『拓真、あの子にハマり過ぎじゃね?』
「そ…そんなんじゃねーよ。普通だって」
『夏休みに入ってから、ずーっと彼女にベッタリじゃん、あの子、そんなにスゲーの?』
「違うって!お前そういう想像マジでやめろよ。マジで」
スマホを握る手が汗ばんでくる。
最近、若林とずっと会ってるから、全然龍大たちと遊んでいなかった。
普段なら、平日のオレの家には誰かしらがいて、勝手にたまり場になっていたんだ。
『まー、いいけどさ。今度昼間彼女も連れてどっか行こうぜ、たまにはさ』
「ああ…、あいつがいいって言ったらな」
「はあ…」
オレはベッドにスマホを放り投げた。
(ハマってんのかな…。オレ)
そのままベッドに倒れ込んで、枕元に置いていたヤンジャンを開いて、某連載の続きを流し読みする。
(:reって何だよ、アジカンかよ…)
心の中で突っ込みを入れながら、パラパラとページをめくる。
枕に薄くあいつの匂いが残っている気がした。
(ヤってる時のあいつの顔、すげー可愛いんだよな…)
マジで可愛いと思う。
あいつの反応の仕方は、いちいち男のツボに入る。
ちょっとヤリ過ぎかなと思うけれど、あいつが隣にいるとどうしても自分が抑えられなかった。
(ハマってんだろうな…)
ヤってる時のあいつはすごい可愛い、だけど普段のあいつもめちゃくちゃ可愛い。
多分別に普通の子なんだろうけど、今のオレの目を通して映るあいつはすげー輝いてる。
(ちょっと冷静になろ…)
こんな風になる前、教室で隣にいたあいつを思い出したら、ちょっとは客観的に見られるかも知れない。
そうそう、教室のあいつは目立たなくて、教室にいる単なる女子の1人。
ヒルの件であいつがオレの家に来るまで、全く気にならなかったただの同じクラスの奴ってだけ。
あの時は、あいつがドアの向こうに立ってたのには驚いた。
最初、一瞬誰だか思い出せなかった。
制服を来てなかったら、怪しい宗教の勧誘かと思って、多分出なかったと思う。
その時のあいつを思い出す。
(う………)
脳内で補正がかかって、思い浮かぶあいつの姿がどうやっても可愛くなってしまう。
(なんでだよ、普通に地味なのに)
普段の印象が地味で大人しそうに見える分、一緒にいる時の照れた感じとか、大げさな反応とか、いちいち可愛く見えてしょうがない。
エッチまで済ませてる今となっては、またそれにエロい妄想が加わってしまう。
「やっべー」
ふと気づくと、またあいつの事ばっかり考えてた。
これをハマっていると言わずして、何て言うのか。
モヤモヤしてると、携帯が鳴る。
また龍大だった。
『わりー、何回も』
龍大の電話は雑踏の音がうるさかった。
「なんだよ、ビビるじゃん」
思わずオレの声もデカくなる。
『明日、透也と出掛けるんだけど、お前らも来れば?』
「あー?明日ー?」
『若林が良かったら、来いよ』
「うーん……」
オレはちょっと考えた。
別に行ってもいいんだが、若林の顔を見たら多分2人でいちゃつきたくなる。
頭の中で、完全に「若林>>>>男友達」という結論が出た。
「明日はやめとく…」
『なんだよ、どうせ毎日会ってんだろ。そんなにラブラブしてーのかよ』
そう言って電話の向こうの龍大は笑った。
「ちっげーよ、うるせーな」
『それじゃ、またな。改めて観察してみたいし。若林にもよろしくー』
笑いながら一方的に龍大は電話を切ってしまった。
翌日、オレは午前中ほとんど寝てるから、昼頃に彼女が来た。
「お昼、何食べたー?」
「カップ麺」
「ええー、カップ麺とコーラばっかりじゃ、体に悪過ぎるよ」
若林ににらまれる。
「めんどくせーもん」
また説教されそうだから、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを出す。
オレは2人分、コップに入れた。
キッチンのカウンターのところで立ってる若林をしみじみ見てみる。
肩ぐらいの黒髪で、入れたレイヤーが伸びてるようなナチュラルな髪型。
ちょっと染めたら明るく見えるんだろうけど、もう見慣れてて気にならない。
夏だってのに、肌が真っ白なんだよな。
腕も真っ白。
でも白いのは腕だけじゃなくて…。
「私もお茶ちょーだい」
若林の腕が伸びて来て、ハっと我に返る。
「今日も外、暑かったよー。うちから駅までなんて、ほとんど日陰が無いし」
渡した麦茶を一気飲みする若林。そう言えば、こいつは結構飲み物をよく飲む。
オレは近づいて、若林にキスした。
