もっと、いつも

☆☆ 20 ☆☆

   

「おはよー」
「ねえ、昨日のフクシ君見たー?めっちゃ良かった!」

朝の教室の独特な空気が好き。
昨日の話とか、今日の予定とか、色んな話題でワっとなったこの感じがいい。
「花帆!」
大きな声で、私のところに絵美香が走ってきた。
「おはよ、どうしたの?すごい勢いで」
私はカバンを机に置いたところだった。
「ななな、那波に挨拶された」
「?…へ?」
(そ、それが…?)
私がキョトンとしていると、絵美香の目が輝く。
「那波の方から、おはようって言ってくれた!初めてだよ!」
「今まで言ってなかったの?絵美香からは?」
「だって、…那波ってガラの悪い集団と一緒にいるじゃん。ちょっと声かけづらいよ…。
でも!なんと今日は那波から言ってくれた!」
「そう、そうなんだ…」
「ちゃんと私に言ってくれたよ〜〜!
ああー、やっぱり那波ってカッコイイ!!今日は良い事ありそう!」
「ははは…」
「あんな人と付き合ってるなんて、夢みたいじゃん!!
いいなー、1日でいいから花帆になりたい〜!」
夏の間に髪が伸びた絵美香は、毛先だけパーマをあてて、前より女子力が上がった感じ。
最近はいつも彼氏が欲しいって言っているけれど、絵美香がその気になれば彼氏なんてすぐにできそうなのに。
絵美香の萌えてる対象が、自分の彼氏なんて不思議だ。
「えへへ…」
私は照れくさくて、変な笑いをしてしまう。

先生が入ってくるのと同じぐらいに、那波が教室に入ってきた。
私がちょっと振り返ると、目が合う。
特に表情も変わらない、その一瞬。
何でもない事なのに、それだけでまたドキドキしてくる。
(昨日……)

昨日の事を思い出して、余計に動悸が激しくなってきた。
だって……昨日は…
 

〜〜〜〜

「んん……」
まだ体中が、ドキドキしてる。
結局、ベッドに行って、那波とエッチしてしまった。
久しぶりのせいか、私はすごく感じてしまった。
ううん、久しぶりっていうだけじゃない。
那波がすごく優しかったからだ。

さっき、花帆って言ってくれた。
たったそれだけなのに、何だか特別で…。

終わった後、すぐに私は制服を着た。
だって恥ずかしいから。
ちゃんと服を着てそのまま、那波とベッドでゴロゴロしていた。
彼は薄い黄色のTシャツで、相変わらず派手だけど那波なら渋くて不思議と違和感が無い。
基本的にお洒落だと思う。
「………」
黙ったまま、那波が私の髪を触る。
寝転んだ状態で、この近い距離で見る彼。
前髪がだいぶ伸びて自然に下りてるから、いつもより幼い感じ。
普段のキツイ感じじゃなくて、とろんと包んでくれるような雰囲気。

「なんだか、優しいね…。那波」
「オレ?」
「うん」
私の言葉に、那波は複雑な顔をする。
「そうかなー。オレさー…、お前に対して、いつも動物みたいじゃね?」
「え?」
那波は私の髪から指を離すと、仰向けになって自分の髪をかきあげた。
「なんか、常に襲いかかってる感じ」
「ああ、……ああ…」
私は納得してしまう。
この部屋に来る時に、エッチしなかった事ってあんまり無かった。
『常に』って言うのは言い過ぎみたいだけど、でも実際にそうかも。
「自分でも分かんねー、でも止められなくて」
那波は体の向きを変え、私を見た。
ベッドが揺れる。
「もしかして、…引いてる?」
「別に、引いてないよ」
「お前は何にも言わないけど、実はオレに流されてるだけとか」
「流されてるって言うのは、あるかも」
私は素直に答えた。
「…だよな〜…」
ついていた肘をガクンと落として、那波はため息をついた。

「オレ、ドロドロしてんだよ。時間があってお前が許せば、もうどこまでもできそう。
って言うか、したい」
「………」
具体的に画にならない漠然とした想像をして、こっちがすごく恥ずかしくなってくる。
そういう考え、男の子なんだなって、改めて思う。
「……引いたべ?」
「わ…分かんない」
那波が手を伸ばしてくる。
耳の下、首の辺を触られて、思わずビクっとなった。
「ごめんな…、嫌だろ?お前、オレが初めてなのに、こんなんで」
「……嫌じゃないよ」
「オレもこんなの初めてだから…。
何か抑えらんないぐらい、ドロドロしてんだよ、自分でも」
那波の『初めて』って言葉に、妙に反応して嬉しくなってしまう。
彼にとって自分が特別だって、思ってもいいのかな。

