夢色

13 想い

   
『好きだよ、………、…麗佳』


足が痺れてる。
このままベットに体ごと溶けてしまいそう。
さっきのは、現実…?
分からない…。
き…、…聞けない…。
でもあたしは、言ってしまった。
エッチの最中のうわごとだって、流されてしまうかもしれない。
あたしの心の中には、さっきの先生のひとことが入り込んで、
そのまま底に落ちて、切ない波動を心の奥から体中へ起こしてる。
先生も、あたしのことが好きだったらいいのに。
先生も、あたしのことが好きなのかもしれない…。

心の中で堂々めぐりを繰り返す。
だけど、もう一度確かめるための言葉が出てこない。
あたしはまた、この気持ちを自分の中に封印するの…?

「梶野、大丈夫?」
目の前には、優しい表情の彼がいる。
あぁ……きゅんとしちゃう…。
でも、また『梶野』なんだ。もう『麗佳』じゃないんだ。
やっぱりさっきの一言は、あたしの妄想なのかな?って思ったりする。 
普通のときに、言ってくれてたらいいのに。
あんな風になってるときにそんなこと言うなんて、ずるい。
「大丈夫じゃ、ないよ…」
あたしはホントに大丈夫じゃない。
体もグタグタだし、心も動揺してる。

多分実際のエッチしてる時間はそんなに長くなかったと思う。
だけど、田崎に立て続けに愛撫されて、その後激しかったから…。

「先生、キスしたい…」

あたしは素直に言ってみた。
田崎は体を少し起こして、あたしに斜めに覆い被さるようにして、唇を寄せる。
「……」
キスしてるとき、すごく近くなってる気がする。
エッチしてるとき以上に、彼を感じる。
(切ない…)
自然と涙が出てくる。
今気がついたけど、あたしはさっきから涙が出てた。

唇を離すと、先生と目が合う。
「ずっと涙が出てる…」
田崎はあたしの涙を指で触る。
そんな目で見られたら、余計に泣けてきちゃうじゃん。
またキスされる。
先生の唇は、あたしの涙へと移る。
「はぁ…」
あたしは思わずため息が出る。
この時間がずっと続いたらいいのに。
彼に会うたび、いつもいつも思う。
もしもずっと続いたら、もう不安な気持ちなんて持たなくていいのに。
ただ、こうして愛されていられるのに。
そんな風に考えてしまうと、切なくて涙が止まらない。


暫く抱きしめられていた。
この空気、この時間があたしには大事なの。
ずっとずっと、続いたらいいのに…。

キスを繰り返したあと、先生が言った。

「梶野、入れてもいい…?」
「……うん」
本当はもうグッタリだったけど、あたしも田崎と何度も確かめあいたい。
不確かな言葉の先、抱かれて何かが見えればいい。
それが彼の気持ちなら、何度でも抱かれたい。
抱きしめたい。
「入りたい、…梶野に…」



本当に心も体もダメになりそうになった。
もう時間だからって言って、急いでホテルから出た。
今日は時間がないからって、あたしたちは普通にチェーン店のカレー屋に入った。
「先生とこんなとこ来るの、珍しい〜〜」
「普段は結構来るよ」
田崎はタバコを取り出す。
「吸ってもいい?」
「うん、いいよ」
彼はあたしと会ってるとき、気を使ってあまりタバコを吸わない。
普段はかなりヘビーなんだと思う。
彼の色んなものが、タバコの匂いがするから。
あたしは彼と別れて家に帰ったとき、いつもタバコ臭いから親にすごい怪しまれるんだ。

注文が運ばれてくる。
「5辛、なんて頼むんだ?」
「うん、辛いの大好き♪」
あたしは平然と辛いカレーを食べる。
「ちょっと、味見させて…」
あたしは頷いて田崎の方へお皿を渡す。
田崎は一口食べて、めっちゃイヤ〜な顔をした。
あたしは思わず大笑いしてしまう。
水を一杯一気飲みしてる。
「人間じゃないな、お前…」
「えぇ〜〜、おいしいじゃん」
確かにあたしの辛いモノ好きは、よく人に突っ込みを入れられる。
「なんか、すっごい若さを感じたよ。今」
「ナニそれ?」
二人でいる時間、お互いにもう慣れてきてた。
この付き合いも長くなってきたんだなって思う。
だけどいつも気持ちだけが不確かで、いつまでも曖昧なままだ。

家の側に車が着くと、田崎は言った。
「今日は疲れさせてごめんな、…今日も、か?」
ちょっとエッチに彼が笑う。
だけど全然嫌味な感じがしない。
爽やかっていうのとも違う。なんか田崎はあっさりしてる。
そんなところも、すごい気に入ってて、すごい好き。
あたしは思い切って言ってみる。

「今度……、いつ会えそう?」

別れ際にこんな風に聞いたのは初めてだ。
いつも、あたしたちは次の約束がない。
「そうだな…、…オレから連絡するよ」
田崎から連絡、なんて今までほとんどなかった。
そう言われただけで、ちょっと嬉しくなってしまう。
彼は言葉を続けた。
「年内は、ちょっと難しいかもな…。1月に入ったら、梶野は受験だろ」
「うん」
あたしはまた暗くなってたと思う。
やっぱり暫く会えないんだ。
もう3、4ヶ月会わないっていうの、普通になってる。
よくこの関係が終わってしまわないなって、思うよ。

「待てるか…?」

マジメな目で田崎が言う。
何故か、あたしは緊張してしまう。
「うん…」
あたしは小声で返事をした。
待てるけど、…もっと早く会いたいし、…待てるかって事は、次また絶対会ってくれるっていう約束みたいな感じだし…あたしは複雑な気分だった。

「先生、…別に今日とかみたいに、長い時間会わなくてもいいからさ、ちょっとお茶する、とかでもいいから…、や、やっぱり受験の気分転換とかもしたいしさ、……会えないかな…」
あたしにしては最高に勇気を振り絞ったつもりだった。
田崎を見た。

先生は凄く優しい目であたしを見てる。
もう、なんでそんな顔するわけ…。

「いいよ、…連絡するよ」

先生は右手であたしの左手を掴んだ。
引っ張られて、あたしの体は彼の方へ引き寄せられる。
彼の左手があたしの肩を抱き寄せる。


車で、キスされた。


「…………」
そんなことをされたのは初めてで、凄いドキドキしてくる。
もう一度、田崎はあたしの頬に触れると、唇を合わせてくる。
舌が、柔らかい。
息が熱い。
自分の全身から鼓動が聞こえてくるみたい。
あたしの呼吸も、早くなっていく。

「……先生…」
あたしは吐息と共に、言った。
エンジンの音がする。
車内の窓ガラスがうっすらと曇っていた。
周りの景色はよく見えない。
田崎はあたしの肩を離す。
髪に指が触れる。
「じゃあ、またな」
視線が絡まりあう。
……もう、言葉は必要ない気がした。
あたしは確信を持った。


気持ちは、繋がってる、きっと…。
 

ラブで抱きしめよう
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