最近は家のどこでも関係無くキスしてる。
いつも若林の事を考え過ぎて、隙あらばキスしてる気がする。
キスすると猛烈に抱きたくなって、オレは…。
「き、今日さ」
唇を離すと、若林が間髪入れずに言った。
「何?」
「せ、生理だから…」
下を向きながら、恥ずかしそうな彼女。
「そうか…」
(そうか、って何納得してんだ、オレ)
既に欲情しかけてたのもあって、オレはかなり落胆した。
でもできないからって、若林がオレのそばにいる事には変わらない。
できなくったて、若林は若林だ。
(って、オレ、何自分に言い聞かせてるんだよ…)
「たまにはゲームでもする?」
前に、若林もゲームするって言ってた。
オレの家はたまり場になっている事もあって、ゲームのソフトは結構揃ってる。
「あー、これ、やったことあるよ」
「ええ、お前女なのに、こんなのやってんのかよ、すげえな」
「前にレガシーコレクションをカズくん…比留川先生からもらって、一時期ちょっとハマってて。ヒマだったし。比留川先生はゲームやり終わるといつもくれるの」
「へえー。あいつもヒマなんだな」
「こういうの、人に言うと恥ずかしくない?あ、でも最近は全然やってないよ」
「そう言えば、透也から借りたDVDあるんだった、そっち見ようぜ」
ステルス系ゲームを彼女とするのもなと言うのもあったし、透也から返せって言われてたのも思い出して、ここは無難にDVDを見ることにする。
(はあ…)
借りたDVDは結構文学系っぽいマニアックなやつで、冒頭からオレは退屈でしょうがなかった。
横にいる若林が気になって、ヤレないって分かってるのに、オレはずっと欲情してた。
30分ぐらい経つとさすがに飽きて来て、オレの意識は100パーセント若林にいってた。
「もしかして、退屈なんでしょう?」
笑いながら若林は言った。
「バレた?」
「なんか、あんまり面白くないね」
「そうだよな」
オレもつられて笑った。こんなのをあと1時間以上見てなきゃいけないっていうのも苦痛過ぎた。透也の趣味が分からない。
「……」
「……」
沈黙は苦手だ。
キスするしか無いって雰囲気になるから。
キスはしたいが、それ以上もしたくなる。
2人きりで、部屋には誰もいないんだ。
手を伸ばすと、若林の手に触れる。
(キスぐらい、いいよな…)
ちょっと前にキスしたばかりなのに、オレはずっとキスしたかった。
ここまで欲情するのって、若林が初めてかも知れない。
「………」
自然に唇が重なる。
柔らかい彼女の唇の間、自然に舌を入れてしまう。
舌で触る若林の舌の感触が、オレをもっと興奮させる。
「はあ…」
ヤバイ。
興奮し過ぎて、息が上がってきた。
「悪い、ちょっと襲っちゃいそー」
オレは下がって、若林から離れた。
「………」
「………」
自分を抑えられないなんて、オレはまだガキだなと思う。
だけどオレの全身は、若林とヤりたくて仕方が無いんだ。
「お、男の子って…」
「?」
「その…。やっぱり那波…、この前みたいになっちゃってるの?」
(この前…?)
オレが我慢できずに、ホテルに連れ込んだあの時の事か。
「それ…聞く?」
当たり前だろ、と思いながら、オレは頭を抱えた。
こればっかりはどうしようも無くて、メンタルで肉体を操れるような精神力があったらと、今マジで思う。
「もし…その…」
「何?」
若林の声が小さくて、オレは顔を上げた。
「う、ううん!何でもない、何でもない!何か飲んでいいかな?」
立ち上がると、彼女は小走りにキッチンに行く。
「………」
携帯を見て、昨日龍大が言ってた事を思い出す。
「なあ…、どっか行かね?」
オレはソファーに座ったまま、キッチンの若林に声をかける。
「あ、うん、いいよ」
「よく分かんねーけど、具合とか大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「B組の、水沢って知ってる?オレの友達で、金髪の…」
「ああ、うん、分かる」
若林が戻ってくる。
「もしかして、合流するかも知れないけど、いい?嫌ならしないし」
オレはスマホの画面を開いた。
「いいよ、全然」
以外にもあっさり若林はOKしてくれた。
「お前、あいつら苦手そうだけど…ホントにいいのかよ」
「いいよ、那波の友達じゃん」
ニコっとオレに笑う顔が可愛い。
メールしかけていた手を止めて、オレは若林を抱き寄せる。
「んんっ…」
やっぱりキスしてしまう。
キスして、キスして、深くキスして、このまま…。
(ダメだ!)
