彰士に会いたい気持ちを四六時中引きずったまま、あたしの毎日は過ぎていく。
勿論『彼氏』だし、連絡は取り合ってたけど10代のあたし的には全然満足ができてなかった。
最近は会えない日が重なっていくたびに、
漠然とした不安とか悶々とした気持ちとかが自分の中にも積もっていっているような気がしてた。
彼に会うと、もっと会いたくなる。
離れたくなくなる。
なのに、時間は二人の距離をまた広げてしまう。
先生が去ってお盆が明けて、あたしの夏の残りが始まる。
『バイト何時に終わるんだっけ?オレ今日早いよ』
バイト先でお昼ご飯を食べてたら、テルからメールが来た。
あたしはこの後、特に予定はなかった。
『5時半に終わるよ。あたしも今日ヒマ。どっか行く?』
テルにメールを返す。
なんか気軽に誘えちゃってるなって、自分に笑ってしまう。
『彼氏』に打つメールはいつでもドキドキなのに。
「おっす。お疲れ」
テルと駅前で待ち合わせた。
やつは濃い水色のTシャツにGパンをはいてた。
服装は涼しげだったけど、顔は汗ダクだった。
「ねぇ、テルって汗っかき?」
あたしはテルの顔を見て第一声がコレだった。
「汗っかきかもな…。今日もスゲー汗かいた…。
もしかして、オレ汗臭いかも!……やべぇ」
「いいよ。しょうがないじゃん。バイトしてたんでしょ?今日も暑いし」
ホントに嫌そうにしてるテルを見てあたしは笑ってしまう。
「悪いけど、オレにあんまり近寄るなよ?」
「近寄らないって!暑いし!何言ってんの?」
あたしたちはテルがよく行くって言ってた洋食屋さんに入った。
テルはオムライスと、野菜のパスタを1人前ずつ注文した。
「すっごい食べるよねー。相変わらず」
あたしは何だか感心してしまう。
「だからめちゃくちゃ食費がかかるんだよ…。バイトだとさ、昼とか結構先輩が奢ってくれんの。ラッキーって感じなんだけどな」
あたしは普通にオムライスを頼んだ。
テルが美味しいよって言うから。
確かに卵フワフワで美味しかった。
ご飯を食べ終わったら、すぐにテルは車を出した。
まだ明るいうちにあたしの家へと向かう。
7時を過ぎても、まだ夜って雰囲気じゃなかった。
「うちまで送るのって、ダルくない?」
「いーや。オレさぁ、今運転したくてしょうがないから」
テルは笑いながらハンドルを握り直した。
左側の助手席に乗る。
普通ならこれが当たり前なんだろうけど、あたしは先生の車に慣れてた。
自分が免許も持ってないのに、右側に座る方が違和感がなかった。
左側から見る景色。
先生がハンドルを握りながら見てる景色はこんな感じなんだ。
「ねえ、彼女に怒られちゃわないかな?」
「あぁ…そういうのうるさくないし、いちいち報告しないし」
テルが答えた。
「そうなんだ……」
「うるさいタイプだと、オレは長く続かないしな」
それは何だか納得できた。
テルはモテるし、いちいちそれに文句言うような女の子だとダメなんだろうなっていうのは分かる。
「来週、火曜日また会えない?」
テルが言った。
「……大丈夫だと思うけど」
「他に予定があるなら、そっち優先させてくれていいから。
何となく都合が合ったら、またメシ食いに行こうぜ」
「うん」
テルと会うのはイヤじゃなかった。
あたしは結構ヒマしてたし、一人でいるよりはずっと気が紛れた。
ホントにサクっとご飯食べてテルに送ってもらって、家に着いたのも結構早い時間だった。
あたしたちは相変わらずアッサリしてた。
あたしは先生にメールした。
ちゃんと、会いたいって打った。
彰士からは、いつももっと夜になってからメールがくる。それか電話。
あたしはいつもメールを打った後、携帯が気になって仕方がなかった。
そして携帯を必ず視野に入れながら、何もかも上の空で夜を過ごしてる。
それがあたしの毎日だった。
次の週もテルと会った。
