もしかしたらセイちゃんにとっては、こういう事って何でもないことなのかもしれない。
だけど私にとってはセイちゃんがセイちゃんと思えなくなってしまうぐらい、ものすごく大きなことだった。
「………」
二人で食べる夕食。
テレビを点けているからまだ気が紛れた。
「………」
セイちゃんがおもむろに私に視線を投げた。
それだけで私はビクンとしてしまう。
「詩音」
「…………」
私は恥ずかしくてたまらない。
何とか顔を上げると、セイちゃんはニヤニヤしていた。
(完全に、遊ばれてるぅ……)
一人でドキドキしていた。
セイちゃんに見られるだけで、セイちゃんに触られているようなあんな感じが体に甦ってくる。
「こっち、見ないで」
私は手で遮って、セイちゃんの視線を避ける。
「なんでだよ」
「なんででも!」
私は下を向いてセイちゃんの方へと両手をかざした。
見なくても、セイちゃんが笑っているのが分かった。
会いたくないと思っている時ほど、学園でまたセイちゃんを見かけてしまう。
食堂へ繋がる通路の途中で、セイちゃんは他の女の子たちと話をしていた。
「………」
私は萌花ちゃんに隠れるようにして、気付かれないようにその横を通り過ぎようとした。
見ちゃいけないと思っていたのに、つい視線をセイちゃんに向けてしまう。
セイちゃんは家でするみたいに、ニヤーっとして私を見た。
「?」
セイちゃんの横にいた友達の男子が、不思議そうにこちらを見る。
私は真っ赤だったと思う。
急ぎ足でその場を通り過ぎたとき、心臓がバクバクだった。
学園でのセイちゃんは、本当に人気があった。
確かにセイちゃんは格好良いと思う。
そこそこ身長だって高かったし、染めてない黒い髪が無造作に伸びている感じはちょっとお洒落だ。
普段の表情は結構冷たいのに一緒に話をすると途端に崩れるその顔が、一部の女の子からはカワイイと大評判だった。
(あんなこと、する人なのに…みんな知らないから…)
噂によると、セイちゃんは高1の時に年上の彼女と別れて今はフリーだっていうことだった。
そういえば最近は家に女の子を連れて来ることはなかった。
その日は堀尾のおじ様が早く帰ってきて、私もセイちゃんも早々に自分の部屋に戻っていた。
ピロロロロンッ
机の上に置いていた携帯の着メロが鳴る。
「セイちゃん……?」
『起きてたよな?電気点いてるもんな』
「………」
私は窓に寄ってカーテンを開けた。
ちょうど斜め向かいに、セイちゃんの部屋の窓が見える。
セイちゃんも窓際にいて、携帯を手に立っていた。
『見ろよ、外』
携帯電話から声が聞こえて、ガラスの向こうのセイちゃんの唇が動く。
不思議な感じがしながら私はセイちゃんの指差す方、母屋とうちの間から見える空を見た。
(わあ)
外はよく晴れていて、黄色いまあるい満月が出ていた。
本当に月が光っているみたいに、濃紺の夜空にキレイに輝いていた。
「うわー、すごいキレイだね!」
『そうだろ?誰かに言いたくってさー』
電話から聞こえる声がくすぐったくて、私は向こうにいるセイちゃんを見た。
遠いからちょっと視力が悪そうな目をして、セイちゃんもこっちを見てくる。
(セイちゃん…)
ドキドキしてくる。
この距離感が、学園でのセイちゃんを思い出させた。
少し遠いセイちゃんはいつでもみんなの憧れの的で、そして私の目に映る彼もいつしか素敵な男の子になってた。
「お……、おじ様、寝たのかな?」
自分でも変なこと言ったと思う。
ドキドキし過ぎて、細かいことまで考えられなかった。
『なんだよ、詩音こっち来てくれんの?』
最近よくするニヤニヤ顔になって、セイちゃんは突然窓を開けた。
「詩音!」
急いで私も窓を開ける。
「おやすみ!」
セイちゃんは体を伸ばしてそう言うと、ニコっと笑った。
その笑顔は子どもの時からの面影そのまんまで、どうしてだか胸がキュンとしてしまう。
「おやすみっ、セイちゃん!」
私は慌てて答えた。
セイちゃんは笑顔のまま窓を閉じると、もう一度こちらに笑顔を向けてカーテンを閉めた。
「セイちゃん……」
彼の名前を小さい声で呟いて、私はしばらくそのままセイちゃんの窓を見ていた。
月に照らされた中庭は夜でもやっぱり緑が深くて、夜のシンとした風が草の香りを運んだ。
その空気ぐらいに今日のセイちゃんは爽やかだと思った。
静かに窓を閉めて、切れた携帯を机に戻す。
(セイちゃん……)
ここのところずっと、セイちゃんのことを考えただけでドキドキが止まらなかった。
セイちゃんの顔を見るともっとドキドキして、…それだけでもたまらないのに、触れられたりしちゃうと…。
(ああ……私……)
朝から晩まで、自分の頭の中の隙間一杯に、セイちゃんのことばかりになってた。
ずっと好きだったけれど、今はすごく好きになってた。
セイちゃんは私の中で『好きな男の子』から、もっと存在感を増して成長してしまった。
(多分、セイちゃんのこと大好きなんだ……)
さっき「詩音」と呼ばれた時、嬉しくて切なくてすごくドキドキした。
「セイちゃん…」
おやすみと言われたのに、その夜はなかなか眠れなかった。
セイちゃんにあんなことをされてから、2週間が過ぎた。
普段のセイちゃんはいたって普通だった。
やっぱり、私ばかりが赤面したり挙動不審になったりしてる。
