやっぱり考えてしまう。 メールしたいのに、何を打ったらいいのか分からなくて、手の中で持て余していた。 「あっ…」 唐突に、那波からメールが来た。 『明日ヒマなら、どっか行かない?』 それだけのメール。 (こんな感じでいいんだ…) 文面を考えて、考えて、結局思いつかなかった自分がバカみたいだ。 (明日…) 2人で出かけるなんて、想像もしてなかった。 だけど、付き合ってるなら、それが普通なんだろう。 (明日…) やっぱりどうしていいか分からなかったけど、那波が何て言うか任せて、結局会う約束をした。 夜はほとんど眠れなかった。 朝起きたらヒドイ顔で、思わずシャワーを浴びた。 (デートなんだよね…きっと…) 那波の私服は何回か見てる。 暗い色を着ている時でも、那波が着ると何だか派手に見えた。 その点、普段の私は地味。 可愛いものとか、ピンクが好きで、そういう服を持っているのに、自分が着るとホントに地味な気がした。 (ああ、どうしよう…) 時間がどんどん迫ってきて、それで良いのか分からない服装で、結局出掛けた。 化粧は勿論してない。 「おはよー」 改札口で彼に声をかける。 那波は私の最寄駅で待っていてくれた。 「うっす…」 彼はベージュのTシャツに青いパンツを履いてて、私が那波を見た中でも一番お洒落な感じがした。 「眠そうじゃん」 緊張を振り払うみたいに、できるだけ普通の声で私は言った。 「うん、昨日忙しくてちょっと遅かった。オレ高校生なのによ」 那波が飲食系のバイトをしてるのは知ってる。 「大丈夫…?無理してない?」 今はまだ10時だ。こんな午前中から約束して良かったのかな。 「全然へーき、行こうぜ」 2人で乗る何度目かの電車。 でも今日は2人とも私服で、会話が途切れると途切れた時間の分だけ緊張が増してしまう。 「普段、そんなカッコしてんの?」 ふと那波が言った。責められているみたいな気がして、私はドキドキする。 「う…うん、変だったかな」 那波は遊び慣れてそうだし、私服もお洒落だ。 彼に釣り合う雰囲気が分からなくて、薄いピンク色のトップスに白いショートパンツを履いてしまった。 「いや、結構可愛い格好してんだなと思って」 「……」 「学校で真面目そうに見えるからさ」 可愛い格好と言われて、かなり安心した。それから、嬉しい。 「…真面目だよ」 出た声は、自分でもふてくされてるみたいだった。 「そうだよな」 那波は両手で吊革につかまって、窓の外を見た。 その横顔は、学校で見る表情に似てる。 でも、ちょっと違う。 地下鉄に乗り換えて、海の見えるタワーに来た。 時間が早かったせいか、まだそんなに混んでなかった。 天気が良くて、海の向こう、遠くまで見渡せた。 「わー、すごいねー」 遊びで遠出する事が無くて、おまけにこういうデートスポットらしい場所に来た事が無くて、おまけに本当にデートだし、私は浮足立ってた。 景色の解放感もあって、少しだけリラックスしてくる。 私たちは展望台の中にあるベンチに座った。 「ここ涼しくていいな」 隣で姿勢を崩す那波を見てると、やっぱり不思議な気分になる。 こうしていても現実感が無くて、隣にいるのに画面越しに見てるみたいな、そんな感じ。 「……」 前から思ってたけど、那波はそんなに喋る方じゃない。 私は那波と何を話していいか分からないから、必然的に会話に詰まってしまう。 幸いなのは、那波がそれをあんまり気にしていないって事。 不思議な感じ、隣にいるのに、…本当に不思議。 「那波ってさ」 あまりに現実感が無くなってきて、私は思わず言ってしまう。 「すごくモテそうなのに、なんで私と付き合おうと思ったの?」 ずっとずっと自分の中で引っ掛かっていた事、スラスラと言葉に出て来て、自分でもビックリする。 「なんでって…」 目の前2メートルぐらい離れたところ、老人の団体っぽい集団が通り過ぎる。 那波は集団をじっと見て、すっかり通り過ぎた時に、言葉を続けた。 「可愛いじゃん?」 (は?) 予想もしていないその返事に、一瞬思考が止まる。 那波が私の顔を見てたから、それも近い距離で見ていたから、胸の下ぐらいからグワっと何かがこみあげてくる。 「……」 可愛い、とか、自分とは無縁すぎる言葉。 それを至近距離で、好きな男子が言う。 血が上ってくるのが分かる。耳の上まで震えそうなぐらい、多分今私赤面してる。 目をそらすタイミングも掴めなくて、私は那波をただ見てた。 (もう泣きそう…) 「おいおい、おい〜」 那波が私の頬をつついた。 「もおっ」 瞳の中で何かが弾けたみたい。 私は肩をすくめた。 私を見る那波の目は優しくて、でも気のせいか一瞬、私の表情を映したみたいに、ちょっと泣きそうな感じがした。 だけどそんな表情はほんの一瞬で、すぐに笑顔になる。 その顔は、学校では絶対に見せない表情で、こんな顔するんだって、私のドキドキが一気に全身に巡る。 初めての感覚。 心も体も、全部が心臓になったみたい。 彼が見せる表情も言葉も気配も、全部が好きだと思う。 