あたしはその光りに向かって夢中で走った。
「ありがと〜〜〜〜〜。テル〜〜〜〜〜」
気が付いたらテルの手をギュっと握ってた。
「コワかった〜〜〜〜。色々と…」
よかった…。ホントにテルが来てくれて…。
テルがいてよかった…。
あたしはテルに会えてほっとして、一人きりの夜から逃れられて緊張してた体の力が抜けそうだった。
(マジ、怖かった……)
気を張ってたのが一気に緩む。
テルに手を引かれて、車に乗り込んだ。
テルが車を出す。
あたしは駅から離れられて、改めて安心する。
「ごめんね…でも、…ありがと…ホント…テルがいて良かった…」
ホントに…。良かった…。
「あのなあ…」
テルがイライラした声で言った。
「こんな遅くまで、何してたんだよ」
(怒るよね…ごめん、テル…)
そして自分の都合でテルをこんな時間に呼び出したことに、急に罪悪感を感じてくる。
さっきまで全然そんな余裕もなかったのに。
あたしは答えた。
「飲んでた…」
「早く帰れって、いっつも言ってるだろ」
「帰ろうと思ってたんだけど、…気がついたらこんな時間で」
テルにいきさつを話してたら、さっきの事を思い出してまた怖くなってくる。
電車でのあのオヤジのにやけた顔。
そしてすっごくイヤだったのに、あんな人に触られてしまった。
(ああ……最悪…)
「別に、オレを呼び出すのはいいけどさ…
オレが電話とか気がつかなかったらどうするつもりだったワケ?
駅でも絡まれてたじゃんか。お前、無防備すぎだぜ」
ホントにその通りだと思った。
「ごめんなさい……」
テルが来てくれなかったら、現実的にあたしはどうするつもりだったんだろう。
何とかするとは思ってたけど…何にもできなかったじゃん。
(甘いなぁ…あたしって…)
一人で駅にいた自分を想像すると、テルの言う通り無防備すぎて我ながらぞっとした。
「麗佳…」
「……」
「約束しろよ。一人でこんな時間までウロウロすんな」
「はい…」
何を言われてもしょうがないなって思ったけど、ずっと優しい声でテルはあたしに語りかけてくれた。
さっきまで心細かった気持ちに、その響きは暖かさをくれる。
「そんでも困った時は、オレに言ってくれればいいから」
(…優しいな…テルは…)
「……うん…ごめん…」
あたしはそう言うのが精一杯だった。
何だかんだ言って、あたしはテルに甘えてる。
行動もそうだけど、心も…そうだ。
それ以上、言葉が見付からなくてあたしは黙っていた。
テルがコンビニで車を停める。
あたしも車を降りた。
10月はじめの夜はもうヒンヤリしてた。
寒かったのか怖かったのか、あたしの手は指先まで冷たかった。
「怖かったんだろ…?」
テルが言う。
「うん……」
あたしは頷いた。
「…………」
テルがあたしの手を取る。
その手はすごくあったかかった。
コンビニでお茶を選ぶ間も、手を繋いでいた。
テルがお金を払ってくれるときだけ一瞬離れて、そしてすぐにまた手を繋ぐ。
テルは黙ってる。
あたしも何て言っていいのか分からなくて、黙ってた。
「ホントにごめん……」
窓に流れる景色を見ながら、あたしは言った。
「もういいよ…オレこそ強く言って悪かったな」
テルはいつもあたしに気を使ってくれてるような気がする。
テルにはホントに悪い事しちゃったな…。
246号線をこのスピードで走れるなんて、もう夜中なんだなって改めてあたしは思った。
「……もう寝てた?」
あたしは聞いた。
「…寝かけてた」
やっぱり。今更だけど益々罪悪感が募る。
「ごめん…テルに頼ってばっかで…テルだって彼女いるのに」
ふと思いつきで『彼女』って無意識に言葉に出てた。
テルが答える。
「香里が電話に気付いて良かったよ…」
「え……」
あたしは一瞬言葉の意味が分からなかった。
(あ……)
「香里は今オレんちいるから」
そうなんだ―――
テルの部屋に、『彼女』が来てたんだ…。
「え…そうなんだ…。じゃ、邪魔しちゃったってこと?」
あたしは急にドキドキしてくる。
「いや…。もう寝かけてたから」
「そっか……。うわー…あたし……」
テルにすごい悪いことしたなって思う。
彼女がいたんだ……。
「ごめぇん……。テル……」
「……麗佳…」
「ほんっと…ごめ…」
なんでだか、涙が出てくる。
テルとあたしの距離が急に広がった気がして。
テルには彼女がいて、泊まってるなんてこと
…恋人同士なら普通のことなのに。
自分の心の奥にあった蓋が、開いてしまったような気がした。
そしてそこから『現実』が溢れてくる。
で、バカみたいに、あたしの目からは涙が零れてしまう。
泣いてしまう自分にビックリして、…だけど涙は止められなかった。
「いいよ…、気にすんなって……」
その言葉で、『友だち』っていう関係を思い知らされる。
あんまり考えないようにしてたけど、
テルにはちゃんと好きな人がいて、ちゃんと付き合ってて……。
何だか自分に一番近いような気がしてたテルにとっての、
…一番近い人はあたしじゃなくって…。
「泣くなよ…」
テルの指が触れる。
そしてゆっくりとあたしの手を握る。
あたたかいテルの手。
この手でさっきまで彼女に触れてたんだろうって想像すると、胸がギュっとなる。
あたしの手は益々冷たくなって、そして余計にテルの温もりを感じてしまう。
…優しい人。
だけど……あたしだけに優しいわけじゃない。
テルは、あたしのものじゃない。
悲しくて、何だか悔しい……
自分がテルに一番近いんじゃないことに。
テルの側に他の女の子がいることに…。
テルの一番近くにいたい。
この手をいつまでも離したくなかった。
あたし……
――― テルのことが……好き。
先生のことが好きなのに。
…テルのことも、好きなんだ…
突然に自覚したテルへの気持ちをどうしていいのか分からない。
そしてこの涙がどうしたら止められるのかも分からなかった。
もうすぐ家に着いてしまう。
そしてテルと別れたら、…テルは彼女の待つ部屋へ帰るんだ。
そう思うと、どんどん泣けてきてしまった。
「オレのことは、あんま気にしなくていいから」
テルがサイドブレーキを引く。
「ごめんね、…今日はホントに助かった。ありがとう」
あたしはぐちゃぐちゃの顔でテルに向いた。
テルの手が伸びる。
(…!)
頬、あたしの涙の跡をテルの指が撫でた。
ドキドキしてしまう。
あたしを見るテルの視線まで、何だか切なく感じる。
テルはすぐに手を戻して言った。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ…ありがと、テル…」
あたしが先生のことを好きなように、テルも彼女のことが好きなのかも知れないって、そんなことを想像するだけで今まで感じたこともないぐらい胸が痛かった。
嫉妬するっていう気持ちを、
あたしは生まれて初めて知った。