ビター(夢色続編)

(テル編) ☆☆ 11 ☆☆

   

高校1年のとき、オレは麗佳と付き合っていた。
4ヶ月ぐらいで別れたが、その間は普通に彼氏彼女してたと思う。
勿論キスだってしてたし、それ以上の関係だってあった。
だがそんな記憶はハッキリとしてなくて、麗佳の唇の感触とか抱いた感じとか、もうあまり思い出せない。

この前の夜、オレは麗佳にキスした。
ちょっと触れるだけのキスだった。
その後抱きしめたけど、オレははっきりと思い出せない。
久しぶりの麗佳の感触でさえ、オレは自分じゃないみたいに緊張してしまってどんな感じだったかも分からない。
ただ、麗佳にキスして、ただ、自分の気持ちを告白したって事実だけが自分の中に残った。

その日も、その次の日も、オレも麗佳もその事について触れてない。
普段そうそう頻繁にしてるってワケじゃないメールのやりとりだったが、あの夜以来交わしていない。
あれから、あっという間に一週間が経ったような気がする。
長かったような気もした。
毎週火曜日に会うのが当たり前みたいになってて、週が明けてどうしようかと思ってたとこに、麗佳の方からメールが来た。
『この前はありがとう。今日はバイトが終ったら直接家に帰るね』
それだけだった。
オレは麗佳の方からメールが来た事にちょっとほっとして、もう友達に戻れないかもしれないという事を改めて考えてみた。
自分の中に気持ちを押し込めていたらそれで済んだのかと…
実際、オレはもう限界にきつつあったし、麗佳に自分の気持ちを意思表示してしまうのは時間の問題だったなと思う。

学校が終って、オレも真っ直ぐに自分の部屋に戻った。
先週の今日、オレは麗佳にキスした。
一人で部屋にいると、それは全然現実感がなかった。
毎週麗佳と二人で会っていたことさえ、こうして一人でいると夢を見てたような気がしてくる。
それなのに、麗佳と二人で会っている時は一緒にいるのが自然すぎて、
麗佳が側にいるのが当たり前のような感じがしてしまう。


自分の側にいるような気がするのに、手が届かない存在―――

(なんか、しんどいよな……)
マジで惚れてるんだなって、痛感してしまう。
麗佳に相手がいるのが分かってるのに、自分がバカじゃないかって思えてくる。
おまけに付き合ってた彼女にも、気持ちがバレて振られてるし。
浮気がバレるって方が、まだマシだなって思う。
片想いがバレるって、……すごいマヌケな感じだ。
香里が言ってた『オレの寝言』って、何だったんだろう。
凄い恥ずかしい事言ってたんじゃないだろうか。…多分。


「輝良」
学校で、雄吾に声をかけられた。
「おぉ」
「今日、行くだろ?」
今夜はサークルの友人らと飲み会があるんだった。
「行くよ。予定空けてたし、今日は飲むぜ」
オレは雄吾に言った。
「あのさ、輝良」
「何だよ」
雄吾とは学部が一緒で、次の必須授業の教室へ向かった。
ドア側の席の3人がけの場所を二人で占領する。
「有希がさ」
雄吾が言った。この前麗佳と合コンした子だ。もう呼び捨ての関係?
っていうか結局雄吾は有希ちゃんとすぐ付き合う事になったんだっけ。
「あぁ」
「今度4人でゴハンでも食べないかってさ」
「……お前ら二人で行ったらいいじゃん。ラブラブなんだろ」

オレは今ひとつ気乗りしない。
二人のラブラブっぷりを見るのは、何だか今のオレはちょっと辛い。

「まぁ、そう言わずに。
麗佳ちゃんと3人で行くよりも、輝良がいた方がいいからさ」
雄吾が頼むような口調でオレに言ってくる。
「……別に、いいけどさ」
オレは渋々言った。
「輝良、麗佳ちゃんと何かあった?」
「…別に……」
オレはカバンから自分の本を出した。雄吾はオレを見て言った。
「なんか彼女と別れてから、輝良、ちょっと元気なくなったな」
「……それはそうかもな」
オレはちょっと笑ってしまった。
確かに香里と別れたことは唐突でちょっとショックを受けた。
しかしオレがそれ以上に直視できなかった事は、どんどん抑えられなくなっていく麗佳への気持ちだ。
「一人になるとさ、欲しいもんが見えてきちゃうよな」
雄吾が何気なく言った。オレの気持ちを見透かされるような事を言われて、内心オレは焦った。
「まあ、頑張ってみろよ。お前、男から見ても『いい男』なんだしよ」
そう言ってオレをチラっと見てニヤリとしながら、雄吾は眼鏡をかけ直した。


