もっと、いつも

★★ 21 ★★

   

今年の2月までは、体育館の下にある更衣室で1年は着替えていた。
3年が引退した今、オレ達の学年が部室を使える。
一歩部室に入っただけで、そこにいた全員の視線がオレに集まる。

「那波!」
意外にも最初に声をかけてきたのは、小津だった。
オレは和久井から、こいつのケガが治るまで出て欲しいと言われて来たのだ。
「おお、小津。お前ケガしたんだって?」
「ホント、悪い…。お前に無理言って」
小津はオレよりだいぶ背が低く、オレは奴を見おろす感じになる。
元々いい奴で、小津は本当に申し訳なさそうな態度だ。
「とりあえず、何の役にも立てないかも。悪いな」
「役にとか、いいんだよ。お前が来てくれれば」
「…………」

着替えたTシャツと半パンに違和感を感じる。
久々に履いたバッシューにも。
ボールの音や声が響く体育館にも。

和久井に紹介されて、初めて1年と対面した。
オレにビビってるのが分かる。
自分の場所がここじゃない、この居心地の悪さ。
しかしすぐにそんな邪念が飛んだ。


(あー…、やべー…)

基礎練のフットワークだけで、もうしんどい。
顔に出ないように思いながらも、オレの動きは相当ヤバかったと思う。
パス練では和久井がついてくれた。
「こんなんでバテてんなよ」
「バテてねーよ」
「真面目にやらないとお前もケガするぞ」
強いボールが飛んでくる。
和久井は、厳しい奴だ。
説得されてオレがここに来たって、あいつはオレを特別扱いしない。
だからこそ部長に推薦されたんだと思う。
和久井は芯が通った奴だ。
そういうところ、男としてちょっと羨ましくも思う。



練習が終わった時には、もう空も暗くなっていた。
学校にこんな時間までいたのは、マジで久しぶりだった。
「何とかできそーじゃん」
和久井がオレの横に並んで歩く。
「できねーよ。もう限界。オレ全然根性ねえし」
マジで実感してた。
バスケは楽しい。試合ならなおさら。
でもこの基礎練習の積み重ねは、部活を離れたオレにはもうキツ過ぎた。
バイトのキツさとは全然違う。

「でもお前、やっぱスゲーよ。全然見ないで正確なパスすんの、あんなのなかなかできないぜ」
「あー、いや、やろうと思えばできるんじゃね?」
そう言いながらも、無理だろと思う。ノールックパスは、オレの特技だ。
「やっぱ那波がいると、締まる」
「…なんだそれ」

何となく分かる。
今日、オレが来ている事で多分1年は緊張していた。
同学年の奴らだって、いつもと違っていたような気がする。多分。
(………)
3年がいた時、オレらの代は委縮していた。
ただ下級生だったから――理由はそうだと思っていたが、今は分かる。
オレらの代の奴らは優しすぎなんだ。
それはプレイにも出ている。
離れた、今だから見える。

「オレ、彼女のとこ寄って行くから」
次の駅は、若林のいるとこだ。
「彼女って、若林さん?」
「そう」
まあ知ってたんだろうけど、和久井が複雑な顔をしてるのが面白かった。
和久井がさんざん若林にオレと話すようヒルとせっついて、結局オレと若林は今付き合う事になってる。
「間接的におまえのおかげかもな」
オレは思わずニヤついて言ってしまう。
和久井がそんなオレに驚いてたのが分かった。


「いらっしゃい〜♪」

先にドアを開けて出迎えてくれたのは、若林の母。
「どうも…、こんばんは。遅くにすみません」
「いいのよ〜いつでも来て!上がって上がって」
「お邪魔します」
(相変わらずはしゃいでくれるよな…)
多分、若林家に来た時に一番歓迎してくれるのって、このお母さんだと思う。
その熱烈歓迎っぷりは、若林を軽く超えている。

通されたリビングに、若林はいた。
「疲れたでしょ〜?部活、どうだった」
「かなりマジでしんどかった」
オレはドアの近くに、いつもよりでかいカバンを置かせてもらい、食卓に座った。

「すみません、晩御飯…」
「いいのいいの!大体花帆と2人だから大歓迎」
主にお母さんと会話をしながら、隣で食べる若林を横目で見た。
オレはここ半年、夕飯はほとんどバイト先で食ってた。
家にいる時も、大体友達といた。
だから寂しいっていう事は無かったが、こんな風に家庭的な夕飯は久しぶりだった。


行った時間も遅かったので、ご飯を食べてしばらくして、オレは帰宅することにした。
「いいよ、ここまでで。遅いし」
「うん…」
若林は残念そうだ。
(絶対もうちょっと一緒にいたいって思っているんだろうな…)
彼女の顔が見れて良かった。
「今日、ホントサンキューな。ホント」
「ううん、那波が良かったら、毎日来てもいいよ」
2学期からは受験対策になってしまうと言って、夏期講習で塾を辞めたから、若林は今は毎日家に直接帰っていた。
「そんな事言ったら、マジで毎日来るぜ」
「うん。お母さんも喜ぶと思う。って言うか、張り切ると思う」
「ぶっ」
容易に想像ができて、思わず吹いてしまう。
「お母さんにもよろしく」
「うん」

