ビター(夢色続編)

(テル編) ☆☆ 3 ☆☆

   

目覚まし時計を止める。
…なんで10時?
確か8時にセットした筈なのに。
「またかよ…」
1限の必須授業、今日を抜いてあと1回欠席したら落ちる。
一人暮らしってヤバいよな。誰も起こしてくれないっていう状況で、自分がこんなに起きられないと思わなかった。

とりあえず家を出る。
一応見た目に気を使うオレは、一人暮らしでもちゃんとしてる方だと思う。
昨日サークルの友人と飲みすぎて、昼の光が眩しかった。
時間が中途半端だから、どうでもいい3限の授業を受ける。1限と時間枠を交換して欲しいと切に願う。
オレは一番後ろの端の席に座る。教室が広すぎて教師が何を言ってるかよく分からなかったが、眠るつもりだったから別に良かった。
授業が終ると、知らない女が近付いてくる。
「あのー、久保くん」
「なに?」
あー予感がする。
「久保くんってさ、付き合ってる子っていないの?」
こういう事、こういう場所で平気で聞いてくるヤツは大体誰かに頼まれてるパターンだ。
自分が告白しようと思ってるヤツは、絶対こんなところでは言わない。
「オレと付き合いたいの?」
分かっててオレはわざと言う。
「ううん、あたしじゃないけど…」
「頼まれた?」
「そう」
「あんたとだったら付き合ってもいいけど?」
その女の顔がみるみる赤くなる。
こんな事言われたら、何て言うんだろうな。その頼まれたって子に。
「冗談だよ」
オレはその女の背中を叩いて、優しい目で笑って去った。
ここで優しく見るっていうのがポイントだ。
そうじゃないと色々と敵に廻すから。
女ってホントどうでもいい事が大袈裟だから。

もうすぐテストで、夏休みになる。
大学の休みは長い。
オレは一人暮らしになってから、何かと入用で夏はバイト三昧の予定だ。
麗佳とはあれ以来、まだ会っていない。
休みっていうからには、遠距離恋愛を充実させるんだろうか。
遠距離ってことは、絶対泊まりだよな。
想像すると、すっげ嫌になってくる。

今日はたまたまヒマだったから、高校の時から一応付き合ってる彼女と会う。
まだ早い時間だったけど、食事をとる事にした。
「短大生って、毎日学校に行くんだな」
「大学生って、なんでそんなにヒマそうなの」
香里が言う。
こいつとは高校の時同じクラスで、オレが付き合ってる子にうんざりしてた時にタイミングよく近づいてきた。
何か要領のいいヤツで、それにあんまりゴチャゴチャ言わないから珍しく続いていた。それに結構可愛い顔してる。
飲むと運転できないから、オレ達は簡単に食事だけする。
「今日、時間あるんだろ?オレんとこ来る?」
「うん」

部屋に香里を呼んで、そしてセックスする。
オレの好みから言うと、香里はちょっと痩せすぎてる。
本当は触って柔らかい感じが、オレは好きだ。
「テル…、もうだめ…あぁっ…」
「………」
香里がイきそうになるのが分かる。
中がちょっと締まるからだ。
体が細いから中がキツい、ってワケじゃない。
彼女はオレの経験からいっても、普通ってとこだ。
「あぁんっ、…い、…いきそうっ、…あぁぁっ!」
香里が仰け反る。
オレは自分の神経を自分自身にも集中させる。
ゴムをしてすると、確実にイきにくくなる。
香里はつけないとさせてくれない。
まあそれはそれで勿論OKなんだが。
香里の中が更にキツくなる。
彼女に合わせてオレも自分を放出させた。


10時過ぎたから、彼女を車で家まで送る。
実家の親に借金して、納車待ちまでして中古のXトレイルを買った。
絶対欲しかった車だ。オレは凄い満足してる。
香里にはハードすぎるって不評だ。
「車があるだけいいだろう」
オレは言った。
「それはそうだけど〜。まぁ、テルには合ってる感じするけどね」
246を通って、彼女の家に向かう。
香里の家のあたりは路上駐車しにくい。
家のギリギリ前まで送ってやって、オレはハザードを点ける。
「じゃ、テル、またね♪帰り気をつけてね♪」
「おう、じゃーな」
オレはすぐに車を出した。
香里のことは勿論キライじゃない。
『彼女』っていう立場に置いておいても、全然違和感はない。