月曜はオレはバイトを入れてるからって言って、必然的に火曜日に4人で会うことになった。
麗佳とはあの日以来2週間ぶりだ。
14日。…今年の夏まであんまり麗佳とは会ってなかったのに、最近の頻度から考えると随分長いこと会ってないような気がする。
学校から雄吾と一緒に待ち合わせの場所に行く間、ガラにもなくオレは緊張してた。
ホント言うと、昨晩からずっとヘンに緊張していた。

待ち合わせ場所、女子大生って感じの二人がそこにいた。
遠目から見てもレベルの高い女だって事がわかる。
「有希!」
雄吾がすぐに有希ちゃんの名前を呼んだ。
有希ちゃんは雄吾を見つけると、すごく可愛らしい笑顔を見せた。
あーラブラブじゃんよって、オレはしみじみ感じる。
本能と反するように、オレの視線はゆっくりと麗佳へ向かう。
麗佳の視線も二人からオレへと流れてくる。

麗佳はオレを見ると、少し優しい目になって笑いかけてきた。
オレはそんな麗佳の表情に拍子抜けする。
(なんだ、結構普通じゃん…)
「よぉ」
近付いて、オレは麗佳に言った。
「うん」
麗佳はちょっと頷いた。
厚手のジャケットを着てる麗佳は少し大人っぽくって、だけどすごく可愛かった。
知らなかったけど、髪の毛も少し切っている。
「テルくん、久しぶり♪」
有希ちゃんがオレを見てニコニコ挨拶してくる。
「今日はごめんね、テルくん忙しそうなのに」
「いいって、忙しくないし」
オレは有希ちゃんに笑いかけたけど、ちょっと麗佳の視線を感じた。
今日は元々この予定が入ってるのが分かってたから、特に麗佳と連絡をとっていなかった。もしも、この予定がなかったら…オレと麗佳はどうしていたんだろう。

自分でも驚くぐらいに、違和感なく麗佳との時間を過ごした。
雄吾たちがいたっていうのも、すごく大きかったと思うけど。
オレたちは文字通り『何事もなかった』みたいだった。
友達と話をするときの麗佳の表情、そして時々オレに向けられる優しい視線、
何よりも喋りはアッサリなのに可愛らしい顔と仕草のギャップが、やっぱりオレの心をグっと掴む。

1秒時間が過ぎていく毎に、オレの中へ麗佳への気持ちが積もる。
オレは普通の顔をしていたけれど、心の中はずっとドキドキだった。

4人の時間はそれなりに盛り上ってあっという間に過ぎていく。
雄吾たちはその後二人で出かけるからと言って、途中で別れた。
オレたちは二人きりになってしまい、オレの緊張感は高まっていく。
「麗佳……」
オレは麗佳に声をかける。
「うん?」
オレを見上げる麗佳は、普通に優しい感じだった。
今までで一番優しさを感じるかもしれない。

なんでなんだ。
オレの、気のせいなんだろうか。
もしかしたら、最後の優しさだったりして。
オレの中でマイナス思考ばかりが勢いを増して働いていく。
「送っていこうか?」
それが自然の流れだと思った。
オレはそれを期待してたわけじゃないが、食事のときは飲まなかった。
「……送ってくれる?」
麗佳はニッコリしてオレを見た。そして足早に駅へ向かう。

そのアッサリした態度に、オレは一人で混乱してた。
もう友達になれないかもって、もしかしたらもう会えないのかもって思ってたとこなのに、その何事もなかったような態度。
オレは麗佳の後ろについて歩く。

流れに任せることにした。


車の中でも、麗佳は普通だった。
オレたちは、この前の夜の事を触らないようにしていた。
ものすごく当り障りのない話をしながら、麗佳の家へと車を走らせる。
オレの方からは、何も切り出せない。


「じゃあね、テル。また……あたしからメールするから」
車から降りた麗佳が、家の前で言った。
「あぁ、じゃあ、またな」
麗佳の視線がオレに絡むのを感じる。
それも、オレの気のせいなのか。
「今日もありがとう…。気をつけてね」
オレも麗佳を見た。アクセルを踏む。

バックミラー越しに、すぐに家に入る麗佳が見えた。
今日の麗佳………。
『普通』っぽく見えたけど、あれが普段の麗佳じゃないって事は分かる。
あいつはすぐ顔とか態度に思ってる事が出るから、逆に凄く不自然な感じがした。

『あたしからメールする』

念を押すように、そう言った麗佳。


もしかしたら、このままお互いに何事もなかった振りをして、
今までのように会ったりする事もできるかもしれない。
その辺が、高校生だった頃の自分との大きな違いだ。

……ホントか?
こんなに好きだと思っているのに、それを押し殺す事ができるのか?
約束の時間の前、バカなほどに緊張したりする自分を、
抑えることができるのか?
体ごと求めてしまう、この衝動を見ない振りできるのか?


