もっと、いつも

☆☆ 22 ☆☆

   

那波が部活を再開したので、今週から一緒に帰っていない。
放課後、メールを見ると珍しい人から来ていた。
龍大くんの彼女の奈々央ちゃんからだった。

『久しぶり〜!拓真部活行ってるんだって?良かったら遊ばない?』

特にお誘いを断る理由もなく、最近ちょっと異文化に接する事に対して積極性を持とうという気持ちもあり、私はOKと返信した。


「花帆!こっちだよ〜♪」
K女の制服は可愛い。何といってもセーラー服だ。
夏服はセーラー部分が水色で、顔も可愛い奈々央ちゃんが着てるとちょっとコスプレっぽく見えなくもない。
「やっぱりS高の制服は可愛いなあー、セーラー服は飽きるよ」
「ええ!今、セーラー服の方が可愛いなあって思ってたのに」
お互いに制服からチェックしてるんだなと思った。

あれから奈々央ちゃんとは、密かにメール友達になってた。
いつもフレンドリーで、そしてちょっと龍大くんの事を聞いてくる。
だけど私と龍大くんにほとんど接点が無いから、私から話す龍大くんネタはほとんど無い。
それでも他愛もない女子ネタを、そして私から見るとすごく新鮮な話を、奈々央ちゃんはしてくれる。

「今日、化粧品買いたくて。花帆一緒に見てくれる?」
「うん」
私たちは化粧品や雑貨が集まっているショップに向う。
普段、学校の友達とも行く事があるけれど、隣に奈々央ちゃんがいると全然違う買い物をしに行くみたい。
(華があるんだよね…)
那波の横を歩いている時にも思うけど、やっぱり私って対照的に地味だなと実感する。
奈々央ちゃんはスルスルと売り場を抜けて、目的のマスカラを手に取る。
「落ちないマスカラが欲しいんだけどな〜、難しくて」
今日の彼女は、いつもよりずっと化粧が薄い。
学校に行く時はこんな感じなんだ。
「花帆って普段化粧しないの?」
「うん、ほとんどしない…」
改めて聞かれると、何だか恥ずかしい。
女子力の低さが身に染みる。
「すっぴんでも全然おかしくないのが、すごいね」
ニコニコしながら真っ直ぐ見つめられると、女の子なのにドキドキしちゃう。
(可愛いなあ…)
ショートカットがすごく似合っていて、色々とすごく憧れちゃう。

奈々央ちゃんの買い物が終わって、私たちはファストフード系のカフェに入る。
店内はそんなに混んでいなくて、小さいテーブルが2つくっついた、4人掛けのテーブルに並んで座った。
「ねえねえ、花帆にマスカラつけてみたい。マスカラ持ってる?」
「持ってない」
「ふーん、じゃあやってみていい?」
「うん」
「ちょっとマユゲも整えていい?」
「うん。任せる」
可愛い子の顔がすぐ近くにあって、自然と緊張してしまう。
コーヒーを持って通りすがる男子高校生2人が、私たちをチラチラ見てた。
奈々央ちゃんは何でも持っていた。
ビューラーも、小さいハサミも、携帯用の顔そりまで持ってた。
ビューラーは肉を挟みそうで、自分でするのも怖かったのに、こうして誰かにやってもらっているなんて不思議。

「できた!ヤダ〜、ちょっとやっただけなのに、花帆めちゃカワイイ!」
「うそー、見せて!」
奈々央ちゃんは結構大きい手鏡まで持ってた。
すごい女子力だと思う。
私は鏡を借りて、自分の顔を見た。

(ホントだ…、結構変わってる…)

