夢色

9 日常(続き)

   
あたしはウジウジしたまま日々過ごしていて、もう学年が変わって3年になってしまった。


田崎と出会ってから、ずーっと悶々とした毎日になっちゃった気がする。
…だけど、良かったこともある。
あたしは随分とマジメな考え方をするようになったと思う。
それから、田崎にバカにされたくなくって、結構勉強するようになった。
3年になって、大学受験しちゃおうかなって感じになってきた。
「先生」と付き合ったおかげだ。
ただ田崎の授業が受けたかったからというだけで、あたしは選択科目で化学を取っていた。
そのせいか、自分の興味が「理系」に傾いてきた。
でも女子なのに理系大学を目指すってのはどうなのかな。
全然自分らしくない気がするけど。それにかなり難しいし。

田崎のことを考えていつも後ろ向きになってる自分がイヤで、受験勉強マジでやろうかなって今は思ってる。
ああ、もう、大学生活に賭けようかな。

涼子は3年になって、突然1年の男子と付き合いだした。
「絶対この学校では彼氏作らない」って言い切ってたのに。
どういう心境の変化か分からないけど、涼子が「付き合う」って言ってた時点で、ああ、マジなんだなって思った。
彼氏の話をする涼子が、今までに見たことない位、幸せそうだったからだ。
(せっかく二人とも彼氏いなかったのになぁ)って、ちらっと思ってしまったけど、嬉しそうな涼子はほほえましかった。
付き合ってる「太郎くん」は可愛らしい子で、涼子が随分お姉さんに見えてたけど。


あたしは、相変わらずだ。

登校時、下校時、別棟が目に入ると、薬品室で田崎にされた事を思い出す。
でも、それももう2年前のことになる。
当時ショートカットを少し伸ばしてた感じだったあたしの髪は、今では肩よりも長くなっていた。
田崎はあまり変わらないけど、あたしの見た目はちょっと変わった。
確実に、あの頃よりも大人になってる。
先生は、…それに気付いてる?

田崎は担任を持ってから忙しくなって、それと彼の実家がバタバタしてるのが重なってあたしと会う機会がぐっと少なくなってしまった。
2年になってから今まで
あたしは数えられる位しか彼とは会えていない。
(まるで遠距離恋愛だよ…)
あたしの「悶々」は、より一層増えていって、
同じぐらい、…それ以上に、恋しい気持ちも増していった。

時々会う田崎は、前にも増してすごく優しくなってるような気がする。
彼に優しくされると、凄く嬉しくて…そして辛い。


「会いたいなぁ…」
そんなことばっかり考えながら、あたしは放課後の廊下を一人で歩いていた。
階段を下りていくと、上ってくる田崎と偶然出会った。
同じ学校にいるのに、こういうシチュエーションは初めてだった。
あたしはビックリして、顔を見てもすぐには言葉が出てこなかった。
田崎はあたしを見ると、眼鏡を外した。
そして少しあたしに近付く。

「なかなか都合あわなくて、…ごめんな」

田崎があたしの耳元で小さな声で囁く。
そしてすれ違いざま、優しい目で微笑んでくれた。
「先生…」
あたしは何も言えなかった。
田崎はそのまま、階段を上っていった。

そんな風に、学校で言ってもらえると思わなかった。
たったそれだけの事なのに、あたしは涙が出てしまった。
……ダメだ。
やばい。
すごい好きだ。
ちょっとした事で自分がバラバラになってしまいそう。
ホントに、ダメになってしまいそうだった。


3年になってやっと田崎と会えたとき、もう夏になってた。
期末テストも終わって、あたしはなかなか結果が良かった。
特に化学は、今までの全ての教科の中でも自己最高って点数だった。

「今回、頑張ってたな」
田崎が運転しながら言った。
「うん。我ながら今回は良かったよ」
「梶野は、受験組か?」
彼は私をちらっと見る。
「うん…。一応、受けてみようかなって思って。最近成績上がってきたし」
「そうだな…。オレも梶野は受験した方がいいと思うよ。まあ、どっちにしても夏が勝負だな」
珍しく先生と生徒らしい会話。
「先生は、あたしの成績とか担任じゃないのに知ってるの?」
田崎はニヤっと笑う。
「一応リサーチしてるよ」
「あぁ…そぅ…」
先生があたしに興味を持ってくれてるって感じで、なんだか嬉しくなってきて恥ずかしくなってくる。

「田崎先生が担任だったら良かったのに」
あたしはホントにそう思ってた。
いっくら悶々としたって、顔が見れるのと見れないのじゃ全然違う。
おまけに進路相談だって、1対1でできるワケだし…。
「オレが担任になる…ってのは、あり得ないな」
「え、そうなの?そんな振り分ける権限なんて田崎先生にあんの?」
あたしはちょっとビックリして言った。
田崎は落ち着いて答える。
「まあ、多少はな…。担任になんかなったら、オレがやりづらくて困るよ」
「そう?やっぱり…そういうもんなの?」
田崎は普段クールにしてるから、あたしに対して『やりづらい』姿が想像できない。
学校で顔を合わせたって、いっつも平然としてるじゃん。
交差点の長い信号待ち、田崎は右手でサイドブレーキを引いてそのままその手であたしの頬に触る。

「ひいき、しちゃうかもな」

意外な言葉に、あたしは真っ赤になってたと思う。
先生はそんなあたしを見て、嬉しそうに笑った。

 

 

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