だけど。
何よりも、麗佳と会えなくなるっていうのが、オレにとって一番辛い。


顔を見るために、近くに感じたいために、
オレは自分の想いを押し殺して、側にいられるのか……?


正直、分からなかった。
この先の自分も、この先の二人の関係も。
ただハッキリと分かっているのは、
麗佳と会えなくなるのが辛いってこと。
そして、どうしようもなく好きだってこと。



頭の中で何度も同じ事を考えながら、ただ時間は過ぎていった。
結局11月が終って、12月に入ったが、麗佳からの連絡は来ないままだった。
オレの方からは連絡はしなかった。
『うやむやにする』、それが麗佳の選択した答えであるとすれば、
オレはそれに従うしかなかった。
オレの気持ちは伝えた。
あいつはそれを分かってる。
それであいつがとった行動ならば、オレはそれを受け入れるしかない。


12月に入るとライブイベントが増えて、オレは結構忙しく日々を過ごした。
コンサート会場でTシャツとかノベルティグッズを販売したりした。
すっかり客が捌けてから、売れ残った商品を会社のバンに乗せる。
冬だっていうのに、オレはTシャツ姿で汗だくになっていた。全ての作業が終了したときは、もう深夜だった。
会場の外では、興奮が覚めないファンがまだウロウロしていた。
帰る気あんのかよってオレは思いつつ横目で見ながら、車を移動させる。
「テル、お疲れ。もう上がっていいぜ」
先輩がオレに声をかける。
「ういっす。お疲れでした」
電車がなくなるのを予想して、オレは車で来ていた。
車の中に置いてあった関係者用のカードを先輩に返す。
「それじゃ、お先です」
会社関係者に一応挨拶をして、オレは自分の車を会場から出した。
車に置きっ放しにしてあった携帯を見た。メールを着信してた。

見ると、麗佳からだった。

オレはかなり慌てた。
すぐに車を歩道側に寄せて、一旦停車させる。
携帯を開いた。


『お疲れ。来週あたり、会える時間あるかなぁ』

相変わらず字数の少ないメール。
オレはちょっとニヤけてしまう。
遅い時間だったけど、オレは都合の良さそうな日をとりあえず返信した。


麗佳とはあの後、二人で会ってない。
今度会うのが、随分久しぶりな気がする。
『あたしからメールする』
その言葉を受けて、オレからは連絡していなかった。
今度会ったとき、麗佳はオレに何を言ってくるんだろう。

麗佳からメールが来て、そして近々会えるっていう、
さっき少し感じた嬉しさから覚めて、急に現実的な考えになってくる。
車を走らせながら、唐突に不安を感じた。

麗佳は、どうするつもりなんだろう……


何もなかった振りをし続けるのであれば、すぐにでも連絡を取り合えばいい筈だ。
多分、何かしらのオレに対するアクションがあるであろう事を本能的に察する。
オレらしくない…。
不安感ばかりが自分の中へ広がっていく。


オレは今まで見ないようにしてきた現実に、耐えられるのだろうか。
麗佳は、田崎の女だってこと。
そして麗佳は、田崎の事がすごく好きだってこと。
それが変わらない限り、オレが麗佳の事をどう思おうと何が起ころうと、
オレの行動は勝手な一人よがりなものに過ぎないのに。

(そろそろ、現実を見る頃なのかもな……)
さっきまでバイトで疲れてたのに、急激に目が冴えてくる。
ハンドルを握る指先が冷たい。
(まあ、しょうがないよな……)
ハッキリ言われた方がオレのためかも知れない。
そしてこれからのオレと麗佳の事は、もう麗佳に…流れに任せた方がいいのかもしれない。もう、考えてもどうにもならないんだろう。


それから麗佳に会うまでの何日間か、オレにとっては重たく長く感じられた。
6時に約束をした。
オレは待ち合わせ場所まで、車で麗佳を迎えに行った。

車を停めて、先に待っていた麗佳のところへオレは歩いて行った。
麗佳は淡い灰色のコートに白いマフラーをしてる。
その姿は凄く女の子っぽかった。
オレを見つけると、麗佳は笑顔を返してくる。
「テル」
麗佳の顔は相変わらず可愛かったが、そこからは緊張が見てとれた。
「……よお」
オレにも緊張が一気に伝染して、普通にしていられるかどうか自信がなくなる。
外で待ち合わせをしていた。
あたりはもう年末のイルミネーションで飾られていて、やけに街は明るい。
ヘンな緊張感で、オレは口の中が渇いてくる。

「今日、どうする?」
オレは言った。

「どうしようか」

麗佳が睫毛の長い大きな目でオレを見上げた。
視線が少し留まる。
そして前を向いた。

オレの不安な気持ちとは正反対に派手な景色の中、オレたちは歩き出した。

 
〜「ビター」テル編〜終わり〜
〜〜麗佳編へと続く〜〜
 

 

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