普段ほとんど何もしていないから、化粧をした時のギャップってすごい。
「すごいね、マユゲ整えるとこんなに変わるんだね」
私が驚いたのはまずそこだ。
「花帆は元々キレイな形だから、ちょっとこの辺を減らすといいよ」
「すごい!変わるね〜〜〜奈々央ちゃんスゴイ」
マユゲがキレイになっただけで、表情が変わったみたい。
おまけにすごくあか抜けて見える。
マスカラもそんなにつけてないのに、まつ毛が上がったせいで心なしか目がパッチリした感じ。
「花帆は顔があっさりしてるから、すごく化粧映えすると思うよ。肌が白くてめちゃくちゃキレイだし、ラブリーメイクとかすっごく似合いそう!」
「そうかな…」
(………)
自分でもビックリしてる。
奈々央ちゃんの化粧の上手さにも驚いてる。
奈々央ちゃんなんて、普通にしてても可愛いのにこんだけ技術があったら、普段めちゃくちゃ可愛いのも納得だ。

「今日はアイメイクしかしてないよ。使ったのは、これとこれと〜」
「これ、さっき買ったやつだ」
「そう、結構良いよ。あとは〜…」

女子っぽい会話。
でもすごく楽しい。
普段、クラスの友達とも女子的な話はしてるけど、憧れてる男子の話とか、芸能人の話とか。ちょっとした噂とか。
こんな風に具体的に、美容系の話ってしてない。
奈々央ちゃんとの会話は新鮮で、密かに可愛いものが好きな自分が沸々と満たされる。

「この席、誰か来るの?」

さっきこっちをチラチラ見てた男子高校生に声をかけられた。
奈々央ちゃんがバッサリ答える。
「彼氏来るから」
「ああ、そー…」
男子たちは去って行った。
(これって、もしかしてナンパ的な…?)
さっきから奈々央ちゃんと歩いてるだけで、通りすぎる人たちに視線を感じた。
那波と一緒にいる時もそうだけど、やっぱり派手で魅力的な人は人目をひく。
「拓真が部活やっちゃうと、寂しくない?」
デコレーションされた携帯を触りながら、何事も無かったように奈々央ちゃんが言う。
「でもこれから、那波、うち来るんだ」
「え?そうなんだ?ラブラブじゃ〜ん!」
「え、えへへ…」
私は照れて、変な笑いをしてしまう。
「って言うか、何?いつも那波って呼んでるの?彼氏なのに?」
パッチリした目をもっと見開いて、彼女が私を凝視する。
「う、…そうだけど」
「拓真は花帆の事、何て呼んでるの?」
「普通に…苗字」
花帆って、呼ばれた事はあるけど、言われた事があるってだけだ。
普段そう呼ばれてるわけじゃない。
「ええーー、クラスの友達みたいじゃん。っていうか、知り合いぐらいじゃん。なんで拓真って言わないの?」
「何でだろう?お互い元々苗字で呼んでたからかな…」
何となく、私にとって那波は『那波』って感じだった。
時々『花帆』って言われると、すごく嬉しかったから、逆に普段『若林』でもいいかなって気もしてた。
教室で、名前で呼ばれたらすごいドキドキしちゃいそうだし。
「えー、『拓真』にすればあ〜?『那波』だとあたしの名前と微妙にカブってて何かね〜」
「そう言えばそうだね」
奈々央ちゃんの前だけでも、拓真って言おうかと思ったけれど、言いなれてなくてやっぱりダメだ。

「もしかして拓真って、部活の後、毎日花帆んとこ寄ってんの?」
「うん、って言ってもまだ何日かしか経ってないけど」
「じゃあ毎日会ってるんだ」
「まあ、学校でも会ってるんだけどね。席近いし」
「いいよね!教室で会えるっていうの!もー、夢のようだよ〜…。共学羨ましい…」
奈々央ちゃんの顔が崩れる。
どんな表情をしても可愛い子は可愛いんだなって、しみじみ思う。
「拓真の元カノが友達なんだけど」
「うん」
「あ、こういう話、しない方がいいのかな?」
「ううん、全然!むしろ聞いてみたい!」
思わず食いついてしまった。
奈々央ちゃんはちょっと笑ってた。
「拓真とは4カ月ぐらい付き合ってたのかな〜…、もっと短かったっけ?それはまあいいけど、付き合い始めた時、まだ拓真って部活やってて」
「うん」
「平日全然会えないのに、あいつ、メールとかも全然返さないし」
奈々央ちゃんは、そこでひと口アイスコーヒーを飲む。
「部活やめたらやめたで、今度はバイトで会えなかったみたいだし。全然相手にしてもらえなくて、キレて別れてたよ」
「そうなんだ…」
ちゃんと学校に行ってたら、那波の生活は確かに忙しいと思う。
洗濯とか、普通は親がしてくれるような家事も、結構自分でやってるみたいだし…。
「拓真がバイトしてた時、普通に会ったりしてた?」
「会ってたよ。バイトに行く前の時間に」
「へー!そうなんだ!で、今も部活帰りに会ってるんでしょう?夏休みも毎日会ってたんでしょう?
彼女にベッタリじゃん!もう、何か私の知ってる拓真じゃないよ〜!」
「………」
「これ、瑞希が知ったら泣くな〜…」
ポソっとつぶやいた、奈々央ちゃんの言葉。
前の彼女の名前、ミズキって言うんだ。