これが恋なら、今まで片思いだと想っていた小さな恋なんて、全く違っていたんだと思う。 誰かの側にいて、見つめられて初めて感じる気持ち…。 (好きなんだ…) クラスメートじゃない彼の表情に触れて、改めて思う。 展望台から移動する時から、那波は手をつないでくれた。 触れていると、付き合ってるんだなって思う。 外に出るとやっぱり暑くて、私たちは近くのファッションビルに移動した。 「もうすぐ夏休みだな」 ご飯を食べに入ったカフェはお洒落で、よく雑誌で見るような店内に、こうして彼氏と一緒にいるのも変な感じだった。 とにかく、今日の私の目に入るものは全部新鮮で、想像の世界に放り込まれているみたい。 「夏休みは、那波はバイトしてるの?」 「ああ、うん。若林は?」 「私は塾ぐらいかな…。バイトは…やってみたい気もするけど」 アイスティーにミルクを入れて、ストローで混ぜながら私は言った。 「なんだよ、バイトした事ないの?」 「ないよ…。普段そんなにお金使わないしさ」 「へー、そんなヤツいるんだな」 那波はホントに驚いてるみたいだった。 那波たちは、街に出て遊んでそうだし、買い物もしてそうだし…お金使ってるんだろうな。 「那波は…進学するの?」 気になっていた事を聞いてみる。 私たちの高校は付属校なのだけれど、成績上位の者が優先で希望の進路に進学する。 大体の人が進学できるのだが、人気の学部に行くためにはそれなりの成績である必要があった。 だから私は成績を落とさないために、塾に行っていた。 那波たちのグループみたいに派手な集団でも、成績の良い子が混ざっていたり、付属校の学力は分からないものだ。 ただ、出席が足りないっていうのは論外だけど。 「分かんねえ〜…もう考えないといけないよな」 彼は肘をついて遠くを見る。 窓越しに見える海が、キラキラ光って眩しい。 「私、あんたが中退しちゃうんじゃないかと思ってた」 「あ〜、うーん」 曖昧な相槌をうちながら、那波は何か考えているみたいだった。 「高校、やめてもいいかなって思ってたけど、…改めて考えると、やめても何もないよな」 「そうだよ…ちゃんと出席ぐらいしなよ…」 普段の学校生活の話になると、ホっとする。 ここにいる彼は、確かに私の隣の席の那波なんだなって思う。 「お前と同じ学部希望しようかな〜。考えるのめんどくせーし」 「ちょっと!…男ならちゃんと自分の進路、マジメに考えなよ!」 ちょっと声を張ってしまった。 おせっかいで偉そうだなって、自分でも思った。 那波は肩肘をついたまま、私を上目遣いに見た。 その顔がまたカッコ良くて、ちょっとキュンとしちゃう。 「そうだよな〜、マジメに考えないとだよな」 言葉の後に、少し目が細まる。 彼のそんな一瞬一瞬の変化が、好きだ。 好きなのはそれだけじゃなくて、今、私の目に移る彼の全部が好きだと思う。 ――ドキドキする。 ちょっと手を動かす仕草とか、歩く歩幅とか、私に振り返る一瞬とか、全部の動きを心に残したい。 彼の動作、言葉、全部が私の心を揺らす。 歩いている間中、話している間中、ずっと…クラクラしそうなぐらい、私の中の何かが波打ち続けてる。 好きだと想う気持ちはスゴイなと思う。 今日の私は体の芯から違ってた。 結局1日中ドキドキしてた。 隣にいるのが落ち着かなくて逃げ出したい気分にもなったけれど、だけどずっと一緒にいたくて、なのにあっという間に夕方になってしまった。 バイトしてるからと言って、那波は全部おごってくれた。 彼は歩くのが早くて、もうすぐ私の家の前に着いてしまう。 「今日はありがと…、色々」 「いや、全然」 那波は涼しい顔だ。 「ホントにありがと…なんか、すごい、ありがと…」 「なんだよ、それ、オレなんかしたっけ?」 彼は笑ってる。 こうして隣で笑ってくれてるって事だけでも、彼に猛烈に感謝したい気持ちだった。 今日1日、信じられないぐらい楽しかった。 今までの自分が知らなかった気持ち、こんな気持ちにさせてくれる事が、本当に嬉しい。 「ありがと…」 他に言葉が思いつかなくて、何度も言ってしまう。 「おお、じゃあまたな」 那波は私の手をギュっと握ると、離した手をそのまま振って、駅の方へ歩いていく。 好きな子と1日一緒にいるだけで、こんなに幸せな気持ちになるとは思わなかった。 こんなに好きだと思うなんて、想像できなかった。 (那波…) 今日、見た新しい色んな彼の姿が、グルグル頭に回った。 私が変わってしまう。 見たことの無い世界へと、彼に引っ張られる。 目に映るもの、触るもの、全てが変わってしまう。 (こんな気持ちになるんだ…) 那波の事を思い出すだけで、意味も無く泣けそう。 (どうしよう…) 未知の世界に1歩踏み出してしまった。 もう昨日の自分には戻れない。 大きくなり過ぎる幸福感と、それに合わせて感じる未知の不安。 自分の全てが彼に染まってしまう。 だけど、この流れには逆らえなかった。 |
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