もっと、いつも

☆☆ 12 ☆☆

   

夏休みが始まって、1週間が過ぎた。
私にとっては人生初めての、『彼氏のいる夏休み』

それがどんな事なのかっていうのは、夏休みが始まってすぐ分かった。

那波は意外にマメで、バイトの日もちゃんとメールしてくれるし、時間が無い日でも会う時間をわざわざ作ってくれた。
私が行動をする一歩前に、ちゃんと気を配ってくれる那波。
(これが、『彼』…)
学校が無いのに、いつも連絡をくれる人がいる。
それがすごく嬉しかった。

バイトに行く前にも、うちの最寄駅まで来てくれる。
「7月、あっという間に終わっちゃうよな」
「そうだね…」
お互いに結構バタバタしていて、もう8月になってしまう。
ファーストフード店で、ドリンクのLを手にする那波。
Lサイズ飲んでる人ってあんまり見ないなあと思って、私はカップの大きさが気になって仕方が無い。
「明日、昼間何してんの?」
カップを置いて、那波は言った。
「明日は夕方から塾。今日と一緒だよ、昼は何もしてないよ」
受験を目標にしているわけじゃないから、実際のところはそんなにガツガツ勉強しているわけじゃない。
単に自己管理が苦手で、塾に通ってるだけだった。
「じゃあ、昼、会う?」
「うん…」
もう何度もこうして那波と会ってるのに、あらためて会う約束をすると緊張してしまう。
今だって、やっぱり目の前に彼がいるとドキドキするけれど。

「どっか行く〜って、言ってもすげー暑いし。オレんちくれば?」

「那波のうち〜?」
初めてキスしたあの日以来、那波の部屋には行っていない。
2人きりになるのが何となく怖くて、ずっと避けていた。
「いいじゃん、なあ、来いよ」
「ええ〜〜…」
「どっか行っても、1日出ると結構金使うし、夏はまだ長いしさ。オレんとこ来いよ」
「うーん……」

煮え切らない態度の私を、那波は不機嫌そうな目で見る。
あれから何度も家に誘われてるけれど、その都度曖昧に返事をしたり、ハッキリ拒否したりしてずっと伸ばし伸ばしにしていた。
「じゃあさ、お前んち行こうぜ」
「えっ、私んち??」
唐突な提案に、ビックリする。
「お前んちがダメならオレんちな」
そう言って那波は店の時計を見た。
「あー、時間やべえ。んじゃ、考えといて。どっちかメールして」
「えっ、ええっと…、那波…」
困っている私なんて全然気にせず、那波はトレーを持って立ち上がった。


結局…、うちに来る事になった。
習い事と昼間のパートの日以外、ほとんど家にいる母に、「彼氏」が来る事を説明する羽目になる。
母は男っ気が無かった私に彼氏がいた事に驚き、歓迎してくれるようだった。


「こんにちは。初めまして、那波です」

那波はいつもより大人しい服だったけれど、彼の持つ華やかさは変わらなかった。
意外にもキチンと挨拶をしてくれたし、ご丁寧に手土産まで持って来てくれた。
私は那波を自分の部屋へ通すと、すぐに台所へ戻る。
「ちょっと、カッコいい子じゃない!」
密かにジャニーズが好きな母は、若い男子が好きだった。
「そ、そうかな…。お茶、ボトル毎持って行くから。入ってくる時はノックしてよ!」
「ハイハイ」
何故か浮かれている母を横目に、私は2階の自分の部屋へ上がる。
あそこに那波がいるのだ。

「……」
那波は部屋の真ん中に立って、ジロジロと見渡していた。
高校に入った時に勉強机を捨てて、小さなテーブルにしたおかげで、前よりも幾分広くなった私の部屋。
それでもベッドと洋服ダンスで、人が2人いるとやっぱり狭い。
「その辺に座ってよ」
「おお」
窓にくっつけて置かれたベッドに背を付けて、那波は床に腰を下ろした。
一応、カーペットが敷いてある。
「なーんか、スゲー女子の部屋じゃん」
「ええ…そ、そう?」
机を捨てた時に高校の入学祝いと言って、部屋を女子っぽく模様替えしたのだ。
全体的に白と薄い木目調の家具で合わせてある。
カーテンは、白っぽいピンク色にしていた。

私はテーブルを挟んで那波の斜めに座った。
持ってきたガラスのボトルから、冷やした緑茶をコップに入れる。
「コーラじゃないけど」
「ああ、いいよ。全然」
「いつもコーラじゃ、体に悪いよ」
私はコースターを敷いて、その上にコップを乗せた。
気が付くと、コースターの色も無意識にベビーピンク色だった。
(なんか恥ずかしいなあ…)
私はすごくソワソワしてた。
どうも那波の顔を直視できない。

