ビター(夢色続編)

(テル編) ☆☆ 8 ☆☆

   

タクシーの中で麗佳に家へ電話をさせて、オレの部屋へ向かう。
その間もずっと具合が悪そうで、今にも吐くんじゃないかとオレはヒヤヒヤした。

部屋のドアを開けると、すぐに麗佳をベッドの方へ連れて行く。
まさか今日こんなことになるとは思ってなくて、部屋には服とかコンビニの袋とか雑誌とかゴチャゴチャだった。 
とりあえず、麗佳がいられるスペースは確保する。
麗佳は散らかってるオレの部屋の様子なんて全然気にならないぐらい、いっぱいイッパイっぽかった。

「気分ワルーーーーー」
麗佳が布団に突っ伏す。
うわ、マジかよ。
「ちょっと、…トイレ、向こうだから!」
オレは麗佳をトイレに小走りで連れて行く。
とりあえず羽織ってた薄手のジャンバーを脱がす。
麗佳を押し込むと、ドアを急いで閉める。


「………………」
大丈夫かよ。
全然色気なんてねーじゃん。
好きな女を部屋に入れて、二人っきりの夜…。
それは事実だが、……これが現実だ。
麗佳がトイレで粘ってる間に、とりあえず部屋を片付ける。
オレも麗佳と同じだけ飲んでるから、結構気分は良かったが具合が悪いって感じではなかった。
それよりも、オレの感覚で女の子に飲ませてしまった自分を強く反省した。

大分部屋が片付いて、大分経ってから麗佳がトイレから出てくる。
「大丈夫?」
オレは麗佳に声をかけた。
(うわー顔色わりー)
「……おえー」
ベッドに背をつけてオレの隣に座って、麗佳は言った。
「水、飲む?」
オレはペットボトルごと麗佳にボルビックを渡す。
麗佳は受けとって、少しだけ飲む。
「……はー…」
「…………」
オレは麗佳を見守った。
「…ちょっと吐いちゃった」
麗佳は顔に手を当てる。
「気分、マシになった?」
オレは聞いた。
「全然……」
麗佳はベッドに突っ伏す。
「もー寝たら?」
オレは言った。
「……んー…ごめんねぇ…」
それでもこの部屋に入ってきた時よりはマシになってる感じがした。
吐くとちょっと楽になるよな。

麗佳は手を付いてベッドに這い上がると、すぐに横になる。
こういうシチュエーション、普通ならドキドキかもしれないけどこんな状況だからオレも何とも思わなかった。
それ以上にこうしている「自然さ」に、オレは戸惑う。
オレ達って、付き合ってた事があったんだなって改めて思う。

ベッドに寝てる麗佳を見る。
今日は白いジーパンを履いてた。スカートじゃなくて良かったってオレは思う。
さすがに脚を出されたら気になってしまう。
麗佳は少し寝返りをうって、オレの方へ顔を向けて薄目を開ける。
「……テル……」
「…なに…?」
オレはその麗佳の目つきに急にドキドキしてしまう。

「ありがとね……」
眉間に皺を寄せて、麗佳は言った。
「いいって…もう休めよ」
オレは本音で言った。
「……うん……」
麗佳は目を閉じて、自分の腕を顔に乗せた。
「……なんか…」
小さい声で麗佳が言う。
オレはただ麗佳を見た。

「…テルには、……いつも、…思われてるって感じがする…」

「……………」
オレは返す言葉がない。
麗佳はしんどそうな顔をして、寝返りを打ってしまった。



「麗佳……、麗佳」
オレは着替えて家を出る準備をした。
(なかなか起きないな…)
麗佳は苦しそうな表情のまま、眠っている。
その顔がまるでエッチしてる時のようで、オレは昼間からちょっと興奮してくる。
(抱きたい…)
麗佳の寝顔を見ていると、本当に思う。
このまま上に圧し掛かって、寝込みを襲ってしまいたくなる衝動にかられる。
でもさすがにそれはできない。犯罪だし…。
「麗佳…」
オレは麗佳の肩に手をかけた。
触ると、そのままキスしたくなってしまう。
(早く起きてくれよ……)
オレは理性と本能の間で揺れる。
「うん………」
麗佳が薄目を開ける。
その顔がたまらなくて、オレは思わず目を反らしてしまう。

「あ、…テル…」
麗佳はビックリした顔で起き上がる。
「あーーーー、あっ、頭、いたーーーっ」
麗佳は頭を抑えて一瞬身悶えた。
オレはベッドの麗佳の横に背中を向けて座る。
「大丈夫かよ」
悪いけどオレはちょっと笑ってしまった。
「あー…。あ…あたし…」
「昨日の事、覚えてる?」
一応オレは聞いた。
「……うん…すっごい気持ち悪くて…。
テルんち来て…ちょっと吐いて…で寝た?」
「そうそう。ちゃんと覚えてるじゃんよ」
麗佳の記憶があったことに、オレはちょっとホっとする。