そんな私の姿を見て、セイちゃんはいつも可笑しそうに笑いを堪えてた。
いちいち反応するのも悔しかったけれど、どうしても止められなかった。
雨が続いて、やっと晴れた土曜日。
じめじめした空気を吸ったカーテンを洗おうと思い、私は自分の部屋中のものを外した。
堀尾家の方もせめてリビングやキッチンの目立つところは洗いたくて、部屋を見回してはカーテンを取っていく。
「あっ…」
フックを外そうとして手を伸ばしたその先に、手が触れた。
「お前ちっちゃいんだから、オレが取ってやるよ」
「あ、…ありがと」
思いがけず至近距離のセイちゃんに、また私はドキドキしてしまう。
いつか近付いたときの匂いがした。
「ここの全部外したらいいの?」
「うん……ありがとね」
セイちゃんが取ってくれたカーテンのフックを私はモタモタと布地から外していく。
ドキドキしちゃって、手が震えそうになるのを一生懸命抑えた。
「おっせーな、詩音」
セイちゃんは私よりもずっと早く、全部のフックを外した。
私はちょっと頬を膨らましてセイちゃんを睨むと、カーテンを持って洗濯場へ行った。
「なんだかいいい匂いがするなあ」
カーテンを洗ったこと、パパはすぐに気がついて私に声をかけてくれた。
早い夕食を終わらせて、食器を片付けるためにキッチンに二人で立つ。
セイちゃんは仕切られた隣のリビングの大きなテレビで一人映画を見ていた。
堀尾のおじ様は今日は帰って来ない。
「片付け終わったら、仕事に行くから」
「うん、遅いの?」
「帰りは夜中になるけど…今日は1日色んなことしてくれたから、詩音は先に寝なさい」
パパはリビングのセイちゃんに声をかけて、部屋へ戻ってしまった。
私もキッチンの電気を消して、リビングに入った。
「セイちゃん、…じゃあ、私も戻るから」
「あっ、ちょっと待って詩音」
振り向かずテレビを見たまま、セイちゃんは言った。
「えっ……、何?」
思わず身構えてしまう。もうドキドキしていた。
「そんなに警戒するなよ」
セイちゃんは立ち上がった。
「だって、……警戒、するよ……普通」
「ふーん、……じゃあ詩音はイヤだったんだ?」
セイちゃんが近付いてくる。
「イヤとか、……ダ、ダメでしょう?…あんなこと…」
私は一歩後ずさった。
ドキドキは更に大きくなる。
「詩音」
セイちゃんの手が伸びる。
「やあんっ、だめぇっ」
触られてもいないのに、反射的に声を上げてしまう。
その声の響きは、自分でも何だかエッチだと思った。
「おー、いきなりそんな声、出しちゃう?」
セイちゃんは楽しくて仕方がないといった感じで、戸惑う私の手を引っ張ってリビングに連れて行く。
「だめ、だめ……あんなのっ…」
「よぉし、じゃあ、詩音が濡れてなかったら止めてやる」
「何よぅっ、…それっ……」
(濡れてなかったら、って触るのが前提になってるじゃない)
心の中では拒否しようと思ってるのに、私はセイちゃんを拒めない。
ソファーに座らされて、セイちゃんの手がすぐに私のスエットのズボンに入ってきた。
「やだっ……、ダメだってば!」
足を閉じても、隙間には指が入ってしまう。
「すーげー、何にもしてないのにもう濡れてるんですけど」
セイちゃんの指がそこを触ると、私の体の奥にドキドキと一緒に甘い感覚が溢れてくる。
「やんっ…、だめ……ホントに、ダメだってば…」
「ここ、気持ちいいだろ?」
「あんっ!」
セイちゃんが気持ちいいと言った部分をなぞられると、体がビクンとなってしまう。
「お前はホントに反応いいよなあ」
「あっ……ふあぁんっ…」
信じられないような声が、自分から出てた。
「気持ちいい?」
否定できない。
この感じ……。私は感じちゃってるんだ。
思わずコクンと頷いてしまう。
「可愛いなあ…」
耳を舐められた。
(セイちゃん……)
こんなことされてるのに、理性が残る自分までセイちゃんのことが好きだと思ってしまう。
「いやんっ、……やんっ……んんっ……」
「その声、ヤバイって」
セイちゃんの指の動きが速まる。
「はあ、あん、だめぇっ…それ、ダメっ……うあ…はあ、はあっ…」
「詩音…」
セイちゃんの声に、耳がゾクゾクしてしまう。
「はあ、はあ…はあんっ…」
体がもっと先を求めようとして、足の先まで力が入っていく。
経験したことのない感覚が、体の奥に起こってる。
おしっこが出ちゃいそう。
「やんっ…、なんかっ、……へんっ……セイちゃっ……」
セイちゃんの指から、電気が出てるみたいだった。
そこからビクビクが伝わって、腰まで震えてしまう。
一瞬頭が真っ白になった。
「あぅっ……はあ、はあっ…はあ…」
力が抜けるのと同時に、自分からドロンと何かが出てきたのが分かった。
「詩音、イっちゃった?」
「……わ、わかんないけど……」
ガックリとうなだれて、私は完全にセイちゃんに身を委ねていた。
私はセイちゃんに後ろから抱きしめられている。
「はあ……はあ……」
何だかショックで、私は呆然としていた。
「かーわいいなあ、詩音」
セイちゃんはしばらく抱きしめてくれた。
(イっちゃった……って…)
恥ずかしくてたまらないのに、セイちゃんに抱きしめられるのが嬉しかった。
ずっとこうしていたいとさえ、思ってしまった。