夢色

3 麗佳

   
先週までただダルいだけだった月曜は、今日から私にとって全く違う意味を持った。


月曜3,4時限目、化学。

田崎の受け持つ時間だ。
教室に入ってきた田崎は、いつもとちっとも変わらない。
“いかにも”っていう白衣を着て、厚くてカッコ悪い眼鏡をかけてる。
前髪が完全に目にかかって、生徒の私から見てもだらしない感じの教師だ。
かったるそうに教壇まで進むと、初めて顔を上げて生徒を見渡す。
「来週の実験は〜、」

――― 田崎の、声。

昨日聞いた声とは、やっぱり少し違ってる。
見た目に関して言えば、ホントにまるで別人だ。

チョークを持つ田崎の指。

指先だけは、昨日と変わらない。
細くて、ゴツゴツして、長い指。
体が彼を思い出して、授業中なのに熱くなってきてしまう。


はじめての、……体験だった。

セックスって、今まで自分がしてきたものがいかにしょうもなかったかがよく分かった。
少しの経験しかないけど。
あたしは外側を愛撫されて、生まれて初めて、イってしまった。
イくって感覚。こんなにすごいって知らなかった。
こんなにも気持ちいいなんて。
その後のセックスは、もう頭が真っ白になってた。
ただ、田崎を受けとめて、そして、本当に感じてしまった。

田崎は、もの凄く上手かった。
大人って、すごいなって思った。
だけどきっと、田崎は特別凄いんだと思う。
今までの彼氏とかとは全然違う。
余裕のあるエッチだった。

最初は脱ぐのも恥ずかしかったのに、いつの間にか我を忘れた。
あたしは指先からつま先まで、本当に痺れてフラフラになってた。
無我夢中だった。


いつも集中してないけど、もう全く授業に集中できなかった。
もういちど、あの田崎が見たい。
みんなの知らない、あたしだけが知ってるあの姿。
もういちど……田崎と、…してみたい。


昼休み、同じクラスなのに「テル」からメールが入る。
テルは高校に入ってすぐに「付き合って」って言われて、何となくハッキリしないままズルズルしてる。
携帯を見ると、『一緒に帰れる?』って入ってる。
あたしは顔を上げてテルを探す。
テルは窓際にいて、男友達と大声で騒いでた。
他の男子よりも背の高いテルはあたしの視線に気付いて、顔をこっちに向ける。
あたしは携帯を顔に近づけて、頷いた。
それが、メールの返事。
別に予定があるわけじゃないしね。
テルはあたしに向かって一瞬ニヤっとすると、また話の輪に戻っていった。

テルが嫌いなわけじゃない。
そうだったら、一緒にいるのもイヤだし。
だけどテルじゃなくちゃダメかって言われたら、別にテルじゃなくてもいいんだろう。

普通に教室から、二人で一緒に帰る。
4月の終わりには、何人かに告白されたりもしたけど、テルと付き合うみたいな感じになった5月頃からは、そんなこともなくなってた。


うちの最寄駅のファーストフード店で、だらだらとテルと喋る。
テルの前にはチーズバーガーとフィッシュバーガーとコーラ。
なぜかポテトのLから先に食べて、それはもう完食してる。
「…よく太らないね、そんなのそんだけ食べて」
あたしはウーロン茶を飲みながら、細身のテルを見て言った。
「成長期?…っていうかもうハラ減って死にそうだし」
チーズバーガーを4口位で食べ終わってテルが言う。
量だけじゃなくって、食べる早さも凄い。
「帰ってから夕飯食べるんでしょ?」
「食うよ。普通に。っていうか、山盛り食う」
テルがコーラのLをガブガブ飲む。
指が目にとまる…細いのに大きくて骨ばってる。
テルの手、結構好き。

(あぁ、男のこういう手が、好きなのかも…)

伸びかけの髪を無理に上げて、ごくせん時代のもこみちを意識してるっぽい。
6月なのに、妙に日焼けしてるし。
「なんか、日に日に色が黒くなってかない?」
あたしはウーロンの蓋のプラスチックの出っ張ってるところを押しながら言った。
「チャリ通勤のせいじゃね?そういえばこの前サドルだけ盗られててさ」
「え〜?何ソレ?」
テルはフィッシュバーガーの袋を開ける。
「でさ、立ちこぎしてったの。そしたらさ、サドルないの忘れて座ったら超いてぇの!」
あたしは想像して爆笑した。テルが続ける。
「それも3回も座ってンの。バカだろ」
「やー、本気で、ばっかじゃないの?」
「超笑えねーよ、ハンパなく痛いっつーの」
結構男前なのに、バカなヤツ…とか思うけど、こういうところがコイツのいいところなのかも。

くだらない話をしながら、家まで送ってもらう。
「やばい8時だよ。HEYHEYHEY始まる〜」
「なんだよあんなの毎週見てんの?」
あたしは自然に早歩きになってる。
「だってまっちゃんが好きなんだもん」
もともとテルも歩くのが早いから、こういうときはいいなって思う。
「渋い趣味だな〜?オヤジ好きかよ」
別に手をつないで歩いたりしてるわけじゃない。

家の前まで来ると、テルが立ち止まる。
「ほんじゃ、メールするわ。また明日な」
「うん」
テルは周りを見渡す。
この時間は家に帰る人がまだまだ歩いてる。
人通りがなければ、きっとキスされてた。
また私に向き直って、テルが言う。
「じゃあな」
「ありがと、またねー」
軽く手を振って別れる。
あたしたちはあっさりしていた。

自分の部屋で制服を着替えて、ちょっと一段落してると携帯が鳴る。
『今電車乗った。超ハラ減ってきた』
あんなに食べたのに…って私は思いながら、自分も食事をとることにする。
あたしはさっき食べてないしね。
ぼんやりとテレビを見ながら、さっきのテルの言葉を思い出す。

(オヤジ好き、…かなぁ)

32って言ってたな。あたしの倍も年とってるよ…。
どうしても田崎のことを思い出してしまう。
結局今日も1日中考えてしまった。
もちろん田崎の授業なんて全然頭に入ってないし、おまけに1,2時限の授業は超緊張してしまった。
昼休みを挟んで午後になってからも、あたしは上の空だった。
(先が、思いやられるなぁ…この高校生活)


それが本当にこの先ずっと続くなんて、このときのあたしはまさか想像してなかった。

 

ラブで抱きしめよう
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