ラブで抱きしめよう

16☆ 合格発表

   
涼子ちゃんは待ち合わせの時間より早く来ていた。

膝まである薄い茶色のブーツを履いて、まだ寒いのに結構太ももを出してた。
これから合格発表を見に行くにしては、すごい浮きそうな服装だ。
でも可愛いからいい。
ストレートにしてる髪はダイブ伸びて、もう胸のあたりまであった。
しみじみ、時間が経ってるんだなって思う。

「涼子、早いなぁ」
「だって、もうドキドキしちゃって。合格発表なんて高校の以来だし!」
最寄の駅まで着くと、回りは暗めの色のジャンバーを着てていかにも昨日まで勉強してましたって雰囲気のヤツらばっかりだった。
そんな中で、手を繋いで歩くオレ達の姿は何となく浮いていた。
「うわー。バス、混み混みだよ」
「じゃあ、地下鉄で行こう」
オレ達は一駅地下鉄に乗った。改札口もスゴイ人だった。

「ねえ、何番?太郎くん」
「えーっとな…」
人でごったがえす中、オレ達は前の方へ進んだ。
先に見つけたのは涼子ちゃんだった。
「あー!太郎くんっ!あったみたいだよ!」
「ホントに?」
涼子ちゃんの声があまりに大きくて、周りのヤツらがオレ達を見た。
でも合格だったら、目立っても良かった。
オレも確認すると、ちゃんと番号があった。
第一志望が受かるなんて、マジで奇跡だ!

「もー絶対涼子のおかげだよ!」
オレは嬉しくて涼子ちゃんを抱きしめてしまった。
「えー私何にもしてないよぉ〜…」
オレに強く抱きしめられた胸の中で、涼子ちゃんが笑って言った。


とりあえず、家に電話する。
母親はオレ以上に信じられなかったみたいで、ホントに驚いていた。
だけど凄く喜んでる。
隣にいる涼子ちゃんも喜んでくれてるし、さすがにオレもすっげー嬉しい。
「彼女、連れて帰るから」
オレはそう言って電話を切った。

涼子ちゃんはきょとんとしてオレを見てた。
「今から、オレんち行こう」
「えー、いいの?ホントに?だって、家族でお祝いするんでしょう?」
涼子ちゃんはオレの家に来た事はなかった。
付き合い始めたとき、オレは携帯を持ってなかったから涼子ちゃんとよく家の電話で会話してた。
だからうちの親も涼子ちゃんとオレが付き合ってるって事は知ってた。
涼子ちゃんのお母さんと一緒に車でうちまで送って貰った事はあったけど、何故かきっかけがなくて、今日まで涼子ちゃんはオレの家に来ずにいた。


「うわぁ、…ドキドキしちゃうなぁ。太郎くんち」
「オレもドキドキしてきた」
いつも家までの道、涼子ちゃんと一緒だと全然違うところを歩いているみたいだった。
「なんかさー。私今日まさか太郎くんちに来ると思わなかったからさ、やっぱちょっと派手じゃない?」
「いいよ。可愛いから」
「うーん。…まあ地味な服がないから、しょうがないけど」
途中で話してたんだけど、今日は涼子ちゃんなりに地味にしてきたらしい。
それですごい二人で笑ってしまったんだけど。
「涼子、緊張してるでしょ?」
いつになくぎこちないから、すぐ分かる。
そんな姿、めったに見られないから凄く可愛い。
「うー…。だってさぁ…もー…」

話してるうちに家に着いて、玄関のドアを開ける。
「太郎!おかえり!」
母親がほとんど走って玄関口まで出てくる。
「おめでとう!!まさか合格するとは思わなかったわよ!」
すっごい興奮していた。
オレの肩をバンバン叩いて一通り喜びのアクションをした後、涼子の方へ目をやる。
「こんにちは。まー太郎には勿体無いぐらい可愛い子じゃないのーー」
「はじめまして…。あ、おめでとうございます」
涼子ちゃんはちょっと引いて、でも笑顔で挨拶した。
母親は興奮したまま、涼子をリビングへ連れて行った。


涼子ちゃんとうちの母親は、ずっと世間話をしていた。
女の子どもがいないせいもあって、母親はテンション上がりっぱなしで喋りまくってる。
「まさか合格するなんてねぇー。いやー。これも彼女のおかげかも知れないわねー」
「そんなそんな…」
涼子ちゃんはうちの母親に対しても、結構大人な対応してた。
やっぱり普段接客とかしてるし、もうすぐ社会人なんだなぁって思ってしまう。
そしてそんな彼女もすごく好きだなって思った。

