ラブで抱きしめよう |
3☆ 日々 |
横浜の街は好きだけど、駅は大嫌いだ。 なんでこうも、前後左右から人が溢れてくるんだ。 乗換えが入り組んでるせいだってのは分かるけど、それと駅ビルで買い物する客がごっちゃになって益々人の流れが複雑になってる。 須賀とは同じ予備校で、今日は一緒に参考書を買いに行くのに付き合ってもらってる。こいつは帰国子女(男でも子女なのか?)だから、英語の成績は抜群にいい。 先日なんて、スペルミスがなければ満点だった。 1教科でもずば抜けて得意な分野があるのがオレには羨ましい。 「J社が出してるヤツが、いいと思うんだよな。的を得てる※っていうか」 須賀が言った。 オレたちは書店で目的の参考書を探す。 ここは大手だから、大体の書籍は揃ってる。 「おぉ」 予算よりもダイブ安かったので、オレは勿論即買いした。 「だりーよなー。受験。もぉ根性尽きそうだよ」 須賀は本当にダルそうに言う。 根性尽きそうなのはオレも同じだったけど。 「まあ、半年切ったし、浪人だけはしたくないしな」 『浪人だけはしたくない』 って、今年に入って何回言ってるんだろオレ。 「涼子ちゃんと更に学年が離れちゃうもんなぁ」 須賀がオレに突っ込む。 涼子ちゃんは専門学校を来年卒業する。 さすがに「社会人」と「浪人生」じゃ、辛すぎる。 真剣に捨てられるかもって想像したりするから、マジで頑張らないとと思う。 自分の彼女ながらあんなに可愛い人、世の中がほっとくわけがないから。 「あれー?」 須賀が立ち止まる。 オレは前を見ると地下街の人ごみの中、遠くに涼子ちゃんが、いた。 こんなに人がいるのに、涼子ちゃんのキレイさは目立ってる。 「ウワサをすれば…って、ホントだな」 須賀がニヤニヤ笑う。 すぐに涼子ちゃんも気付いたみたいだ。 彼女の隣にはいかにも業界風な男がいた。 「太郎くん!」 驚いた顔で小走りに近付いてくる。 …連れの男はいいのか? 「いや〜ん。すっごい偶然!どうして?」 今日の涼子ちゃんも凄く可愛い。っていうかキレイ。っていうか美しい。 「参考書買いにきてた」 オレはちらっと須賀を見た。 涼子ちゃんもヤツを見る。 「あ、須賀くん!」 須賀は苦笑いする。 「今、気付いた?もー涼子ちゃん視野狭すぎ!」 人の年上の彼女に普通にタメ口で喋る須賀にはちょっとムカつくけど、 まあ付き合いも長いし許してやる。 「涼子は何してんの?」 オレは涼子ちゃんに聞いた。 「あ…」 そこで連れの男を待たせてるのに気付いたらしい。 「まだバイト中なんだよ。今お使いの真っ最中… あーん。終わってたら良かったのにーーー。 今日はさすがに店長の代理で来てるし、ブッチできないよ…」 本当に残念そうに涼子ちゃんは言った。 「でも偶然会えるなんて、すごくない?」 オレは前向きに言った。 「うん、うん♪♪これも運命ってやつ??」 無邪気にオレを見つめてくる目。すっごい愛しくなってくる。 誰もいなかったら、…知り合いがいなかったらここでギュっと抱きしめちゃうとこだ。 須賀が連れの男を見てた。 オレも思わず見てしまう。 どうみても、早く行きたそうオーラが出てた。 「じゃぁ、またね。電話するから」 オレは言った。もっと一緒にいたかったけど、仕方がない。 涼子ちゃんも気がついたみたいで、ちょっとオレの手を触った。 「うん、じゃー、また電話する。またね。」 オレの手を離すと、ちょっと須賀にも笑いかけて離れていった。 バイト関係の男と二人で並んで歩く姿は、なんだかちょっとキマってた。 ファッション関係の空気がバリバリ出てたからだと思う。 涼子ちゃんってそんな感じ、最近すごく似合う。 オレは後ろ姿を見送る。 涼子ちゃんも時々振り返る。 「あーあ。ラブラブなヤツらめ」 須賀に背中を小突かれる。 「ひっさしぶりに見たけど、涼子ちゃん、ますますキレイになったなぁ」 須賀が言葉を続けた。 「彼女ながらオレもそう思う」 オレは答えた。 「なんか、ヤバくねー?あれ、男がほっとかないぞ」 須賀が言った。オレがいつも思ってることを改めて言われる。 「オレも思うよ…。