ビター(夢色続編)

(テル編) ☆☆ 10 ☆☆

   

厚手の黒いジャンバーを羽織って自分の部屋を出た。
黒い服を選ぶとき、オレはいつも結構迷う。
オレの中で「好きな黒」っていうのがあって、その色の違いは微妙だからだ。
11月に入って、やっと普通に上着を着ていられる気温になった。
早い時間から日も暮れて、寒い風の中を堂々と歩く。
オレは夏も好きだけど、冬も同じぐらい好きだ。

麗佳とは相変わらずだった。
普通に会ってたけど、オレは麗佳が田崎とどんな風に付き合ってるのか知らない。
最近は麗佳もオレの前で田崎の事を話題にする事がなくなってきた。
田崎の存在はオレの中でも、そして勿論麗佳の中でも相変わらず大きかったと思うが、
オレはそれを考えないようにしていた。

オレは欲しいモノは手に入れる主義だ。
日常生活でもそうだし、今までだってできるだけそうしてきた。
ある意味ガマン弱いのかもしれないが、それなりに努力する時だってある。

麗佳が、欲しいと思う。

今、オレの一番欲しいものかもしれない。
麗佳と共有できる時間はたとえ少しであっても貴重だった。
だがそれ以上にオレが欲しいのは麗佳の気持ちだ。
そしてオレを好きでいてくれる麗佳と、もっと沢山の時間を過ごしたい。
香里と別れて、オレは毎日一人で眠る。別に一人でいるのがどうこうっていうんじゃないが、やっぱりどうしても考えてしまう。
オレの前で笑ってくれる麗佳。
だけど麗佳にはあいつがいて、そしてその田崎の姿を2年間もほとんど毎日見てたオレはイヤでも色々と想像してしまう。
麗佳と一緒にいるあいつは、オレの知ってる田崎じゃないんだろう。
それなのに、オレの想像は勝手に様々な場面を展開させる。
あいつがオレよりもずっと大人だって事が、無意識のうちにオレ自身のコンプレックスになっていた。


「テルって、何でも似合うね」
駐車場まで歩きながら、麗佳がオレに言った。
「そうか?」
「うん。黒も似合うし…だけどイメージが黒っていうわけじゃなくって、
白いシャツとかも凄い似合うし…。やっぱカッコいい男はいいね!」
麗佳からはよく「カッコいい」とか言われるけど、別にオレはそんな事が言われたいわけじゃない。
カッコ悪いよりはマシだとは思うけど、オレの望む言葉は別にある。
返すうまい言葉も見つからなくて、オレは話を変えた。

「今日、どっか行きたいとこあったんだっけ?」
「うん。あのね、学校の友達がさぁ、郊外のいいお店知ってるって言ってて、でよく聞いたらさ、何とうちの地元でさー。週末は予約が一杯らしいから、平日に行ってみたくて!でも車がないと行けないとこにあるんだよね…」
車の前で、オレはリモコンでキーを開ける。
日常の動作みたいに、オレの車の助手席へ自然に麗佳が滑り込む。
多分どこから見ても、今の麗佳はオレの彼女みたいだと思う。
「学校の向こうにさ、ちょっと小高くなってるトコあったじゃん、そのあたりらしいんだけど」
「じゃ、とりあえずそっち方面に向かうし」

オレは車を出した。
「麗佳、見れたらでいいから、地図見て」
女が地図見られないっていうの、かなりの確率で当たってるってオレは思ってた。運転に向いてるかどうかも、そうだ。
「しつれーだなぁ。分かるってば!地元だし、免許申し込んだし!」
「あぁ、マジで?」
「うん、教習所、春よりも冬の方が空いてるから、今取ろうと思って」
「へー。ガンバレよ」
オレは適当に返事をした。
「免許取ったら、運転させてくれる?」
「えぇ……」
いくら麗佳と言っても…ってオレはちょっと考えた。
「まあ、1回ぐらいなら…」
渋々オレは言った。


道は相変わらず慢性的に渋滞していたが、今日は特にひどかった。
それでもオレは麗佳と、車とか教習所とかの話で盛り上って、結構時間を感じずに運転していた。
都内を出たときは6時過ぎだったのに、麗佳が言ってた店に着いたらもう9時を回ってしまってた。
「ラストオーダーになりますが?」
普段遅くまで営業しているような店ばかり行っているオレは、店員のその説明に内心驚いてしまった。
麗佳が適当に注文をして、店員が行ってしまうとオレは麗佳に言った。
「早いな。閉店って何時だ?」
「お店が閉まるのは10時半みたいだけど、入店は9時半までだったみたい」
「マジで」
「うん。わざわざ来たのに、危なかったね」
麗佳と向かい合う形で座る。
テーブルがちょっと広くって、大人な感じの店だった。
さっきメニューを見たが、郊外にあるせいかそれほど高くはなかった。
麗佳が流行ってるって言ってたのも頷けた。
「お腹すいたでしょ?テル」
笑いながら麗佳が言った。
「まあまあな」
実は麗佳と会う前、部屋でちょっとつまみ食いして来たから今日は割と大丈夫だったが、
そうしてなかったらヤバいとこだった。
オレは腹が減るとちょっと機嫌が悪くなるから。