「なんかもっと、普通にしゃべったり、どっか行ったりしたいだろ?
オレってお前の初めての彼氏なんだし」
そう言うと、那波は起き上がって壁に背をついて座り直した。
私も起きて、そのままベッドの上、彼の隣に座る。
雑誌で散らかった机の上とか、イスにひっかけてあるGパンとか、もう見慣れてる彼の部屋を眺めた。
「夏とか、…ほとんどここにいたもんな」
「でも、ずっと一緒にいられて嬉しかったよ」
「……それ、マジ?」
「うん。だって、…私、いまだに那波と一緒にいるとすごい緊張しちゃうから。
その…、2人で歩いたりしてるだけでもすごく緊張しちゃうし…」
ホント、そうなんだ。
実は、今こうして並んで話してるだけでも、またすごくドキドキしてる。
客観的に見る那波はやっぱりすごく『男子』で、ちょっとコワそうに見えるところも魅力的で…。

「なんか逆に…、その、わ、私なんかでいいのかなって…。那波を…、その…、何て言うか…。ま、満足させられて無いんじゃないかとかって…」
「んーな事ねーよ、そんな風に思ってたら、オレがこんなドロドロを爆発させねーよ!」
語気を強めて、すごい勢いの那波。
「ちょっと…、その表現は下品だよ〜」
本当にそう思って、私は困って言った。
「ああ、わりー、わりー」
那波は笑った。

「とにかく、お前に『ヤるのだけが目的』みたいに思われたくないって言うか…。
でもそう思ってんのに、会うとダメになるし…って、伝わってる?言いたいこと?」
「うん、伝わってる」
那波がそんな風に思ってくれてる事が意外で、自分の中で那波の事が好きだって気持ちが、またグングン上がって来てるのが分かる。
「あ、そうだ!」
私はふと閃いて、声をあげた。
「なんなんだよ、急に」
「いい事思いついた!!」
「えっ…、何?」
那波はあからさまに警戒してる。

「那波がドロドロしてきたら、私に『好き』って言ってよ」
「はあ?」
「そう言ってくれたら、ヤるのだけが目的だなんて思わないと思うし」
「………」
「さっき、那波が『不安なの?』って聞いてきたけど、…そう言うんじゃなくて、那波がしたいって思うのと同じで、私も言って欲しいだけなの!」
モヤモヤしてた気持ちが晴れた気がした。
まさに、そういう事だ。
ただ、那波の気持ちを言葉にして欲しいだけなんだ。
理屈じゃない。
ただ、声に出して欲しい。
その一言が聞きたいだけ。

「…………」
那波は絶対困ってる。
いつも強気にされてる分、私も強気で言ってみる。
「いいじゃん、2文字だよ?ねえ、ただの2文字だって」
「えー、何だよそれ。その思いつき」
「………」
私は那波が何て言うか、しばらく待った。

「………え、マジで?言うの?今?」
戸惑う那波に、私は首を縦に振った。
「…もしかして、恥ずかしいの?」
「ヤだよ。言えって言われて、構えられてんのは」
ちょっと怒ったような顔してる。
私はため息をついた。
「じゃー、いいよ。だけど私だっていつも那波に色んな事されて、すごく恥ずかしいんだから。
言葉どころじゃないよ?この恥ずかしさは」
実際、本当に恥ずかしかった。
那波にされるのは全然嫌じゃなかったし、むしろ嬉しい。
だけど恥ずかしいのはいつまでたっても変わらない。
ちょっと慣れてきただけで、まだ全然恥ずかしいのに。
(那波は私の事、私が想うようには好きじゃないのかもな…)
好きなんだろうけど、私が思ってる那波への好きとは微妙に違うのかも。
きっと、女の子が思う『好き』と、男の子が思う『好き』って種類が違うのかも知れない。
男の子の中身って多分、やっぱり半分ぐらい、そういう欲求でできてて…。
(って言うより、女の子が考えるより、そればっかりなのかもしれないなあ、うん…)

「2文字って言えばさ」
那波が口を開く。
「何よ」
私はちょっとすねて、唇を尖らせる。

「花帆」

「えっ……」
「花帆も2文字だぜ」
「………」
「2文字なのに、難しいよな」
私を見る那波の目が、すごく優しかった。
(ああ、そうだ。もう、これだけでいいのに…)
教室で、絶対に見る事のできない表情。
こんな彼を至近距離で見られるだけで、本当はもうそれだけで十分満足だったってことを思い出す。

「!」
ちょっとだけ、唇に唇が触れる。
それだけで、ピリっと電気が走ったみたい。
そのまま抱きしめてくれた。
「……那波…」
「”好き…、花帆”」
耳元で、小さな声。
那波の声じゃないみたい。
細くて、優しくて、甘い。
(えっ……)