「い、行こうぜ、で、……出ようぜ」
挙動不審者みたいに、オレはフラフラ立ち上がって、若林の腕をつかんで玄関に向かった。
某駅の裏道に入った人気の無いファーストフード店で、あいつらと待ち合わせをした。
「おー、よく来たじゃん!」
龍大はデカい声で言った。ガタイもデカイし、声もデカイ。
「久しぶり…、金髪やめたのかよ?」
「バイトするんで茶髪に戻した。どーも、若林でよかったっけ?」
「うん。えーと…水沢くんでしょー…」
「こいつが水沢龍大、で、こっちがつまんねービデオ貸してくれた透也」
「水沢龍大くんと、透也くん。よろしく…」
「ウイーっす、って、つまんねービデオって何だよ」
オレらの仲間内でもかなり軽いノリの、透也。
相変わらずホストみたいな髪型だった。
「これ、途中で見るのやめた、返す」
「んっだよ、お前なら分かってくれると思ったのによ」
「わかんねーよ。お前マニアック過ぎだよ」
さっき見てたDVDを透也に返した。
しかし客観的に見ても、こいつらはガラが悪い。
オレだって全然人の事を言えないが、この3人に囲まれて、ごく普通の若林がちょっと可哀想になってくる。悪いやつに騙されてる図、みたいで。
「どー?夏休みは」
透也がニヤニヤしながら若林に話しかけてくる。
「えーっと、…楽しいよ」
ちゃんと礼儀正しく答えてる若林。
(カ、カワイイ…)
基本、2人でしか過ごした事が無いから、こんな風に誰かと話す彼女を見るのはすごく新鮮だった。
「若林って、髪型変えた?」
龍大が唐突に言った。
「え?変えてないよ」
「マジで?」
「ああ…、ちょっと伸びたかも」
若林は自分の髪の毛を触る。
意外に人の事を見てる龍大に、オレはちょっと驚いた。
「今って化粧してる?」
「えっと、ちょっとだけ…?へ、変だった??」
「いや、全然!!なんか夏休み前より可愛くなった感じがするんだけど!」
「ええ……うそー…」
若林がめっちゃ照れてる。
「いや〜、夏はいいよな〜、なあ、拓真!」
無遠慮に若林をジロジロ見て、俺を見比べて、龍大はすごい笑ってた。
「うるせーよ、オヤジみたいな事言うなよ」
オレはこの場に彼女を連れてきた事を後悔しつつも、それでも嫌がらないで話を合わせてくれる若林の、オレの知らない一面が見られて良かったとも思った。
会った時間が結構遅かったから、すぐに暗くなってしまう。
「付き合ってくれてありがとな…、送るよ」
「いいよ、久しぶりに会ったんでしょ?ゆっくり遊んでいきなよ」
「でもさ…」
「大丈夫、大丈夫、また明日会おう?」
『会おう』って、こういう風に若林から言ってくれた事が嬉しくなる。
「ホントに大丈夫か?」
「だーいじょうぶ♪」
ニコニコ笑って、透也と龍大にも声をかけて、若林は去った。
男だけになって、オレらはご飯も食べられて飲める安いカフェみたいなとこに移動した。
「いい子じゃーん、若林。お前が付き合ってた前の女よりぜーんぜんいいじゃん」
透也は、さっき、ずっと若林ばっかり見てしゃべっていた。
まさにガン見。
「お前、人の女、見すぎ」
オレはちょっとムっとして言った。
若林が大人しいからって、コイツは無遠慮過ぎる。
「今日はさ、拓真がどんだけあの子が好きかって事が分かったぜ」
デカイ声で龍大が言う。
「よせよ…。ホント、勘弁しろよ…」
「オレ、人の目からハートが出てるの初めて見たわ!」
透也は完全にオレをからかってる。
「てめーら…、マジでやめろって。ハートなんか出してねーし」
「出てねえと思ってんの?うける〜〜〜」
「お前…、馬鹿にしてんの?」
結構マジでムカついてきてるオレを無視して、透也と龍大は言いたい放題だった。
確かに若林の横で、オレはデレデレしてたかも知れない。
でもデレデレしてたのは心の中だけで、表情とかは普段通りだったと思う。
それでもこれだけいじられるっていう、それってどうなんだよ。
「潤は何やってんの?」
話を変えたくて、オレは今日来てない潤に話題を振った。
「あいつこそ、ずっとバイト。なんかライブハウスで雑用やってるらしい」
大皿から直箸で唐揚げを取りながら、龍大は答える。
「たまに知ってるアーティストが来るから面白いってさ」
「へ〜」
オレも追加で飲み物を頼んだ。
久しぶりに龍大と透也と会って、ものすごく実の無い話をして帰った。
それはそれで、今までの日常っぽくて、すごく楽しめた。
あいつらといると安心できて、ホっとできる。
だけど、心の中ではホントはこんな事ばっかり考えてた。
(早く明日にならねーかな…)
あいつらに笑われるぐらい、ハマってるって実感する。
すげーよ、若林。