もっと、いつも

☆☆ 18 ☆☆

   

夏休みの宿題を写し合おうという事で、久しぶりにクラスの友達と約束をした。
智子と、結衣と、絵美香。
夏は那波とばかり会っていたので、彼女たちと会うのは本当に久しぶりだった。
智子とは時々連絡を取っていたけれど。

午後2時、結衣の家に行く前に、彼女の駅の改札でみんなで待ち合わせをした。
私はそれまで那波と会ってた。
ちょっとした短い時間でも、会ってくれるのが嬉しい。

「改札まで送ってやろうか?」
「えっ…、ホントに?」

教室では全然愛想が無い彼の意外な提案に、私はビックリした。
「みんなに会っちゃうよ?」
「別に全然いいけど」
いつも通り涼しい顔の那波。
夏を超えて、彼とすごく近づけた気がしてた。
こんな風に言ってくれるなんて、以前の那波のイメージからは考えられない事だ。

待ち合わせ時間けっこうギリギリになってしまい、改札に着いた時はもう3人とも来ていた。
「………」
那波の姿を見ると、一瞬で3人は固まった。
那波は平然としてて、3人をじっと見る。
(コワ…)
相変わらずみんなの前での普段の那波は目つきが悪い。

意外にも口を開いたのは、那波だった。
「なんだっけ、神崎と白石と〜…、宮原智子か」
「なんで私だけフルネーム?」
智子が突っ込むと、固まってた場が緩んだ。
「お前、ちゃんとやって来いよ、それオレが写すから」
「もー、分かったよ」
電車の中から、何回も「宿題写させて」って念を押されてた。
那波は全然勉強してない。
でも成績がそんなに悪くないのが謎だ。
「じゃあ、よろしく」
那波は改札を通らずに、ホームへ戻って行く。

「じゃーね、那波」
やっとみんなが那波に声をかけたのがそれで、4人で後ろ姿を見送った。

しばらくの沈黙の後、口を開いたのは絵美香だ。
夏に入って、さらに明るい色に髪を染めていた。私たちの中では一番派手な存在。
「ヤバイ、那波カッコいい……マジで花帆が羨ましい」
「私服、初めて見たけど。普通にカッコいいね、那波」
結衣も同調する。
絵美香はジロジロ私を見て、ため息をつく。
「いいな〜〜〜、花帆は!ホント羨ましいよ!」
「あは…」
何て答えていいのか分からなくて、曖昧に笑ってしまう。
「未だに信じられないけど、私服のツーショット見ちゃうとホントに付き合ってるんだなって思ったよ…」
絵美香がさらに言う。
「いいな〜〜、マジで。那波、いいなあ〜」

確かに那波はカッコいいと思う。
だけど彼は近寄り難い雰囲気で、例えば普通に那波の事を好きになったとしても、彼の反応が恐ろしくて告白できる勇気のある女子ってそうそういなさそうだ。
那波って女子の気持ちを冷徹に打ち砕きそうだし。
だから隠れファンみたいな子、要するに絵美香みたいな子がいても、なかなか那波を本命にする女子って少なそうだった。
前の彼女だって、同じ学校の子じゃないし。

「でもさ、那波って何か人を緊張させない?2人でいて、花帆は緊張しないの?」
そう言う結衣はいわゆるアイドル好きで、那波みたいな男子は彼女のタイプでは無い。
もっと甘い感じの、優しいタイプが好きなのだ。
「き…、緊張してるよ、今でも」
「だよねー、あの那波と2人きりなんて、花帆何しゃべってんの?」
「何って…」

(何しゃべってるんだろう)
那波といる時は、いつも緊張してる。
唯一緊張から解放されるのは、抱き合った後、ぐったりしてる時ぐらいで…

「やだ、花帆、顔赤い。何かエロい事考えてたんじゃないの?」
結衣が言うから、みんなが私を見る。
「違うって、もうホントやめてよ〜〜」

那波の事に、みんな興味津々みたいだった。
(そうだよね…、だってあの那波だもんね…)
普段の教室にいるアイツを思い出す。
クラスではいつも機嫌が悪そうで、笑って誰かと談笑してるのってあんまり見かけない。
そもそも、教室にいる事自体がほとんど無いのだ。

そんな那波と私が付き合ってるなんて、不思議だ。
自分だってそう思うのに、周りから見たら尚更そうだろう。

ふと、龍大くんの彼女の顔が浮かぶ。
視野に入っただけで、パっとそこだけ明るくなるようなキャラクター。
那波の元彼女が友達だって言っていたけど。
(元カノだってきっとキラキラした子なんだろうな…)
不安要素を考えれば幾らでも思いつくけれど、マイナス思考になるのは簡単過ぎて、逆に悔しくなる。
私は今まで、誰とも付き合ったことが無かった。
だから猛烈な恋をして、それが破れたっていう経験も無い。
全部の事が初めてで、正直現状に向き合うだけで精いっぱいだった。