この道をもっと行けば、麗佳の家の方へ向かう。
車で行ったことはないから、実際の道はよく分からないが大体の方向は把握してる。
オレの頭の奥に、いつも麗佳が見え隠れする。
バカだと自分でも思う。
だけど好きだっていうのは、理屈じゃないんだなって思う。
もうどうしようもなかった。
自分の中の麗佳の影を、見ないように見ないようにしてオレは毎日を過ごしてる。
だけど会いたくて仕方がなかった。
本当は、…実物の麗佳に。


8月に入るとすぐに麗佳からメールが来た。
『この前のお礼も兼ねて、今週とかヒマな日ある?』
こいつは女のくせに“用件だけメール”だ。
女でこういうタイプって珍しい。
オレは麗佳からメールが来て、自然と浮き足立つ。
週末、家に帰ろうかと思ってたけど急遽ヤメだ。


「この前はありがとう」
またも女っぽい店に連れらて来られた。
この店は奥にカウンターがあるっていう変則的な作りで、
そこに麗佳と並んで座れた。
香里はオレがバイトしまくってるのを知ってるから、高い店には絶対に行かない。そういうとこ、よく気がつくやつなんだ。
「その後、どうなった?」
オレは聞いた。
「えー?なんか質問責めにあったよ」
麗佳は今日も白っぽい服を着てる。
それが真っ白な肌の色と合ってて、余計にキレイさが引き立つ。
「でも、テルのおかげで大丈夫。その人からはもう何も言われなくなったよ」
「良かったじゃん」
オレはメニューをしみじみと見て店員を呼び止める。
「あー、すみません。
この鳥の中華風何とかってやつと、おこわごはんと〜…」
店員がオーダーを取って去っていくと、麗佳が笑ってる。
「やっぱ相変わらずすっごい食べるよね、テル」
「そうか?…そうかもな」
それはオレがよく指摘される事の一つだ。
「いきなりゴハン系、頼む〜?まぁテルらしいけどさ」
結構ウケてる。
「いいだろ。お前の変態的な味覚よりはマシだよ」
こいつは信じられないほど辛いもんを平気で食う。
「だって辛いもの美味しいじゃん」
「何か刺激不足なんじゃないの、麗佳ちゃん」
オレは既に一杯目のビールを飲み終わる。
大体二杯目くらいに一品目が来るっていうのがいつものパターンだ。

「テルのこと、おっかない人って思ってるみたい。サークルの人」
「へぇ」
確かにあの日は自分なりにコワもて風にしてみた。
「あたしの彼氏は、怖い人って言われてるよ」
彼氏ねぇ…。一番痛いパターンにはまった感じだ。
「ホントの彼氏は先生で、今でも歯医者の『先生』だろ」
「まぁ…そうなんだけど」
麗佳の様子は照れるとかとは違う曖昧な感じだ。
「なんだよその意味アリな言い方?」
「ううーん、上手くいってないワケじゃないんだよ」
麗佳がオレに笑いかける。
こいつは結構思ってること顔に出るタイプだから、何かあったらすぐ分かる。
「じゃあなんだよ」
興味もある。だけどヘンな期待もある。なのに麗佳には悲しんで欲しくない。
オレのこいつに対する気持ちは微妙だ。
正反対の感情がいつも交錯する。
「付き合ってるとさ、
…片想いみたいなときは何とも思ってなかったような欲求が出てくるよね」
「どういうこと?」
「だからさー、ああして欲しいこうして欲しいみたいな」
「あぁ」
「ただ好きって思ってるときは、会えるだけでもよかったのに」
麗佳の口から出る『好き』って言葉。
オレと付き合ってるとき、結局聞けなかった気がする。
当時、オレはそれが何だか悔しかったんだった。
「まあそういうのって、あるよな」
麗佳の言葉、そのまま逆の意味にして返したい。
付き合ってるとき、オレは麗佳に色々欲求があった。
だけど今は、こうして会えてるだけでもマシって感じだ。
たとえ他の男の話をされても、だ。

「なんかあいつに不満でもあんの?」
オレは聞いてみる。
話してるうちに料理が運ばれてきて、オレが頼みすぎたせいで
あっという間にテーブルが埋まっていく。
「ちょっとぉ、テル、一気に来たよ」
話が途切れる。
「とりあえず食うわ。お前も食え」
麗佳はしょうがないなぁって顔をして、箸を持った。