「……。ごめんね…テル」
麗佳は顔を上げてオレを見る。
昨日よりはマシだったけど、まだまだ顔色が悪かった。
「何時…?」
麗佳が顔をおさえて言う。
「12時だけど……悪いんだけど、あのさぁ」
「うん」
麗佳は目をこする。
オレは麗佳の方へ体を向けた。
「オレ、学校行ってくるから。お前まだいてもいいからさ」
「え、……あ、あたしも行くよ」
麗佳は起き上がろうとしたが、頭が痛いらしく髪をかきあげた。
「……どう見ても、ムリだろ。…いいよ。ゆっくりしてろよ。
カギ、ここ置いとくし。これスペアキーだから、今度会うとき渡してくれればいいし」
「もう、すぐ行くの?」
麗佳は不安そうな目でオレを見る。
「悪いけど、もう時間ギリギリだし…。オレ、ホントにもう行くから。
適当に休んで、適当に帰ってくれればいいし」
ちょっと弱ってる麗佳も、何だかそそるものがあった。
「うん……。分かった。ホント何から何までごめんね」
麗佳は手をついて起き上がる。
オレは立ち上がった。
「んじゃ、またな。とりあえず、うち出る時オレにメールして。
で、家に着いてもメールしろよ。無理すんなよ」
「……うん…」
なんだかちっさくなってる麗佳を置いて、オレは部屋を出た。
早足で駅へ向かった。


昼からの授業を2コマ受ける。
終ったときはもう4時前で、携帯を見たけどまだ麗佳からのメールはなかった。
オレは麗佳にメールする。
『もしまだ家にいたらオレこれから戻るから、車で送ってやるから待っとけ』
電車に乗ってから、電話すれば良かったって思った。
今日は火曜日でオレは特に予定を入れていない。
香里には昨日飲みに行くって言ってたから、特に連絡もなかった。
自分の最寄駅に着いたときは、もう暗くなり始めていた。
10月の割には、暑い日だった。

自分の鍵で部屋のドアを開ける。
入り口にまだ麗佳の靴があった。
部屋に入ると、麗佳は起きていた。ちゃんと化粧してる。
「おかえりぃー…。改めて昨日はすみませんでした…」
麗佳は神妙な顔でオレに言う。
「もう気分は大丈夫?」
オレは言った。
「うん…テルが出て行ってからちょっと寝ちゃって…。
起きて顔洗おうかなって思ってたら、ちょうどテルのメールが来て」
「とりあえず、顔色も良くなったな、…良かったな」
「うん。…なんか急に治るもんだね…。
でもこんな二日酔いになったの初めて」
オレはカバンを部屋の隅に投げた。
「気をつけろよー…。って言っても、昨日はちょっとオレも悪かった」
「……別に、テルは悪くないって」
麗佳はオレを見て、ちょっと困ったような切ない顔をした。
オレはそんな麗佳を横目で見ながら、入り口に置いてある棚に手を伸ばす。
「もう復活した?」
オレは車の鍵を出した。
「もう大丈夫だよ」
麗佳は笑顔を見せた。
オレの部屋に麗佳がいて、二人っきりだった。
「………」
オレは並んで座る事もできずに、立ったまま話を続けた。
「なあ、じゃあメシ食わない?オレ昼食ってないし、死にそう…」
麗佳はニコっと笑う。
「うん、あたしも調子が良くなったらお腹すいてきちゃった」
麗佳も立ち上がって、オレたちはそのまま部屋を出た。


あのままずっと部屋で二人でいたら、
…オレは普通でいられる自信なんて全然なかった。多分、気持ちを抑えられなかったと思う。
昨晩は麗佳があんな調子だったから、そんな気にもなれなかったけど、
やっぱりオレは麗佳が好きだって、顔を見て話をすると思い知ってしまう。

オレは麗佳が好きだ。

こんな風に一人の女を好きになって、それも長い事片想いしてるなんてオレじゃないみたいだった。
オレの彼女は香里だ。
だけど麗佳と、…「友達」として会ってるつもりでも、心がどんどん引っ張られてしまう。正直、今では四六時中麗佳のことが頭にあった。
オレは香里とこのまま付き合い続けていいのかって思う。
本当は、このまま香里との関係を続けたい。
だけどそれは自分の麗佳への気持ちが報われないからだ。
もし今オレに「彼女」がいなかったら…。
オレはきっと麗佳へ向かってしまう。
だけどそれを抑えるかのように「彼女」を作るっていうの、何か間違っている気がしてくる。


和食の定食屋を選んだ。
食事をしているときも、麗佳はいつもより大人しかった。
「まだ、気分悪い?」
オレは聞いた。
麗佳は箸を置いて、オレを見る。
「……」
ちょっと沈黙があって、オレは麗佳としばらく見詰め合ってしまう。
「…大丈夫。………」
何か言いたそうに、麗佳はオレを見続ける。

「何?」
オレは間に耐え切れずに、つい言ってしまう。
「…ううん、何でもないよ……」
そう言って麗佳は箸を持ち直すと、オレから視線をそらした。

 

ラブで抱きしめよう
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