「あたし、先生よりもテルと会う方が多いよ」
9月に入ってから先生とは1日しか会えてなかった。
なのにもうすぐ10月になろうとしてる。
彼とは全然会えないのに、何故か輝良とは週に1回は会ってる。
まあ、あたしがテルの家のすぐ近くで週に3回もバイトを入れてるから、それは全然不自然なことじゃなかった。
それにテルとはホントにゴハン食べて、すぐ帰るって感じだったし。
外はまだまだ暑かった。
こういう時ってコッテリしたものが食べたくなる。
テルの家の近くのラーメン屋さんに入った。
「うっ!……おまえ、…醤油ラーメンに何入れてんだよ?」
テルがあたしをイヤーな顔で見る。
「何って…ラー油」
あたしは辛いものが大好きだった。
勿論、辛くしなくても普通に食べるときもあるし、気分次第だったけど。
「赤いじゃんよ、スープが!…信じらんねぇ…」
「なんかこー、ピリっとしたいの。…不味くないよ?食べてみる?」
テルがスープを一口飲んだ。
「かれぇーーー……、でも、不味くないな」
「でしょう?」
「これはこれでイケるかも。オレはしないけどな」
それでもテルは渋い顔してた。
そしてあたしたちは黙々と食べる。
「テルの彼女って、前から付き合ってるB組の子?」
何となく聞いてみた。
「そうだよ。東野香里」
あんまり覚えてなかったけど、確か高校3年ぐらいからテルと一緒にいるのを見かけた。
すらっとした細身の子で、目がパッチリした賢そうな子だ。
あたしはほとんど喋ったことがなかった。
テルが付き合う女の子って、タイプがバラバラだなって思う。
まだ付き合ってるなんて、テルにしては結構長く続いてるんだな。
大学入って、もうすぐ半年になるのに。
東野香里を思い出そうとしたけど、あんまり思い出せなかった。
あたしの知らないテルの世界があるんだなって、改めて思う。
お店を出たところで、テルの友達に声をかけられた。
「何してんだよ。こんなとこで」
テルが言った。
「バイトのお使いで来ただけ。もう終ったし……」
テルの友達はテルよりも少し身長が低くて、かなり今風って感じの子だった。
あたしと目が合う。何となく会釈を返した。
「輝良の彼女?すっげーーーーーーーカワイイじゃん」
(彼女じゃないんですけど)
あたしがそう思ってたら、速攻でテルが否定した。
「違うよ、高校の時のトモダチ」
テルの友達はふぅんって言ってあたしにまた笑いかけた。
あたしは『トモダチ』っていうのを肯定するために、何となく頷いた。
「もうメシ食った?」
テルの友達が時計を見ながら言った。
「おぉ、今そっから出たとこ」
ちょうどラーメン屋さんを出たところだった。
友達は携帯を出してちらっと見て、言った。
「せっかくだから、ちょっと飲まねぇ?オレもうビール飲みたくて死にそう」
「ビールなぁ」
テルはビール好きだ。
いつもは送ってくれるから、暑い日でも飲まないでガマンしてるっていうのが分かってた。
実はそういうとこ、いつもちょっと恐縮してたんだけど。
「あたし、電車で帰るから、テル行ってきなよ」
毎回送ってもらうのも悪いなって、ちょうど思ってたとこだった。
あたしはテルの友達を見てちょっと笑った。
「あ、あ、あ、彼女…じゃなかった、テルのおトモダチも、一緒に行こうよ」
テルの友達は、すぐにあたしを誘ってきた。
「麗佳、予定なんかある?イヤじゃなければ、行く?」
テルにもそう言われた。
ここで行かないとか言ったら、間違いなく感じ悪いと思う。
まあ、テルの友達だし、…悪い人じゃなさそうだからいっか。
「うん…。じゃぁ、ちょっとなら」
あたしは二人に付いていった。
何となく流れで、あたしはテルの隣に座った。
男二人と、あたし。
なんか学生っぽいなーって思って、ちょっと我ながら笑えてくる。
テルの友達は小笠原雄吾って名前で、少し話しただけでも明るい性格の人なんだってのが分かる。テルとはめっちゃ気が合ってそう。
「最近、前から付き合ってた彼女に振られてさぁ…。
誰かいい子いたら紹介してよ」
その一言で、一発で頭に有希が浮かんだ。
もうずっと口癖のように今でも「誰か紹介して」って言ってた。
そういえば、前にテルの友達紹介してって言ってたっけ。
しっかり忘れてました。
「うん。あたしのトモダチにも同じような事言ってる子がいて…。
良かったらホントにマジに紹介するけど」
あたしは即答した。小笠原くんの目も輝く。
「ホント?じゃあ是非ともセッティング頼むよ!
