ベイビィ☆アイラブユー |
ドキドキ編 ☆☆ 8 ☆☆ |
堀尾のおじ様から連絡があって、私は2階のクローゼットで礼服を探していた。 「あ、これかな…」 シルクの白いネクタイと一緒に掛かっていると言っていたから、多分この服で間違いないだろう。 おじ様はお洒落で、礼服を何枚も持っていた。 それもどれも高価なものばかりだ。 私はスーツを丁寧に抱えて、廊下に出る。 「あれ…」 「あっ、セイちゃん」 セイちゃんが、奥の階段から上がってきた。 「珍しいな、2階で何してんの?」 「えーっと…」 私はおじ様から頼まれたことをかいつまんで話した。 セイちゃんが言うように、私はこのお屋敷の2階にはほとんど来ない。 定期的な掃除は、日中来てくれる家政婦の伊藤さんがしてくれていたし、それにセイちゃんの部屋がこのフロアにあるので何となく私は来づらかった。 「クリーニング出すならさ、オレのも頼んでいい?」 「うん、一緒に持っていくよ」 私はセイちゃんの後について、廊下を進んだ。 ――― ドキドキしてくる。 セイちゃんの部屋に入るのは、もう何年ぶりだか分からないぐらい久しぶりだった。 (うわあ……) 当たり前だけど、男の子の部屋。それに…広い。 ドアから向かって、横に長いこの部屋は、ドア側にくっつけるようにセミダブルのベッドが置いてある。 ベッドからちょうどよく見えるように、うちのリビングにあるものよりもずっと大きなプラズマテレビが配置されていた。 奥の窓は私の部屋側で、角に勉強机があった。 入ってすぐ目の前にある大きな窓からは中庭が見渡せる。 遠くの空に黒い雲が見える。もうすぐ雨が降りそうだ。 「この部屋は景色がいいね」 「でも夏は日が入りすぎて暑いぜーー」 セイちゃんは部屋に入ってすぐ横のウォークインクローゼットで、洋服を探し始める。 その間、私はドキドキしながらセイちゃんの部屋を見回した。 「えーと、とりあえずこんだけ」 冬のジャンバー3枚を、セイちゃんはベッドの隅に投げた。 「今、冬の服ー?」 「出すの忘れてた、っていうか、クリーニングするつもりもそんなになかったんだけど」 セイちゃんはそう言いながら、片手でジャンバーをまとめるともう一方の手で私が持っていた礼服を取り上げた。 「結構かさばるな…、オレが下まで持ってってやるよ。どうせクリーニング屋来るんだろ?」 あんなことをしていても、こうして普通に話している感じが変だなと思う。 それでも、こんな風に普通のひとときがすごく嬉しい。 「うん…ありがと」 やっぱりなんだか恥ずかしくなってきて、私はうつむきながら答えた。 「ちょっと待って」 ドアから出ようとしていたセイちゃんはおもむろに振り向いて、ベッドに服を置いた。 「なぁに?」 セイちゃんが急に戻ってきたから、後ろにいた私とセイちゃんの距離はすごく近くなってしまう。 (えっ………) 軽々と体が移動していて、あっと思ったらもうベッドの上だった。 「…………」 突然のこと過ぎて、一瞬頭が真っ白になってた。 私の胸をセイちゃんの手が直に触った感触で、我に返る。 「やだっ…セイちゃんっ…」 セイちゃんの髪が、私のあごに触れている。 私はセイちゃんを振り解こうとして、両手でセイちゃんの肩を掴んだ。 足をねじって、完全に下になっている自分の体をこの場所から抜こうとした。 それでもセイちゃんはしっかりと私の上に乗っかっていて、ビクともしない。 (やだ……やだ……) ここはセイちゃんの部屋で、ここはベッドの上だ。 完全に押し倒されているこの状況。 このまま身を任せていたら……そうされてしまうだろうっていう事は、鈍い私だって分かる。 セイちゃんが好き。 セイちゃんのことが大好きだったけれど、セイちゃんが私をどう思っているのか分からない。 これまでだって、何だかわけの分からないうちにああいう事になっていたけど、セイちゃんがどういうつもりなのか聞いたことなんてない。 好きだから、こんな風に流されたくなかった。 セイちゃんの一番近くにいる女の子がたまたま私で、ただ欲望のために手を出されているとしたら…そんなのって悲しすぎる。 「いやっ……、セイちゃん、いやっ…やめてぇ…」 懇願するような声になってた。 ふと体が軽くなり、セイちゃんが離れた。 