ベイビィ☆アイラブユー |
ドキドキ編 ☆☆ 9 ☆☆ |
もう子どもじゃないってこと、分かってる。 昔みたいに雷を聞いて震えるぐらい怖い、なんてことなかった。 セイちゃんに触れられると、体が自分じゃないみたいになってとろけてしまいそうになる。 セイちゃんを見るだけでドキドキして、逃げ出したいぐらいの時もある。 私がセイちゃんを見る目が変わったように、セイちゃんの私を見る目も変わってた。 本当は、少しそれに気づいてた。 私は……。 セイちゃんのことが大好きだけど、セイちゃんのことが少し怖い。 ―― トントンッ ノックの音がして、私が返事をしようとするとドアが開いた。 (……セイちゃん……) 胸がギュンって、なる。 私を上目づかいで見るセイちゃんの目が男っぽくって、さっきからドキドキしてるのにもっともっとドキドキしてしまう。 「今日はごめん……ホントに、すげー反省してる」 いつもの明るいセイちゃんと違って、今目の前にいるセイちゃんはしおらしかった。 「……うん」 私は頷くと、自分の机のイスを引っ張って座った。 「ここ、座っていい?」 セイちゃんは私から少し離れたベッドの端を指差した。 セイちゃんの部屋と比べると、私の部屋はずっと狭い。 この部屋の中で離れていても、実際の距離的には2メートルも離れていなかった。 吐く息の音まで聞こえてきそう。 セイちゃんを意識し過ぎて、私の胸はホントに破裂しそうになってた。 ドォンッ 唐突に雷の落ちた大きな音がして、ふいをつかれた私は思わずビクっとしてしまう。 「すげー雨だな…。尊さん大丈夫かな」 「そうだね…」 さっきセイちゃんから電話があったとき、パパにメールしようとしていたんだった。 急にパパが心配になってくる。 「ちょっと電話してもいい?」 「ああ、もちろん」 何度かコールしていると、パパが出てくれた。 「あっ、パパ?大丈夫?すごい雨だけど…」 『詩音の方は?』 雑音とともにパパの声がかすれる。 「こっちは大丈夫だよ。パパの方は?」 パパはここから車で30分程の都心のレストランで働いていた。 『店は今日はもう閉めて…、今、雨がひどいから…何時になるか…、詩音は先に寝てて…』 通話状態が悪くて、パパの声が途切れる。 「分かった。こっちは大丈夫だから、パパも雨の中無理しないでね」 私はハッキリとそれだけ言うと、電話を切った。 「尊さん、大丈夫?」 「うん…。まだお店にいるみたいだけど…、電話がよく聞こえなかった。パパのことだから、無理して帰ってこないと思うけど」 パパと話して、私はさっきよりも落ち着いた。 私のベッドにセイちゃんが座っていることに激しい違和感を感じながら、それでもここにセイちゃんがいてくれることが素直に嬉しいと思った。 「そっか…。まあ、尊さんなら無理しないだろ」 セイちゃんはうちのパパを信頼していた。 「それにしても、詩音の部屋に入るの久しぶり」 「そだね…」 私もセイちゃんの部屋に入ったの久しぶりだったよと思ったけど、昼間のことを蒸し返してしまいそうなので言うのはやめた。 「このベッド、大きくなったな」 セイちゃんが、自分の腰掛けているベッドをポンポンと叩いた。 「えー?」 セイちゃんが知っている頃の私の部屋のベッドはまだ子ども用で、その頃、セイちゃんとはここで毎晩一緒に眠っていたんだった。 「なんだか、ベッドが成長したみたいな言い方」 表現がおかしくて、私は笑ってしまった。 「ははは」 セイちゃんも笑顔になった。 やっぱり笑顔の方がいいし、なんだか安心する。 「おっ、今、すげー光った」 セイちゃんが顔を上げて窓を見た。 「ええっ?ホントに?………きゃっ」 すぐにドカンと大きな音がする。 「今の近そうだな……、詩音、大丈夫?」 「だ、大丈夫だけど…やっぱり雷は苦手だよ〜」 ただでさえセイちゃんと一緒でドキドキしてるのに、突発的に雷が落ちるから今の私の緊張って半端じゃなかった。 雨が落ちる音がバタバタと、しっかり窓を閉めているこの部屋まで響いている。 「…う、うちに落ちたりしないよね?」 「落ちても庭に避雷針があるから大丈夫だろ。それより横の公園の方がヤバイって」 子どもの頃を思い出してセイちゃんは笑う。 そんなセイちゃんは悪戯っ子みたいで可愛かった。 「大丈夫だよね〜?」 「大丈夫だよ」 いつになく優しい声で、セイちゃんは答えてくれた。 セイちゃんに大丈夫と言ってもらえて、とりあえず少し安心する。 やっぱりセイちゃんがいてくれて良かった。 「あっ」 「おー?」 ふっと電気が消えた。 「停電かな?ブレーカーじゃないよな」 「て、停電じゃないかなぁ?」 この部屋は雨戸がないから、カーテンを開けると外が丸見えになる。 都心の空は室内よりも余程明るくて、窓から見える空の明るさで部屋が見渡せた。 