「好きだよ、花帆……好きだ…」

ハッキリと、目を見て言ってくれた。
優しかったけれど、もっと強い光で、私を見てくれた。
「うん……、ありがと…」
つい、口に出たのはお礼の言葉。
「はは」
那波は笑って、またギュっと抱きしめてくれた。

(ああ…もう……大好き……幸せ過ぎる…)
私がボーっとしていたら、急に突き放された。
「やっべ、時間」
「ああ、バイトだよね」
「悪い、急ごう!先輩、遅刻すると、超こえーんだよ」
立ち上がる那波を追いかけて、私はベッドから降りた。

 
〜〜〜〜〜

授業中も、昨日の事ばっかり考えていた。
(那波、優しかったなあ…)
(花帆って呼んでくれたなあ…)
(私も名前で呼んだ方がいいのかな…。拓真って)

改めて、名前を呼ぶって、すごいハードルが高い。

那波の方から、「呼べ」とか言ってくれたら、まだ言える。
(なんか、付き合ってるって感じだよね…)
昨日聞いた、耳元で言ってくれた言葉。
ささやきは鼓膜の奥に届いて、そのまま私の首筋に走る。
思い出してるだけの今だって、甘い響きは体の中まで震わせてしまう。
(ああ…もう、どうしよう)

今、思い出してる相手、那波は私のすぐ後ろにいる。
ちょっと振り向いたら、すぐ彼が見えるはずだ。
そう思ったら、自分の左側の背中がザワっとした。
那波の気配を感じて、授業中なのにすごいドキドキしてきた。
昨日の、自分の感情。
それに体が触れ合った事まで思い出して、ウワっと意識の中へ流れてくる。
付き合い始めた時、那波の隣にいるだけで逃げ出したいぐらい、気持ちがいっぱいいっぱいになってた。
今、多分それ以上。
もう、気持ちが爆発しそうなぐらい、私は授業中なのに那波のことばかりになっていた。


授業が終わり、何だか人と顔を合わせるのさえ恥ずかしくて、ダッシュでトイレに行った。
(ああ……ヤバイなあ…)
自分でもビックリするぐらい、濡れちゃってた。
こんな風になるようになったのって、那波と経験してからだ。
感情と連動して、体までこんな風になっちゃうなんて。
(私も、那波のこと言えないや…)
那波の事を考えるだけで、私の体も反応してる。

(教室に行ったら、那波がいるんだよね…)
嬉しいけど、困る。
(ああ…、もう…)
先が思いやられる。
自分から見える世界が変わっただけじゃなくて、自分の体まで変わってしまった。
(大丈夫かな、私……)
体と心の急激な変化に、気持ちが追い付かない。
(那波のことを考える度に、こんな風になっちゃったらどうしよう…)
私は時間をかけて手を洗って、また教室へ戻った。


5時間目の授業の後の短い休み時間に、那波に呼ばれた。
那波の前の席の子がいなかったから、私は1つ隣のそこへ座って、体を彼の方へ向けた。
こうやって、教室で2人で話す事って、ほとんど無かった。
前に、隣の席の時は話せたけれど、席替えをしてからはほとんど教室では話していない。
さっきの事もあって、私はドキドキしてくる。

教室での彼はいつもよりクールで、その雰囲気にさらに緊張してしまう。
(やっぱり、カッコいいな…那波)
「あのな、昨日の昼、和久井に言われて」
「あ、うん」
昨日の昼休み、那波の様子はいつもと違っていた。
それを聞きたいと思っていたのに、すっかり忘れてしまってたのだ。
「あいつもしつこいし、放課後、様子見てくる」
「部活……、出るの?」
「分かんねーけど」
そこで、那波はため息をついた。
あんなにヤル気の無かった部活に行くなんて、何かあったんだろうか。
どういう心境の変化なんだろう。
「えっと……」
(『大丈夫?』じゃおかしいし、『良かったね』もちょっと違うし…。ホントは『どうしたの?』って聞きたいところなんだけど…)
「だから、今日。放課後は時間無いんだ」
「うん……。頑張って!うん!」
「ああ…、まあ…うーん」
那波は困ったような顔をする。やっぱり行きたくないのかな。

でも、バスケしてる那波も見てみたい。
すっごく、カッコ良さそう。

「復帰するの?」
「いや、しばらくの間だけのつもり」
「続ければいいのに!部活…。和久井くんだって、何もなければあんなに引きとめないと思うよ」
「ああ…。でもしばらくは行くから、放課後全然一緒にいられなくなるけど」
「あっ……」
そこまで考えてなかった。
バスケ部は毎日練習してる。
それに那波が参加するっていう事は、放課後毎日別々になるって事だ。
ちょっとだけガッカリしたけど、でも那波が学校に自分の居場所を作ってくれるのは、素直に嬉しい。
「そうか…。そうだ、バイトはどうするの?」
「昨日、しばらく平日は休みたいって言ってきた」
「大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。だってオレ、言ってもまだ高校生だし」
机に肘をついて、外を見る那波。

