ベイビィ☆アイラブユー

ラブリーベイベー編 ☆☆ 2 ☆☆ セイちゃん視点

   
(なんであんなことをしてしまったんだろう…)

あの夜、ホントにヤバかった。
二人きりの部屋で、あんな雰囲気になって…おまけに詩音はすっげー可愛かった。
あんな目でオレを見るなんて、あいつだってある意味ヤバいぜ?
しかし思い起こしてみれば昼間だってガマンできずに、詩音を押し倒してしまったんだった。
一応反省したつもりだったのに、キスしてしまうなんて…

「ああっ、オレは何てバカなんだ!」

あれ以来、というかまだ1日しか経っていないけれど、どう考えても詩音はオレを避けていた。
昨晩はたまたま親父や尊さんがいたから、なんとなく間が誤魔化せたけど…また二人きりになったら、オレはあいつに何て言ったらいいんだ。
考えてもうまい接し方が浮かばなくてオレは悶々とした気持ちのままで、式に間に合うギリギリの時間に学校に着いた。


「おお、征爾。今日もギリギリだな」
体育館に向かおうとしている孝輔がオレの肩を叩いた。
「ぶっちゃけ、遅刻するかと思った」
オレは時間に間に合ったことで内心ほっとしていた。
焦って走ってきて、背中は汗だくだった。
少し前を歩いていた陸人もオレに気付き、歩みを緩めてこちらへ近づいてくる。
「中村!昨日の帰り一緒だった子、誰だよ!」
オレの後ろから、他のクラスの奴が陸人へと叫んだ。
「ははは、ひがむなよ!」
陸人は適当にそいつをあしらうと、普段と変わらない様子でオレと孝輔に話しかけた。

体育館の入り口で、他のヤツが同じように陸人に声をかけてくる。
「なんだよーお前、公然と女子部の子と帰りやがって!」
それに対して、陸人はニヤニヤしつつも黙ったままでいた。

「お前、昨日女子部の子と帰ったのか?」
孝輔があきれた様子で言った。
女子部の子と堂々と一緒に帰るという事は、その子と付き合ってる事を公にする意思表示だ、というのがこの学園では暗黙のルールみたいになってた。
「もう彼女できたのかよ」
陸人が春まで付き合ってた元カノをオレは知っていた。
オレも彼女がいなかったから、どちらが早くできるかなんて話を陸人とはよくしてた。
「彼女じゃないよ、それに征爾のよく知ってる子だよ」
陸人は含んだ笑顔でオレにそう言った。
「オレの…?」
そう言われてもピンと来ない。
「可愛いよなあ、しゃべってみて余計に気にいったよ。あのホワーンとした感じがいいんだよなあ」
「ホワーン??」
オレの知っている女で、それもこの学園の女子で、ホワーン系と言ったら一人しかいない。
「まさか………」
「詩音ちゃんとさ、一緒に帰ったんだよねー。昨日」

「はあっ??」

陸人の口から詩音の名前が出てきて、オレは心底驚いた。
「なんで……なんでだよ?なんでお前が詩音と?」
慌て過ぎて、うまく舌がまわらない。
「心配すんなよー。お前の親戚だって分かってるし、大事にするからさ」
そう言って女殺しと呼ばれている笑顔で陸人はオレを見た。
「だ、大事??」
「今日の放課後も一緒に帰れないかなあ〜。明日から夏休み入っちゃうし、学校じゃ会えなくなるし」
「お、お前っ……なんで詩音と…」
もっと陸人に聞こうと思ったときに体育館の扉が閉まり、一学期の終業式が始まってしまった。



完全に上の空だった式が終わると、オレはトイレにダッシュした。
個室に入ると携帯を出し、すぐに詩音宛てのメールを打つ。
『今日はすぐ帰ってこい。話は家で』
急いでそれだけ入力すると、すぐに送信した。
(オレ、トイレでこそこそ何やってんだ……)
携帯をズボンのポケットに戻し、何事もなかったように教室へ戻る。
陸人に聞きたいことが山ほどあった。
オレはすぐにヤツの席の横の机に座り、言った。
「なんで詩音と学校から一緒に帰ったんだよ?」
普通の顔を作るのに苦労しながら、オレは陸人の様子を伺う。
「んー、説明するとめんどくさいんだけど…。縁があったっていうか?うん、縁だね」
陸人は言いながら自分で納得している。
「なんだよ、それ」
「なあ、詩音ちゃんって彼氏いないんでしょ?普段何してるのかなあ、征爾知ってる?」
悪びれた様子もなく、穏やかな口調で陸人は言った。
「知らねーよ」
それからオレは、詩音のことから話題をそらした。
―― ブルルル…
ポケットの中で携帯が震えた。
多分、詩音の返信だ。


孝輔の誘いも断り、オレはまっすぐ家へ向かった。
詩音に話があるから帰って来いと焦ってメールしたものの、現実のオレたちの状況はあのキスした直後の気まずさをずっと引きずっていたんだった。
(話……、話って……、何て言ったらいいのか…)
自分から言い出しておいて、自分で困っていた。
電車を降りてからはダラダラと歩き色々考えたのに、何も思いつかなかった。

「…………」

家に入ると、冷房が効いていて涼しかった。
重い足取りで、オレは直接リビングへと向かう。
誰もいない涼しい部屋を抜け、キッチンに顔を出す。

「おかえり、征爾くん。お昼食べるだろう?」

そこには尊さんがいた。
「うん、食べます」
緊張して足を踏み入れたオレは気が抜けて、そのまま歩いて冷蔵庫のドアを開けた。
「コーラばっかり飲むと、骨が溶けちゃうぞ」
尊さんはコーラを手にしたオレを見て、突っ込んでくる。
「それ、詩音にもいつも言われます」
「はは、そうか」
楽しそうに笑うと、尊さんはオレに背を向けて調理の続きを再開した。

