ビター(夢色続編)

麗佳編 ★★ 15 ★★

   

店内は濃い色の木目調。
中央の辺りには滝をイメージした水が流れてる。
音楽も民族風で、何となく『バリ』っぽい。行った事ないけど。

「愛莉は最近どうなのよ?」

有希が愛莉に詰め寄る。
久しぶりに3人揃って、飲みに来てた。
「まあ、相変わらずだけど…」
愛莉がタバコを出しながら答える。
有希がヒマなせいもあるけど、最近は有希と2人で会うことが多かった。
「麗佳はどうなの?」
愛莉があたしに話をふってくる。
「ちょっと、生春巻き、4つだよ!」
有希がお皿を見てブツブツ言ってる。
「いいよ、有希…2つ食べれば?」
愛莉が困った顔で言った。
ショートカットだったのが伸びてきて、黒い髪はストレートで肩に届いてた。
独特の雰囲気で、かなり色っぽい。
「で、麗佳は?」
「あたしも…全然変わらないよ」
それが良い意味か悪い意味かって言ったら…後者かもしれない。
「ふーん。ま、有希には聞かない方が良さそうだね」
愛莉が笑って有希を見た。
「あ!言うの忘れてたけど、今度麗佳に友だち紹介してもらうんだよ!」
「ええ、そうなんだ!…良かったじゃん」

しばらくあたしたちは、学校ではあんまりできないような話で盛り上った。
そうこうしてるうちに結構食べてて、おまけに結構飲んでた。

「愛莉はいいなぁー…」
思わずあたしは言ってしまう。
愛莉がしょっちゅう彼氏と一緒にいることは知ってた。
「でも麗佳も念願かなった『彼氏』なんでしょ?」
愛莉が言う。有希もちょっと酔ってとろんとした目つきになってる。
「うん……。だからかなぁ…?なんか余計に…何て言うんだろ…」
「何?」
「うまく言えないけど……」
あたしはちょっと考える。

「一言で言うと……、多分あたしの方が先生のこと好きなんだと思う」

頭の中のモヤモヤが、ハッキリと形を作った気がした。
あたしはいつも…何だか自分ばっかり彰士のことが好きなような気がしてた。

「あぁ…、その気持ち分かるよ…」
有希が口を開いた。
「あたしは、それが強すぎて、で彼氏に強く求めすぎて…
多分あいつは離れて行っちゃったんじゃないかなって思うもん」
そう言ってため息をついた。
「有希って、…まだ元カレのこと好き?」
愛莉が言った。
有希はかなり困った顔になる。
「あー、…好きかもね…。でもさ、…なんか…ダメになる予感はしてたのかも。
ただ、考えないようにしてただけでさ」
「………」
あたしは有希の話に胸が傷んだ。
なんだか、自分のことみたいな気がして。
「今はさ、…だいぶ冷静になったって感じ。
そういえばあの頃から…もう好かれてなかったのかもなって思うよ。
…付き合ってる時に、それに気が付かなかっただけマシだったかも
…あいつはあたしの高校時代の全てだったし…」
「そっか…」
愛莉が相槌をうつ。
有希はグラスを持った。
「今はさぁ、前の彼氏のことを思うよりも、ちゃんと恋がしたいよ」
そう言ってちょっと笑ってあたしを見た。

有希は強いなぁって、…あたしは思った。
だけどきっと陰では泣いちゃったり悲しみを堪えたりしてたんだと思う。
そういうのを感じさせない有希が、凄いなって改めて感心する。
有希といて居心地がいいのって、ちょっと涼子に似てるとこがあるからかも知れない。
涼子ほど目立つってワケじゃなかったけど、有希は充分可愛らしかった。

「絶対すぐ彼氏できるって!」
なんだかあたしは興奮して言ってしまった。
「え…、う、うん。が、頑張るけど」
有希がちょっと引いてる。
「テルの友だち、すっごいいい感じの人だったよ!」
確かに小笠原くんはいい感じだった。
あたしの第一印象からしてみても、有希とうまくいってくれたらいいなって思ってしまった。
何だか優しそうな感じの人だったし。
それにテルの友だちだし、信用できそうだし。
「期待してるよ!来週だったよね♪」
有希が嬉しげに言った。
ちょっとしんみりしてたけど、自然と場が明るくなる。

「その紹介してくれるって言ってる麗佳の友達って、すっごいカッコいいんだよ」
有希が愛莉にテルのことを説明する。
「ふーん。だって麗佳の友達でしょ?カッコいいって想像できるよ」
愛莉があたしを見て言った。あたしは何だか恥ずかしくなる。
愛莉にじっと見られると、いつもちょっと気恥ずかしくなっちゃうのはなんでだろう。
あたしはもうすぐ空になりそうなグラスのお酒を飲んだ。
「有希と、うまくいくといいなぁ…」
あたしは思わず呟いた。
有希と小笠原くんがうまくいけば、4人で遊んだりできて楽しそう…
とか漠然とあたしは考えていた。
「うまくいったら、4人で遊べるかな!」
あたしの考えを読んだみたいに、有希が言った。
「う、…うん」
何だかドギマギしてあたしは答えた。

テルと4人で遊ぶなんて、…ダブルデートみたいじゃん。
だってテルには彼女いるのに。
あたしだって先生がいるじゃん。
なのに、あたしはテルとしょっちゅう会ってて、実際にあたしにとってのテルの距離感は近かった。

