もっと、いつも

☆☆ 13 ☆☆

   

「なんか、意外だった」
うちでの夕食を終え、バイトに向かう那波を私は駅まで送って行ってた。
「何が?」
「なんか…ちゃんと愛想良くしてくれたじゃん」
母の前での那波は、すごくちゃんとしていた。
学校でのダラっとした感じは全然無くて、また違った彼の一面を見た。
「ま〜、バイトとかもしてるし。一応さ」
歩きながら、手をつなぐ。
当たり前みたいにそうしてくれる那波。
だけど私はいつも隣ですごくドキドキしてる。
ちょっと熱い那波の手の感じが、好き。
触れた彼の感触が好き。
もう改札が見える。

「明日、来る時、駅前でパン買って来てくれる?」
「えっ…」
もう那波の家に行く事が決定事項になってる。
「とりあえず、金渡しとく。パン、大量に買って来て。あと自分の飲み物も何か買って来て」
「あっ、えっと…」
心の準備が全然できてない。
それなのに、那波は私の手に2000円押し込んだ。
「午前中に適当に来て。メールとかいいから、寝てるから」
「あのっ…」
電車の到着を知らせる放送が流れる。
「じゃあな、お母さんによろしく!カレーめちゃくちゃ旨かった!」
那波はちょっと笑顔を見せると、走って改札へ入ってしまった。

私はただ彼を見送る。

普通に、「明日」って言われたけど。
「明日、家に行く」って意味。
それってすごく大変な事なんだけど…。


那波は母親に大好評だった。
実際、私もビックリするぐらい、那波はちゃんとしてた。
自分でも体育会系って言ってたけど、ホントにそうだったんだなって思う。
もしかしたらイトコのカズくんはその頃の那波をよく知っているのかも知れない。
だから今の、彼の状態を心配していたのかも。
私は明日の事から気をそらそうとして、色々考えた。
だけど猛烈に緊張してしまう。

(那波の家に行く…)

あの日、那波と初めてしちゃった日。
細かい事は全然覚えてないけど、夢中で彼の家のドアを出て、駅までの道をほとんど小走りで向かった。
自分の体に起きた事が信じられなくて、実感が無くて。
だけど漠然と…彼としちゃったんだろうっていうのは分かった。
どこかで認めたく無かったけれど、私は彼に身を任せてしまったのだ。

彼の部屋に行くイコールエッチしちゃうっていうのは、考え過ぎかも知れないって、思おうとしてた。
だけど、今日、この部屋で私は彼にキスされて、体に触れられた。
それに…かなり感じてしまった。
よく分からないけど、気持ちが良かったのはホントだ。
いつもつないでくれる、あの手が。
手と手で触れただけでドキドキが止まらなくなってしまうあの手が、私に触れてた。
(ああ、もう…)
明日の事を考えると怖かった。ホントに。



那波のとこの改札を抜けると、すぐにパンの良い匂いがする。
言われた買い物をして、那波の部屋へ向かう。
気持ちを落ち着かせるにしても、那波の家は駅から近いのだ。

久しぶりに来るこのマンション。
赤レンガ風の壁の、エントランスを抜けて、階段を上る。
前に来た時は、私は那波に謝ろうとしてた。
その時もドキドキしてたけど、今の方が多分ドキドキしてる。

「おはよーっす、入って」

「寝てた?」
思いっきり寝起きの彼を見て、私は言った。
「ああ…、そっちで待ってて」
私はリビングに入った。
白いラグに黒いソファー。
前に来た時と、あんまり変わっていない。

お風呂場の音がする。
那波がシャワーを浴びてるみたいなので、私は周りをキョロキョロ見回した。
いつから入ってるのか、冷房がよく効いていた。
生活感をあまり感じない家。
うちとはずいぶん違っていた。
物が無い分、広いけれど、どこか寂しい感じ。

「あー、あっち〜な」
「ちょ、ちょっと!」
私は思わずソファーから立ち上がってしまう。
「なんだよ」
那波は髪を拭きながら、上半身裸で部屋に入って来た。
「裸で来ないでよ!なんか着て来て!」
「んーっだよ。めんどくせえなあ…」
頭にタオルを巻いたまま、那波はリビングから出て行く。

(もう…)
自分でも意識し過ぎかなって思う。
だけど2人きりで、那波は男だし、上半身だけでも裸っていうのは生々しすぎる。
「今何時?」
私の横を通り過ぎて、冷蔵庫を開けに行く彼。
「えーっと、11時過ぎかな…」
「結構寝たな…。でもねみい」
手にはコーラを持って、私の横に座る。
距離が近くなると、すごく緊張感が高まってしまう。
「パン買って来てくれた?」
「うん、これ」
私はテーブルに置いた袋ごと押した。
「おーサンキュー。食べる?」
「いい、朝ご飯食べてきた」
「めっちゃハラ減った」
那波は袋をガサガサして、サンドイッチが入ったプラスチックケースを出す。
濡れた黒い髪にドキドキしてしまう。
ちょっと不機嫌そうな目つきで、前髪を触る姿に、…色気を感じた。

