ベイビィ☆アイラブユー

ラブリーベイベー編 ☆☆ 12 ☆☆

   

いつの間にか、女子ばっかりの学校っていうのにすっかり慣れてたんだな、と思った。
その日の朝の教室は、異様な雰囲気だった。

(み、宮部さん……、目が……)
いつもよりパッチリしていた。
バッチリ上げられた睫毛に、しっかりとマスカラが塗られている。
「…………」
それだけじゃない。
他の女子だって、なんだかいつもより こざっぱりしていた。
それに、教室も女っぽい匂いがする。

「超〜〜ラッキーよね♪堀尾くんと一緒なんて!」

ドキン……
遠くから聞こえたセイちゃんの名前に、思わずビクっとなってしまう。

今日は初めての打ち合わせで、Aグループが女子の方、Bグループが男子の方で集合することになっている。
私たちは、男子が来るのを待つ方だ。
「ああ〜〜緊張しちゃう!」
それはそのとおりで、クラスメート達は度合いが違うにしろ、みんなそれぞれに緊張していた。


「あっ!生駒様だわっ!」

細野さんの声に、みんなが廊下を見た。
ガラス越しに見える廊下に、ぞろぞろと男子が集まっていた。
「きゃあっ、堀尾くん♪♪」
「やっぱりカッコいい〜〜〜〜!」
宮部さんと細野さんが、お互いに顔を見合わせて喜んでいる。

(セイちゃん……)

壁を隔てた廊下に、セイちゃんがいた。
私は照れくさくて、じっと見ていられない。
何よりも、他の女子のテンションが高すぎて、なんだかこっちが恥ずかしかった。
「みんな……すごいね」
萌花ちゃんが私の横に来て、小さい声で言った。
「うん、すごい……」
クラスの雰囲気は、鬼気迫るぐらいだった。
男子は廊下にたむろしたままで、こちらに入ってこようとしない。

そんな中、ガラっとドアを開けた生徒がいた。
みんなの視線が彼に集まる。


「詩音ちゃ〜〜〜ん!」


(ええっ?!)

突然呼ばれた名前に、女子がザワついた。
陸人くんの視線の先をたどって、一斉に私に注目が集まる。
「詩音ちゃん、おんなじグループだったんだ!」
相変わらずの輝くスマイルで、陸人くんはニコニコしながら近づいてくる。
「う、うん……陸人くんも?」
「なんだぁ、メールすれば良かったよ〜〜、だって征爾がさぁ……」

「陸人!」

(セ、セイちゃん………)

セイちゃんが陸人くんを睨んで、自分の方へ手招きしていた。
「……じゃあ、またね!」
陸人くんはニコっと笑うと、私の隣にいた萌花ちゃんにもスーパースマイルを見せ、セイちゃんたちのいる方へ戻っていった。
いつのまにか他の男子も、教室の中に入っていた。

「……うわっ!」

女子の刺すような視線に やっと気付いて、私は思わず声を出して驚いてしまった。
「津田さん……中村くんとお知り合いだったの?」
いつのまにかすぐ側に宮部さんがいた。
「あぁ、まあ……」
「ずいぶん親しそうじゃない?」
かなり不機嫌な宮部さんのずっと後ろ側、陸人くんが私に向かって手を振っていた。
私はそれに対して目で返す。
「………?」
振り返った宮部さんが陸人くんに気付き、みるみる作り笑顔になっていく。
「ま、また後でねっ」
そう言うと友達の方へ戻っていった。

「な、なんか、宮部さん、怖いよね……」
萌花ちゃんがコソっと言う。
「うん……」
「もしかして……あの人が、堀尾くん?」
「違う違う!あれはセイちゃんのお友達の……」
つい“セイちゃん”と言ってしまって、焦る。
だけど萌花ちゃんの様子は普通で、陸人くんの方を見ていた。
「お友達なんだ〜……堀尾くんは、その隣の人?」
「う………」

私はやっとまともにセイちゃんの方を見た。
「そ、そう」
「ほんとだぁ、カッコイイねえ」
萌花ちゃんは感心しながら、のんびりとした口調で言った。
私はすごくドキドキしていて、この場から立ち去りたいぐらいだ。


「今日は初めての顔合わせなので、とりあえず簡単に自己紹介をしたいと思います〜」
女子の委員として選ばれていた深町さんが、この打ち合わせを進行していく。
彼女はクラス一の真面目で、グループ分けをする前から選任されていた。
セイちゃんたちと一緒だということが 前もって分かっていたら、宮部さんのグループの誰かが立候補していたに違いない。