そして今週も先生と会う予定がない。
今日は金曜日だった。明日は有希と遊ぶ予定。
何だか最近女二人で出かけてるのが多い。
バイトが終わって、もう7時半になりそうだった。
(おなか減ったなぁ…)
もうすぐ駅に着く。
テルんちの場所は知らなかったけど、呼び出してすぐにでもゴハンを食べたいぐらいだ。
(電話しちゃおうかなぁ…)
携帯を開いて、テルのアドレスを出す。
そこでふと手が止まる。
(今日って、金曜じゃん…)
金曜日って言ったら、多分彼女と会ってるよね…普通…。
あたしは携帯を閉じて、なんだかブルーな気分になる。
なんて言うんだろ、ちょっと悔しい感じ。
多分これが彼氏がいる女の子の友だちでも、同じような感覚になるんだろうと思った。
なんか、寂しいんだよね…あたし。
先生のことを、…あたしの中の彰士の存在を確認したくて、思わず電車の中でメールしてしまった。
『今週、行けなくてごめん』
「ううん、全然…会いたいけど…しょうがないし」
彰士から夜に電話があった。
こうして先生の声を聞けるだけでも、今夜のあたしは嬉しかった。
あたしは彼に甘いのかも知れない。
『麗佳は、明日どうしてる?』
「大学の友だちと、…ブラブラしようかなって思って」
最近はやたらよく映画を見てる。
それにやたらカラオケにも行ってる気がした。
多分…前よりもちょっと歌がうまくなったかもしれない。
それぐらい、有希と共にヒマを潰していた。
先生と他愛もない話をする。
だけどそういうのが、何だか妙に嬉しい。
『明日また電話する』
「うん」
そう言ってもらえるとすごく嬉しいし、すっごく待ちわびてしまう。
『何時頃がいい?』
「8時には帰るから、…それ以降ならいつでもいいよ」
『わかった、おやすみ、麗佳』
「おやすみなさい………彰士」
明日の晩、8時過ぎたらずっと携帯の前で待つ自分が想像できた。
先生とは会えないのに、また週が明ける。
あたしはマジメに月曜からちゃんと学校へ行く。
そして火曜日になる。昼休み、テルからメールが入ってきた。
『今日ってどんな感じ』
あたしはすぐにメールを返した。
『大丈夫、終わったらメールするね』
あたしたちのメールは短かった。
元々あたしは長文メールが苦手だから、テルとのやりとりは楽で良かった。
「お先に失礼しますー」
バイトが終わる。
いつものことだけど、この時間にはホントにお腹がすいてて、
テルがいなくてもこの辺で軽く食べて帰りたくなってくるぐらいだった。
駅までの道で、商店街の横を通る。
そこの匂いが本当にたまらない。
「おう」
テルの駐車場で待ち合わせてた。
「あたし、超お腹すいてるかも」
「オレもー。とりあえず、車出そうか」
テルの車に乗るのにも慣れてきてる。
週1で会うっていったら、あたしの場合はホントに彼氏以上の頻度だ。
「じゃあ、その辺でいい?」
テルは結構食事できる店をよく知っていて、あたしは任せてることが多かった。
そんなトコも楽でよかった。
あたしが先に車から降りる。
テルがあたしの少し後ろから歩いてくる。
「ねぇ、テル…」
って、振り向いたときだった。
「……!」
あたしが急に立ち止まったから、テルの顔が超接近してしまう。
「なんだよ、…急に止まるなよ」
テルが慌てて後ろに体を引いた。
「ご、ごめん…」
びっくりした……。
キスしちゃうかと思った……。
一瞬のことだったけど、あたしはかなり焦った。
そしてそのドキドキを、その日はずっと引きずってしまった。
あたしよりも体は大きいし、それに一般的に見たらかなりいい男だし…
やっぱり女の子の友だちとは違うなって思った。
テルがどんどん大人の男に近付いてること…
学校では毎日見てた先生の日常を、今はどんどん分からなくなってきてること…
違うけど、何だか同じぐらい複雑な気持ちだった。