ベイビィ☆アイラブユー

ラブリーベイベー編 ☆☆ 6 ☆☆

   

「尊さん、仕事行った……?」

廊下で、セイちゃんに声をかけられる。
「うん、さっき出て行ったよ」
振り返って見上げたセイちゃんの表情は、やっぱりこれまで知っているセイちゃんとはどこか違うような気がした。
「そうか」
「今日は和食がいいだろうって…。私も結構手伝ったんだよ」
セイちゃんは明日からアメリカに行ってしまう。
1ヶ月で帰ってくるんだけど、……だけど、すごく寂しい。
「和食かー、尊さんの和食、楽しみ」
そして私を見てニヤっとする。
「詩音、何作ってくれたの?」
「えーと、……そ、それは夕食のときに!」
パパの手伝いは沢山したけれど、一品全部自分で作ったものはなかった。
私がちょっと困っていると、セイちゃんは優しい笑顔になる。

「おいで」

セイちゃんが私に手を伸ばしてくる。
私がその手に手を重ねると、セイちゃんはギュっと握り返してくれた。


セイちゃんの部屋。
いつもよりもずっときちんと片付いていた。
部屋の隅に、グレーの大きなスーツケースが置いてある。
(行っちゃうんだ…)
私はまたちょっと寂しくなってきた。

「あー!さーむーい!」
冷房が効きすぎていて、私は思わずブルっと首を振ってしまう。
「そうかあ?」
机の上にあったリモコンを手にして、セイちゃんはエアコンの温度を上げる。

「さーてと」

ギューって、セイちゃんに抱きしめられた。
「うっ…、あっ…」
セイちゃんの力が思いのほか強くて、一瞬息が詰まる。
だけどそれもつかの間、私はあっという間にベッドに押し倒されてた。

「んっ…、んん……」

キスされると、だんだん、ぼぅっとしてしまう。
瞳の奥がトロンとなってきて、腕の力が抜けていく。
「ああ……」
気がつくと、もう裸。
私はセイちゃんにされるがまま、あちこちにキスされてる。
ずっと目を閉じていたら、唐突に膝を開かれた。
「えっ…」
いつの間にか、セイちゃんが私の足の間に頭を近づけていた。

「きゃっ…!」

舌が………。
「だっ、だめぇ、……そ、そんなとこっ……あっ」
セイちゃんは私の言葉を無視して、そこに舌を這わせてる。
(あっ、やだぁ……)
体がビクンと震えた。
セイちゃんの柔らかい舌と唇が、私のあんなところに当たっている。
キスされるみたいに、その場所を何度も何度も…。
「あっ、あぁんっ……」
(どうしよう、すごい気持ちいいよぅ…)

溶かされる…………

セイちゃんに触れられると、いつもそう思ってしまう。
こんな風に裸で体を重ねるようになってから、その感じはもっと強くなった。

(ああ…好き……セイちゃん……)


「う、あぁぁんっ…」

セイちゃんが私の中に入ってくる。
自分のものではない固さに、体を割られていく。
(セイちゃん………)
手を伸ばして、セイちゃんの背中を掴む。
セイちゃんの唇が、私の唇に重なる。
「んんっ………、んっ……」
もう、自分の体に何が起きているのか分からなかった。
私は目を閉じて、ひたすらにセイちゃんの温かさを感じた。



「セイちゃん、大好き……」
裸のセイちゃんの胸に頬をつけて、私は思わずつぶやいていた。
「うん、オレも好きだよ」
セイちゃんが私の髪を触りながら答えた。
(あったかい……)
冷房で冷えた部屋の中、セイちゃんと触れている肌が気持ちいい。
(嬉しいな……)
セイちゃんが私のことを、好きって言ってくれるのがすごく嬉しい。
こんな風にエッチするようになって、セイちゃんは前よりもさらっと「好きだ」と口にしてくれる。
「好きー……」
私はセイちゃんに抱きついた。
「んー」
セイちゃんもそれに応えて腕を回してくれる。
しばらく黙って抱きしめてくれて、そしてため息まじりに言った。

「明日、めんどくせえなあ……」
「うん……」
本当は行かないで欲しい。
だけどホームステイは毎年恒例で、私とセイちゃんがこうなったのはその全ての手配が済んだ後のことだ。
行かないで、なんて私が言える立場じゃない。
「詩音、ホントに来ない?」
「……無理だってば…」
(私だって、一緒に行きたいよ)
もし一緒に行けたら……なんて一瞬想像しちゃう自分がいて、すごく空しい。
セイちゃんと二人で、1ヶ月もずっと一緒にいられたらホントにホントに幸せだ。
でも現実は、その逆で。

「なんか、詩音の事、こんなに好きになると思わなかった」

「えっ…」
セイちゃんがつぶやいたその一言に、私は顔を上げた。
「あ、前から好きは好きだぜ?でもなんて言うか……」
セイちゃんの言おうとしていることは分かる。
私に対するセイちゃんの態度は、この一週間ぐらいで激変したと思う。
相変わらず意地悪なことを言ってきたりするのは変わらないけど、そんなときでも今まで以上に優しかった。
目が合うだけで、体の奥へと電気みたいな感覚がキュンと突き抜けてく。
二人の間にある、見えない何かを感じた。
多分、それはセイちゃんも同じなんだと思う。