那波はマメじゃなさそうに見える。
普段の印象だと、ぶっきらぼうで、ちょっと威圧的で、オレに近寄るなって雰囲気を出してる感じ。
だけど私の知ってる那波は違う。
会う時間がちょっとしかなくても、わざわざそこを開けて会ってくれる。
元々私があんまりメールのやりとりをしないせいもあって、那波が返信をくれないとか、思った事もない。むしろ、私がメールを返さないで怒られる方が多いぐらいだ。
『会えない』って、不安に思った事が無かった。


奈々央ちゃんの話を聞いてたら、那波が私にすごく良くしてくれてるって思えてきた。
比べる誰かがいないから、当たり前みたいに思ってたけど。
(そうなんだ……)
家に帰って晩御飯の用意を手伝いながら、これからここに来る那波の事を考えてドキドキしてくる。
(嬉しい……)
改めて、那波と会えるのが嬉しいと思う。

チャイムが鳴る。
「私出るから!」
今日は母親より先に、私が玄関へ走った。
母は那波をすごく気に入っていて、芸能人がうちに遊びに来たぐらいのテンションで那波をもてなしてくれる。
(それっていいのか悪いのか…)
ドアを開けると、那波がいる。
部活で汗をかいた後の、ナチュラルな髪型が可愛かった。
「おかえりー!」
つい、そう言ってしまう。
「あ?…ああ、お邪魔します」
那波はちょっと驚いてた。
(変な事、言っちゃったかな…)
「お疲れー、だったね。間違えた…」
自然に那波のバッグに手が伸びる。
彼もそのまま、私に自分のバッグを渡す。
「お前…」
「何?」

那波がじっと私の顔を覗き込む。
「顔が違う」

(あっ!)
忘れてた。奈々央ちゃんに化粧してもらったままの顔だったんだ。
「なっ奈々央ちゃんと会ってて…。変だった?」
「いや、変じゃねえよ」
玄関の段差で、那波の顔がいつもより近い。
超至近距離でじっと顔を観察されて、急に恥ずかしくなってくる。
(それにしても、近い…)

「んっ……」

唐突に、キスされた。うちの玄関なのに。
「えっ?…えっ…?」
「お邪魔しまーす」
さっさと那波はリビングへ入って行ってしまった。
荷物と一緒に玄関に置き去りにされた私は、真っ赤になった顔を戻すまでしばらくそのまま立ち尽くしていた。


ご飯を食べてる間も、私はずっとドキドキを引きずっていた。
化粧していた事もあって、何だか彼と目を合わせづらい。
明日の土曜日は朝からまた練習だと言って、那波は早めに帰ってしまう。
「那波、送ってくよ」
玄関を出て、思わず言ってしまう。

「ええ、いいよ。遅いし、家に戻れよ」
那波は思いっきり怪訝な顔をして言った。
「でも……」
そう言われちゃうとそうだ。もう結構遅い時間だったし、私が那波を送っていくっていうのも変だ。
ただ、もっと一緒にいたかっただけだった。
「じゃあ、駅まで来てよ」
那波が手をつないでくれる。
10時に1人で家まで帰る事もあるし、大丈夫かと思いながら、私は駅までの道を彼と歩く。