部活してた1年生の時の彼って、どんな感じだったんだろう。
カズくんいわく、結構普通の真面目な子だったって言ってた。
私が初めて知った彼は、学校にあんまり来ない、来てもクラスにもいない、存在感はあるけれど影の薄い人だった。
(あんまり会えなくなっちゃうな…。帰りが遅くなったら、那波、晩御飯とかどうするんだろう)
「ねえ…部活終わったら、うちに来る?」
私は言った。
那波は肘をついたまま、ちょっと驚いてる。
「は?」
「ご飯食べていけば?うちも晩御飯はいつもお母さんと2人だし、全然いいけど」
「……いいのかよ」
「うん」
家に来てくれる那波を想像して、私は自然と笑顔になってしまう。

「じゃあ、……行くよ」
あごを乗せていた手を、首筋に回して、那波は背を伸ばす。
チラっと私を見た彼の目は、嬉しそうだった。
(やだ…、カワイイ……)
本当に時々見せる、彼の照れた時の様子が大好き。
そんな彼を見ると、キュンってなる。
今、2人きりなら、側にいってギューってできるのに。



放課後、那波とは別々だから、私は智子と2人で帰った。
校門を出て、桜並木を歩きながら、智子が言った。
智子は入学の時から一緒のクラスで、ずっと仲良くしてる、私よりもずっと真面目な子だ。
「さっき、那波としゃべってたよね」
「うん」
「那波って、花帆としゃべってる時の顔、普段と全然違うよね」
「うーん、そうかな?」
(違うっていうのは思ってた。最近は2人でいる時の彼の方が分かるから、教室の彼ってやっぱり違うなと思う)
「花帆には、すごく優しそうだよね〜…」
智子に眼鏡越しにじっと見られて、思わず私は目をそらしてしまう。
「どうかなあ?…でも、那波って嫌なヤツじゃないよ。全然」
「そうだろうね。花帆が付き合ってるんだもん。いい奴なんじゃない?」
「うん、いい奴だよ!見た目怖いけど!」
私につられて、智子も笑った。
「でも最初、付き合うって聞いた時、ちょっと心配だったんだ」
「え?」
「花帆に初めての彼氏ができて、すごく嬉しそうだったから言わなかったけど、那波ってあんな感じだし、遊ばれちゃったら嫌だなと思ってた」
「………そっか」
(やっぱり、そう見えるよね)
でも不思議な事に、那波と付き合った時、遊ばれちゃうなんて思ったことは1回も無かった。
順番はめちゃくちゃだったけど、那波は自然に私に近づいていたんだと思う。

「仲いいよね、2人」
「そ…そうかな」
「そうだよ。夏休みずーっと一緒にいるなんてスゴイよ」
智子には彼氏がいる。
同じクラスのグループ4人の中で、地味な方の私たちに彼氏がいるのが面白い。
「彼氏って、そういうものじゃないの?」
那波と付き合うようになって、当たり前のように毎日一緒にいた。
私は那波が初めての彼氏だから、普通どんな感じなのかがよく分からない。
「ちーがうよ」
智子は立ち止まって、真面目な顔で言った。
「毎日一緒にいたいって言っても、本当にそうしてくれる男の子って、そうそういないと思うよ?
自然に花帆にそう思わせてる那波って、スゴイいい男だよ」
「そうなの?!」
そんな風に言われて、私はちょっとビックリした。
真面目な智子に、『いい男』って言われて嬉しくもあった。
「そうだよ…。うちの彼氏、勉強の予定が1番大事で、次に自分の予定、私なんかその次の次ぐらいじゃないかな…」
智子は中学時代の同級生と付き合ってる。
付き合いが長い分、そんな感じになってるのかも知れないけれど。
その後も智子の話を聞いていたら、やっぱり那波って優しいのかもって思った。

電車を降りて1人で帰る道でも、那波の事ばかり考えてしまう。
今日、来てくれるって言ってた。
(嬉しすぎる…)
学校での那波、2人きりの時の那波、うちでお母さんに気を遣ってくれる那波。
色んな彼の事を思い出して、また愛しく思ってしまう。
(早く会いたいな…)
さっき学校で会ってるのに。
…好きな人がいるって、不思議だ。
今では、那波と付き合っていなかった頃の自分は、何をして過ごしていたんだろうと思う。
今はそう思うぐらい、自分の端から端まで、彼の事ばかりだ。


 

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