香里との関係は、突然に終った。
「テル、…麗佳って、…あの、田崎の麗佳?」
香里がオレの部屋に泊まった日の朝だった。
「……はぁ?」
オレはまだ半分寝惚けてて、香里が何が言いたいのか分からなかった。
香里はオレをうんざりした目で見た。
(そんなキッツイ目で見るなよ…)
「何だよ、朝から…」
ちゃんと香里を見ると、もうキッチリ着替えてた。
「麗佳って…C組だった、顔の可愛い子でしょ?あの、うちの田崎とデキてた子」
その言い方は止めろよってオレは思う。
「麗佳が、なんだよ」
別にオレは麗佳と何もないから、「香里に責められても」って感じだった。
「…テル…」
そこで初めて香里が悲しそうな顔をした。
何だかつられてオレまで胸が傷む。
「あんた、……麗佳の事、好きなんでしょ?」
「はぁっ?」
朝から自分の「彼女」に唐突に思いを見抜かれて、オレは心底焦る。
「な、な、何だよ…何が?」
オレの気持ちは雄吾以外のヤツには誰にも言っていない。
自分としても、麗佳の前で耐えに耐えてたつもりだった。
香里はため息をついた。
「すっごい寝言言ってた…」
「え、え、…何て?」
こう、自分の身に覚えの無い事を言われてもオレは焦るだけだった。
(オレ、何て言った?)
「……、もう、言いたくもない……。
ただ、麗佳の事がすーーっごく好きっていうのは、分かった」
香里の目が潤む。
「………」
オレは釈然としなかった。
「テルはさ、…カッコいいのに、…ちょっとバカなんだよね」
「何だよ、それ…」
オレは麗佳にも「バカ」とか言われてるし、そう言われると結構カンに触った。
「あんたが他の女と浮気してても、…別にそれはその場の事だからって思って、
…まあいいかなって、思おうとしてたけど。
…元々あんたって高校のときからそういう人だったしさ…」
そう言われるとズキっとくる。実際オレは彼女がいてもおかまいなしで他の女にも手を出してた。
そうじゃなくなったのは、麗佳と急接近してからの事だ。
「それにゴチャゴチャ言う女と付き合って、
テルがすぐに「彼女」と別れてるの知ってたし…。あたしはテルと付き合いたかったし…」
「………」
香里は泣きそうになってくる。
「だけど、マジで他の女が好きってなると……ちょっとしんどすぎ」
「香里…」
オレが名前を呼ぶと香里の目から涙が溢れた。
「……お前のこと、キライじゃないよ」
だけどオレはそれ以上言えなかった。
「だけど、…別に好きじゃないでしょう?」
泣いたまま、オレを見て香里は言った。
「……」
オレは言い返せない。
「…前、夜中に出てったの、…あれ、麗佳でしょ?」
「………」
「だって、電話から漏れてた声が、女の声だったもん。
テル、帰ってきてすごくしんどそうな顔してた。
……見てるこっちが辛いぐらいに」
「……」
そこまでバレてて、オレはホントに返す言葉が浮かばない。
「麗佳と付き合うの?」
香里が言う。
「……あいつは田崎と付き合ってるだろ」
オレは自分らしくないぐらい、細い声を出してしまった。
「…………」
香里はオレを見てた。
「…思い出したけどテルって、昔麗佳と付き合ってたよね?」
「………」
オレは黙る。
「あの時って、あんたが麗佳を振ったんじゃないの?」
香里が言った。
オレは自分の指先が冷たくなってくのを感じる。
「違うよ……オレが振られたんだよ」
「………」
香里がティッシュで涙を拭く。
「そんな輝良、見たくない」
香里が立ち上がる。
「香里……」
オレは香里を見上げた。
「もう、…ダメだよ。……一緒にいられないよ…テル」
「香里」
オレも立ち上がる。
香里はもうドアの方へ体を向けていた。
「香里…!」
オレは思わず手を伸ばして、去ろうとする香里の腕を掴んだ。
香里の大きな目がまた潤んでいく。
「……」
香里が首を振った。
茶色い髪が揺れる。
「すっごい好きだよ……。テルのこと…」
オレは香里の言葉が胸に刺さる。
「……だから」
香里が一歩下がる。
オレは手を離してしまう。
「……テルの気持ちが、…分かる…」
涙が零れる前に、香里がドアに手をかけた。
「バイバイ、…輝良…」
こっちを振り返らないで、香里が部屋のドアを閉めた。
さっきまで香里が部屋にいたのに、オレは今一人でベッドに座ってる。
寝耳に水、って、状態…?
まだ起きたばっかりの髪型で体で、オレは呆然としてた。
香里……。
別れるって事だよな?
何か急すぎないか?
…多分、前から何となく分かっていたんだと思う。
もしかしたら、悩ませていたのかもしれない。
オレってひどいヤツだ。
今、改めて思う。ホントに思う。
今まで付き合った「彼女」のこと、全然大事になんてしてなかった。
いつも「適当」って感じで。
自分が本気で人を好きになって初めて分かる。
……なんかオレは間違ってた。
麗佳がこんなオレを振ったっていうの、今になってみて初めて仕方がなかったかもって思った。
あの時だって、適当に他の女に手を出したからだ。
「ホントにバカかも……オレ」
かなり自己嫌悪に襲われる。
なんかバチが当たったのかもな。
これから、誰かと付き合うにしても、付き合う女以外の誰かを好きなまま付き合ったりするなんて、良いわけなかった。
そんな事したら、また香里みたいに傷つけてしまう。
香里のこと、全然嫌いじゃなかったのに。むしろ、一緒にいたかったのに。
麗佳のことがずっと諦めきれないまま、
オレはこのまま彼女も作れないで、ずっと生きてくのか…?
それか遊びだけで、適当に…?
女を好きになる気持ちを知ってしまったのに、「遊び」だけ、なんてもうできるわけがなかった。そんな事をしても虚しいだけだ。
色々、…どうにもならないよな…。
ついさっきまで彼女がいたベッドの上で、
香里の温もりを感じてオレはかなり落ち込んだ。