ベイビィ☆アイラブユー

ラブリーベイベー編 ☆☆ 16 ☆☆

   

「詩音……、うぅ……、し……」


「セイちゃん、セイちゃん!」
「!」

苦しそうな顔のまま、セイちゃんは目を覚ました。
汗びっしょりで、涙まで流している。
「大丈夫?すごくうなされてたよ」
「あ………、ああ、詩音……」

セイちゃんは上半身が裸のまま起き上がると、ベッドに座っていた私をギュっと抱きしめた。

「ああ……はあ……」
「どうしたの?悪い夢でも見た?」
「……うん」

体を離して、セイちゃんは私をじっと見つめてくる。
「あー……詩音…」
手が伸びてきて、私の髪を撫でる。
その手は優しかった。

「どうしたの?どんな夢だったの?すごく苦しそうだったよ」
「うん……すげーイヤな夢すぎて、…あー…夢でよかった」
「??」
「シャワー浴びてくる。そしたら夕飯にしよう」

両手で自分の顔をぬぐうと、もう普段どおりのセイちゃんに戻っていた。
ちょっとにっこりすると、すぐにシャワーを浴びに部屋を出て行ってしまった。
(なんだったんだろう……)
泣きながら私の名前を呼んでいたセイちゃんの表情は、これまで見たことがないぐらい辛そうだった。
心に何か引っかかりながら、私は階段を下りてキッチンへ向かった。


パパが用意してくれていた晩御飯を温めて、私はお皿に移した。
二人きりの夕飯の時は、面倒なので最近はキッチンのテーブルでご飯を食べている。
角を挟んで二人で斜めに座った。
「今度オムライスが食いたいなあ、デミグラスソースで。フワッフワのやつ。詩音、作ってよ」
「う……うん、頑張ってみる」
(オムライスだと、さすがに卵は作らないとダメだよね…あれ、難しいんだよね…)
パパのおかげで、私は普通の高校生よりは料理ができると思う。
でも、プロのパパと比べちゃうと、赤ちゃんと大人ぐらいの差だ。
セイちゃんはいつもパパの料理を食べているから、こうした時々のリクエストはものすごいプレッシャーだった。

「詩音、オレさ」
「なに?」
「来週から、ほとんど毎日家庭教師が来ることになった」
セイちゃんは箸を置いて、コップに手を伸ばす。
「毎日?」
「……そう。今までも時々来てもらってたけどさ、…来週からは水曜と日曜以外全部」
私達の行っている学校は付属高校だ。
普通に進学するのであれば、そんなに勉強する必要はない。
「受験、するの?」
私は聞いた。
「ああ……多分ね。まあ、来年になってどういう選択もできるように、とりあえず…」
「そうなんだ」
「伊藤さんの勤務時間も変えて貰う事になった。もしかしたら家政婦ももう一人ぐらい来てもらうかも」
「…ふうん」
「親父は、詩音に家政婦みたいな事をさせたくないらしいぜ、
あの人はさー、詩音も自分の娘みたいに思ってるから」
(………おじ様…)
セイちゃんのパパは私に優しくしてくれる。
ママはいないけれど、私にとってはパパが二人いるみたいな気になる時もあった。
それでもそんな風に感じるのは時々で、セイちゃんのパパはやっぱり「おじ様」で、うちのパパとは全然違うえらい人なんだなって思う事の方が多いのだけど。

「だから、……あんまり詩音とこんな風に過ごせなくなる」
「あ、そうか……」
ピンときていなかったけれど、確かにそうなるだろう。
今日みたいに夕方から誰もいなくなって、二人きりで過ごすなんて事はほとんどできなくなってしまう。
「水曜だとさ、尊さんいるだろ?」
「うん」
「日曜だと、結構親父がいるだろ?」
「う、うん……」
(ほとんどできない…じゃなくて全然できないかも)
急にへこんできた。

「夜に、部屋抜けて詩音のとこに行きたいよ」
「うん…」
「だって部屋からお前の部屋見えるんだぜ?もう、たまんないんだけど」
セイちゃんは私の頬に触れた。
セイちゃんの目はすごく優しくて、何度見つめられてもドキドキしてしまう。
「一緒にいたいね……いつも」
「オレもだよ」
引き寄せられて、キスした。


私達はいつも近くにいるのに、何かに隔てられている。
パパやおじ様には二人の仲は秘密だ。
ほとんど一緒に住んでいるような状態なのに、二人きりじゃないときはよそよそしくしていなければいけない。
すぐ近くで毎日眠るのに、違う部屋でお互いを想う。
学校でだって、違う校舎にいるけれど、同じ敷地内にいる。
いつだって、近くにいるのに……


「宮部さん、学祭の時にいた男子と付き合うかもって話だよ」
クラスの女子がこっそり私に教えてくれた。
「良かったじゃん、堀尾くんのこと、これからあんまりしつこくされないんじゃない?」
「そうだといいけど……」
学園内にセイちゃんの事が好きな子はすごく多かった。
違うクラスの子も勿論いたし、セイちゃんのすごいところは他の学年にもすごい人気だってことだ。
「あ、萌花ちゃん」
「詩音ちゃーん、今日は天気もいいし久しぶりに上でご飯食べようよ」
フワフワした髪を揺らして、萌花ちゃんはいつもほんわかした空気感たっぷりだ。
「うん」
私達は屋上の人工芝のところへ向かった。