離れてる間、あたしばっかりが先生を好きなような気がしてること。
彼氏である先生よりも、テルの方が近いこと。
そしてテルにはあたしよりも、近い存在の彼女がいること。

なんだかあたしの寂しさに拍車がかかって、…その後も結構飲んでしまった。

「麗佳、大丈夫ー?遠いんだよね?」
有希が心配そうにあたしに言う。
「うん、ヘイキヘイキ♪酔ってないし」
確かに酔っ払ってなかった。
駅で愛莉と別れて、途中まで有希と一緒に帰る。
「じゃあ、気をつけてね」
乗換えで有希が降りて行く。
あたしは笑顔になりながら、やっぱり家が遠くてダルいなぁって思ってた。

(あれ…)
隣の人が妙にあたしにくっついてる気がした。
(絶対ヘン…)
遅い電車はただでさえ赤ら顔の人が多くて、女の子一人で急に心細くなってくる。
ちらっと隣を見ると、サラリーマン風のオヤジがあたしを見返してくる。
40過ぎぐらい。細いネクタイはだらしなく肌蹴てて、相当飲んでそう。
(うわぁ、やな感じ…)
目が合うと、ちょっとニヤけてさらにあたしをジロジロ見る。
あたしが降りる駅まではまだ先だった。
どんどんイライラしてくる。
オヤジは益々あたしに体を寄せてくる。
あたしはチカンとか耐えられないタイプだ。
「……」
オヤジを半睨みしながら、次の駅で電車を降りた。

(あーあ…めんどくさい…)
10分も経たないで来た次の電車にあたしは乗った。

乗り込んだその電車は結構混んでた。
(あれ……)
腰に妙な動きを感じた。
意図的な手の動き…。
……絶対チカンだ。
(もう、最悪すぎ)
うんざりしてあたしは後ろを振り返った。
「!」
そこにいたのは、さっき隣にいたオヤジだった。

(つけてたの…!?)
急に怖くなってくる。
席に座ってる人はほとんど寝てるし、立ってる人も飲んでそうな人ばっかりだった。
「…!」
腰の手が、あからさまにあたしのお尻を触った。
「ちょっと…!」
小声で振り返ったら、オヤジはニヤニヤして酒臭かった。
「…気の強い子って、好きなんだよね…」
あたしは心底ぞっとする。
ハっと気がつくと、次の駅に着いてた。
「お、降ります!」
あたしはバッグを前に抱えると、慌てて人を掻き分けてドアに向かった。

「……」
電車が行ってしまった。
あたしはちょっと震えてた。
すぐに電車に乗る気にもなれなくて、しばらくホームのベンチに座って携帯を開いてた。
(どうしよう……。みんなとは別れたばっかりだし…)
先生のことは全然頭に浮かばなかった。
軽くパニックになってて、どれぐらいの時間そうしていたのか分からなかった。

だいぶ冷静になってきたとき、あたしの最寄駅までの路線の最終にギリギリなことに気付いた。
(やばい…どうしよう…)
帰らなくちゃって、思った。だけど、いざとなれば適当にタクシーとか拾って…何とかしなくちゃって、それも考えた。
2つ前の駅まで戻れば、テルのとこだった。
(…………)
あたしは無意識に、今来た方向と逆の電車に乗り込んだ。

相変わらず電車はお酒臭かった。
さっきより本数も少なくなってる。
本格的にヤバイなって思った。

改札口に向かって歩く。それでも通り過ぎる男の人の視線を感じた。
携帯から、テルに電話する。
頼れる人って考えたら、テルのことしか浮かばなかった。

呼び出してもなかなか出ない。
お風呂入っちゃってるのかな…寝ちゃってるのかな…
何回もコールして、やっとテルの声がする。
『何?』
すっごい無愛想な声。
だけどあたしにとっては本当にホっとする声。
「あぁ、…テル…良かった…」
改札口を出て、こうして電話してる間にも遠くから視線を感じる。
夜の女の子って、こんなにも狙われるんだなって身に染みて思う。
いつもテルにうるさいぐらいに言われてたけど、それが正解だったんだ。

テルはすぐに来てくれるって言ってくれた。
電話を切って初めてテルに悪いなって思った。
凄いパニくってて怖くて仕方がなかったから、テルの都合なんて全然考えてなかった。
(ごめん…テル…)
こんな風に夜に一人きりになってしまうと、自分がホントに頼りない存在なんだなって思う。
(あーあ…もう…)

普段は明るい店もどんどん電気が消えて、寂しさは増す一方だった。
とりあえずテルと連絡がとれて一息ついてたら、急にガっと腕を捕まれる。

「な、何っ?」
あたしはその腕の先を見ると、全然知らない若い男だった。
「何してんの?遊びに行こうよ」
すっごい酔っ払ってる。
「やめてよっ、離してっ!」
男の腕を振り払った。
もう、マジで最悪過ぎ。
あたしはホントに泣きそうになりながら、それでも触ってこようとする男から逃げるようにタクシー乗り場へ向かった。
「冷たいなぁー。ひとりで何してんのー?ねー遊ぼうよー」
あたしと年が変わらないぐらいのその男に、猛烈な嫌悪感を感じながらも非力な自分が情けない。

「おい!」
離れたところから声がする。
あたしはその方向へ顔を向けた。


「麗佳!」


濁った夜の中、テルの姿は本当に『光り』みたいにあたしには見えた。

 

ラブで抱きしめよう
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