「あ〜一段落したな」
オレは結構満腹になってきた。
「相変わらず食べるの早いね」
「そうか?」
「テルってタバコ吸わないんだね」
「だってタバコ高いじゃんよ。あんまりあえて吸いたくないしな。
その金があったらオレは食費だな、一人暮らしは厳しいんだよ」
実際オレはタバコはどうでも良かった。
吸ったことがないワケじゃない。常習になる前に止めといた。
「田崎はよく吸ってたな」
「そうだね」
麗佳が頷く。
田崎のことに話を振ると、ちょっと嬉しそうな困ったような顔になる。
その表情が女の子らしくって、オレはまたあいつに嫉妬する。
「すれ違ったりすると、タバコ臭かったからな。あいつは」
「…テルも思ってた?」
「ああ」
もしかしたらタバコが吸いたくなかったのは、潜在的に田崎のせいだったりして。
「そうそう話戻るけどさ、なんかあったの?田崎と」
「ううん、なんもないよ。別に、いつもどおり…」
って言ってる割には今ひとつ元気がない。
「テルってさ、彼女いるでしょ?」
「一応」
ホントにいるし、ウソついてもしょうがないしオレは素直に言った。
大体、今日だって別に麗佳を口説きに来てるわけじゃない。
「よく会ってる?」
「どうかなぁ。週に2回は会ってるだろうな」
泊まって帰ってく日もあるし、実際はもっとかも知れない。
「ふぅん…。いいなぁ。そういうの」
「麗佳のとこはしょうがないだろ。遠いし、相手は毎日働いてるし」
「うん。分かってるんだけど」

彼女と遠距離なんてダルそう…オレはできないかも。
あぁ、でも相手にもよるか。
「あいつと、いつから付き合ってんの?」
オレは前々から疑問に思ってたことを聞いてみた。
「付き合ってる、っていう感じになったのは卒業してからだよ」
「へー…、でもさ、なんで田崎?どういうきっかけで?」
オレはそれが不思議でしょうがなかった。
「きっかけは…、偶然だよ」
なんだそれ、と思ったけど口に出さないでおいた。
妙にドラマチックな話をされてもオレが凹みそうだし。
「だけどずっと好きだったんだろ、オレと付き合ってた頃から」
ちょっと嫌味っぽいかな、と、言ってしまってオレは思った。
「それは、…実はテルに言われるまで自覚してなかった」
はぁ?
じゃあそれってオレがバカみたいじゃん。
「そうなのか?」
「うん。言われて気がついた」
「あのさー…」
「何?」
麗佳がオレを見る。
あの頃よりも確実に大人になってる。
多分オレも。
「もしか、あんな事がなかったら、別れてなかった?」
自分が袋小路に入り込みそうな質問をしてしまった。
「あんなことって?」
麗佳が言う。ホントに分かってないみたいだ。
「だから、オレの浮気」
「あぁ…」
思い出して麗佳は笑う。そこ笑うトコじゃないだろう。
「どうかな?そうかも知れないし…
それがなくても別れてたかもしれないし、わかんないよ」
「まあ、そうだけどな」
当たり前といえば当たり前のことを確認して、オレは何となくほっとした。
これで『付き合ってた』とか言い切られたら、後悔してもしきれないから。

送らなくてもいいという麗佳を無視して、オレは強引に一緒に電車に乗る。
「ごめん…。遠いのに」
麗佳は本当に申し訳なさそうにしてる。
「いいって。気にすんな。
女の子と飲んで、帰りになんかあったら気ー悪いし。やっぱ心配だし」
二人で並んでつり革につかまってた。
酒臭い混んだ電車に、こんな可愛いの一人で帰せるわけない。
麗佳がちゃんとオレに向き直る。
「なんか、テルって優しいよね」
「は?」
急にそんな風に言われて、オレはなんだかドキドキしてしまう。
「だから何だか余計ごめん」
麗佳はつり革を掴む腕を伸ばす。
「なんで?男ってこんなもんだろ」
正直オレはちょっと照れて、麗佳の『ごめん』に少しへこんだ。


麗佳を送って、その帰りの電車で一人で考える。
ありえない関係を想像して自分自身で勝手に打ちのめされながら、
「友だち」っていう曖昧さに甘んじておこうと思う。
少なくとも今はそれができる位、オレは大人になった。

 

ラブで抱きしめよう
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