既に場所を取っている子が何人もいて、私達は日が射す端っこへ座った。
「…そういえば、陸人くんとはどうなったの?」
学祭の時、陸人くんは萌花ちゃんに猛烈アタックしていた。
彼の、女の子に対する積極性ってすごいなあと改めて感心したっけ。
いい人だと思うけれど、ちょっと心配だったり…
「あれから毎日、電話かかってくるよ」
「萌花ちゃんの事気に入ってたもんねえ」
「悪い人じゃないと思うけど…優しいし…詩音ちゃんはどう思う?」
「セイちゃんのお友達だし、確かにそんなに悪い人じゃないと思うよ。
それに友達の彼女の友達に、悪いことなんてしないんじゃない?」
自分でも、もっともらしい事言ったなと思った。
「そうだよね……ちょっとゆっくり考えてみる」
「うん、焦らないほうがいいよね」

お昼ごはんを食べながら、私は意を決して萌花ちゃんに打ち明けることにした。
ずっと後ろめたくて、いつか言わなくちゃと思ってたこと。
「ほ、萌花ちゃんっ、私っ」
私はつい大声になってしまったけれど、萌花ちゃんは相変わらずのんびりとしていた。
「なあに?」

「前に……、萌花ちゃん、うちに来たことがあったよね」
「うん、すっごく大きなお屋敷でびっくりしちゃった」
「実は、……、あれ、うちじゃないの」
「??」
萌花ちゃんは訳の分からないと言った顔できょとんとしている。
「あのお屋敷……セイちゃんちなんだ」
「え!堀尾くんちだったの???」
「うん……ごめん。ウソついて」
「??なんでなんで?あのお屋敷が堀尾くんの家で、どうして詩音ちゃんの家だって…」
(急にこんな事言われたら、混乱するよね…)
「うち、…セイちゃんちの隣なの。だから、セイちゃんとも幼馴染で…」
「?でも、どうして?別に詩音ちゃんちに行ったら良かったのに」
「ちょっと複雑で……うち、セイちゃんちの敷地にあるんだ。すっごく小さい、普通の家だし……」
「………」
「萌花ちゃんに……、あ、あきれられちゃうんじゃないかなって思って…その、うちお金持ちじゃないし……」
情けなくなったけれど、半分素直に言えて良かったと思った。
「ご、ごめん、全然わかんない……??」
萌花ちゃんはニコニコしてた。
半年付き合って、今なら萌花ちゃんの性格も分かる。
彼女は全然そんな事気にする人じゃない。
うちが小さくたって、貧乏だって、そんな事をバカにするような人じゃなかった。
そう思うと、私が抱いていたコンプレックスの馬鹿さ加減と自分の器の小ささがイヤになってくる。

「本当にごめんね……。何か格好つけたくて、萌花ちゃんにウソついちゃった」
「ええ?なぁにー?それ?」
萌花ちゃんは笑ってた。
私のコンプレックスなんて全然気付いてない様子だった。
生まれついてのお嬢様で、おっとりと育ってきているのだ。

「じゃあ、また詩音ちゃんちに改めてお邪魔させてもらえる?」
「うん、もちろん……。狭くてビックリしちゃうと思うけど」
「ええー、全然いいよぉ!……そうかー、あのおうちは堀尾くんの家だったのか……やっぱりすごいところに住んでるんだね」
のんびりそう言い放つ萌花ちゃんを見てたら、自分が恐れていた事が本当にバカバカしくなってくる。
「だけど、彼女のお願い聞いておうちを貸してくれるなんて、やっぱり堀尾くんってすごく優しい人なんだね」
「え……、ああ、そう、……そうだね……」
(優しいっていうか……何ていうか…ただのセクハラっていうか…)
思えばあの事が、セイちゃんとこうなるキッカケだったのかも知れない。
思い出すと恥ずかしくなってきた。

あの事は結構最近なのに、もうずっと前のような気がする。
萌花ちゃんのためにセイちゃんのうちを借りたあの頃、まだ私達は付き合っていなかった。
想いを通じ合わせてから、まだ数ヶ月しか経っていない。

それなのに、私はもうセイちゃんから離れられない。
一緒に過ごしていなかったこの何年もの間、私は毎日何をしていたのだろう。
セイちゃんの事が自分の全てすぎて、以前の自分を思い出せない。
もう、セイちゃんのいない自分は考えられなかった。

(セイちゃん……)


好きだという気持ちは不思議だ。
だけど、セイちゃんに対しては「好き」という言葉では当てはまらない色んな感情がある。
兄弟みたいで、家族みたいで…大好きで、誰よりも大切な人で…。

セイちゃんがいつも何をしているか気になって仕方がない。
セイちゃんが今何を考えているのか、私の事を想っていてくれたらいいなとか、そんな事ばかり考えてしまう。
不安だって沢山あったけれど、今は真っ白な気持ちのまま、
セイちゃんと一緒にいられる幸せの真ん中にいたいと思った。


 

ラブで抱きしめよう
著作権は柚子熊にあります。全ての無断転載を固く禁じます。
Copyrightc 2005-2017YUZUKUMA all rights reserved.
アクセスカウンター