食事をしながら、麗佳と世間話をする。
やっぱり同級生だし、何だかんだ言ってお互い受験して大学行ってるぐらいだから、色んな感覚も近いものがある。
そして多分麗佳とオレは、最初から結構気が合ってたんじゃないかと思う。
昔付き合ってた時だって、麗佳と一緒にいて会話に困るって事はなかった。
おそらく麗佳もそれは感じていると思う。
それって友達としては勿論いい事なんだろうけど、付き合ってるっていう関係で感性が似ているっていうの、
すごく大事な事なんだなってオレは何人かの女と付き合ってみて、実感として思っていた。
二人で過ごす時間が積もれば積もるほど、オレの中での麗佳の存在は大きくなる。
それは倍増していくように増えてしまう。
目の前にいる麗佳が、オレの彼女じゃない事が不思議に思えるぐらいに。

店を出た時、オレたちは最後の客だった。
明かりが消えた店の門をくぐって、駐車場へと歩く。
来たときは急いでいて気がつかなかったが、ここは少し高い位置にあって、随分遠くの方まで見渡せた。
休日はデートスポットなんだろうなってオレは思う。
「結構、高校から近いよな、ここ」
オレは夜景を見ながら言った。
「そうだよね。ちょうどあの高台を挟んで反対ぐらいの位置だと思うよ。
でも学校から来れる近い道がないね」
「ちょっと、高校の前通ってみる?」
オレは言った。
「あー、いいかも。懐かしいねぇ〜」
オレらは回り道をして、今年の3月まで通ってた高校へ向かった。


「いやー。懐かしいよ〜。久しぶり〜」
麗佳が嬉しそうに言う。
学校の裏側で車を停めて、オレたちは校門の方へ歩いた。
さすがに寒くて、二人の吐く息が白い。
「だけど、何ヶ月か前まで、オレたちって毎日ここに来てたんだぜ」
オレ自身は懐かしい気持ちよりも、何だかまだこっちに間違えて来てしまいそうなぐらい高校生活って『最近』って感じがしていた。
「うーん。でも、もうすごーく前みたい。…最近の事なのにね」
麗佳はちょっと切なげに学校を見ていた。
防犯のために全消灯していない校舎は、外からも非常口がやけに目立って見えた。

「なんか……変わったなぁ…」
オレは麗佳のその表情に、心の中でまた勝手に色々と詮索をしてしまう。

校舎を見上げる麗佳が、すごく可愛くて、すごく好きで、
そんな麗佳を見るとオレはたまらなくなってくる。
冬の夜の空気が妙に澄んで、
オレの目に映る世界だけ、やけにクリアな感じがした。
麗佳が、好きだ。

「麗佳…」
「ん?」
振り返った麗佳を、オレは抱き寄せてた。


「…………」

オレは麗佳にキスした。


その感触のせいで、全身が震えそうになるぐらい動悸が早まる。
オレは麗佳を抱きしめた。

どれ位か分からなかったが暫くただそのままで、麗佳も何も言わなくて、
オレは自分の指先ばかりに無駄に力が入っている事に気付く。
麗佳の耳元で、オレは息を吐いた。

「好きだ、……麗佳」


オレの腕の中の麗佳の体が明らかに固くなる。
「テル……?」
麗佳がオレを困惑した顔で見上げた。
オレは麗佳を見ることができない。
麗佳の口から出た言葉はオレには意外なものだった。

「…テル、……彼女、いるでしょ……?」
「……」
オレはそこで麗佳を見た。
オレは麗佳の体から手を離した。
「…別れたよ」

麗佳の体がオレから離れる。
いつもより少し近い、オレたちの関係を象徴するみたいな微妙な距離感で、オレと麗佳は向き合う。
「うそ……いつ…?」
麗佳が困った顔でオレを見る。
「……つい最近」

オレの言葉を受けて麗佳が少し離れた。
「そうなんだ…」
今度は麗佳がオレの顔を見ない。

オレたちは立ち尽くしてた。
ほんの数秒だったかも知れないが、オレには妙に長く感じられた。
「帰ろうか……」
麗佳が向きを変えた。
オレたちは黙ったまま少し離れた距離で、車の方へ戻った。

 

ラブで抱きしめよう
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