夢色

11 18の夏

   

この前はラブラブだった…。

結局あの後一緒にゴハンを食べている間も、なんだか雰囲気がずっと甘かった。
(久しぶりだったからかな…)
二人きりでいると、ホントに田崎に愛されている気分になってくる。
っていうか、多分愛されてる。
だけど、また日常に戻ってしまうと、あたしたちはただの教師と生徒だ。

隣のクラスなのに、先生の顔が見れない日だっていっぱいある。
時々彼を見かけても、特に話をしたりするわけじゃない。
ちょっと、目が合うくらいで。
田崎の表情はほとんど変わらない。
愛されてしまうと、そうでない普段の日々とのギャップが激しすぎて、あたしはますます優しい彼が見たくてたまらなくなってくる。



久しぶりに涼子と二人で帰る。
あたしたちは教室から出て、昇降口へ向かって歩く。
「今日は彼氏はいいの?」
「うん、太郎くんなんか用事あるんだって。あたしも久しぶりにゆっくり洋服とか見たいし♪」
あたし自身も、最近はマジで勉強してたりするからウインドウショッピングなんて久しぶりだった。
たまには息抜きもしたい。

「せんせ〜、さよ〜なら〜♪」
「おぅ」

涼子の声の先を見ると、昇降口の廊下に田崎がいた。
今日は白いポロシャツとベージュのパンツを着ている。
学校で白衣じゃない彼は珍しい。
あたしはすごくドキドキしてきてしまう。
「さよなら…」
あたしも一応挨拶する。
田崎は度の強い眼鏡の向こうからあたしを見ると、ただ黙って会釈してすぐに歩いて行ってしまった。
相変わらずの態度だけど、でも顔が見れたから今日は嬉しい。

「ねえ、ねえ、田崎ってさぁ〜」

「え、な…なに?」
涼子の口から田崎の名前が出ると思っていなくて、あたしは焦る。
上履きを入れながら、あたしは涼子の方を見る。
涼子は履く前に靴をキチンと揃えていた。
「実は、結構カッコいい気がするんだよね」
「えぇ…そ、そぅ?」
あたしは相当慌ててたと思う。
「うん。なんかあのキャラはわざと、って感じ。
それにさ〜、ちらっと見える服とかもさ、絶対モノがいいと思うんだよね。あたしの目はごまかせないよっ」
涼子は無邪気に笑ってる。
「そぅかなぁ…」
やばい。すっごいドキドキしてる。
「そうだよ〜。背〜高いしさぁ、細身だし、結構バッチリ麗佳の好みって感じするけどぉ?」
それは当たってる。
「わ…わかんないけど、こ、今度よく観察してみるわ…」
あたしは最後の方、小声になってたと思う。
その後、涼子はすぐに今日の行き先に話題を振った。
あたしはほっとした。本当に。
だけど、涼子は鋭い。
気をつけないと、この気持ちも見透かされてしまいそうだ。
でも彼女にバレても、それを面白おかしく噂するような子じゃないから大丈夫か…。
本当に、気持ちがいつかこぼれてしまいそう…。
何だか自分自身、かなりイッパイイッパイだった。
色んな意味で、時間の問題って気がした。



すぐに夏休みになって、あたしはマジメに受験勉強した。
昼はちゃんと予備校に行ったし、夜は家でも勉強した。
親は、そんなあたしの様子をすっごく喜んでいた。
あたしとしては、この行き場のない想いをぶつけるところがなくって、その代わりみたいに勉強してただけだった。

「大学生」になったら、田崎とあたし、どんな関係になるんだろう…。

もしかして、付き合ってくれたりとか、してくれるんじゃないだろうか。
淡い、ううん、大きい期待を自然に持ってしまう。
だってもう、こんな関係になってから丸2年も経ってる。
早く「生徒」っていう自分を縛る枠から抜け出したい。
だけどそう思う反面、そうでなくなった時、彼とどうなるかは自信がなかった。
今のままでいたくないのにこのままでいたいような、…ただ確実に言えるのは、あたしはどこかでこの先の展開に怯えていた。