「なんか、部屋も真面目そうな感じがする」
「えっ…、真面目な部屋って、何?」
どういう意味なのか、ホントに分からなくて思わずキョロキョロしてしまう。
別に本が沢山置いてあるとか、そういうわけじゃない。
「真面目に、『女子の部屋作りました〜』って感じかな」
「………う」
鋭い。確かに、家具のカタログとかネットを見て、それっぽく作ってみたのだ。

「………」
「………」
那波が黙ってしまうと、私も何をしゃべっていいのか分からなくて、言葉が出てこない。
沈黙は恥ずかしさを助長して、もっとドキドキしてしまう。

(ああ…那波が私の部屋にいるなんて)
1か月前の私に、言ってあげたい。
あの時はホントに落ち込んでいて、那波にとって私の存在が文字通り自然消滅しちゃうんじゃないかと思っていた。
だけど、今、…そこに那波がいる。

(やだ、ホントにドキドキしてきちゃった……)

2人きりになるのは久しぶりだった。
誰かがいてもドキドキするのに、2人になると、そのドキドキとは比較できないぐらいに動悸が激しくなる。
コップを持っていたせいもあるけれど、私の手は冷たかった。

「花帆ーー!」

下から、母が私を呼ぶ。
廊下まで出ると、母は階段を上りかけていた。
「何?」
「那波君は、何時までいられるの?うちでご飯食べられる?」
母の視線の先が私の背後へ向けられる。
那波も部屋から出て来ていた。
「バイトなので6時には出ます。晩御飯、ご馳走になってもいいんですか?」
「勿論!じゃあ、早いけど4時半ぐらいにご飯にしていいかしら?」
「はい」
すごく愛想の良い那波。
それに対して上機嫌の母。
「じゃあ、ちょっと買い物に行ってくるわね。すぐ帰って来るけれど、宅急便が来るかも知れないから、出てね」
「はーい」
私と那波は母の背中を見送った。
スーパーはすぐそこなので、本当に早く帰って来るだろう。
だけど、……今は本当にこの家で那波と2人きりだ。

「なんか、応対が体育会系っぽいんだけど」
「あんなに部活引き留めてたのに、オレが体育会系だったの忘れてた?」
「ああ…」
そう言えばそうだった。
部長の和久井くんとも少し話したけど、すごく体育会っぽかったっけ。

部屋に入ると、元の位置に那波はすぐ座る。
私も自分がいたところに座ろうとしたら、那波に止められる。
「そっちじゃないだろ」
「え??」
一瞬ポカンとしてしまったが、那波が自分の横を開けるようにずれたので、意味を察する。
「えっ…、そっち?」
「当たり前だろ」
那波の手はベッドに沿って広げられていた。
そこに座ると、那波の手が私の肩に回る感じに自然になってしまう。

「お、お母さん、すぐ帰って来るよ…」
「うん」
その言葉と同時ぐらいに、那波の唇が重なった。

心拍数の跳ね上がる加速度が凄くて、貧血で倒れちゃうんじゃないかと思った。
2人きりの空間でのキスは、学校でのちょっとしたキスとは比べられないぐらいだった。
初めて那波とキスした時の事が、蘇ってくる。
だけど、分からないけれど、今、それよりも濃いような気がした。

私の唇が、ギュっと固まりそうになると、那波は唇を離した。
そしてまたそっと触れてくる。
その柔らかさに合わせるみたいに、私の唇まで緩む。
キスの角度が変わって、私が力んでしまうと、また少し唇を離す那波。
そしてまたキス。

(ああ……)

何度か繰り返されていくと、さっき跳ね上がったドキドキが、色を変えるみたいに変化していく。
もっと脆くて、もっと甘い感じに…。

知らないうちに、那波の左手は私を抱き寄せていた。
私は完全にベッドに背中をもたれさせて、体の力が抜けていく。
この前、那波の部屋でされたみたいに…、気持ちがぼんやりしてくる。

今日、何となく分かった。
キスされて、気付いた。
触れられると、とたんに現実じゃないみたいな気分になってしまうんだ。

目の前にいるのに、キスをしてる那波が、現実じゃないみたい。

「若林」

名前を呼ばれて、ハっと目を開ける。
唇は離れたけれど、まだ那波の距離は近い。
「那波…」
そうやって彼を呼ぶ自分が出した声に、聞いた事のない響きを感じた。
こんな声で、人の名前を呼ぶなんて…。

