もっと、いつも

☆☆ 17 ☆☆

   

暑さは夜になっても全然だったけど、だんだんと暗くなるのが早くなってきて、8月も終わるんだなと感じてきた。

今日は珍しく1人。
チェックしたい本があったので、私は電車に乗って大きな書店の入っているファッションビルのある駅で降りた。
那波のそばで過ごす時間はあっという間に過ぎる。
夏休みに入ってからほとんど彼と一緒にいるっていうのに、こうして離れてしまうと、やっぱり彼と一緒にいる事っていうのはすごく特別な事で、奇跡みたいに思えてしまう。
あんな風に体を合わせて近くにいるのに、その時間が夢みたい。
こんな関係なのに、私はまだ実感が無い。

(あ〜この辺)

読んでいた漫画の最新巻を見つける。
手に取ろうとしたその時だった。

「花帆?花帆じゃん」

私の事を名前で呼ぶ男の声。
誰?と思って振り返ると、そこにいたのは水沢だった。
「 龍大くん」
先日、那波と彼らと会った時に、本人から「龍大でいいから」と何度も言われた。
彼を呼ぶ人みんなが「龍大」と呼ぶので、私もそれに合わせる事にしたのだ。
そして彼はなぜか私の事を下の名前で呼ぶ。
那波にも言われた事が無いのに。

水沢は派手で可愛い女の子を連れていた。
茶髪のショートカット。
デニムの小さいショートパンツを履いていて、ギリギリのところまで足を露出してた。
その足だけで目立っているのに、それに負けず可愛い顔。
学校では見た事が無い。

「だーれー?同じ学校の子?」
その子が私を見て言う。
「そうそう。拓真の今の彼女」
「へ〜、そうなんだ」
彼女の目が変わる。
好奇心にあふれた目で、私の事を上から下まで見た。
今日の私と言えば、ただ本屋さんに来たかっただけだから全然気合が入っていない。
見栄えのいい2人に、こっちはちょっと恥ずかしくなってくる。
(彼女も那波のこと、知ってるんだ…)
「どうも…」
とりあえず、愛想笑いを返しておく。

「なんだっけ、彼女の名前」
彼女が水沢に聞いた。
「花帆」
「花帆、せっかくだからお茶しない?あたしたちも歩き過ぎて疲れちゃって」
いきなりの呼び捨てにビックリしながら、それでも断る度胸も無く、私はなぜか水沢とその彼女とお茶する事になった。


同じビルに入っているカフェに入る。
ちょうど私も喉が渇いていたから良かったけど、まさか水沢カップルとこんな事になるとは。
「あたし、奈々央。K女なの。水沢とは中学からの知り合いで〜。S高なんて、みんな頭いいんだね」
彼女はニコニコして話し始める。
可愛いのに、明るくて気さく。それに話すと結構良い子っぽい。
こういうタイプの子って、いかにもモテそうだなと思う。
そして派手な水沢とすごくお似合いだった。

「拓真の彼女なんだ〜〜〜〜へ〜〜〜」
興味津々で聞いてくる彼女。
「う…、うん、まあ…」
2人の雰囲気に圧倒されて、私は完全に押されていた。
「いいなー、同じ学校羨ましい」
そう言って、水沢を見る。
水沢はただ笑って返してたけど、なんか2人って仲良さそうだなって思って、ちょっと微笑ましくなってくる。

「那波の事、知ってるんだね」
私は言った。
「うん、て言うか、那波の前カノ、友達だし」
「あ、そうなんだ…」
軽くショックを受ける。
まあ、那波に今まで彼女がいるのは、勿論分かってた。
分かってるんだけど、自分が彼女になってもそれすら実感が無くて、過去に彼女がいたというのも、頭では分かってたけれどそれも実感していなかった。
だけどこうして言われると、急に現実的になってくる。
水沢は私を見て、ほんの一瞬ちょっと困った顔になった。
「そう言えば拓真って、今日何やってんの?」
「お母さんが来るとか言ってたけど…」
私は答えた。
「ああ、アイツの家はめんどくせーからな」
納得したように、水沢は言う。
那波の両親が離婚したというのは噂で、実際は離婚していないという事は彼から聞いた。
別居してる状態だって。
那波はそれしか言わなかったから、その事に関して私はもうそれ以上は聞けなかった。

