ラブで抱きしめよう

5☆ 堀内

   
学校が終わって、オレは須賀と一緒に予備校へ向かう。
同じクラスだし、最近はよくツルんでる気がする。
「なー太郎」
「なに」
歩いて学校から駅へと向かっていた。
須賀は最近髪を真っ黒にして、短くした髪をわざとボサボサっぽく立ててた。
相変わらず眼鏡にこだわってるみたいで、フレームの軽いヤツをしてる。
「堀内ってさ、絶対太郎のこと好きだと思うんだけど」
「はぁ?」
全く思ってもなかったから、オレは須賀の発言に驚いた。
「なんだよ、お前気付かないのか?」
「全然」
「はー」
須賀が大袈裟に言う。
「鈍いなーお前。そんなんでよく涼子ちゃんと付き合ってられるな。
涼子ちゃんが勿体無いよ」
「うるさいな。涼子ちゃんは関係ないだろ」
須賀は涼子ちゃんの事を凄く気に入ってる。
あわよくば…とかも思ってたらしいけど、
オレらの関係を見てたらその気もなくなったらしい。
一応プライドのあるヤツだし。
「堀内も、よく見ると可愛い顔してるんだよな。
磨けば光りそうな感じするよ。案外大学デビューするタイプだったりして」
「そうかもな」
オレは適当に答える。
最近、須賀は何かと堀内と話をしていて、時々帰りにオレも含めてお茶したりしていた。

「涼子ちゃんと、会ってんの?」
黒いジャンバーの前を合わせながら須賀が言う。
「ここんとこはあんまり会ってない」
オレはサイフをポケットから出して、定期券を改札口に入れた。
「彼女が可愛すぎるとさぁ、苦労も多そうだよな」
「苦労とかわかんないけど、普通じゃないの?」
電車を待ちながら、ホームで話す。
実際苦労してるとは思ってなかった。
強いていえば勝手な気苦労というか、…それもあくまでオレ自信の気の持ちようだ。

こんな風になかなか会えない今は、涼子ちゃんの顔が見れなくて正直不安になることもある。
だけどそんな不安も、彼女の顔をみるといつもオレってバカだったなと思わされる。涼子ちゃんは一緒にいるとき、オレの事大好きって感じを全身から溢れさせてくれてる。それはすっごい嬉しい事で、そんな涼子ちゃんを見るとオレは益々好きだって思ってしまう。


授業が終る。
「太郎、今日オレ寄るとこあるから、先行っててくれ」
須賀はそう言うと、さっさと教室から出て行った。
最近には珍しく、オレは一人で予備校へ向かう。
予備校に行く途中の道に、バスケットゴールのある屋外のコートがある。
それがオレはいつも気になっていて、体を動かしたくてウズウズしていた。
横を通りすぎようとすると、今日は中学入ったぐらいの子どもたちが何人かでバスケをしていた。
オレは思わず立ち止まってしまう。
金網の間から、寒いのにTシャツ姿で夢中で遊んでるヤツらの姿をじっと見る。
(いいなあ…)
考えてみれば、オレはギリギリまで部活やってたせいで
受験勉強は人より出遅れたスタートになった。
(まあ、しょうがないよな)
オレは予備校へと向かう。
そういえば涼子ちゃんと出会ったのも、部活の時だったっけ。
もう凄く前の事のような気がする。
今、オレにとっては涼子ちゃんは本当に大事な存在だ。

結局その日は須賀は予備校に来なかった。
帰り支度をしていると、堀内から声をかけられる。
「今日は、須賀くんはいないの?」
「あー、知らないけど。なんか用事って言ってたけど」
オレは紺のコートに腕を通す。
「ふぅん…。なんか、色々頼まれてることあって」
堀内は、ちょっと困ったような顔をした。
「あいつ、受験生同士なのにしょうがないヤツだな」
須賀の頼みごとなんて、どうせロクでもないに決まってる。
「藤田くん、明日須賀くんに学校で会うよね?」
「会うよ」
オレは答える。
予備校からの帰宅はみんな早くて、教室からはどんどん人がいなくなっていく。
「ちょっと、藤田くんに話してもいい?
須賀くんに明日言っておいてくれる?」
「いいよ」
オレたちはビルを出て、いつも寄ってるすぐ前の喫茶店に入った。

並んで歩くと、堀内はオレよりもかなり背が低かった。
オレはこの2年でかなり身長が伸びて、今は180に届きそうなぐらいになってる。
『絶対太郎のこと好きだと思うんだけど』
須賀の言葉を思い出す。
ちょっとヘンに意識してしまう。
向かいに座った堀内も、なんだか居心地が悪そうにしていた。
「なに頼まれたの?あいつに」
早速用件を切り出す。
大体オレに彼女がいること、堀内は知ってるし…。
「う、…うん、まず、……コレ、渡して」
堀内はカバンから参考書を出した。
「須賀くんが、文系の分かりやすいやつないかって、
…私、これやってみたけど、…結構良かったから…貸してあげて」
「へー」
オレは参考書を手に取った。
あいつ、ちゃんとマトモなことも話してたんだな。
須賀の要領のよさを改めて思う。オレに言わないところなんか特に。
「なぁ、これ全部やったの?」
結構な厚さのある参考書を見て、オレは言った。
「一応……」
「マジで!…すっげぇなー…。オレ、真剣に焦ってきた」
成績いいヤツがここまでやってるんなら、やっぱりもっと勉強しないとダメだなってつくづく思う。ホントに焦ってくる。
「ちょっと、見ていい?」
「うん…須賀くんが見終わったら、藤田くん使っていいよ」
「ホント?サンキュー」