あっという間に夜になって、父親も早く帰ってくる。
祖母も弟も、全員勢ぞろいして改めてお祝いムードになる。
涼子ちゃんはそんなオレの家族の中、ホントに華やかな存在だった。
女の子が一人家にいるだけで、こんなに雰囲気が違うんだなって思う。
オレより2コ下の弟は、涼子ちゃんを見るのが恥ずかしいみたいで始終照れていた。
「涼子ちゃんは飲めるのか?」
「あ…はい」
「涼子ちゃんはもうハタチだし、今日はお祝いだから飲もう!」
父親が涼子ちゃんに頻繁に酒をすすめた。
涼子ちゃんはしまいには父親の隣に座らせられて、ホステス状態でお酌させられてた。
オレは涼子ちゃんがよく飲みに行ったりしてるのは知ってたけど、こんなに強いのは知らなかった。
オレはすごく弱くて、「お祝いだから」って一口飲んだビールでもまずくって全然飲む気にはなれなかった。


「じゃあ、そろそろ失礼します」
すっかり出来上がったうちの父親を振りほどいて、涼子ちゃんは家を出た。
母親はまた遊びに来てね、とやたら涼子ちゃんに言っていた。
涼子ちゃんも「是非…」とか言って、女二人はなぜかすぐに親密になってた。
オレは涼子ちゃんを送る。

オレんちと涼子ちゃんちは電車だと少し遠回りだけど 、ちゃんと彼女の家まで送る。
電車では二人で並んで座った。
「疲れただろ、涼子…」
「ううん。すっごい楽しかった!」
「涼子、いいホステスになりそうーって感じだったよ」
「そうでしょうー?私も時々思うよ」
涼子ちゃんは笑った。結構飲んでるみたいだったのに、全然普通だ。
「涼子お酒強いね」
「うん。…なんか、強いみたいだね」
涼子ちゃんがオレの腕に手を回してくる。
腕を絡めながら、手を握り合う。
「太郎くんの家…賑やかでいいね」
「そうか?うるさいけどなー。特に母親が」
「いいじゃん。なんか、家族って感じでさ」
「うん……まあそれはそうだな」
涼子ちゃんがオレの肩に頭をつける。

「家族って、いいなぁーって思っちゃった。
…なんかちょっと羨ましくなっちゃった」


涼子ちゃんは少しため息をつきながら、言った。
「私、……お母さん大事にしよっと」
「涼子…」
涼子ちゃんちは彼女が小さいときに既に離婚してて、長いこと母子家庭だ。
オレから見たら、母親とあそこまで仲がいいのって逆にスゴイって思ってたけど。
ちょっとしんみりする。
オレは涼子ちゃんの手を強く握った。
涼子ちゃんが顔を上げて、オレを見る。


「今……、涼子にすっごいキスしたい」
「うん、…して」

夜の上りの電車の車内は結構空いていたけど、それでも人はまばらに乗ってた。
だけどオレは涼子ちゃんにそっとキスした。


いつか、…涼子ちゃんをオレの家族にできたらって、今、強く思った。
本気でそう思うからこそ、今は口に出して言えなかった。
ちゃんとしたオレになれたら、…その時、必ず彼女を貰おう。
いつかホントの家族の一人に、…涼子ちゃんになって欲しい。
彼女の全てを、本当に愛してる



涼子ちゃんのマンションの下まで来て、オレは言った。
「今日、…泊まってもいい?」
「うちに?」
涼子ちゃんは驚いてオレを見た。
「うん」
「うちは全然いいけどさ、太郎くんのトコ…いいの?だってバレバレじゃん」
涼子ちゃんが心配してる。
「もう母親に言ってきた。…涼子のとこが良ければだけど」
彼女の顔がみるみる明るくなる。
「えー!うちは全然いいって!ホントに?いいの?」
「一応合格祝いって事でさ」
オレは笑って涼子の手を握って、エレベーターのボタンを押した。


「太郎くん、合格したんだってねー。おめでとう♪」
涼子ちゃんのお母さんは勿論家に帰ってきていて、ニコニコ歓迎してくれた。
「ありがとうございます……今日はお世話になります…」
しかしいつ見ても若い母親だなって思う。
それに涼子ちゃんにそっくりで、めちゃくちゃ美人だ。
オレの勘だけど……絶対彼氏いると思う。

「とりあえず、座って座って♪」
リビングに座らされると、オレの前につまみやら飲み物やらがガンガン運ばれてくる。
「最近、涼子が飲めるから、…うちはこういうの揃ってるのよねー」
涼子ちゃんを見ると、彼女も笑ってた。
「親子で飲むんですか?」
オレは思わず聞いてしまう。
「そうよー。あたしに似て、この子強いから良かったわ♪」
彼女のお母さんが冷蔵庫を開けながら言った。
涼子ちゃんはグラスを出しながら、話に相槌を打ってる。

この親子関係だって、全然悪くはないじゃんってオレは思った。
 

ラブで抱きしめよう
著作権は柚子熊にあります。全ての無断転載を固く禁じます。
Copyrightc 2005-2017YUZUKUMA all rights reserved.
アクセスカウンター