那波のいないところで彼の話をするのもなんだけど、もっと彼の事が知りたいと思った。
本当は那波の前カノの話も聞きたかったけど、その勇気も無くて、那波について当たり障りの無い話をした。
私は、普段の彼の事も、今までの彼の事も、全然知らないと思う。

「ところで花帆って、今すっぴん?」

私の顔を覗き込んで、唐突に彼女が言う。
(そうだった…)
自分の事をすっかり忘れてたけど、何の変哲もないTシャツにウエストがゴムになってる綿の膝丈スカートという、ものすごく緩い格好で来てたんだった。
おまけにすっぴんで。
那波のところに行く時も、最近は全然化粧をしていない。
まあ、化粧をすると言っても眉毛とリップぐらいで、したってほぼすっぴんの状態なんだけど。
「そう…、そうだった…」
しっかり化粧をしてる彼女を前に、子どもっぽい自分が恥ずかしくなってくる。
「すごいよね、可愛いと思わない?」
私を指さして、彼女は水沢の顔を見る。
「お前が化粧し過ぎなんだよ」
苦笑しながら、水沢は私と彼女を見比べた。
「そう言えば、花帆って全然化粧してるイメージって無いんだけど」
「うん、普段、全然化粧してないかも…」
可愛いものは好きだけど、自分自身を可愛くみせようとする努力とかって、そう言えば全然無かった気がする。
自分でも思うけれど、女子力が低すぎる。

「肌真っ白ですごくキレイだし、化粧したら化けるよ!絶対」
「ええ…」
「ねえ、花帆、化粧させて!え〜やってみたい!化粧させて〜」

彼女の勢いに若干引いた。
だけど彼女みたいにキレイに化粧をしてる子に、化粧してもらいたい気もした。
それでもここは喫茶店で、暑くて汗でドロドロになってるこの状態も嫌だった。
「ま、また今度で…」


水沢カップルとしばらく話をして、彼女とは結局連絡先を交換して別れた。なぜか、水沢ともアドレスを教え合った。
(変なの…)
自分の世界じゃないものに触れた感じ。
水沢にしても、彼女にしても。
今まで地味に真面目に、密かにミーハーに暮らしていた私にとって、彼らは異世界の人みたいだ。
そういう意味では、那波も。

那波には、知らない事ばかり経験させられてると思う。
体もそうだけど…、特に気持ちが。
色んな意味で自分の世界がこれまで狭かったんだと思う。

水沢に対してだって、ちょっと前までは全然良いイメージを持ってなかった。
廊下でたむろしている姿を見て、嫌だなとか関わりたくないなとか思ってた。
だけど話してみると、私が想像していたよりも、彼はずっと大人だった。
水沢の彼女みたいなタイプの女子だって、話してみると全然嫌じゃない。
今までの自分は、狭い価値観でガチガチに固まっていたんだなと思う。
自分の知っている事は、自分の目に映るごく一部のもので、それを現実とは違う、自分なりのフィルターを通して受け止めてたんだなと実感する。

前カノの話しをされた時、水沢は何げなく話をそらしてくれた。
この前話した時も思ったけれど、水沢はそういうところがある。
そんな人の事を、私は『あんな友達』なんて言ってしまったんだ。


夜、那波から電話がかかってくる。
「どうだったー?今日」
『あー、別に普通。掃除してご飯大量に作って帰って行った』
那波の家族は、那波が父親と2人で、母親が妹と2人で別々に暮らしている。
その辺りの詳しい話は聞いていないけれど、その生活が始まってからしばらくしてから、彼が学校に来なくなったのは知っている。
那波の家族について、どこまで踏み込んでいいのか分からなくて、私は何も言えなかった。
今日の話だって、それ以上こっちからは聞けない。
「今日、龍大くんに会ったよ。彼女と一緒だった」
『へえ、どこで?』
「J駅の本屋で」