絶対浪人できないだろ?」 「そうだな…。っていうか、未だに付き合ってるっていうのもスゲーと思うけど」 こいつは平気で痛いとこ突いてくる。 「ま、頑張れよ、太郎くん♪」 いやな奴…。 「これ、藤田くんの?」 予備校の休み時間、オレは今日学校で女子から貰った涼子ちゃんが載っている雑誌を下に惹いてちょっとウトウトしてた。 「あぁ、貰ったんだ。学校で」 話し掛けてきたのは、堀内だった。 彼女はお嬢様学校に通っていて、本当は持ち上がりで上にいけるのに外部受験するからって、この予備校に来てる。 ここの制服はカワイイと評判だった。 堀内もよく見ると可愛いけど、第一印象は「おとなしそう」って感じの子だ。 教室の中でもここの制服を着ていなければ、きっとあんまり存在感がないだろう。 「これさぁ、太郎の彼女が載ってるんだぜ」 別に言わなくていいのに、隣に座ってた須賀が言う。 「え〜そうなの?見せて見せて」 元々そんなに人に話し掛ける方じゃない堀内は、誰にでも平気で話し掛ける須賀のおかげでオレらには気安いみたいだ。 須賀が勝手に涼子ちゃんの乗っているページを開く。 「えぇ……、すっごいキレイな人だね…」 堀内は、ずーっと涼子ちゃんを見ていた。 この雑誌に載ってた涼子ちゃんは、本当に可愛く写っていて、オレも情けないんだけどクラスの女子にわざわざ頼んで貰ってきたんだ。 「堀内さん、帰り一緒にお茶しない?」 須賀が言った。 「え?」 堀内はビックリしてる。 「太郎も一緒に行くし、ちょこっとだけ」 困ってるだろ、堀内が。 「ちょっとなら…いいけど」 堀内は雑誌を閉じてオレの側に置くと、自分の席へ戻っていった。 「あんまナンパみたいなことされた事ないんじゃないの、あの子」 オレは須賀に言った。 「まぁな〜。でもさ、F女の子なんて知り合う機会なんてないぞ。 やっぱ友だちの友だちは、友だちだろ?」 下心アリアリ…。 須賀は3年になってから、それまで付き合ってた1コ下の女子と別れてた。 それからは受験もあるからって言って、彼女を作っていない。 外面がいいから結構モテるくせに、軽すぎて同学年の女には警戒されてた。 既に「須賀の元彼女」って女が同級生に何人もいるしな。 飽きっぽいのか、こいつは全然続かない。 だからオレと涼子ちゃんの関係が、全く信じられないみたいだった。 授業が終わって、すぐ近くのドトールでオレらはお茶する。 「何でF女なのに、受験すんの?」 須賀は平気で堀内に聞いた。 「経済学部とか、そういう方に進みたくって…。うちは文学部ばっかりで」 「ふーん」 持ち上がりで上に行けるのに、わざわざ受験するなんてハングリー精神だなぁってオレはちょっと感心する。 おまけに堀内って絶対オレより成績がいい。 大学受験する女子って、大概賢い子が多いよな…。オレより…。 「二人は何処受けるの?」 カップを持つ彼女の手を見てたら、ちっさいなって思った。 そういえば身長も涼子ちゃんよりダイブ低そうだ。 「オレは英文〜。まぁ、英語は楽勝だと思うんだけどな」 自信たっぷりに須賀は言った。 学校の英語の授業中、教科書を読む須賀の発音は凄い。 だからしょっちゅう読まされてるし、英語教師もやりにくそうだった。 「藤田くんは?」 「オレは〜、政治経済系か、文系かなぁ…。 とりあえず入れそうで良さそうなトコならどこでも」 我ながら自分のポリシーのなさに恥ずかしくなる。 そんな感じで受験生っぽい会話をしてその日は別れた。 予備校には週3回と、土日行ってる。 二つ学校に行ってるみたいで、なんだか変な感じだ。 家に帰って部屋に戻って、オレは今日貰った雑誌を開く。 「うーやっぱすげーかわいいー」 今回涼子ちゃんは丸々1ページ載っていて、 結構顔も大きく出ててすっごくいい表情で撮られてた。 しみじみ見てたら、携帯が鳴る。 涼子ちゃんからだ。 すっごいタイムリー。 「今、涼子の写真見てた」 毎日ちょっとずつだけど、こうして会話できる時間が大事だった。 |
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