セイちゃんのことが大好きだと思っていたのに、セイちゃんと時間を過ごす度にもっと好きになってしまう。
とめどないこの想いの果ては、今のところ見えない。

(私も、どんどん好きになってるよ……)

「うん……。なんか分かるよ……」
恥ずかしくて、そう言うのが精一杯だった。
私を見つめてくれるセイちゃんの瞳の奥が切なくて、胸が震えた。
こんな視線を向けられる日が来るなんて。

「セイちゃん、好き………」
「うん……」

自然に触れ合う唇。
キスが深くなっていくと、体がもぞもぞしてしまう。
そんな私の腕を、セイちゃんが押さえる。
私の手首を掴むセイちゃんの手。
指先が、自然に私の手のひらに触れる。
引き合うように、手が重なり合う。
お互いの指を絡め合い、強く握り合う。

私たちは、求め合ってた。





「征爾くん、忘れ物ないか?」
パパがセイちゃんのスーツケースを、白い大理石が敷き詰められた玄関口に出した。
「えーっと、あと今持ってくバッグだけー……、OKっす!」
セイちゃんは肩から大きなバッグを斜めにかけて、パパの後を追って小走りした。
2階まで吹き抜けになっている玄関は、夏の日差しを反射して眩しい。
今日のセイちゃんは朝からバタバタしてて、結局ろくに話もできなかった。
(行っちゃうんだなぁ…)
目を細めて二人の後姿を見ながら、私も玄関から出た。
門の先、パパの四駆が止まってる。
パパがスーツケースを引きずるのを先頭に、私たちは洋風に彩られた庭を抜けて門へと向かった。

「それじゃあな、詩音」
セイちゃんが車のドアを開けながら、私をチラリと見て言った。
「うん、気をつけてね」
パパもいたし、なんて言っていいのか分からなくてそんなことしか言えなかった。
セイちゃんもそれ以上振り返ることもなく、車に乗り込んだ。

私はパパの車が去っていくのを少しだけ見送ると、すぐに家に戻った。

「行っちゃった……」

一人残された広い家の中。
その静けさにセイちゃんの気配がなくて、私はセイちゃんが行ってしまったことをやっと実感した。
「はあ……」
(あっさり行っちゃったなあ……)
でもそれで良かったのかも知れない。
優しい一言なんてかけられたら、泣いちゃったと思う。
私たちが付き合ってるのは、パパには内緒だったし。


バタン!

突然玄関から音がして、私は驚いて立ち上がった。
(えっ……?何……?)
そうかなと思って出て行ったら、やっぱり玄関の入り口にセイちゃんがいた。
オレンジ色のTシャツが、家の中でも目立つ。
セイちゃんの存在感に、私はしばし圧倒されてしまう。
「わ、忘れ物……?」
フイを突かれて、私はオロオロしてした。
「うん、忘れ物」
セイちゃんは靴を履いたまま、そこに立っている。

「何?取ってくるよ?」
「ああ、詩音ちょっとこっち来て」


油断して近づいた私は、セイちゃんに腕を引っ張られた。

「あっ…」

唐突に抱き寄せられて、そして強く抱きしめられた。
「またな、詩音……」
「…………」
ドキドキが、頭のてっぺんまで抜ける。
切なくて胸が潰れそう。
「大好きだよ」
私の耳元で、セイちゃんの小さな声。
(セイちゃん………)


「じゃ!尊さん待たせてるし!」

セイちゃんは私に軽くキスすると、ニコっと笑って去って行った。
「え、えっ…。セ、セイちゃん……」
セイちゃんの行動に全然気持ちがついていかないうちに、セイちゃんは行ってしまった。
「もう……」
私は何も言えなかった。
だけどセイちゃんの一言が、胸の奥にいつまでも響いた。

「もう!セイちゃんのバカ!」

切なくて嬉しくてすごく寂しくて、ガマンしていた涙が溢れてきそうになる。
ジワっと瞳が潤んだその時に、リビングに置いてあった私の携帯電話が鳴った。
「………」
携帯を手に取ると、セイちゃんからメールが来てた。

『お前んちの車いいな。オレも18になったら免許取るぜ!』

本文はそれだけだった。
「何、これ……」
セイちゃんらしくて笑えてくる。
返信しようとメールを打ちかけたら、また受信の表示になった。

『陸人から誘われても絶対付いて行くんじゃねーぞ!!』

時々、陸人くんの事を気にするセイちゃんがちょっと面白かった。
「……行かないよ……」
メッセージを見て、気分が緩んでくる。


飛行機の時間まで、セイちゃんからメールが何度も来た。
そんな風に気にかけてくれるセイちゃんの、精一杯の愛情を感じた。
(セイちゃん……)
さっきしてくれた抱擁のぬくもりが、まだ私の肩に残っていた。
大好きだよと言ってくれたセイちゃんの声が心の中でずっと響いていて、切なくてたまらなくなる。


自分の部屋で携帯を握り締め、ベッドに寝転がった。
すごく嬉しくて、そしてすごく寂しくて、…やっぱり泣けてしまった。
 

 

ラブで抱きしめよう
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