オレは都合つけるから!いつでもいいし!」
うわぁ、ちょうど良かった…。とりあえず、これで有希にも顔が立ちそう。
あたしのヒマな休日を一緒に過ごしてくれてる彼女へのせめてものお礼だ。
「じゃあ、ホントに段取りしちゃうよ?…小笠原くんメール教えて」
あたしは携帯を開いた。
「おい、初対面でいきなりメアド交換する?」
テルが言った。そうそう、結構『親』っぽいこと言うんだよね。
「初対面だけど…。テルのお友達でしょ?」
テルを見たら、あたしに対して不審そうな顔してた。
自分の友達じゃん。
「輝良、麗佳ちゃんには手ー出さないから心配すんな」
小笠原くんが笑ってた。
テルが言った。
「ホントにやめろよ…、麗佳はオレの大事な…」
(オレの、大事な……?)
横にいるテルが結構マジで、…あたしはその先の言葉を待ってしまった。
そして何故か急にドキドキしてくる。
テルはそこで黙っちゃってる。
小笠原くんもテルを見てた。
「はいはい、だから大丈夫って言ってるじゃん」
小笠原くんがテルの言葉を遮るように、続けてくれる。
あたしは何だかほっとして、小笠原くんと目で会話してしまった。
テルに、…大事にされてると思う。
あの軽い性格なのに、あたしにはすごく優しくしてくれてるのを感じる。
女の子なら結構手を出しちゃってるっていうのもウワサで聞いてた。
高校時代は自分もその中に入っちゃってるから、そういうテルのウワサを聞くのはあんまり嬉しくなかった。
だけど、今の彼は昔とは違う気がする。
もっと落ち着いて、…人の反応を覗いながら他人と接してる感じ。
ただでさえ外面がいいのに、更に要領よくなってる印象。
(オレの大事な――― )
その言葉が、心のどこかにずっと引っかかって…、
その後小笠原くんと飲んで盛り上ったけど、どこかあたしは上の空だった。
「あ、そうだ!有希!」
忘れないうちに言っておこう。
あたしは授業ギリギリの時間に入ってきたから、まだ有希とちゃんと話ができてなかった。
「紹介するって話。…ちょうどテルの友達から逆に紹介してって言われたよ」
「うそ!ホントに!」
有希が嬉しそうに言った。
彼女は、今日は濃いブルーのキャミソールに薄手のカットソーを重ね着してた。
有希の色の白さが引き立ってて、すごくセンスいいなぁってあたしは思ってた。
有希は可愛かった。小笠原くんの期待には余るぐらいに応えられるだろうなって思って、
あたしはちょっと想像して笑ってしまった。
「うん、昨日偶然会ったんだけど……なかなかいい感じの人だったよ」
「やーーーったぁ!」
「愛莉は?」
「何か今日用事があるとかでダッシュで帰ったよ。
…でもでも、麗佳ホントにさんきうー♪♪あたしはいつでも都合は合わせるよ!」
二人ともこんなに乗り気なんだから、もうあたしたち抜きであったらいいのにって一瞬思った。
「じゃぁさ、早速テルに聞いてみるね」
「麗佳も一緒に来てくれるんでしょう?」
ちょっと不安げに有希が言った。
「もちろん♪あーーでも良かった。有希に紹介できる人が見付かって」
「ありがとー♪麗佳♪今度奢るし!」
「いいよ別にー」
あたしたちは笑いながら、学食へと向かった。
あたしは小笠原くんにメールをした。
有希のバイトの様子とあたしのバイトとの都合を知らせた。
すぐに彼からメールが帰ってきた。
普通の感覚…。メールをしたら結構すぐにメールが返ってくる。
あたしたち学生同士は、それが当たり前になってる。
だけど、先生とは違ってた。
あたしたちみたいに、授業中にコソコソとメールの返信ができるわけじゃない。
彰士は歯科医で、日中はずっと医院に勤務してた。
田崎歯科医院は電話帳に広告が載っているような、地元では有名な歯医者さんみたいだった。
先生のお父さんが倒れてから、知り合いの歯科医を急遽呼んで、
そしていつ取ってたのか分からないけど歯科医免許のある彰士とともに切り盛りしているらしい。
歯科医としては彰士はまだまだ新人で、苦労することも多いみたいだった。
彼の口から弱音を聞いたりしたことはなかったけど、何となく様子で分かった。
だからこそ、尚更あたしは彼に我がままは言えなかった。
付き合ってもらえてるだけ、…いいか…。
あたしは彼女なのに、『付き合って貰ってる』っていう感覚がずっと拭えない。
そういう感じって、何だか悲しいなぁって思う。
だけどそれでも、あたしは彰士の側にいられるだけで良かった。
あたしはそれでも一緒にいられる時間が幸せだったから…。
(今週は、会えるかなぁ……)
彰士の予定は微妙だった。
週末せめて1日だけでも彼に会えることを願って、あたしは日々を過ごした。