ちょっと那波の噂をしちゃったとか、水沢の彼女が那波の元カノの友達だって事を聞いたとか、そんな事は言わなかった。

「龍大くんって、結構いい人だよね」
『そうだろ?』
「うん……」
『明日、早目に来れない?』
「うん、いいよ」
『家、キレイになったし。………』
そこで彼がしばらく黙る。
「何?」
『あのさ』
「うん?」
『…やっぱ何でもない、じゃ、明日。寝てたら起こして』
「えっ、何?」

一方的に切られてしまった。
(気になるじゃん………)
早く会いたい。
早く顔を見て、早くしゃべりたい。
昨日会ってるのに、今日会わないだけで、寂しくてたまらない。
付き合ってるのに自信が無くて、離れるだけで訳もなく不安になってしまう。
1秒でも早く明日が来るように、ほとんど願いながら私は眠りについた。


翌日、まだ朝の10時。
那波の部屋の呼び鈴を鳴らすと、意外にも彼はすぐに出てきた。
「あっ、もう起きてた?」
「ああ…、おはよー」
「おはよう」
私が玄関に上がると、那波は軽く抱きしめてくれた。
すぐに離れたけれど、その何気ない一連の動作に、一瞬で体中がドキドキしてしまう。
(嬉しい……)
何も言われなくても、こんな風にしてもらえるのが嬉しい。
(那波も、私に会いたいと思っててくれたのかな)
那波と私の、お互いのお互いを思う気持ちを量で表せたら、絶対私の方が勝ってると思う。
ただ1点、それだけは自信があった。

那波の部屋はいつも殺風景で、男家族の暮らしにしては片付いていたけれど、今日はもっとスッキリした感じがした。
「いつもよりキレイな感じがする」
「ああ、昨日掃除してたからな」
那波は家族の話をしたがらない。
聞けば答えてくれそうな気もしたけれど、何となく聞かれたくないような空気を彼から感じる。

「なんか飲む?」
那波はキッチンへ向かう。
「うん、コーラ以外で」
私の返事に、彼がちょっと笑ってる。
何となく、カウンターのすぐそばのリビングのソファーに私は座った。
那波はお茶を大きいペットボトルのまま持って来て、2つのコップと一緒に目の前に置く。
「今日は早く起きたの?」
大体彼は昼ぐらいまで寝ている事が多い。
間違えて朝に電話なんてしちゃうと、ものすごく不機嫌な声で出て来る。
「昨日あのまま寝たし、ちゃんと朝、目が覚めたよ」
(ああ…)
声も好きだなって、思ってしまった。
今みたいなナチュラルな髪型もいいなって思う。
コップに手を伸ばす手の感じも好き。
やっぱり那波が隣にいるだけで、ドキドキと反比例するみたいに私の体は固まってくる。
「………」
毎日のように会っているのに、最初に顔を合わせた時、私はいつも緊張してしまう。
もっと会えばそれも緩むのかな。

「………」
(あ…)

あっという間に唇が触れる。
唇に感じる、那波の柔らかい唇も好き。
この感触って、他の何とも違う。
胸から来るドキドキが、指の先まで、耳の奥まで私を震わせる。
「んん…」
那波の唇が離れる。
「はあ…」
思わずため息が漏れてしまう。
目があった那波がニヤっと笑った。

「若林って、キスすると声出ちゃうよな」
「えっ、うそ」

その突っ込みに、恥ずかしさがこみ上げる。
「うそ。そんな事、ない」
思わず言ってしまう。
「出てるよ、いつも」
「うそ〜…、ヤダ〜…」
「なんで、いいじゃん。別に」
「やだよ〜…恥ずかしすぎる」
「いいじゃん」

那波の顔が少し傾く。
また、キスされる。

時々軽く離して、そしてまた優しく触れる。
彼の舌が、私の唇を撫でる。
ちょっとだけ舌が入ってきて、私の舌の先に触った。
唇が触れたまま、那波の舌が私の舌を舐める。