オレはしばらくパラパラ参考書のページをめくって、ざっと見ていた。
ふと顔を上げると、堀内とまともに視線が合う。
堀内は真っ赤になって、パッと目を反らす。
「そういえば、須賀に他に何かあるんじゃなかったっけ?」
オレは話を振る。
「あ、…そうなの。あのー…、須賀くんが、…セッティングしてくれって」
「はぁ?」
あいつ受験生のくせに、ってオレは結構マジで呆れる。
「うちはさ、…受験ないし、結構クラスの子とか、乗り気な子が多くて
…女子校だし…」
「大丈夫なの?堀内は?」
「うん…、まあたまには気分転換にはいいかなって」
「あぁ、そう、…そうだよな」
なんとなく堀内が須賀の魔の手にかかっていくような気がして、
オレはちょっとイヤな気分になる。
須賀が合コンするメンツって、どんなヤツらなんだよ。
堀内は大人しいし、純情そうだし、…ダメだろう、こういうタイプ汚しちゃあ。
じっと彼女のことを見ていたら、堀内が困った顔になる。
そのとき、カップに伸ばす彼女の指先が震えていることに気付いた。

マジでオレのこと好きなのかも知れない。
そう思うと、こうして二人きりでいるのは凄く間が悪い。

「ふ、…藤田くん、…今日バスケしてるのずっと見てたでしょ」
珍しく堀内から話題を振られた。
「あ…うん。見てた?」
オレが言うと、堀内が慌てて答える。
「あ、み、見てたというか、…私の前を、…藤田くんが歩いてて…」
いや、そういう意味じゃなくて…。
なんかこういう場って、慣れてなくて本当に困る。
「私ね…。中学のとき、バスケ部だったんだ」
「へぇ!意外!どこだったの?」
オレは思わず食いついてしまう。
「ポイントガード」
堀内が言った。
オレはホントにびっくりした。
「マジで?オレもずーっと中学の時から今年部活終るまで、ずっとPGだった」
「えぇ!本当に??」
堀内が目を輝かせてオレを見る。
こういう風に真っ直ぐ見られたのって、今が初めてかも。
「私、意外にもキャプテンだったんだよ」
「うそ?」
全然想像ができない。
堀内の超意外な一面に、オレはホントに驚いた。
「だから私、あのコートの横を通るといつも気になってて…
そしたら藤田くんも、じっとその場所で立ってるから…」
「あぁ…、そうなんだ」
堀内もオレと同じような気持ちで、あの場所を通り過ぎていたのか。
その後、オレは堀内とバスケの話で盛り上ってしまった。
久しぶりにオレこそ気分転換できた気がした。


「ホラ」
オレは須賀の前に参考書を置いた。
須賀は組んだ片方の脚を机の上に乗せている。
脚を組替えて、参考書を手に取った。
「おぉ。堀内からもらった?サンキウ〜」
「お前、ちゃっかりしてるよな」
須賀を見てオレは言った。
「まーな。オレも浪人したくないしな。オレこそ、ただでさえ1個ダブってるしさ」
「お前がダブってるのは留学してたからだろ」
留学か…。オレは未知の世界にちょっと憧れを感じた。
「堀内が合コンしてくれるってよ」
オレは須賀に言った。
「やったぁ。F女♪F女♪」
須賀は参考書を持ったままニヤニヤしてる。
「『太郎くん』も、行く?」
ニヤニヤのまま、須賀はオレに言う。
「行かないよ。そんなヒマがあったら涼子に会うし」
オレは本音で答えた。
「堀内は、お前に来て欲しいと思ってると思うぜ〜」
「……」
昨日の様子じゃぁ、ホントにあいつオレに気があるのかもなって思う。
別にキライってワケじゃ勿論ないけど、特に好きってワケでもない。
「とにかく、オレは行かないから。まぁ、頑張ってくれ」
「うーっす」
須賀から離れかけて、オレは振り返る。
「あぁ、堀内に変なこと教えんなよ!」
「わかんねーよー。教えちゃうかもよー」
相変わらずヤな野郎だ。
オレは笑って自分の席へ戻った。

カバンに入ってる携帯を見ると、涼子ちゃんからメールが来てる。
『今週は会えるね〜♪今から楽しみ♪…』
メールの内容は涼子ちゃんらしくって可愛くって、オレはちょっと和んだ。
早く土曜にならないかって、その日の授業中はそんなことばっかり考えた。

 

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