自然に唇が近づくと、またキスが始まる。
(ああ…)
どれぐらい、キスをしているのか分からなくなってくる。
何度もキスした。

(あ!)
那波の手が、私のTシャツの中に入ってきた。
唇はずっと塞がれたままだ。
自分の手を動かそうとしたけれど、体重のかかった左手は動かせなかった。
右手は那波にぴったりくっついている。

背中のホックを外された。
急に緩まった肩ひも。
ブラジャーの下に、那波の手が入ってくる。
(ええ…)
那波の舌が、私の唇をなぞる。
彼の指が、私の胸を触った。
「あっ…」
軽く息が漏れたその瞬間、唇をなぞっていた那波の舌が私の舌を捉える。

「んんっ…」

胸を触られているだけなのに、もう、すごく感じちゃってた。
破裂しそうなぐらいのドキドキが、胸を触る那波の手に出口を求める。
「あんっ…」
唇を離して、声が出てしまう。
那波が、先端を触ったからだ。
「若林…」
耳元で言われるその響きに、震えた。
「やっ…ちょっと…、だ…」
那波にしっかりと抱きかかえられていて、逃げられない。
そもそも、体の力が抜けてそんな事は絶対無理だったけれど。
服の中で、那波の指が動いているのが分かる。
私の胸の先っちょを、弄っているのだ。
「あ……、だ、め…」
意志とは関係のないところで、体がビクンと跳ねた。

「お前、感じやすい…?」
「はあ…、はあ…」

いつの間にか息が上がっていた。
目を開けるのも恥ずかしかった。
本当に現実に、自分に起きている事とは思えなかった。

「やっ…、ちょっと…!」

太ももに触られたと思った瞬間、那波の手はもう私のスカートの中だった。
「だめっ……」
そう言って、那波を見た。
目があった彼の表情はすごく色っぽくて、私は体の奥がギュっとなってしまう。
「やっ……、だめっ…」
那波はショーツの中に手を入れてきた。
分かってた事だけど…、自覚もしてたけど…、那波にキスされて体を触られて、私自身の体も反応していた。
那波の指がそこに触れるだけで、どれぐらいか分かるぐらい、私は濡らしちゃっていた。

「なんか、スゲーんだけど」
「やだ…、だめだめっ…ダメだよ…那波っ…」

髪が触れ合うぐらい近くにいる那波に、しっかり抱きかかえられる形で、私はベッドに背をつけ、足を延ばして座っていた。
膝を曲げても、全然抵抗にはなっていなかった。
那波の指は直に、私のそこを触っている。

(ああっ…、ダメっ…)

自分でもほとんど触れた事のないその部分が弄られている。
「あっ…はあっ…」
自分の体じゃないみたい。
(何なの…この感覚…)
気持ちから来るドキドキなのか、肉体から来る動悸なのか、分からないけれどそれが混ざり合って、私の体の中は大変な事になっていた。
否定したいけど、私の体は、彼に反応していた。
自分でも恥ずかしくて嫌だったけれど、多分、すごく濡らしてる。
こんな感じは初めてだった。

急激な肉体の変化で、私はセックスを現実的なものとして意識した。

このまま2人きりだったら…、そうなってしまう。

前に那波としてしまった時には、全然湧かなかった実感。
だけど、今、それが現実に迫っているのが分かる。
このままだったら………、してしまう。

「ダメだよっ…、お母さん帰ってくるっ…」

懸命に膝を閉じ、なんとか左手で抵抗した。
不安定になったけれど、抱きかかえてる那波がしっかりと支えてくれていた。
「じゃあさ…止めてもいいけど」
「……うぅっ…」
私の抵抗は、何にもなっていなくて、那波の指はまだ私のそこにあった。
敏感な部分を、指でグルグルと触ってくる。
「明日、オレんち来る?」
「えっ…」
「来るって言わないと、続けるぜ」
那波の指の動きが早くなる。
(ああっ…)
これって『快感』なんだろう。
このまま流されたい気持ちもあったけれど、母親が帰ってきてしまうというのがどうしても頭にあった。
「どうすんの?」
指がもっと下 へ移動する。
そこって…。

「いく、行くからっ…」

那波は手を離した。
ショーツから出てきた彼の右手。
那波はそれを私の前に出した。
「行くって、一瞬イクの「いく」かと思ったぜ」
そう言ってニヤっと笑った。
私は那波をにらんだけど、すぐ目の前にある彼の指先が濡れていて、猛烈に恥ずかしくなってくる。
「もう、バカ!」
私はティッシュを箱ごと投げて、トイレに走った。
 

 

ラブで抱きしめよう
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