私、那波に男を意識してる。

学校でも、日常でも、こんなに異性に男を感じた事って無かった。
那波は私にとって、一番で唯一の、男なんだ。

「お母さんが那波の事気に入ってた」
「そうだろー?」
自信たっぷりに答える那波。
そういうところ、ちょっと羨ましい。
他愛も無い世間話をした。本当にどうでも良い話。
話が途切れてしまうのが怖くて、しゃべろうとしゃべろうとしたけれど、ふと会話が止まってしまう。

沈黙すると、どうして良いか分からなくなる。
すぐ近くにいる那波がもっと近づいてくる。

やっぱりキスをしてしまう。

これ以上ドキドキするって事は無いだろうって思うのに、そのドキドキを超えてしまう。
少しでも手を動かしたら、多分指先が震える。
緊張と、それから多分興奮で、もう変になりそう。

「オレの部屋行こうぜ」

那波に手を引っ張られる。
私は引っ張られるまま、彼について行く。
何も言えなかった。
何もできない。
那波の側にいると、自分が自分で無くなってしまう。

那波の部屋のベッドは、さっきまで彼がそこに寝ていた状態のままだった。
私は彼に促されるままベッドに腰を下ろす。

「あのっ…」

すぐに体中で触れ合えるぐらい近くにいる那波から離れ、私は言った。
「?」
那波は私をじっと見る。
その表情がすごく真面目な感じがして、色々な顔をする彼にまた惹かれてしまう。
「那波は…、私の事どう思ってる?」
「は?…?」
わけが分からない様子の彼。
だけど、私はずっと言って欲しかった言葉があった。
先にエッチしちゃって、何だか分からないまま始まった交際だから、尚更ちゃんと言って欲しかった。
「あの…」
「可愛いけど?」
「そうじゃなくて…」
「??」
那波は眉間にしわをよせた。ちょっと考えて、何かを思いついたみたいにニヤけた。
「なんだよ、好きとか言って欲しいのかよ」
「………」

『好きだ』って言って欲しかった。
今まで誰かにちゃんと言われた事がないし、那波からだって1回も言われてない。
エッチとかする以上に、はるかに、私にとっては大事な事だった。
『好き』って言われたかった。
もし、このまましちゃうんだったら、尚更。
それが無かったら、またただ流されちゃうみたいな気がした。

「『好き』だよ」
ものすごく棒読みで、軽く言われた。
仕方なく言わされたって感じ。
おまけにちょっと嫌そうだった。
「それじゃあ、全然心がこもってないよ」
「じゃあ、お前が見本見せろよ」
いつもの那波みたいに偉そうに、ちょっとバカにして言ってる。
「…………」

考えてみれば、私もちゃんと那波に好きだって言っていない。
彼氏と彼女になるんなら、こういう事言うのって、普通だと思ってた。
『好きだから付き合いたい』『私も好き、付き合おう』
交際って、こんな感じだとずっと思ってた。
「ほーらー」
急かすように言う那波は、ちょっとニヤニヤしてる。

こんな態度の那波さえ、私は好きでたまらない。
目の前、すぐ近くにいる那波が、私は好きでたまらない。
そう思うと、胸がキュっとする。
さっきしてたキスの続きを、今すぐしたいぐらいに。
目を閉じていないと、涙が出そうなぐらいに…

「好き」


思わず口からこぼれた言葉。
その声を聞いた那波の目が、ちょっと変わる。
真面目な顔で私を見ると、そのまま近づいてくる。

(どうしよう、好き…)

腕を回してくる彼に、私も自然と抱きついてしまう。
キスをされながら、押し倒される。

「あっ…」

ブラジャーが外されて、Tシャツと一緒に上げられた。
「やっ……」
目を開けたら、自分の胸を見てしまった。
那波が、触ってる。
(ああ…)
昨日もだったけれど、今日も…また那波に触られている。
「んん…」
那波の舌が私の舌を捉える。
体重が完全にベッドに乗って、私の上には那波がいた。

私の唇から離れた那波の唇が、首筋から下へ移って行く。
「ううんっ…」
まくり上げられたTシャツの下、両方の胸が完全に肌蹴ていた。
彼の両手で触られた胸。
そこへ彼の唇が…。

「ああっ…」

信じられないビジュアルに、私は思わずきつく目を閉じた。
「はあっ…あっ…」
彼の手や唇の動きに反応して、声が漏れる。

(流される…)

この状況に、流されると思った。
だけど2人きりなら、それも自然なのかも知れない。
近くにいたら触りたくて、触られると、1つになりたくなるのかも知れない。
やっぱり那波が好きだから…。

気持ちからだけでは無いこの高ぶりに、抗えなかった。

 

 

ラブで抱きしめよう
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