学校が始まると、校内にいるみんなの空気が1カ月前と違う。
背が伸びてる男子、急に可愛くなった女子、真っ黒に日焼けした沢山の顔。
「花帆、何番引いた?」
2学期早々の、席替え。
前でくじを引いて、席に戻る途中に智子に声をかけられた。
「30番、智子は?」
「私、29番!やったー近いじゃん!」
(那波何番なんだろう…)
席に戻って、チラっと那波を見る。
(まさかまた隣になれないよね…)
「お前席どこ?」
那波の方から聞かれる。
「30番…。あんたは?」
「オレ、38。窓際ラッキー」
黒板に書かれた数字を見る。
(ち、近い…!)
那波の斜め前だった。
一瞬すごく嬉しくなったけれど、これって、斜め後ろに那波がいつもいるってことだよね。

改めて、席を移動して、那波が左後ろにいるのを実感する。
(これって、これだったら隣の方が緊張しないかも…)
後ろに彼がいる、って、気になって仕方が無かった。
智子が私の席の方へ体を向けて、小声で言った。
「振り返ると、花帆の彼がよく見えるよ」
智子の目に映る那波の姿を想像して、それだけで恥ずかしいような照れくさいような…、私は会話も完全に上の空だった。



「若林、ちょっと」
「?」
カズくんに廊下で呼び止められる。学校で話しかけられるのは珍しい。
立ち止ると、声を小さくしてカズくんは言った。
「放課後、ちょっとオレの雑用手伝ってくれないか?」
「ええ?何で私??クラスだって違うのに…」
「こんな事、頼めるヤツがいないんだよ、頼む!お願い!」
お願いポーズで両手を合わせた向こう、小動物みたいにすがる目。
(確かに雑用を他の生徒に頼みづらいのは分かるけどさ…)
「もう、貸しだよ!貸し!」
「悪い、ホントに恩に切る!サンキューな、花帆!」
都合の良い時に出る、爽やかスマイルを浮かべて、カズくんは去って行った。

私は携帯を出して、那波に今日の放課後は一緒に帰れない事をメールした。
(もう……)

放課後、私はカズくんに言われたとおり、職員室へ向かった。
一瞬、智子にも声をかけようかと思ったけれど、他の子がいたからやめた。
比留川先生といとこなのは他の子には秘密なのだ。
職員室の端にパーテーションで区切られた小さいスペースがある。普段、ちょっとした来客とか打ち合わせで使っているみたい。
そこに、大量のコピーが置いてあった。

「ホントに悪い、これ、ホチキス留めしてくれる?オレ、こっちからやるから」
「はーーーい」
私は気の無い声で返した。
確かにこの量のホチキス留めは、1人でやるのは辛いかも。
おまけにしょうもない作業過ぎて、他の生徒に頼めないのも分かる。
無言でバチバチ留めていると、カズくんが言った。

「あいつと付き合ってるんだって?」
「んへっ?」

突然過ぎて、変な声が出た。
「あ、あいつって…??」
「分かってんだろ、名前言って欲しいのか」
「いや…、いいです…」
(何でバレてんの…?いや、バレるか…。もうみんな知ってるし…)
「うちの母さんも言ってたしな。おばちゃんが、『花帆がカッコいい彼氏連れてきた!』ってテンション上がってたって。母さんからも娘はいいなって散々言われたし」
「………」
(お母さん、何言ってんの…!)
確かに那波を連れてきた後、母のテンションは上がっていた。
「やっぱ、オレがアイツの様子を見てくれってお願いしたのがきっかけなんだろ?」
「……そうだけど…」
こういう話を身内にされるのって、嫌だなって思った。
居心地が悪くなって、私のホチキス留めのペースが上がる。

「それも貸しだよな〜、デカイ貸しだと思わねえ?」
「もう、何それ」
「しかし花帆もすごいよな。あいつって、難攻不落って感じじゃん」
「黙って、やってよ」

猛烈なペースでホチキス留めを終わらせて、私はダッシュでその場を去った。
(ヤだな…。なんか…)
那波と付き合っているのがバレる事は、全然何ともない。
だって実際に付き合ってるし、隠してるわけじゃない。
でも…。

那波と付き合う、それは以前の私には夢のような事だった。
現実になるなんて、全然思っていなかった。
実際、あいつと付き合ってる自分の姿を、想像もできなかった。
 ただ片想いで、ただ好きで…。
例えば那波に他に彼女ができても、私は那波の事を好きでいられると思った。
告白するつもりもなかったから。
一歩踏み出す気がなかったから。
だから、那波が他の誰かを好きになっても、それはすごい悲しいけど、それは仕方のない事だと思ってた。

