――― 誰かが髪を触る気配で、あたしは目を開けた。
見慣れない天井。
彼があたしを見つめてる。
「…目、覚めた?」
「せんせ…」
田崎は体を半分起こして、右手であたしの髪を撫でていた。
「あたし、どれぐらい寝てた?」
まだぼんやりしたまま、あたしは言った。
エッチして、また寝ちゃったんだ。
「20分くらいかな」
田崎は髪から手を離して仰向けになる。
「おなか空かないか?」
そういえば、ちょっとお腹空いてきた。
あたしは頷く。
「シャワー浴びておいで」
彼はあたしの顔を見て優しく微笑む。
こんな顔、絶対に学校では見れない。
胸の奥が、きゅんってなる。
なんだかたまらない。
あたしはドキドキしながら、彼の視線から逃れるように体を起こした。
キレイな広いバスルームで、あたしはシャワーの口をひねる。
高校生では払えないようなルームチャージの部屋。
(やっぱり、すごかった…)
イかされた後の体は敏感で、あたしは彼が入ってきた後はもう大変だった。
体の中がおかしくなりそう。
もう入ってないのに、まだ下半身が痺れるような感じがする。
「はぁ…」
どうしてこうも違うんだろ。
同じような行為をしているのに、全然感じ方が違う。
もしもこんなこと毎日されたら、あたしは本当に変になってしまうんじゃないだろうか。
7月に入って、やっと田崎と会えた。
勿論学校で顔を見たりはしてるんだけどやっぱり別人みたいで、それに気軽に喋れるわけでもないし、生の田崎が目の前にいてもあたしはなんだかテレビを見ているような気分だった。
現実感がなかった。
彼は車で家の近くまで迎えに来てくれた。
すぐに先生に抱かれたいと誘ったのはあたしだった。
田崎は少し考えていたけど、何も言わないで郊外のホテルに車を入れた。
「この前は学校でエッチしてくれると思った…」
あたしはベットの淵に腰掛けて、彼を見上げて言った。
「学校でなんて、しないよ。…あんなことも、学校ではもうしない」
田崎はあたしの隣に座ると、手を伸ばしてくる。
(あ…)
キスされる。
最初は少しだけ触れて、だんだんと奥へ。
田崎の触り方、
唇の感触、
あたしを包む空気。
何もかもが全てあたしにとって特別な気がする。
何をされても、何を言われても、あたしの体は感じてしまうんだ。
「けっこうこの店うまいから」
先生が連れて行ってくれるレストランは、大人な感じの場所。
少し暗い店内に、間接照明の明かりが優しい。
きっと本当はお酒とか飲みに来るようなところなんだろう。
田崎は運転するから飲まない。
勿論高校生のあたしにも、先生である彼は勧めない。
メニューを見ると、一品で1000円とか超えちゃう料理ばっかりだ。
「うーん」
だけど奢りだから、いっか。
「めちゃめちゃお腹空いてきちゃった」
あたしは田崎に言う。
彼はにっこりして、答える。
「なんでも注文していいよ」
その台詞が、おやじっぽい…とかちょっと思ったりしつつ、あたしは遠慮なく頼んだ。
といっても、こんな風に一品ずつ注文するのには慣れてない。
「いっつもこういうお店でゴハン食べるの?」
あたしは聞いてみる。
運ばれてきたのはイタリアンっぽかった。
それでもピザとかパスタとか、そんな単純な料理じゃなくって。
「いつもは、来ないさ。でもこういう店の方が高校生と会わなくていいだろ」
「そうだね…」
緑色のソースがかかってて、表面がパリパリに焼いてある白身魚をフォークで口に運ぶ。
「なんだか先生って、学校と雰囲気が全然違うよね」
お上品な味がする料理を食べながら、あたしは田崎に言った。
「職場は、職場だから。学校にかっこつけて行っても、めんどくさいだけだろ」
「うん…そうかな?」
田崎が本気でかっこつけて学校に来たら、多分すっごいモテてしまうと思う。
「梶野も、いつもと雰囲気が違うな」
「だってさ…」
田崎だって大人だし、それに彼に連れてこられるような店に行くんだったら、すっぴんで子どもっぽい姿で来るわけにはいかないじゃん。ちゃんとそれなりにケバくない程度に化粧して、自分の中で子どもっぽく見えないような服を選んだつもりだった。
あたしは最近服の趣味が、急に「お姉さん」っぽくなったと思う。
完全に、田崎の影響だ。
高校生になったばかりなのに、それについこの前まで考えたこともなかったのに、もうコギャルっぽい服装が恥ずかしくなってる。
「夏休みって、先生は学校に行くの?」
あたしは部活に入っていない。
だから休みに学校に行ったことってなかった。
「時々、当番みたいなのがあるけど…、オレは基本的に実家に帰るから」
「実家って、どこ?」
「静岡」
「そうなんだ」
こっちの人だと思ってたから、何だか意外だった。
「ずっと神奈川にいるのかと思ってた」
「違うけど、もう実家出てから10年以上経つし」
お皿の肉を切りながら、田崎は言った。
彼はゆっくり食事する。そういうところも高校生男子とは全然違う。
田崎は「先生」だけど、二人でいるときはただの大人の男の人って感じだった。
エッチするときは濃厚にしてくれるのに、全然がっついてるところもない。
それに意外に喋りやすい。
なんだか一緒にいると落ち着くし。
もちろん緊張もしちゃうんだけど、だけど、なんていうんだろう。
こんな大人なのに、あたしのことバカにしないでちゃんと話をしてくれる。
学校では無口だけど、案外この人って先生に向いてるのかもな、とか思ったりする。
(静岡に帰るんじゃ、夏休みは会えないよなぁ…)
帰りの車の中で、あたしは言った。
「先生、また会ってくれる?」
「…いいけど…」
真っ黒なレザーのハンドルを握ったまま、まっすぐ前を向いてる。
運転するとき、田崎は眼鏡をかける。
学校でしているのとは違って、もっと薄くて軽そうな、おしゃれなヤツ。
普段の彼は服装や持ち物に凄く気を使っていた。
「新学期、始まってからだな」
(まだまだ先だなぁ…)
田崎は家から少し離れたところで車を停める。
「気をつけて降りてな」
「うん」
右側のドアを開けて、あたしは車から降りる。
「じゃ、またメールするね」
あたしは普通に言った。
「あぁ」
田崎は少しだけ微笑む。
「今日も、色々とありがと、せんせ」
あたしは笑みを返して、自宅へと歩き出した。
先生と過ごす時間はあたしにとって貴重だ。
ただ、エッチがいいとか、そういうことだけじゃなかった。
彼ともっと会いたいと、思った。
一学期が終わった。
始まってしまうと夏休みはあっという間に過ぎた。
相変わらずテルと時々会って、そして何度かエッチしたりもした。
二人ともあんまりお金がなかったから、そんなにホテルに行ったりもしなかったし、大体は泳ぎに行ったり、街でブラブラしたりって感じだった。
やっぱり洋服を買うお金が欲しかったから、あたしは地道に近所のファーストフード店でバイトをしたりもした。
学校に行かなくていいのはラクで嬉しかったけど、先生に会えないのはかなり寂しかった。
テレビを見ているような気分になっても、あたしは田崎を見ていたかった。