夢色

8 テル

   
二学期が始まってすぐ、あたしはE組の女から呼び出された。

「テルと、別れてよ」

「…はぁ?」
敵意剥き出しで、あたしを睨む。
彼女は髪をストレートのロングにしていて、茶髪に染めていた。
かわいいのに、めっちゃ憎たらしい顔してる。
呼び出されたのは屋上の端っこで、日陰になってる場所だった。
こんなとこに呼び出すこと自体、この女のセンスのなさを感じる。
「なんであんたにそんなこと言われなくちゃなんないの?」
あたしはむっとした。
相手にするのもバカバカしい。

「夏休み、テル君と…したの。もう、あたしの彼氏なんだから」
鼻息を荒くして、彼女は言った。

(はぁ…)

やったからって、テルを自分の所有物だとでも思ってるんだろうか。
思ってるんだろうな。

「ふぅん…で、言いたいことってそんだけなのね」
(『あたしの、彼氏』ねぇ…)
そんなことテルに言ったらいいのに。
そもそもテルとあたしの関係は、この子には関係ないじゃん。
あたしはこの場を去ろうとして、何も言わずに彼女から離れようとした。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
追いかけてこようとする。
超うざい。
修羅場なんて、めっちゃやめてほしい。
「そういうことはテルと話しなよ。なんか勘違いしてるんじゃん?」
あたしはそう言って、あとは彼女を無視して去った。


そんなことがあったけど、あたしはテルを問い詰めたりしなかった。
あの子に言われたこと、別にショックなわけじゃなかった。
あぁ、ありそうな話だなって思った。
あいつモテるから。
テルはいいヤツだし、特別な関係でなくなるのは寂しい感じもする。
だけどあたしから離れていくのも仕方がないかもしれない。
テルは相変わらずあたしにメールをくれた。
そのメールを複雑な気持ちで見ながら、テルは何考えてるんだろっても思った。
あたしは特に返信とかしたりしなかった。
同じクラスだから、やっぱりテルの視線を感じた。

言いたいことがあったら直接言えばいいのにって思ってたときに、テルがあたしに声をかけてきた。
「麗佳、ちょっといい?」
痴話げんかっぽい雰囲気が丸出しで、あたしは教室にいるのも恥ずかしかった。
だから放課後に、テルと外で会うことにした。

 
うちの最寄駅で待ち合わせた。
近くに図書館があって、その外にあるベンチに二人で座った。
外はまだかなり暑い。だけどここは日陰だからまだマシだった。
力尽きる前のセミの声がうるさかった。
小学生の集団が、遠くで何かやっているのが見える。

あたしはテルの言葉を待って、黙っていた。
沈黙に耐え兼ねて、テルが口を開く。

「彩が、なんか言ったんだろ?」
(『あや』っていうのね…知らなかった)
「あぁ、…呼び出されたんだけど」
それを聞いてテルがため息をつく。
テルは夏の間ますます日焼けして、制服のシャツが妙に白く見える。

「ごめん…。オレは、麗佳とつきあいたい」
あたしの顔を見ずに言う。
「ごめん。あいつのことは…」
「あのさ」
あたしはテルの言葉を遮った。
「いいよ。テルはさぁ……その、『彩』って子と付き合いなよ」
「麗佳」
テルは困惑した顔であたしを見た。

「なんかこう、ごちゃごちゃするの、イヤなの。うっとうしいの」
「……」
あたしは言葉を続ける。
「だから、…もういいの。ここ何日か考えてたんだけど、いいよ。もう」


「……お前がそう言うのって……オレが浮気したからだけか?」
「……」
一瞬あたしは言葉につまる。
テルは真っ直ぐにあたしを見た。

「違うだろ、麗佳、…他に好きなヤツいるだろ」

「え…?」
テルの意外な言葉に、あたしは驚く。
「なんか、…分かってたよ。…おまえって、結構上の空なんだよな、オレといても」
「……」
テルに気付かれてた。
「そうなんだろ?」
「………」
あたしは返事ができなかった。

(好きな人…)

前髪をかきあげて、テルは立ち上がった。
カバンを持つ、あたしの好きなその手に目がいく。
「…何か振られそうな気がしてたんだよ。ずっと」

だからテルはあの子としちゃったのかも知れない。
テルは、ちょっと怒ったような寂しいようななんとも言えない表情をしていた。
その目つきがやけに色っぽくって、やっぱりコイツは見た目かっこいいなってこんなときにそんな風に考えてしまった。
「…ごめん…」
多分あたしは悪くないのに、なぜかテルに謝っていた。
テルは何も言わずにあたしに背を向けて、ゆっくりと駅の方に歩いていった。


あたしも、悪いのかも知れない…
テルの後ろ姿を、ただ見つめながら考えた。
あたしが、悪いのかも…

確かにテルはあたしのことを好きでいてくれたのかもしれない。
心の中に、急に罪悪感が芽生えてくる。
テルは、気付いてた。
あたしは、気付いてなかった。

あたしは、…好きな人がいる。


――― ずっと先生のことばかり考えてた。


テルがこんな風に去っていったのに、あたしは田崎のことをもう想っている。
自分の気持ちに気が付くと、急に苦しくなってくる。
もしもテルがあたしのことをこんな風に思っていたのなら、あたしはやっぱりテルにひどいことをしてたのかも知れない。



こうなると同じクラスなのは辛い。

テルとあたしは露骨に気まずくなったから、クラスの子にも別れたのはすぐバレた。
さすがに同じクラスの子は、あたしとテルが別れたことを面白おかしくあからさまに噂をしたりすることはなかった。
ただ、やっぱりあの「彩」って子と付き合うってことは聞いた。
みんなは、あたしがテルに振られたと思ってる。
友達もヘンな気を使ってくれたりもしてる。
ホントは違うんだけど、それでいいと思ってた。

夏休みを挟んで、あたしとテルだけじゃなくて教室の人間関係はあちこちで変化していた。

あたしの気持ちは、田崎に向いたまま。
相変わらず日曜日の夜は次の日の授業のことを考えてドキドキしちゃうし、授業中は田崎を見つめたいのに、露骨に見るのもアレかなって感じで悶々としていた。
あたしはただ田崎に会いたかった。


やっぱり先生のことが好きなんだ。

 

ラブで抱きしめよう
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