「奈々央と仲いいの?」
「うん。なんか、不思議と気が合うの」
「へえ、意外」
「そうだね」
私は今日あった他愛も無い話をした。
こんな普通のおしゃべりなのに、学校でも、さっきいたリビングでもほとんどできてない。
私と那波って、他の誰かがそばにいると、2人でいる時の『普通』って全然できないのかも知れないなと思う。

「……顔、マジで変わった」
「ええ?そんなに?」
そこまで言われると気になる。
「いや、ちょっと変わったぐらいかな」
那波が訂正した。
「変?マユゲ整えちゃったから、すぐに前の状態には戻せないよ」
「別に変じゃないけど」
那波が手を引っ張って、駅までの道の途中にある、広場の中へ私を連れて行く。
ちょっとした球技ができるように、大きく更地にしてある周りに、ベンチがポツポツある。
そこの1つに、私たちは座った。
夜なのに街が明るすぎて、空が結構白い。

座ると、すぐキスされた。
那波の舌が吐息と一緒に、私の口を割る。
舌に、舌が触る。
こんな、外なのに。
こんなにしっかりキスしてる事が気になってしまう。
ドキドキして、このまま倒れそう。

「ちょっと離れてるだけで」
私の大好きな、那波の声。
「何もなくても、すごい久しぶりな気がすんのに」
彼が私の手をギュっと握る。
「そんな風に変わられると、何かな…」
(何…?)
私は那波の次の言葉を待った。

「やべーな、奈々央の側にいたら、どんどん可愛くされちゃうかもな」
可愛いって思ってくれてた事が嬉しい。
『変わった』以外に言ってくれなかったから、実はすごく不安だった。
「別に今のままでも、オレは全然いいと思うけど」
「………」
何て返していいのか分からなくて、私はただ那波を見ていた。

「何っかな…」
「化粧してる私はイヤ…?」
「嫌じゃないけど…。いつもより女っぽくなるから」
そんな風に、困ってる那波が可愛いって思ってしまった。
「那波だって、いつも男っぽいよ」
「はあ?そりゃそうだろ。オレに女的な要素は、ねえ」
「那波も…、龍大くんも、…奈々央ちゃんだって、みんな可愛かったりカッコ良かったりするから…。何か、私1人地味なのもなって思って…」
それは本音だった。
見栄えの良い人達の中で、自分1人逆に浮いてしまうのが嫌だった。
那波たちの集団に入るのには、それなりに自分も上げていかないと、コンプレックスに潰されそうになる。
自分が、那波の彼女でいいのかなって、どうしても思ってしまう。
もっと自信が持ちたかった。
「お前はお前のままで、別にオレはいいと思ってるけど」
「でも…」
「いいじゃん。お前の事いいと思ってるから付き合ってるんだぜ」

そう言われると、嬉しい。
ちょっと顔がニヤけてしまう。
そんな風にハッキリと言ってくれる事が少ないから、余計に嬉しい。
「…そういう風に言ってくれるの、すごい嬉しい」
私も素直に言った。
「那波が、疲れてるのに帰りにうちに寄ってくれるのも、すごく嬉しいんだ」
「………」
何も言わずに、那波が頭を撫でてくれる。
私はもっと嬉しくなって、もうニコニコを止められない。
よく懐いた犬みたいに、多分今しっぽを振りまくってるとこだ。

「明日は会えないから、明後日、日曜日会おうな」
「うん。明日も学校なんだよね?」
「そー…。ああ、やっぱり部活は超めんどくせーな…」
那波がため息をつく。
「でも楽しそうに見えるよ」
部活自体、本当は嫌じゃないって事は、那波を見ていれば分かる。
「そうかー?楽しそうかー?」
口ではそう言って、でも笑いながら彼は立ち上がった。

「送ってく」

彼が伸ばしてくれた手を、私は取る。
結局、家まで引き返して私を送ってくれた。
家までの道を歩きながら、最初からそのつもりだったんだろうなって、ちょっと思った。
もうちょっと2人でいたかっただけ。
那波も同じ気持ちだったのかも知れないって思うと、また胸が熱くなった。



 

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