「詩音は……、帰ってきてます?」
恐る恐るオレは聞いてみた。
「ああ、さっき帰ってきたみたいだけど。もうすぐお昼もできるし……、良かったら征爾くん呼んできてくれないかな」
「はい……」
口実ができたことにオレは内心ホっとした。

カバンをリビングに置いて、詩音の家へと続く短い廊下を抜けた。


物心がついてから、この廊下を越えて詩音の家の方へ入った事は数えられるぐらいしかない。
だからオレはここを歩くとき、いつも緊張してしまう。
今日は特にそうだ。
おとといの晩、ひどい雨と雷の音を聞きながらここを超えた時よりも、ずっと緊張していた。

廊下の突き当たりのドアを開けると、すぐに詩音の方のリビングだ。
静かにドアを開ける。
うちとは違う狭い空間に、うちよりもずっと家庭を感じる匂いがした。
オレは少し迷ったが、一歩その中へ足を入れた。
(呼んで来いって、言ってたよな…)
「はあ……」
呼ばないとまずいよな、と思ってため息をついたその時だった。

「セイちゃん??」

階段から降りてきた詩音が、オレを見て驚いている。
「お、ああ…」
ふいを突かれてオレもかなりビビっていた。
「あの…、タケルさんが、もう昼メシだから…詩音呼んで来てってさ…」
「そっか…………、わざわざありがと」
詩音は膝丈のジーンズの上にピンク系のキャミソールを2枚重ねていた。
肩が出ているだけでも、オレはドキドキしてきてしまう。
あれ以来、二人きりで話すのは初めてだ。
「じゃ……」
オレは曖昧に頷いて、とりあえずこの部屋から出て行こうとした。

「セイちゃんっ」
話は後にしようと思っていたら、詩音が切り出してきた。

「メールで言ってた……、話って、何?」

そう言う詩音の表情は、真剣そのものだった。
「えっと……、あ、後ででもいい?昼、食べたら、とか…」
「セイちゃんがすぐ帰ってこいって言うから」
「……」
「…急いで帰ってきたんだよ?」
その口調に責める感じはなかったが、思いつめた詩音の雰囲気は伝わってきた。
逃げられない、とオレは悟る。
「そうだよな……、え、えっと……」
「………」
「と、とにかく…、この前のことは…、えっと…、ホント、何もしないからとか言ってたのに、…意思が弱いというかなんと言うか…」
オレらしくない言い訳めいた台詞に、自分自身すごく恥ずかしくなってきた。
「と、と、とにかく、気を…、悪くしたんだったら、ごめん」

「……話って……それだけ?」
心なしかそう言う詩音の表情は沈んでいた。
「えー、えーっと……」
何か言わないといけない気がして、それにこんなことが言いたいわけじゃなくて…。
考えたがすぐに言葉が出てこなかった。
「ごめん、やっぱり後で!」
こんなにヘタレてる自分自身がかなり情けなかったが、おかしな事を言い出さないうちにこの場を去りたかった。
オレは詩音に背を向けると、彼女のリビングから出て行った。


(あー、何を言おうか……。そもそもオレは詩音に何が言いたいんだ?)

尊さんの作ったサンドイッチは照り焼きチキンが入っていて、パンも自家製ですごくうまかった。
外で食事をしだすようになってから、尊さんの料理の腕には本当に感心する。
「ごちそうさま、タケルさん、すげーうまかった」
オレは自分の部屋に戻らずに、そのままリビングのソファーに座ってテーブルに足を投げ出した。
リモコンを手にし、テレビをつけてDVDのスイッチを入れた。
「………」
陸人のことを思い出す。
『詩音ちゃん』とか馴れ馴れしく呼びやがって。
陸人と詩音は、ちょっと雰囲気が似ている。
すんなり気が合う、っていうのも癪(シャク)だが頷けた。
(もし、あいつと詩音が付き合ったら……)
胸くそ悪い。
考えたくもなかった。


「セイちゃん?」

DVDが終わろうとしていた頃、詩音がリビングに入ってくる。
時計を見ると2時を過ぎていて、もう1時間ぐらい経っていた。
「タケルさんは?」
「パパは昨日休んだから、今日は早く出て行くって」
「そうか……」
それならここで話せる。
おとといみたいに自分の部屋なんかに詩音を連れ込んだら、やっぱりオレは普通でいられる自信がなかった。
「…座ってもいい?」
「ああ」
詩音のために、オレは端に寄った。
このソファーは3人掛けても余裕があったから、オレと詩音の距離はずいぶんあるように感じた。

「詩音ってさ、…今まで誰とも付き合ったことないの?」
オレは自分でも意外な事を口にした。
「ないよ」
詩音は静かに答えた。

「…………」
「…………」

(で?)
自分で話を振っておいて、収拾が付かなくなってた。
「す、…好きなヤツとかいるの?」
半分ヤケになってオレは言った。
思いついた事をそのまま言葉にしていた。

「……いるよ」

(即答かよ!)
オレは軽くショックを受けて、まさか陸人じゃないだろうなと思い、急に焦ってくる。
「ま、まさか…」
異常にドキドキしていた。
部屋には冷房がガンガン効いているのに、手のひらは汗ぐっしょりだった。
「セイちゃん」
「えっ、何?」
急に名前を呼ばれて、ボケた答えを返してしまう。


「セイちゃんが、好きなの」


(えーーー……!)

「オッ、オレぇ?!」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
顔を上げて詩音を見ると、耳どころか肩まで真っ赤になってた。
「…………」
冷静に考えてみればオレも相当鈍いよなと、後で思った。
 
 

ラブで抱きしめよう
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