「ん、はあっ…」

(やだ、やっぱり声が出ちゃった)
無理、って思う。
絶対わざと濃厚に、キスしてる。
「ダメだよ、…だって…」
もっと声が出そうで恥ずかしくて、私は唇を離す。

(ああっ…)
思わず体がビクンと跳ねる。
那波がスカートの中に手を入れて、私に触れたから。
「もう入っちゃいそうだけど」
「やだ…」
「お前って結構エロイよな」
言い方が意地悪で、ちょっと嫌だなって思ったけれど、那波の指はお構いなしにそこから離れない。
彼の指の動きで、自分がすごく濡れているのが分かる。
すごく恥ずかしい。

彼にショーツを取られた。
「オレに乗ってよ」
「………」
スカートのまま、下着の無い状態で私は彼に促されて那波へまたがる。
ソファーで座った格好の彼の上、…彼も自分のその部分だけを出していた。

「ゆっくり来いよ」
2人とも服を着たままだから、その部分の感触だけが余計に生々しかった。
私の中心にある彼の柔らかくて固いものが、その部分を割ってくる。
私はすごく濡れていて、彼のものは簡単にそこを滑って行く。
「ああっ……」
「ちゃんと…奥まで入れろよ」
「うん…」
彼の肩に手を置いて、私は腰を沈ませる。
(ああん…)

彼が入って来る最初のこの瞬間、私はいつもすごく興奮してしまう。
その後は、もう流されるままになってしまうから、意識がはっきりしているこの瞬間が、この行為の生々しさを感じるピークだった。

「んんっ…」
彼の体に私の足がついたから、奥まで入ったんだと思う。
那波とキスした。
全然服を脱いでいないようなこの状態で、それなのにスカートの中で私たちは繋がっている。
キスを重ねて少し動くたび、自分の中も動くのが分かる。
そして彼自身がかすかに動くのも分かった。
(気持ちいい……)
何度もセックスをして、今は明らかに初めての頃の自分の体とは違っていた。
ちゃんと入るようになったし、自分の中の彼の存在をハッキリ感じられる。

キスされるだけで、すごく感じるようになってた。
会って顔を見るだけでドキドキしちゃうのに、キスされると本当に体が反応してしまう。
那波は私の頬を触って、何度もキスしてくれる。
「んっ…、んんっ…」
繋がってるところ、那波が入っているだけで気持ちがいい。

「昨日、ずっとお前の事考えてた」
「……ホントに?」

那波は私を見て、軽く頷いてくれる。
そう言われて嬉しくて、心が体の感覚を更につついて、体の中がますます敏感になっていく。

「私なんか、いつもずーっと考えてるよ…」
「マジで」
「…うん、あ」
私の言葉を遮るみたいに、那波がキスをしてくる。
少し浮かされた腰、そこへ那波が動く。
「ああっ…、あんっ…あんっ…」
彼のTシャツに懸命に抱きついて、私はその動きを受けとめた。



「…なんか、来てすぐにエッチされた気がする」
結局服を来たまま、それもソファーの上だったから、終わってしまうとすぐに冷静になった。
「ははは」
那波は笑ってごまかそうとしてる。
私はソファーに体重を預け、ぐったりしたまま那波を見てた。
「そうだ、昨日、何て言おうとしてたの?」
「昨日?」
「うん、電話で何か言いかけてなかったっけ?」
「言ってたっけ?」
「うん…電話切る前。何か言いかけてたよ」
「ええ?……ああ」
那波は思い出したみたいだった。

「早く会いてーなって、思っただけ」

照れる風でもなく、私の髪の先をつまみながら、普通に那波は言った。
会いたいって、言われるのはものすごく嬉しい。
自分が必要とされているような気がする。
那波も、私に会いたいと思ってくれるなんて、ホントに嬉しい。
でもきっと、私の方が彼にもっと会いたいと思ってる。

那波が私の事を好きでいてくれるのかもって、実感する度に、私の那波への気持ちが更に増える。
そう思うと、やっぱり絶対に想いの強さは私が勝利し続けるんだろうなって思う。
それを繰り返して、もっと好きになって。
際限のない気持ちを抱きながら、こうして一緒にいられる時間が嬉しい。

(どうしよう、幸せ過ぎる…)

何て言っていいのか分からなくて、私はただ那波の肩へ自分のおでこをくっつけた。


 

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