「詩音………?」 私の胸元は完全にはだけていた。 胸があらわにされ乱れたその様子も何だか悲しくて、私はすぐに手でブラジャーを直した。 無意識に、涙がボロボロこぼれていた。 「ごめんっ……、詩音…」 セイちゃんの顔が見れなかった。 私はどうしていいのか分からなくて、急いで起き上がるとそのまま部屋を出た。 (セイちゃんのバカ……!) 階段を駆け下り、敷地を繋ぐ短い廊下を抜けて私は自分の部屋に戻った。 キスもしたことがないのに、こんな風になってしまいたくなかった。 自分の気持ちも告げないで、セイちゃんの気持ちも知らないで、こんな風になし崩しでそうなりたくなかった。 (どういうつもりなのよぅ……) 部屋に戻っても涙が止まらなかった。 それなのにセイちゃんのことが好きで、セイちゃんのそばにいたい。 大好きなセイちゃんと結ばれたらどんなに幸せなんだろうと思う。 こういうのじゃなくって…。 おじ様は今日は帰って来ないし、パパは出てしまって帰宅は遅いはずだった。 今日もセイちゃんと二人きりになってしまう。 静かにキッチンに戻り、私はセイちゃんの夕食を出しておいた。 その後自分のリビングに帰ると、メールで今日は先に食べるからと送信した。 二人でいられる気分じゃなかった。 窓から見える空の気配はどこまでもグレーで、私の気持ちみたいだった。 早い時間に真っ暗になって、雨がポツポツと降り始める。 その後セイちゃんからメールが来て、ごめんって書いてあった。 セイちゃんに悪気がないのは分かるし、今まであんなことがあって多分すごく我慢してるんだろうなとは思ってた。 この家でセイちゃんと二人きりの機会はあまりに多くて、いつかそうなってしまうんじゃないかとも漠然と思っていた。 だけどそうなっちゃいけない気もしてた。 「はあ……」 自分のベッドの上でひざを抱えて、ずっとセイちゃんのことばかり考えていた。 どれぐらい時間が経ったんだろう。 カーテン越しに光を感じると、すぐに大きな音が響いた。 「雷……」 雨足がさっきよりもずっと激しくなり、屋根や外を打つ音がバタバタと部屋まで聞こえる。 (パパは大丈夫かな…) 車で通勤しているパパが心配になる。 台風が来ているのだ。 「きゃっ…」 雷の落ちる音が更に大きくなる。 子どもの頃、隣の公園に雷が落ちたことがあった。 大きな木が真っ二つにされてるのを見たそれ以来、私は雷が大の苦手だ。 (パパにメールしてみよう…) 携帯を手に持ったそのとき、セイちゃんから電話が掛かってきた。 「……もしもし」 なんて言っていいのか分からなくて、私はそれだけ言った。 『…さっきはホントにごめん』 セイちゃんの小さな声。 その声がセイちゃんのくせにすごくか細くて、できることならセイちゃんを抱きしめたいと思ってしまう。 「もう、…いいよ。でも、びっくりしちゃった」 どういうつもりでそうしたか、聞きたかったけどやっぱり聞けない。 ただやりたかっただけだなんて答えられたら、きっとショックで立ち直れなくなりそう。 そんな風には言わないと思うけど…。 『ごめんな…詩音』 セイちゃんに名前を呼ばれるだけでドキドキしてくる。 電話の向こうのセイちゃんを想像して、切なくてたまらなくなってくる。 『雷…、すごいな』 セイちゃんがそう言った瞬間にも、カーテン越しに空が光る。 「うん…パパが心配」 『そうだなあ…、詩音は大丈夫?』 「私?ちょっと怖いけど、私は平気だよ!もう子どもじゃないもん!」 確かに雷は怖かったけど、昔みたいに大騒ぎするほどじゃなかった。 『もう子どもじゃないよな』 そう言うセイちゃんの声にまた、私はドキドキしてしまう。 このまま会話し続けていたら、いつか好きだって言ってしまいそうな気がした。 それぐらい、もう私はセイちゃんが好きでたまらなかった。 『今から、そっち行っていい?』 「え?今?今?だって私もう部屋着だし、だってだって…」 昼間の出来事を思い出して、私は相当動揺した。 『誓ってなんもしないから!な』 「え?え?え?セ、セイちゃ…」 私がモゴモゴしているうちに、セイちゃんの電話は切れていた。 |
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