(ハア………)

席について、思わずためいきが出る。
陸人くんに名指しされると思わなかった。
それに、女子一同の目がすごく怖かった。
一気に緊張して、まだドキドキしている。
鉛筆を握ろうとして、手を伸ばした指先が震えていてビックリした。

名前を言うだけの簡単な自己紹介が、男子の方から始まっていた。
セイちゃんたちは後ろの方に座っている。
私は前の方にいたから、セイちゃんとの距離はずいぶんあった。
(セイちゃん………)
気にしないようにしようと思えば思うほど、目が自然とセイちゃんの方へといってしまう。
(だめだめ!)
バカみたいに、一人で余計にドキドキしていた。

「中村陸人です、女子は気軽に声をかけてね〜」
男子もみな緊張しているみたいなのに、陸人くんだけは相変わらず明るく挨拶をした。
「『女子は』、かよ!」
男子の一人が突っ込む。
笑いが起きて、教室の雰囲気が一気に和んだ。
(ムードメーカーなんだなあ、陸人くん……)
陸人くんの挨拶が終わった後、なぜかチラチラと女子の視線が私に向けられた。
(さっきの事、後で何を言われるんだろう…)
ちょっと怖くなってくる。
だけどそんな事より、その次は……。

「堀尾です」

セイちゃんは立ち上がってそれだけ言うと、すぐに座った。
制服姿で同じ教室にいるセイちゃんがすごく新鮮で、家にいるときよりもずっとカッコ良く見えた。

セイちゃんの後に、渋い声で挨拶をする男子。
「生駒孝輔です」
気の強そうな目に、ツンツンしたあの髪型。
彼も、会ったことがあるような気がする。
(たしか、家で……)
陸人くんと、もう一人。
その一人の人だ。
「私は絶対、生駒派!」
細野さんの声が、私の席まで聞こえてくる。
あれがアイドルグループとか言われてる3人かと、初めて納得した。




「よお、お疲れ」
「あっ、おかえりー」
ダイニングでテーブルセッティングをしていたところに、セイちゃんから声をかけられた。
セイちゃんは既にTシャツに着替えていて、今隣にいるセイちゃんは私のよく知っている感じの彼だ。
「……陸人があんな事したから、その後大変じゃなかったか?」
「ああ、まあねぇ……」
解散した後、宮部さんたちの質問攻めにあった。
彼女たちは陸人くんと顔見知りだったのに、陸人くんが自分たちに先に声をかけてくれなかった事を憤慨していた。
私は『ホントにただの知り合いだから』と、彼女たちをなだめるのが大変だった。
「あいつ、軽いからな……悪いヤツじゃないんだけど」
陸人くんをフォローしようとしているセイちゃんが可愛くて、私は笑ってしまう。
「うん、いい人だと思うよ」
ニヤニヤしてる私の様子を見て、セイちゃんは慌ててる。
「…いや、そんなにいいヤツでもないから」
「えー」
「話しかけられても、無視していいから!」
そう言ってセイちゃんも笑った。

こんな風に普通の笑顔を見れるのが、やっぱり嬉しい。
学校であんな風に他人みたいにふるまわないといけない状況だと、どうしていいか分からなくなる。

「今日、おじ様早いって」
「そうかー、オレも手伝う?」
「いいよ、今日はパパもいるし」
二人きりの時、最近のセイちゃんはよく手伝ってくれる。
これはパパには内緒だ。
パパにとってのセイちゃんはやっぱり“堀尾家の息子”で、いつも少し距離を置いていた。
「じゃあ、向こうでテレビ見とく」
セイちゃんはリビングへと行ってしまう。
私はセイちゃんの後ろ姿を見送りながら、改めて大好きだなと思った。




「カフェやるんだったらさ、ハロウィンがよくね?」

一番ヤル気がなさそうに見えた生駒くんの鶴の一声で、このグループの企画が『ハロウィンカフェ』に決定した。
女子の委員の深町さんと、男子の委員でこちらも真面目そうな脇坂君が、その後の段取りを進行していく。