「そっか…オレ、ブレーカーの場所知らねえし。詩音、非常用のロウソクとかどこにあるか知ってる?」 「非常用じゃないけど…」 私は机の引き出しから、アロマキャンドルのセットを出した。 窓際でセッティングすると、ライターで火を点ける。 「お前、なんでライターなんて持ってるんだよ?」 「えー?だって何かと使うもん」 「もしかして、お前………」 「?」 私がきょとんとしていると、セイちゃんが手でタバコを吸う真似をした。 「吸うわけないでしょー?庭に出るとき、蚊取り線香点けたりとか!こういうアロマキャンドルやりたい時もあるし…」 「だよなー」 セイちゃんはベッドに座りなおした。 アロマキャンドルを二つ、机の隅に置いた。 それだけで部屋はかなり明るくなる。 オレンジ色の揺れる光と甘い匂いが、部屋を包む。 相変わらず雨の音は室内に響いていた。 「女子って、そういうの好きだよな」 キャンドルを見ながら、セイちゃんが言った。 「うーん、そうかな?」 「なんか、儀式みてえじゃねえ?一人部屋でロウソクなんてさー」 「儀式ー?」 客観的に見たら確かにそうかもと思ったけど、私は思わず唇を尖らせてしまった。 だけど、 一人で見る光と、今二人で見るこの光は全く違うものに思えた。 炎が作る光は、私の胸の鼓動とともに揺らぐような気がした。 この部屋に、セイちゃんがいる。 「………」 「………」 ちょっとした沈黙が棘のように、私の全身を撫でる。 あまりの緊張で、体が固まって指先さえも動かせない。 おもむろにセイちゃんが立ち上がった。 私の心はビクンと震えた。 セイちゃんは窓へと向かった。 さっきよりも私との距離が近くなる。 「オレの部屋が見える」 カーテンを開けて、セイちゃんは窓越しに見える自分の部屋を指した。 「オレの方から見るよりも、こっちから見たほうが近い感じがする」 セイちゃんは目を細める。 「ホント?そうなの」 私も思わず立ち上がり、窓に近づいた。 「うん、近い感じするよ」 「ふーん…」 無意識に隣に並んでしまった。 「…………」 こんな近くで、こんな状況で、セイちゃんと目が合う。 セイちゃんも困ったような顔をしていた。 私は心の中ですごく慌てたけれど、すぐに行動に移せなかった。 セイちゃんから顔をそらすこともできずに、夜空の明るさに照らされたセイちゃんをじっと見てしまった。 (あっ…………) スローモーションみたいに見えた。 セイちゃんの手が、ゆっくりと私の頬に伸びてくる。 目を見ていたセイちゃんの視線が、私の唇へと移った。 少し斜めに、セイちゃんの顔が近づいてくる。 (ああっ………) 唇に、暖かい感触が。 それはすごく柔らかくて、一瞬何が起きたのか分からなかった。 私はしっかりと目を開けていた。 セイちゃんの睫毛が、なんて長いんだろうと思った。 キスされたと気づくまで、何秒かかったんだろう。 「えっ……」 セイちゃんの胸に、私の体は押し付けられていた。 ギュっと、抱きしめられていた。 すごくドキドキして、気を緩めたら目の前が真っ白になりそう。 足がガクガクして立っていられない。 だけどセイチャンにしっかりと抱きしめられていて、私の体は支えられていた。 自分に何が起こったのか、少しずつ現実に気持ちがやっと追いついてきたとき、セイちゃんは私から体を離した。 「ごめん、……なんもしないって言ったのに」 「………………」 私はビックリして、ただセイちゃんを見上げた。 黒い前髪から覗く瞳が切なかった。 「怒るなよ」 そう言うと、セイちゃんは私の肩に手をあてて数歩下がっていく。 「襲っちゃいそうだから、部屋戻る………じゃあな」 呆然と立ち尽くした私を残して、セイちゃんは足早に部屋を出て行ってしまった。 「セイちゃん………」 私はベッドに崩れた。 (キス、された……?) 唇を指先で触ってみる。 確かに、柔らかくて暖かい感触がここにあった。 (セイちゃん………) 今更ながらにドキドキしてきて、指が震えてくる。 「キスされちゃった……」 雷の落ちる音も、うるさすぎる雨の音も、何も耳に入ってこなかった。 光の揺らぐ部屋の天井を見上げたまま、体がベッドに深く深く沈んでしまいそうな気がした。 ――― 嬉しかった。 今まで体に触れられた時とは比べられないぐらい、熱い想いがこみ上げてくる。 「セイちゃん…」 唇から命を注ぎ込まれたみたいに、もっとセイちゃんのことが好きになってしまう。 セイちゃんへの気持ちが体の端から端まで巡って、溢れてしまいそう。 「好き………」 気持ちの代わりに涙がボロボロとこぼれてくる。 セイちゃんがしてくれたキスが、嬉しくてたまらなかった。 ベイビィ★アイラブユー 〜ドキドキ編〜終わり〜 |
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