今でも、どうして那波が私を彼女にしてくれたんだろうって、よく思う。
あいつの中に、私は存在してるのかって事が、そもそも確信が持てないような状態なのに、行動ばかり、気持ちが追い付けないぐらい先に進んでる。

那波の部屋に行って、キスして、そして…。

そんな事ばかりしていて、夏が過ぎた。
それが濃厚過ぎて。
「2人が付き合ってる」って誰かに思われるのは、「2人がそういう事をしてる」っていう現実を公然と認めてるような気がする。
誰かにそう思われる、それは私にとってすごく恥ずかしい事だった。
(いや、恥ずかしい事してるんだけど…)
してるんだけど、恥ずかしい。
してたって、那波に対してだって、近くの席になるだけで恥ずかしいぐらいなのに。

気持ちが全然追いついてないってことを、2学期に入って、学校に来てみて改めて思い知る。
みんながいて、そこに那波がいるっていう距離のある状態が恥ずかしくて仕方がなかった。

そんな事を色々考えていたら、会いたくてたまらなくなってきた。
彼のバイトまではまだ時間がある。
那波にメールしたけど、読んでないみたい。
(まあ、いいか…。行っちゃおう。もしかしたらシャワー浴びてたりするかも知れないし、他の事してるのかも知れないし…)
私は途中で電車を降りて、彼の部屋へ向かった。


駅から近い、彼の住むマンション。
約束をせずに、ここへ来るのは久しぶりだった。
あの時は、私も図々しかったなと思う。
「はあ〜〜」
ドアの前。今更だけど、緊張する。
一応、呼び鈴を押す。

「若林!今日用事あったんじゃないの?」
玄関口に出てきた那波は驚いてた。
「用事がすぐに終わっちゃって…」
中が騒がしい。足元を見ると、靴が沢山。それも、汚いのが。
「友達来てた?」
「ああ、久しぶりだからって、押しかけられた。入りなよ」

廊下を抜けてリビングに入ると、男3人がゲームしてた。
「あれ?今日都合悪かったんじゃねーの?」
ソファーに座ってた透也くんが、大きな声で言う。
他の2人は私にちょっとだけ顔を向けて目で会釈すると、すぐに画面に目を戻した。
那波の友達は意外と律儀だ。

「ヒルの用事は済んだのかよ」
みんなから少し離れたカウンターで、那波は声を下げた。
「すぐ終わっちゃった。ラインしたよ」
「うそ。見てねえ」
那波は自分の携帯を見る。
「悪い、全然気づいて無かった」
「もしかして、邪魔しちゃったかな…。ごめんね、久しぶりに友達といるのに」
「いーよ、全然」
そう言った那波の目が、可愛かった。
ちょっと恥ずかしそうな表情。
(いや〜、ちょっと…この顔どうしよう…)
みんなが横にいるのに、不覚にもキュンとしてしまう。

ドキドキしてきて、私は那波から目をそらす。
「ここ、なかなか進めねーんだよな〜〜また死んだ」
龍大くんがコントローラを振り回して言った。
私もやった事があるゲーム。

「龍大くん、私にもちょっとやらせて〜〜」
私は龍大くんの横に割り込む。
男たちの輪に入るよりも、那波と顔を合わせてる方が恥ずかしかった。
さっきまで会いたいってすごく思ってたのに、会うとやっぱり照れる。
2人きりもあれだけど、みんながいる時の2人っていうのには全然慣れない。

「おー、 花帆、スゲー、うまいじゃん!」
「女なのに、こんなゲームとかやってるなんて、すげえ意外〜」
横でコントローラーを握る透也くんがゲームをポーズする。
「花帆ちゃん、普段何キャラでやってんの?」
「えー、アサシン」
言っていて自分で笑ってしまう。
「えー、オレ、セイレーン」
透也くんはそこで大笑いした。相変わらずノリの軽い人だ。
「ID教えてよ。フレンド申請するから。今度ヒマな時、遊ぼうぜ」
「オレもー」
龍大くんが会話に入ってくる。
「いいけど…」
私はちょっと那波を見た。
何気なく見たつもりだったのに、龍大くんはそれに気づいて、那波に言う。
「いーよな?拓真!」
「いちいちオレに聞くなよ」
冷やかされて、那波は龍大くんたちをにらむ。

(意外に、普通に過ごせるものなんだな…)

カズくんに頼まれて那波の家に来た時、この部屋から出てきたのは確かこの人達だった。
その時はすごく感じが悪くて、率直に言って嫌悪感しか無かったのに。
(見えてなかったんだな…色々…)
改めて思う。

こうしている時間も楽しかったけれど、
後ろで見守る那波の事の方ばかり、気になってた。
(どんな顔して、今こっちを見てるんだろう…)
教室にいる時みたいに、私はそんな事をずっと考えていた。


 

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