次の日から実際の準備作業に入った。
それぞれがバラバラに行動し始める。
私も席から離れると、しばらくして陸人くんが来た。
チラっと宮部さんたちの方を見ると、やっぱりこっちを見ていた。
(コワいなぁ……)
それでもお構いなしに、陸人くんはにこやかに話しかけてくる。
「えーっと、この前も隣にいたよね?詩音ちゃんのお友達??」
「え、うん、野々村萌花ちゃん」
私は萌花ちゃんの顔を見て言った。
萌花ちゃんは、陸人くんに笑顔を向ける。
「中村くん……だったっけ?」
「そうそう、中村。でも、『陸人』でいいよ」
「じゃあ、詩音ちゃんみたいに、『陸人くん』」
「うんうん!そんな感じで呼んで♪ えーっと、萌花ちゃんは何をするの?」
陸人くんの笑顔がさらに輝く。
普段から相当鈍感な私でも分かるほど、陸人くんが萌花ちゃんを見る目は違ってた。


学祭の準備は誰が何をするという決まりはなくて、『そこにある事をそこにいる人間がする』という感じだった。
成り行きで、陸人くん、萌花ちゃん、私の3人で作業していた。
オレンジの紙と黒い紙に、線を引いて切る。
陸人くんは私に話しかけつつも、話題の中心をうまいこと萌花ちゃんに持っていく。
それはそれはスマートな話術だった。
(すごいなあ、陸人くん……)
前も思ったけれど、この人はものすごくモテるだろう。
萌花ちゃんは陸人くんの猛烈アプローチにも、いまひとつピンときていない様子だった。

陸人くんをすっかり捕まえている私達に、宮部さん達が近づいてくる。

「津田さん、野々村さん、私達も一緒に手伝いましょうか?」
(うわ、作り笑顔だ……)
思わず萌花ちゃんと顔を見合わせた。
「宮部さん、ボクらと一緒にやろうよ!」
彼女の後ろから、他の男子が声をかけてくる。
「えっ」
男子に名指しされたのが嬉しかったのか、宮部さんは喜々として振り返った。
そこには数人の男子がいて、さすがにそこそこのお坊ちゃんといった品のありそうな面々だった。
ちょうど宮部さん達のグループぐらいの人数。
「い、いいけど……」
「じゃあ、こっちこっち!」
爽やかな男子の誘いに、宮部さんは悪い気もしないといった感じで去って行った。

「ふう……」
普段は穏やかな萌花ちゃんだったけど、さすがに宮部さんたちと合流せずにすんでほっとしたみたいだった。
「宮部さんも、色々気がついていい子なんだけど」
陸人くんが言った。
「気がつきすぎちゃうよね」
そして私達を見て、天使のような笑顔になった。
陸人くんの女子に向けるスマイルの威力は計り知れないだろうなと思う。
それに全く動じない萌花ちゃんもすごいけど。

(………)
私は視野の中でできるだけさりげなく、セイちゃんを探した。
(何してるんだろ……)
教室の端っこの方で、生駒くんと話し込んでた。
二人は別格で、女子はなかなか近づきにくいみたいだった。
特に生駒くんはちょっとコワかったし。
セイちゃんが生駒くんに何か見せると、二人は爆笑した。
友達といるセイちゃんを見るのはすごく新鮮だ。

(セイちゃん……)

制服のセイちゃん。
教室にいるセイちゃん。
半袖のシャツから覗く腕はまだ真っ黒で、余計に引き締まった感じに見える。
ちょっと目に掛かった前髪を かき上げる長い指。
話しながら、時々こぼれる笑顔。

「…………」

時間が止まってしまう。
廊下側にいて特に明るいわけでもないのに、彼のまわりは輝いていた。

「詩音ちゃん、見すぎ、見すぎ!」
陸人くんに肩を叩かれて、ハっとする。
「えっ………ええっ?」
事情を知っている萌花ちゃんと陸人くんが、私を見てクスクス笑っていた。
「やだぁ……」
「見とれてた?」
陸人くんが少し小声で言った。
「ち、ちがうもんっ……」
私はハサミを握って、下を向いて紙を切った。
すっごく恥ずかしかった。

どんなに他人のフリをしていたって、私の全てはセイちゃんを気にしている。
こんなに雑多な教室の中でも、私の目にはセイちゃんしか見えない。
早く家に帰りたくて仕方がなかった。
 

 

ラブで抱きしめよう
著作権は柚子熊にあります。全ての無断転載を固く禁じます。
Copyrightc 2005-2017YUZUKUMA all rights reserved.
アクセスカウンター