オレは若林にちょっとだけキスした。

オレを見る彼女の目を見ると、このまま連れて帰りたいと思う。
軽く髪に触れて、撫でた。
「じゃあな」
「家に着いたら電話してね!」
「ああ」
頷いたものの、帰宅したオレはシャワーを浴びるとそのままベッドになだれ込んでしまった。
久しぶりに健康的な1日だったかもと思いながら、若林に電話するのも忘れて、眠りに落ちた。



次の朝も、信じられないぐらい早い時間に起きる。
とりあえずこの2週間は、普通に部活に参加するつもりだった。
とにかくオレの体力の無さはヤバイ。
若林に昨日寝ちゃったお詫びメールを朝イチで送って、部活の朝練に参加するために電車に乗る。
オレのところから学校へ行く電車は、ラッシュとは逆方面で、早朝だから余裕で座れる。
(やっべー、寝たら絶対起きられねえ)
オレは携帯をいじりながら、睡魔と闘う。


「那波、おはよう」
聞きなれた声。
顔を上げると、若林がいた。
朝練で体力を使い果たし、授業が始まるまでの短い時間、オレは机で爆睡していた。
「ああ、昨日ごめん。寝ちゃって」
「全然。疲れてるんだなって思った。朝も行ったんだね」
「おお…。もう既に無理」
オレはまた突っ伏して、それからちょっとだけ若林を見た。
彼女はニコっと笑って、前を向いてしまう。
斜め前に座る若林の背中を、オレは腕の隙間から除く。
(ああー、やっぱ可愛い…)
若林は可愛すぎる。
だけど幸いな事に、若林は目立つタイプじゃないから、ほとんどの奴は彼女の可愛さに気付かない。
だけどオレの友達らは、最近若林の可愛さに気付き始めてる。
(このまま目立たなくて、いーんだよ…)

目を閉じて、オレの腕の中にいる若林を想像した。
そのままオレは爆睡して、1時間目が始まってるのも気付かなかった。



若林のお母さんからの熱烈な誘いもあって、逆にオレが断る方が申し訳なくなって、部活の後、今日も若林家に行く事になる。
昨日の筋肉痛状態のまま、また今日の部活に入る。
正直、昨日より辛かった。
(こんな体力無かったっけ…?オレ)
信じられないぐらい動けない自分の体が情けなくもあった。
今日は顧問の比留川が来てて、部活に出てるオレをじっと見ていたのがウザかった。
若林には悪いけど、やっぱりヒルは鬱陶しい。

そもそも部活に参加してもいいかなって、オレに決断させたのは、若林だ。
彼女に相談したわけじゃない。
ただこのまま若林と付き合って、バイトと、若林と、っていう生活を続けたら、オレは合う度に若林を押し倒し続けちゃうんじゃないかという気がした。
彼女へ対する肉体的な欲情は、自分でも引く程だった。

男と初めて付き合うっていう若林にとって、『彼氏』っていう存在はオレと直結してる。
オレだって本来そればっかりの男じゃないのに、なぜか若林と2人きりになると、ただそればっかりの男になってしまう。
(猿かよ…)
いや、もうそれ以下かも。
(なんで抑えられないんだろうな…)
自分でも不思議だった。
何かで発散させないと、持て余してる体力を全部若林へぶつけてしまいそうだ。


(ホント、不純な動機だよな…)
オレがバスケ部へ戻ろうと思ったのは、そんなしょうもない理由だ。
和久井が困ってるからとか、小津がケガした責任を感じて自分を責めるんじゃないかとか、そんなのはあくまで付加的なものだ。
部活への参加は、ぶっちゃけ効果覿面だったと思う。
体力を発散させるどころか、自分の体力の無さを痛感する。
(まあ、若林とヤれるかって言ったら、すぐにでもできるんだけど…)
彼女への気力と体力はまた別物だ。
それでも、部活に出る前みたいに切羽詰まった感じは無くなってきた。
毎日若林とセックスしないと落ち着かない、みたいなのはだいぶ抑えられてきたと思う。

彼女の家に寄っても、親のいる前ではさすがに露骨にそういう感情は表せない。
そういう雰囲気にならなければ、2人きりでいる時のように何が何でも押し倒したいみたいな事は無い。
(はあ…)
それでも食卓の準備をしてくれる若林を見ると、すげー可愛いと思って、猛烈に抱きしめたくなったりはする。

(もし、ここで2人きりだったら…)

やっぱり欲望は切羽詰った形で出て来てしまうだろう。
状況が違うってだけで、オレはいつでも若林を抱きたいっていうのは変わらないんだろう。
(でもだいぶマシかな…)
距離をおいて見る彼女も、新鮮で可愛いと思った。

教室での彼女。
友達と話してる時の普段の様子。
たまに目が合うと、ちょっと恥ずかしそうにする。
体育の授業の時は、体操着姿にちょっと萌える。
今、オレは若林が何をしていても気になる。

(好きなんだよな…)

こんなに1人の女の子の事ばっかり、1日中考えるのって初めてだった。
ぶっちゃけ、若林の何がオレをそこまで夢中にさせるのかが分からない。
生理的に苦手な奴っているけど、若林はその真逆だった。
一緒にいて気持ちいいっていう感覚が、まず先立ってる感じ。
(なんか、改めてそう思うと、スゲーな)
そんな相手と付き合えてるって事を思えば、出会うきっかけをくれた比留川の事もまあ許せる。

今週は土曜も学校に行かなきゃいけない。
絶対日曜は1日中若林を……とか、溢れかえる下心とどうしようもないモチベーションを抑えるために、オレは今ひたすら部活で体力を使う事にした。


 

ラブで抱きしめよう
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