休みの間は全然先生に会えないから、あたしは珍しくただ近況を何となく田崎にメールしてみた。
といっても予備校行ってるとか、結構勉強してるとか、そんな内容だったけど。
彼はさすがに「先生」だから、そのテの話にキチンと答えくれた。
やっぱりあたしからばかり送信してたけど、時々彼の方からもくれるようになった。
『ちゃんと頑張ってるか?』とか、教師っぽいメールだったけど。
それでもあたしはすっごく凄く満足だった。
(なんだ、もっと早くこんな風にメールしたら良かったよ…)
会えなくても繋がってる感じがして、そして何よりちょっと近付いた気がしてホントに嬉しかった。


予備校では勉強しに行ってるのに、何人かの男子から告白みたいなのされた。
あたしはそれを適当にあしらってたと思う。
自分でも、男子に対して冷たいなぁと思うけど、涼子みたいに色んな人に優しくはできなかった。
高校入って今までも、何人からか分からないぐらい「付き合って」とか言われた。
だけどあたしは、結局テルと別れてからは誰とも付き合わなかった。
そんな気分になれなかったからだ。

「麗佳も受験するんだろ?」

高校生活で唯一付き合った男、テルが、廊下ですれ違いざまにあたしに声をかけてくる。
新学期に入った9月の学校。
冷房の効いてない校舎はすごく暑い。
「そうだよ…。テルも受験組なんだっけ?」
この高校の男子はほとんどが大学受験する。女の子の進路は色々。
「おお。そうだけど、オレの中学の時のトモダチがさ、予備校で振られたって言っててさ」
「はぁ」
受験するってのに、テルは相変わらず年中、色が黒かった。
あたしと付き合ってたときよりも、肩とか腕とか、がっしりしてきたような気がする。
「よくよく話聞いたら、『梶野』って言ってたし、外見もお前っぽいし、…K予備校行ってた?」
「行ってたよ。…でも、誰だろ?」
「北村ってヤツなんだけど。ちょっと丸顔で童顔の」
あたしはちょっと考えたけど、全然思い出せない。
名前も覚えてなければ、予備校の男子なんて顔もよく見てなかった。
「う〜ん、誰だかわかんない、覚えてないや」
「なんだそれ、お前、何人から告白されてんの?」
「知らないよー。そんな事言われても」
「まあ、その状況、分からなくもないけどな」
そういえば、こいつも女子から凄くモテる。
「北村も浮かばれねーな」
嬉しそうにテルが声を出して笑った。
「そんなに笑わなくても。トモダチなんでしょ?」
あたしは自分の行動を棚に上げて、言った。でもつられて笑ってしまった。

テルは笑うのを止めてから、暫く神妙な顔でちょっと考えてから口を開く。

「麗佳ってさ、今誰とも付き合ってないの?」
「うん…そうだけど?」
あたしは頷いた。
テルがあの後何人かと付き合ってるのは聞いてた。
今でも別の彼女がいるのも知ってる。
しょっちゅう誰かしらから告白されてるから、彼女が切れることがない。
「…麗佳の好きなヤツって、…ダレ?」
少し小さな声で、テルが言った。
「え…?」
急にそんなこと言われてピンとこなくて、あたしは聞き返してしまった。

「あれからずっと、………誰かのこと、…好きなままだろ、…麗佳」

「………」
見透かされてる。
態度に、出てる?
どうして?
そんなにも…あたし、わかりやすいの?
何だか急に凄く切なくなってくる。

「そんな顔、するなよ」
テルはあたしのおでこを自分の手の甲ではじいた。
そして口の端だけで少し笑うと、隣のクラスに入っていった。
「………」
あたしは、今、どんな顔してた?



自分の気持ちがバレてないと思ってるのは自分だけで、みんなに知られているような気がした。
もちろん、当の先生本人にも。

 

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